悪役令嬢の長期休暇にヒロインちゃんと聖歌を歌う
「適度に開けた良い森だな」
緑地公園も兼ねる森に興味津々のノイエ様と、ある程度整備されている森なのでここで聖結界を発動して大丈夫なのか不安なリリーナはとても対照的です。
「本日緑地公園には立ち入らないよう手配してありますの。だから、心おきなく!聖結界を発動させて大丈夫ですわ!」
近隣住民には念の為避難もして貰っていますので準備万端です。これがゲームのイベントなら、割と強めの魔獣と遭遇予定なのでね……。
本来のイベントなら、少数でエンカウントした後ヒロインちゃんと殿下がはぐれてしまい仲を深めるのですが……、ゲームとは違いここは公爵領直轄地で、我がスターチス公爵家の失態になる事間違いなしなので、騎士団の皆様も参加しております。
「こんなに大勢の方のお手を借りる事に……それなのに発動出来なかったら……」
リリーナは聖結界の不安定さからか、ぶつぶつ呟いております。
アンニュイなヒロインちゃんも素敵だけど、自信無さ過ぎると、出来るものも出来なくなっちゃうよ!
「あら、発動しなかったなら、三人で森林浴に来たと思えば良いのですわ。騎士団の皆様は……ちょっぴり過度な護衛だと思えば大丈夫。だってこの森林浴には、王太子最有力と言われるノイエ殿下がおられるのです、危険を考えれば過度なくらいが丁度いいのよ」
スターチス騎士団勢揃いに、物々しいと小言を言ってらしたノイエ様が苦笑いしていらっしゃるけれど、わたくし気にしませんわ。
「聖結界が発動するかどうかは置いておいて、わたくしリリーナの歌が好きなのです。ですから、今日はたくさんリクエストしても良いかしら?」
本当は前世のあの曲とかこの曲とかがいいんだけどね!でも、あの可憐で澄み渡る美声による聖歌を聞くと、心洗われるのは本当です。
しょんぼりした気持ちで歌ってもらうより、気持ち良く歌ってもらった方が聞いている方も楽しいわ、と告げると、リリーナはやっと少し笑ってくれました。
……ノイエ様、もうちょっと協力をお願いしたいです、ちゃんと好感度上がっているのかしらコレ……。
「慈しみのうた、をリクエストしますわ!」
聖歌で最も有名な曲からお願いしてみる。
相変わらずの美声だわ……。
「発動は、しない、か」
一発で出来たら不安になったりしません。デリカシー無いですねノイエ様。
「ノイエ様は何でもあっさりとお出来になるから、そんな風に仰りますが……皆、努力を重ねて成功するのです。一度や二度や三度や四度発動しなかったからと言って、一々反応なさらないでください!」
前々から思っていた事も交えて、マジ説教をしてしまいました。不敬!とか言われたらどうしよう。
「わた……俺だって、何でもあっさり出来ない事は、有るぞ」
強めの瞳で見られました。……怒っていらっしゃる?うわー、ドキドキしちゃうわ。
「え、えーと、次!次歌います!何がいいでしょう?」
ちょっと険悪になりかけた空気を、気落ちしかけた本人に換えさせてしまいました。申し訳ない……。
「では、天は御上に光を与え、を。一番好きな聖歌だ」
ノイエ様はサラッとめっちゃ技巧曲をリクエストしました。えー……、この聖歌だと歌う事で精一杯になって魔力込めるどころでは無いのでは……。
……が、難解な技巧曲も超素敵に歌い上げてくれました。うん、歌マジ上手!
聖結界発動は……お察しの通りです。
「発動、出来ませんね。私は、能力が枯渇するタイプなのでしょうか……」
浮上してきた気持ちを落ち込ませるのやめてくださいノイエ様。
「ん?いや、今のは単に俺が聞きたい聖歌だったんだ。この難解曲で発動されたらどうしようかと思った」
と、屈託なく笑いました。意地悪いな。
「そうですわ!聖女誰しもが歌がこんなに上手いとは思えませんもの!歌に自信がない聖女がこの歌で発動……考えただけで恐ろしいです!」
思わず自分に置き換えて考えてしまいました。ひー!恐ろしいプレイだわ!
「聖女の歌の可否は……確かに記されていなかったようです。ふふふ、アナベル様、ノイエ殿下、お励ましの言葉ありがとうございます」
やっと緊張が解けてきたようです。この笑い合うシーンなんて、スチルにあってもいいくらいの光景ですわ!
「続けて歌ってもらったから、喉を休めないと。……そうだ、リリーナ嬢が喉を休めている間、アナベルの歌も聞きたい。どうだろう?」
二人の好感度が上がると悪役令嬢は下げイベントが発生するんだっけ?いや、下げイベントは助かるんですけどね、……我が騎士団勢揃いなのですよ……。え?身内に羞恥プレイを強要するの?
「リリーナの後に、歌う程のものでは……」
「聖結界が発動するのを見ながらの方がリリーナ嬢も分かりやすいだろう?教授から、アナベルの聖結界も特殊だと聞いた。是非見たい」
悪役令嬢は逃げられない!
みたいなテロップ流れたな、ロールプレイングゲームならば。
基本的に男性は聖結界を習わない。聖教会の神官や、教育者、騎士団の特殊職ならば覚えるのだそうだが、男性は攻撃系の魔術が得意とされているからだ。
明らかにノイエ様は興味津々モードである。悪役令嬢は逃げられない……。
「仕方ありませんね。お腹が捩れても知りませんから!」
一番まともに聞こえそうな、天には栄え、を歌いました。
騎士団の皆様が、微妙にぷるぷるしていた事、忘れませんからね!
発動が遅いらしいわたくしの聖結界は、広い緑地公園の半分をカバーする範囲で展開し、途中何匹かの魔獣を弾いた感覚がありました。
魔獣が寄って来ているという事は、リリーナの聖歌も魔力を載せられているのかしら?載せ方に問題があるのかしら?
「アナベルにも苦手な事があるんだな」
少し肩が震えてるの、分かってますからね。
ムッとしたので、ノイエ様を睨みました。
「……貶しているんじゃ無いんだ。ホント、苦手な事もあるんだって、安心したんだ。アナベルは何でも出来るから」
フォローのつもりでしょうか?わたくしが何でも出来るという認識だとしたら、ご自分はどうなのですかと問いたいところですが……、わたくしたち以外に人がいる状況で余りに親しく話すのはどうかと思い口を閉じました。
謎のしんみりした空気は、リリーナの言葉で胡散しました。
「アナベル様の聖結界、大きくて……それにまだずっと結界が張られたままなんて!」
感嘆の声を上げるリリーナ。うん、歌唱について触れないとは頭の良い子だー!
「聖結界を聖歌で発動した後、微量に魔力を流し続けると維持されたままになります。だって、ずっと歌いっぱなしでは、声が枯れたら聖結界が壊れてしまうでしょう?」
リリーナは発動が不安定なので、発動後の聖結界維持方法まで辿り着けていないのだそう。
「ああ、リリーナの聖歌には少しばかり魔力は載っていた様子でしたわ。あと少し、きっかけが掴めたら良いのだけれど……」
「?それはどういう事だ?」
わたくしの言葉を拾ったのはノイエ様。
聖歌は魔力が載っているか分かりづらい。聖結界が発動すれば魔力が載ったのだ、という認識なのです。まあね、魔力に色とか付いてたらわかりやすかったのにね。
「聖結界を発動する時に、魔獣が数匹弾かれる感覚がありました。リリーナの聖歌に魔力が載っているため寄って来たのだと思います」
わたくしの聖結界は、わたくしを中央にじわじわ広がっていくのだけれど、その際、範囲内にいた魔獣もじわじわ弾いていく仕様なのです。聖結界発動後は加速度的に展開して弾いてくれるのですが。
テストの時に魔獣が動きを止めたのは、発動後間もなくだったからだろうと、長期休暇に入る前、教授から伺った。
「聖結界は、境界を覆うガラスドームのようなものと認識している。だから聖結界を発動させても、聖結界内の魔獣には対応出来ないと」
「その仕様だと、聖結界は小さな範囲で張るか、聖結界を張る術者を守る人が必要ですね」
「ああ、それが一般的だ。……だか、アナベルの聖結界ならば、広範囲に守りを堅める事が可能だ。……アナベル、聖結界は最大どのくらいの範囲で張れる?」
……あれ、何かわたくしの聖結界おかしいのかな?若しくは、戦地投入でも考えてる?
「範囲は……最大がどの程度なのか分かりませんが、現在この緑地公園の半分をカバーしています」
「半分、か。王城のみならカバー出来る……という事か」
何やらぶつぶつ呟いておりますが、ノイエ様聞こえませんよ!
「ちなみに、維持用の魔力はどの程度だ?今張っている聖結界はいつまで維持出来る?」
段々と王子殿下執務モードで聞いてくるようになったノイエ様。……雲行きが怪しい。被験体になっている気分っていうか……悪役令嬢Aって、幽閉エンドあるんだっけ?怖くなってきた。
「ぐ、具体的には分かりません。聖結界は乱用出来ませんし、長く発動させたままにした事もないので」
「……すまない、興奮してしまった。そうか、うん、そうか」
ノイエ様は頻りに頷いて満足そうです。物凄く嫌な感じがするのは気のせいであって欲しいなあ。
「アナベル様、私の聖歌に魔力が載っていたって本当ですか!」
リリーナ、貴女本当に良い子ね……。話題を逸らしてくれるなんて!正直ヒロインと仲良くなるってどうなの?と思っていましたが、ホント好きになってしまいそうです。
「ええ。あと少し魔力が載せられれば良いのだけれど。そうね、強く思う何かがあれば……そうしたら聖結界は発動するのではないかしら」
「強く、何かを」
「テストの時に、何を思ったのかしら。思い出してみて。……では、わたくしの聖結界は解きますね」
「……え!」
リリーナは方向性が間違えていない事に安心したのか嬉しそうで、ノイエ様は何故か不満そうです。
「……ノイエ様、何か?」
白けた目を向けておきましょう。実験感覚で発動させたままなんて、イヤですし。
「すまない、ついどの程度維持出来るのか、と」
やはり考えていらっしゃいましたか。
「わたくしが聖結界を発動させたままだと、リリーナの聖歌で聖結界が発動しているのか分からないからダメです!そもそも、今日はリリーナのための会なんですよ!それが気に食わないのなら、お帰りください!」
ご自分の興味に動かされ過ぎで趣旨を履き違えてます、とハッキリ告げると、ノイエ様は萎れた犬のようにしょんぼりした上、一言も発しない。
「アナベル様、さ、流石に言い過ぎなのでは……」
「リリーナに対してもデリカシーが有りませんでしたが、……ご自分の言葉が相手にどのように作用するのか、もう少しお考えください。第一王子殿下である以前に、人として配慮が欠けていますわ」
つい熱くなって本音が出てしまいましたが、ふふふ、こんなにズバズバズケズケ言う女は嫌でしょう!なので、婚約者候補からは外してくださいね!
「本当にすまないアナベル。リリーナ嬢も、本当に申し訳ない。配慮が足りなかった……。気をつけるから、俺もここに残って良いだろうか?」
……謝りやがるのかー!しょぼくれた犬状態で反省するんですかーい!
ううう、己の非を詫びて反省する相手に追い討ちを掛けられる神経は持ち合わせていないのです、性根が小市民なので。
ノイエ様がもっと俺様王子だったら、ここでバッサリ切れるのになぁ……。
「……はあ。謝罪を受け入れます。お気をつけください。リリーナは?大丈夫?」
「わ、私は!大丈夫です。聖教会での溜息連発ガッカリ顔に比べたら、あの程度は良い方なので!」
サラッと心の闇が見えました。
テスト終了からスターチス領に来るまでの苦労が窺える内容だったわ。胃に優しいメニューにするわね、今夜は!
「とりあえず……、一度休憩にしましょうか」
気持ちを切り替えるためにも、休む事にしたのは仕方ないと思います。
聖歌名は元の聖歌からもじっていてごめんなさい。
元ネタ分かる人がいらしたら、そっとお知らせください、答え合わせしましょう笑