悪役令嬢と卒業式6 第一王子のターンエンドはまだこない
やっとノイエのターン!
「陛下も出席される学院の卒業式は、貴族子女が成人したとみなされる準公式行事にあたる。それを理解した上での発言であろう。まさかこの様な初歩的なルールを理解出来ない者はいないと思う」
ノイエ様の言葉に、騒ついていた会場は即座に鎮まりかえりました。
「発言の許可を得たのはスターチス嬢のみで、私が発言を許可したのは彼女とスピカータ嬢のみであった。皆の記憶も同じだと思うが、どうだろう」
ルールカ様の発言や配下のご令嬢は勿論、噂話に乗じたざわめきを起こした方々がビクりと固まりました。
「記憶していない者もいるかもしれないが、安心してくれ。許可を得ていない発言をした者全て、把握している」
広い会場で、様々なところから不自然に始まった憶測とそれに乗っかった責任のない発言を把握しているそうです。
……これは、制服を着ていない衛兵が紛れているのかもしれませんね。つまりこの事態を想定していらしたのでしょう。流石腹黒。
「準公式行事で、憶測のみで発言する愚かな者はいないだろう。さて、私が側近に指名したネメシアの事で発言があったな。ネメシアが禁呪を使用した、と。……それで?具体的に、どんな禁呪を使用したのだろう。禁呪目録何項にあたるのか、また使用した正確な日時も教えてくれ」
ルールカ様が、ぐっと歯を食い縛りました。まぁ、使用してないから答えられませんよね。
「ああ、すまない。カルセオラリア嬢、発言を許す。……それから、スピカータ嬢のご友人のふりをしている二人、君たちにも発言を許そう」
ルールカ様は許可されましたが答えられませんでした。
配下の令嬢方も発言を許された訳ですが勿論何も言えません。……ところで、配下のお二人はそれぞれソリダゴ男爵令嬢とゴールデンロッド子爵令嬢と記憶しています。ノイエ様がお名前を知らないとは思えないのですけれど、名前すら呼びたくないということ?
「お、恐れながら。以前よりネメシア様にその様な噂があったのも事実です。また、昨年までの卒業式では、これ程まで厳かな雰囲気では無く……」
「昨年まではもっと和やかと言うか、学生をお祝いする式だったと記憶しておりまして……申し訳ございません」
配下の令嬢方が言い訳をし始めました。
いやいや、聖女のお披露目と第一王子の成人をみなす式よ?意味合い考えようよ、とツッコミが入るお粗末なレベルの言い訳でしたが。
「そうか、てっきり二人はルールを知らないのかと思ったよ」
人の悪そうな顔で二人を見るノイエ様は、ヒーローより悪役が似合いそうな笑顔でした。
「申し訳ございません!学院で学んだものの、学生気分が抜けきらず大変失礼しました」
「わ、私も!学生気分で申し訳ありません」
普段から噂に嫌味に憶測にと、凄かった方ですものね。
先程までベロニカ様派閥と思っていましたが、ルールカ様配下とは思いませんでした。アレらは噂や憶測を嗜めないベロニカ様の評価を下げる為の地道な策だったのね、今考えると。
それをそのままわたくしにもやろうとした、と。……何故今やるかな、陛下もいらっしゃる席で。
少々呆れて彼女たちを見てしまいました。
「学生気分だったからか!そうか、それは気付かなかった。私はてっきり、他国の女性だからかと思っていた。いや、すまないな!」
ノイエ様の発言に皆ギョッとしましたが、先程発言を控えるように言われた為、何とか声を出すのを堪えました。
……他国の女性?彼女たちが?
「ああ、申し訳ない。君たち二人の名前をド忘れしてしまってな。二人の名を、教えてくれないかな?」
にっこり笑うノイエ様の言葉はさながらネズミをいたぶる猫でした。いつでも仕留められるけれど遊んでいらっしゃる姿が正に猫。
本物の猫は可愛いけれど、陛下もご出席な準公式行事でいたぶられる彼女たちに、ほんの少しだけ同情しそうになりました。
「どうぞ?堂々と名乗るといい。私自ら卒業をお祝いしよう」
ここで名乗らないのは失礼になるけれど彼女たちは名乗れません、ノイエ様の言葉が本当ならば。
ソリダゴ男爵とゴールデンロッド子爵は貴族名鑑に載る歴とした我が国の貴族で、勿論他国民ではありません。それぞれ娘がいる事は記載されていますが、他国から養子縁組をした話も聞きませんから、指摘が正しければ、他人が成り代わっているという事になります。
貴族の身分詐称は決して軽い罪ではありません。名乗った瞬間に捕まえる事が出来ます。
名乗らなければ直ぐに捕縛とはなりませんが、王族に名前を問われて言えない理由などありません。
彼女たちはずっと学院に在籍していたと思うのですが、ではずっと他国民が詐称していたという事……?
ソリダゴ男爵とゴールデンロッド子爵も卒業生の親なので出席していますが、真っ青な顔をしているところを見ると、ご存知の内容なのでしょう。
「ソリダゴ男爵とゴールデンロッド子爵は、多額の借金と引き換えに娘の替え玉を許容した。調べはついているよ」
ノイエ様は言いながら軽く右手で合図を送り、令嬢二人と男爵、男爵夫人、子爵、子爵夫人を潜ませていた衛兵が捕縛しました。
突然の事で、近くにいたご夫人方が悲鳴をあげたり騒つく中、止せば良いのに『上様がこんな所に居るはずが無い』的なイタチの最後っ屁(下品な例え失礼!)をかましてくる令嬢二人は、
「私たちの名前をド忘れなんて、やはりノイエ様は禁呪を使われてしまったのですわ!」
「共に在籍した私たちを疑うなんて!私は6年間学院に通っておりましたわ!今更何故お疑いになるの?やはり禁呪を使われて……!」
先程は面白い様にこの発言から噂や騒めきが伝播しましたが、今回は不発に終わりました。
発言を許可されていないからという事もありますが、散りばめて配置されている衛兵が発言する者を鋭い目で監視しているからでしょう。
「禁呪禁呪と言うが、何項にあたる内容か。禁呪目録は使用を防ぐ為、王宮禁書庫で厳重に管理されており、12年前からはどの内容が禁呪にあたるかも秘匿されている。
閲覧許可もここ十年は出ていないし、どうして君たちはネメシアが禁呪を使ったと騒ぎ立てたのかな?」
禁呪について12年前に規制が強化された、という言葉にピンときました。
ネメシアは5歳で3度目の禁呪を父から使用され、その後噂が広まり側近候補から外されました。6歳頃の事です。
あの時は噂の域でしたが、もしかすると中枢では禁呪の使用を知っていて隠したのかもしれません。
この国最大の魔術師として国防面でも外せない立場にいる魔術師団長ネメシア侯爵に足枷をつける為に。そして、禁呪によって誕生した魔術の天才セブンスターク・ネメシアを守り、……囲い込む為に。
「禁呪の噂、色々あるよね。けれど誰もその真実を知らない。だから君たちは利用しようとした。
何一つ事実はなく、『かもしれない』『そうらしい』で、あたかも本当であるかのように、無色の水に濁りを混ぜ続けた。
噂だけで陥れるつもりだった?煽る為の精神作用魔術やハーブを使って?
でも残念だったね、アナベルはつけ入る隙がなさ過ぎて何も出来なかったんだろう?
だから隙を作ってあげたんだ。君たちが飛び付くような隙を。ネメシアの事も、アナベルの事も、ここ数ヶ月、面白いくらいに上手くいっただろう?」
わざわざ口調を変えて、お優しいキラキラ王子モードで説明してくれますが、言ってる事は中々腹黒です。
「さ、小物の話はこの辺にして、本題を始めようか」
それはそれは楽しそうに告げるノイエ様。いわゆる、ずっと俺のターン!というやつですね、分かります。
ノイエ様のターンエンドはまだまだ先の様でした。
もう少しノイエのターンでお送りします。
やっとだよ…!




