悪役令嬢と卒業式4 第二婚約者候補の発言
式は進み、側近の発表です。
ノイエ様が王太子になる前に、自ら決定しなければならない二つの公務のうちの一つで、誰を選んだかにより今後の方向性を伺えるのです。
いわゆる任命責任が問われますから、何年も掛けて選定します。
ちなみに、もう一つが婚約者の決定です。
側近にしても婚約者にしても、好き嫌いという個人的な感情に流されず、多角的に考えた上で選定しなければなりません、
側近発表は恙無く行われました。そりゃあね、ベロニカ様もわざわざ側近に難癖はつけませんよね。
側近には、デルフィニウム、カンパニュラ、ムスカリと……ネメシアが選ばれていました。近頃を考えれば『だと思った』の一言ですが、滑り込みましたね。
尚側近や婚約者は歳上や歳下が選ばれたりしても良いのですが、王妃様の妊娠発表で多くの有力貴族が頑張った結果、同学年に優秀な人材が揃った為全員同い年な側近陣と婚約者候補になった様です。
壇上に立つ彼等にも拍手が贈られるため、彼等が座っていて今はがらんと空いた席の向こうの教授、講師陣が見えました。
いつもにこやかなワトソニア先生が、酷く厳しい目で壇上を見上げていました。
……今思い出したけれど、ワトソニア先生ルートの時だけ、先生も側近に加わるのよね。という事は先生の心中は穏やかじゃあないわね。
ん?何でワトソニア先生ルートの時だけ側近になるのかしら?年齢を越えて選ばれるという事は、ワトソニア先生も優秀って事よね。なんか、この辺りゲーム内と現実の間に深い闇がありそうね……。
などとツラツラ考えていたら、そろそろ婚約者決定発表に移るそうです。
うわ、ちょっと緊張して来ました。
「婚約者候補は五名であったが、先程聖女のお披露目にて、婚約者候補の一人であるリリーナ・クレマチスが辞退し、ウォンリード・ムスカリとの婚約を発表したため婚約者候補は現時点で四名になった。候補者名を読み上げる。候補者はその場に起立するように」
こうして、わたくし、ベロニカ様、ルールカ様、ユイリィ様が呼ばれその場に立ち上がりました。
「ノイエ第一王子殿下から、この他の候補は上がらなかった為婚約者の中から決定するに至った。長きに渡る婚約者選定において、令嬢方には多大なる協力を感謝すると共に、皆等しく讃えるものである」
パチパチパチ……と拍手が贈られましたが、それぞれの派閥はここからが勝負です。
異議を唱えるか、大人しく引き下がるか、賛同するか。先程のように令嬢自身が発言するのか、派閥の長が行うのかにもよって対応が違いますからね。
因みに、お父様からは『よっぽどの事が無い限り口は出さない』と言われています。覚悟を決めたと伝えたら、反発に対してこれから王太子妃になろうとする者が自ら対応出来ずしてどうする、だそうです。
お母様からは『ああ言っているけれど、貴女の幸せを一番に考えているから、もしもの時は任せなさい』と言われています。
ゲームのアナベル・スターチスがヌルい断罪だったのは、両親が頑張ってくれたから何だろうなと、今更ながらに実感しました。
「では、発表に移る。名を呼ばれた者は壇上へ」
「その前に!皆様にお聞きいただきたい事がございます!」
隣から、挙手と共に大声が響きます。
騒つく会場は、またもや上がる声に眉を顰めていました。
ベロニカ様、この雰囲気の中再チャレンジするそのメンタルには感心してしまいますが……それは勝負出来る案件なのかな?と、彼女のその後を考えてしまいました。
スピカータ侯爵をそっと見てみると完全に青い顔で、まさかの単独犯である事が分かりました。
家のバックアップ無しで何するつもり???……ていうか、今までのアレやこれも全部ご両親は知らないって情報は本当だったのね。
「ベロニカ、少し落ち着いて……」
スピカータ侯爵夫人はベロニカ様の発言を止めようとなさっていました。
これは……嫌な予感がしますね。
「先程、聖女がスターチス様を主とする事を認めないと発言したのには、もっと恐ろしい事件についてわたくしが知ってしまったからなのです!本来なら先程申し上げるべきでしたが、あの様な恐ろしい事実をわたくしが皆様に伝えてしまったら、スターチス様だけでなく、スターチス公爵家にも関わるのではと、忖度してしまったのです。弱いわたくしを、皆様お許しください!」
周りの冷ややかな視線の中、女優さながらに怯え悲しむ演技をなさるベロニカ様。もうね、劇団にでも入ると良いのでは?
「回りくどい事はいい。意見があるならば発表後、可否を問う際に行うのが筋であろう」
「わたくしが今から発言する内容により、ノイエ様がお選びになってしまった責任が生じるかもしれません。わたくしにはそんな事は出来ません!ですから、今この場での発言をお許しください」
つまり、ノイエ様がわたくしを選んじゃってたら指名責任がノイエ様にかかるので、発言聞いてから発表した方がいいわよ?って事です。
ふーん、いい度胸じゃない。喧嘩は買う主義って、知ってるわよね?
「いいだろう、発言を許す」
わたくしが発言する一瞬前に、ノイエ様がベロニカ様の発言を許可してしまいました。空気吸い込むタイミングで被せて来やがった事、分かってますわよ?何?本日はわたくしの出番が奪われまくりで、きちんと発言していない気がするのですが?
「ノイエ様!ありがとうございます!そうですわよね、もしもノイエ様の責任になんてなったらわたくしも悲しいですから、発言をお許しくださったのは英断ですわ。恐らくお考えが一変してしまうでしょうし……」
「発言は簡潔に、余計な事は言わないように」
ベロニカ様は進行係にも悪印象なようで、嗜められていました。
裁判でも心情って大事なんだから、これから会場を味方につけようと発言する前に、余計な事は言わなければいいのに……。憎めない小悪党なのよね、ベロニカ様って。
「わたくしの話を聞いて、そんな言葉を掛けられるかしら?貴方もスターチス公爵家派閥ですわよね?今から青褪める顔が楽しみです。
これは、もしかしたら聖女自身はご存知無い内容で、そのせいで彼女は策略に嵌り恐ろしい悪女を主にと選んでしまったのかもしれない、というお話です!
あれは、最終学年が始まり少し経った頃でした。聖女がノイエ様と親しくなり、スターチス様を脅かす存在と言われ始めた頃です」
……あ、もしかしてベロニカ様、リリーナの毒針事件について告白するつもり?アレをわたくしの仕業だと?
「スターチス様の立場を脅かす聖女を見詰める視線は、いつも背筋が凍る程でしたわ!確かに聖女はノイエ様や様々な男性とそれはもう親しくなさって、たくさんの方から指を指される存在でした」
ここに来てまさかの聖女ディス!ベロニカ様、リリーナの事も嫌っていたから先程の全否定を根に持っていらしたんでしょうね。
ベロニカ様とは反対側の隣の席に戻っているリリーナを見れば、笑っているのになんだか底の見えないムスカリに似た表情をしていました。
「事ある毎に聖女に難癖をつけ、そのうち彼女の持ち物を壊したり隠したり……まさか公爵家のご令嬢が窃盗や器物損壊などと言う行為に出るとは思わず、現場を見かけた友人の言葉にわたくしは耳を疑いました!」
身振り手振りの演技が中々の迫力ですが、物凄くわざとらしいベロニカ様。完全アウェーの中ゲリラライブする某アイドルみたいなメンタルですね。
「けれどわたくしは信じておりました。まさか公爵家のご令嬢がそんな事をなさる訳は無いと。……けれどその信頼は残念ながら裏切られてしまいました。……聖女の靴に、毒針が仕込まれたのです!それは恐ろしい毒でした。中毒性もあって、将来子が流れやすくなる作用のある毒を、聖女の靴に仕込んだのです!」
……はい、ダウト。その時の靴はわたくしが回収し、その後ネメシア経由で魔術協会で保管しています。何故その毒針がその様なモノだとベロニカ様がご存知なのでしょうか?
……さぁ反撃するかな、と挙手しようとしましたら。
「もうおやめください!」
声を上げたのは、ルールカ様でした。
……わたくしの出番はいつになるのかしら?




