悪役令嬢と卒業式7 彼女の恋の終わり
「身分詐称は罪に問われる。それを行ったのが他国民だとすれば重罪だ。……さて、色々調べはついているのだけど、確認しよう」
ノイエ様の言葉に合わせて、デルフィニウム、カンパニュラ、ムスカリ、ネメシアそれぞれが書類を準備してきました。
「本来ならこのような祝いの席で問うべき内容では無いが、始まってしまったものなら仕方ないからね。仕掛けてきたのは君たちの方だ」
言いながら、見つめるのはルールカ様でした。
ノイエ様の視線がルールカ様にあるのに皆も気付いたのか、不思議に思っている方もいらっしゃる様子です。
「いつの間にか話題がすり替わってしまった聖女への毒針事件だが……失敗したらしい毒針の行方をずっと探していたようだね?
公にされていないが、対応したのはアナベルと……聖女本人とデルフィニウム、カンパニュラ、ムスカリ、そして私だ。本当についてなかったね?」
毒針の件は、ベロニカ様が用意させてご友人方が実行したものでした。けれどそもそもベロニカ様が毒針の使用を思い付くようにしたのはルールカ様で、実行したご友人というのもルールカ様配下の、他国民でした。
ベロニカ様は毒針の失敗について、『友人が自分の為を思って勝手になさった事』として我関せずというスタンスだったのに対し、ルールカ様は毒針の行方を探していた様です。
「この件で使用されていたのは、特殊形状の針。これを手配したのは、スピカータ嬢だね?まさか偽名も使わず発注しているとは予想外だったけれど。
アナベルに聖女を害したという罪を着せるつもりだったのだろうけれど、これがそもそもスピカータ嬢を告発する為に仕組まれたものだと気付いていたかな?」
ノイエ様は、どこから出ているのかわからないお優しい声色でベロニカ様に話しかけました。かなり白々しい……。
その声に気を良くしたベロニカ様は、
「そんな!ではわたくしはずっと嵌められていたのですね!なんて事でしょう。そんな罠に嵌められていたなんて……」
案の定ベロニカ様は、自分は悪くなかったという演技をなさいますが……そもそもリリーナに毒針入れたりそれをわたくしのせいにしようとしてるからね?悪くない人、そんな事思い付きもしないからね?
「うん、つまりスピカータ嬢は第一王子の婚約者候補にも関わらず、友人を選ぶ際にきちんと調べもせず、まんまと身分詐称の他国民の口車に乗って、なされた行動の責任を取るつもりもない、そういう事だね?」
『陥れられた可哀想なわたくし』の演技をしていたベロニカ様がピタリと泣き真似をやめてノイエ様を見上げました。
……まさか、騙されていたのだから自分に非は無いと主張するつもりだったのでしょうか?
王妃になるかもしれない第一王子の婚約者候補が、近づいてきた人物の裏も確認せず、良いように口車に乗って他者を害す、しかもその責を負うつもりもないという発言をしておいて、まだ婚約者候補に留まれると?
「私が求める婚約者は、誇り高く、惑わされる事なく、自分自身のみならず国の責任を負う人物であって欲しいと思っている。前から言っていたよね。
器物損壊など諸々あるけれど、何より未遂に終わったとは言え、聖女を害す計画を示唆または見過ごし、その罪を他候補に着せようとした事、ただ婚約者候補から外れるという処分では済まない。後日処分内容を知らせるから、楽しみにしておくように。私からの最後のプレゼントだ」
ノイエ様から送られてきたという素敵なドレスを身に纏い、わたくしを陥れればその座が手に入ると思っていたベロニカ様は、ノイエ様の言葉に絶望なさったようでした。
因みにスピカータ侯爵夫妻は蒼白で何も言えない様子です。
「わ、わたくしは!ずっと前から、ノイエ様をお慕い申し上げまておりました。ノイエ様はずっと、自ら望んで隣に立つと決めた人物を選ぶと仰っていました。わたくしはずっと!ずっと!スターチス様よりも!」
ベロニカ様は、政治的にはもう絶対に自身が選ばれる事がないと分かったからか、破れかぶれのように告白をしました。
「初めてお会いした時に胸が高まりました。12の時に恋に目覚めました。貴族の娘として、恋という感情に驚きましたが、その相手が他ならぬ婚約者候補のノイエ様である事に喜びを覚えました」
ベロニカ様の告白は続きます。高位貴族の娘が感情を露わにする姿は、本来眉を顰めるものですが、わたくしはその感情に共感してしまいました。……わたくしはベロニカ様の様に表に出さなかっただけで、蓋を開けてしまえば同じような感情を抱いていたのですから。
「不動の婚約者候補筆頭がいましたが、絶対諦めませんでした。怖いものなんてありませんでした、ノイエ様に見て頂けるなら。ずっとずっと、ノイエ様にときめき続けています」
ベロニカ様の目には涙が溢れていましたが、最後まで凛々しく言い切りました。
あんなに嫌味ったらしくて、底意地の悪いイジメをして、悪意しかない策に踊らされるベロニカ様でしたが、この告白だけは見事でした。わたくしの気持ち代弁であり、わたくしが蓋をしたかった事でした。
変な策なんか弄さずに正直に想いを伝えていたら良かったのに……そう思う気持ちもありましたが、わたくしも彼女も、立場故に出来ない事でした。
ノイエ様は少しだけ驚いた表情になりました。
「ありがとう。でも貴女はその気持ち以外の全てを間違えた。手順すらね。
そもそも私は、貴女に名前を呼ぶ許可を与えていない。……意味は分かるよね?」
ずっと、ノイエ様はずっと、ベロニカ様からの好意に気付いていながら、名前を呼ぶ事を許してはいなかった。
学院内だから、取り立てて注意する事はしなかったけれどずっと線を引いていた、と。そういう意味でした。
言われたベロニカ様は、小さく頷きました。この方は意外と素直な方なのです、わたくしと違って。
「式が終わるまでこの場に留まるように。これも処分の一環として、最後まで見届けよ」
衛兵に捕らえられる事は無く、けれどこの針の筵の中様々な目で見られる事になったベロニカ様。
「寛大な処分、ありがとう存じます」
幾分落ち着いたのか、ノイエ様の命令に綺麗な淑女の礼を取りました。
それは、今まで見てきた中で、最も第一王子の婚約者候補らしい振る舞いでした。
恋が終わる瞬間を、わたくしは初めて見たのでした。
更新お休みして申し訳ありません…
少々仕事がバタついておりました。
早く完結させたいのですが…ちょっと長引くかもしれません。完結出来るよう頑張ります。
誤字脱字報告本当にありがとうございます!
まだまだありそうなので、見つけましたら、そっとお知らせいただけると助かります。




