悪役令嬢と卒業式3 聖女の独白
リリーナオンステージ回です。
ベロニカ様による聖女リリーナの後ろ盾がスターチス家……というかわたくしになる事への反対を表明で、会場はざわつきました。
先程は飲み込んだ異議を口にするか迷う者、情勢次第で相乗りしようと考えている者、静観する者と分かれましたが、とりあえず今否を唱えるのはベロニカ様だけの様です。
これにベロニカ様は肩透かしを食ったような顔をなさいました。……声を上げさえすれば同意が得られると思っていたのでしょう。
うーむ、事前に打ち合わせしておこうね?スタンドプレーのせいで成功する筈が失敗する案件も多いのよ?……などと他人事のように考えてしまいましたが、ノイエ様の婚約者になろうと決意したんですからボンヤリ見ている暇はありませんでしたね。
さて、どうしようかと思っていたところ、大司教様が先に声を発しました。
「聖女には選択の自由が与えられている。それは聖女結界の性質に関わるからである。聖女本人の決断に否を唱える根拠を述べよ」
先日、聖女認定の立ち会いでお会いした時は、穏やかで優しい印象の、リリーナが大おじいちゃんと呼ぶのも分かるわぁと思った人物と同じとは思えない程厳しい声を発する大司教様。
「アナベル・スターチス様は、公爵令嬢を利用し無理矢理聖女を侍女とし、また彼女を侍女とする事でノイエ様の婚約者候補筆頭という立場を磐石にしようとした疑いがあります!」
えっ!わたくしがリリーナを侍女にする予定はそういう風に思われていたの?……よく考えれば、リリーナが聖女で、聖女が侍女になるってそういう意味に捉えられるわよね。
うわー、全然気付いてなかったわ。『公爵家を後ろ盾にしようと考えるなんてなかなかしたたかねリリーナ』とか思っていてごめんなさい。むしろ周りから見ればわたくしこそしたたかだったわ!考えて無かったけど。
「長期休暇の際、まだ聖女認定を受けていない状態で自領に呼びつけ侍女となるよう強要、学院再開後はまるで見せびらかす様に連れ回し、ある時は危険に晒し、ある時は不慣れなマナーを嘲笑うなど侮辱行為を行っております」
うーん、他人から見るとそうなる……のかしら?ああ、『わたくしの侍女になりたいならこの程度で根を上げるんじゃ無い』とか言ってた事?励ましのニュアンスのつもりでしたが、リリーナも嫌だったかしら。気をつけないと。
駄目ね、分かりやすく励ますのが恥ずかしくて、つい憎まれ口になっていたわ。こういうのが積み重なりパワハラになるのよ、考えを改めていかないと。悪役令嬢らしく……なんて思って言った言葉で、人の心を試す必要はもう無いんだから。
「発言、宜しいでしょうか?」
パワハラについて考えていたら、またしても発言の機会を逃しました。うわーん。
「先ず、ベロニカ・スピカータ様のご発言は憶測と事実誤認が多く、私がアナベル・スターチス様にお仕えするのを否定する内容にはなりません。そもそも、私が聖女結界を発動する事が出来たのもアナベル様のお力添えがあっての事でした。恩義をお返しする為にも私はアナベル様にお仕えします」
「スターチス家からクレマチス家へ資金が流れた事も調べてあります!何か弱味を握られて言わされているだけでしょう?わたくしが助けてあげますから、どうか本当の事を仰って!」
資金は支度金レベルなので、それを言われても痛くも痒くもないです。調べるならちゃんとお調べください。
ベロニカ様の発言で、わたくしに向けられる予定だった目は、むしろ憶測で発言しまくるベロニカ様に向けられています。
「本当の事?……ああ、あの時の事をご存知なのですね」
「!え、ええ、そうです!全て正直にお話ください。わたくしが貴女の言葉が正しい事を証明しますから!」
リリーナの言葉にベロニカ様がすかさず乗りますが……、リリーナ雰囲気で察した方が良いのではないでしょうか。ちょっと危機察知能力が低いですね。
「これからお話する事は、聖女として恥ずべき事で……出来ればお話したくはありませんでした。聖女結界を発動させられたものの、私自身が資質に不安を感じ、大司教にも相談しました。ですから私から、長期休暇中にアナベル様の元に行かせて欲しいとお願いしたのです」
よく分かりませんが、この内容は大司教様もご存知で……そのせいでベロニカ様に対して厳しめなのかしら?
リリーナの独白が始まりました。
「私が聖女候補になったのは、約二年前の事です。クレマチス家に引き取られ、定期的に聖女結界について学びましたが、結界発動の兆しはありませんでした。
学院にて聖結界の授業に参加したのは、何らか影響を受けて聖女結界発動に繋がるのでは?という大司教からのアドバイスによるものでした。
聖女結界どころか聖結界も上手く張れない私に、嘲笑が浴びせられました。誰よりも聖歌を練習しているのにと、私は悔しくて泣きそうでした。
そんな時、魔獣が出現しました。私が上手に結界が張れなかったせいで魔力が漏れ出てしまい魔獣を呼び寄せてしまったのでしょう。
魔獣は、私を嘲り笑ったご令嬢のうちの一人に向かっていました。魔獣に恐怖した彼女は、尻餅をついて逃げられない様でした。
私はこの時、……ざまぁみろ、と思いました。私を嘲り笑った罰だと。聖女失格の感情でした。本来なら、魔獣が出現したなら、直ぐに聖歌を歌うべきでした。結界が張れなかったとしても。
この時の魔獣は強い物ではありませんでした。冷静になって考えれば、尻餅をついたご令嬢自身も、周りも、直ぐに聖歌を歌うべきでしたが、気が動転していました。
そんな中、アナベル様だけが聖歌を歌い始めました。直前の試技で聖結界が張れなかったのに。歌が下手だと笑われたのに。
誰も動けない中、アナベル様は落ち着いて聖結界を張ってくださいました。試技の際は、初めての聖結界発動のせいで発動が遅くなりましたが、今度は間に合ったのです。
アナベル様の聖結界は発動は遅いものの、硬く広範囲に及ぶものでした。
嘲り笑った者すら、全ての人を守ったのです。
弾かれた魔獣を倒そうとした魔術の流れ弾が飛んで来た時、私もアナベル様の様になりたいと強く思いました。
……それで、聖女結界が発動出来たんです。
私の聖女結界が発動した時、アナベル様は褒めてくださいました。
尻餅をついたご令嬢は、出来るなら最初から発動させなさいと怒りました。わざと聖女結界を発動させなかったと言われた時、私はドキリとしました。本当の事だったからです。
アナベル様は、公爵家のご令嬢で第一王子殿下の婚約者候補です。本来なら守られる立場でした。
けれどアナベル様は、真に守られる立場は他にいるのだから、自身が守られるだけの存在になってはならないと説きました。
責任と自覚のある言葉に、胸を打たれました。
聖女結界は発動したものの、発動条件が分かりませんでした。
また、嘲笑した方への気持ちは聖女として疑問が残り、大司教に相談しました。大司教は、アナベル様にその責任と覚悟を学ぶように言われました。
スターチス領では、私の聖女結界練習のせいで強大な魔獣を呼んでしまいました。丁度第一王子殿下がスターチス領にいらしている時にです。
アナベル様は殿下と、まだ聖女結界を張れない私を守る事を優先し、自ら魔獣に相対し、聖結界を張り続けました。それが貴族の役目だと仰って。
強大な魔獣を前にしながら、恐怖しながら、それでも殿下を御守りする為に。
もしもの時の為に準備していた騎士団でも苦戦する程で、アナベル様が聖結界を張らなければ犠牲者が多数出た事でしょう。魔力が続く限りアナベル様は結界を張り続けてくださいました。
その姿を見て、私はこの方の役に立ちたいと思いました。この国で誰よりも高貴な存在になる可能性が高いのに、今出来る最善の為に力を尽くすアナベル様の為に。
お気付きかもしれませんが、私の聖女結界の発動条件は役に立ちたいという意思です。私は、アナベル様の崇高な信念に憧れて聖女となりました。
だから皆様、どうか私がアナベル様にお仕えする事にご理解ください」
リリーナは、自らの聖女としての資質を問われるかもしれない事も顧みず独白しました。
ベロニカ様は、まさかそんな独白をするとは思わなかった様で、何か否定しようと口を動かすも言葉が紡げないでおります。
わたくしも驚きました。リリーナ、そんな風に思っていたのね……。あの頃は覚悟が足らなかったから、断罪を起こさせる為にもがいていて、行動がチグハグだったのだけれどね。あの行動も貴族の義務を果たしただけなのに、大袈裟だわ。
「本当の事を正直に、とスピカータ様は仰いましたね。本当は黙っていようかと思いましたが、これもお話すべきでしょう」
リリーナが更に続けようとします。もういいんじゃないかと思いますが、……まさかあの時の事、ずっと根に持っていたのかしら?
「あの時私を嘲笑し、その後罵倒なさった事。詳しくお話しすべきですよね?」
にっこり笑ってベロニカ様を見るリリーナと蒼白になるベロニカ様。
二人を見れば、名前を出さなくても誰があの時のご令嬢なのか、一目瞭然でした。
リリーナの独白に、ベロニカ様に続いてわたくしの侍女になる事を拒む者は完全に居なくなりました。
「ふふふ。私、少しだけ感謝もしているんです。色々ありましたが、聖女として覚醒するきっかけになったのは事実ですから。
……さて皆様。私の言葉に耳を傾けてくださりありがとうございました。今の言葉で、聖女としての資質を疑う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし私は、主人を得ます。責任と覚悟を持った主人は、私を正しく聖女として導いてくださる事でしょう。
私は、私を認めてくださった聖教会と導いてくださる主人の信頼を裏切る事の無いよう、誠心誠意聖女として務めあげることを宣言します」
言い切ったリリーナに、拍手が降り注いぎました。
自分の弱さを認め、それを包み隠さず告白したリリーナに、会場は共感した様でした。
リリーナは自分を認めさせるだけじゃなく、わたくしの後押し迄するつもりで敢えてこの告白をしたのでしょう。
共感してくれなかったらどうするつもりだったのかしら……と思いますが、通路を挟んで反対側の側近席にいるムスカリが満足そうに笑っているので、全て計算済みだった様です。
リリーナとムスカリには今後頭が上がらないわね……と思いながら、自爆したベロニカ様がこの後どう出るのか一抹の不安を覚えました。




