悪役令嬢、いざ卒業式へ
ラストターン卒業式の始まりです
ノイエ様を好きだと認め、それを伝えようと決意したものの、どのタイミングで?どうやって?などとまごついていたら、あっという間に卒業式当日です。
取り組み始めるのが遅かった……!恋愛初心者に女性からの告白なんて高難易度ミッションは厳し過ぎました。
大体、ノイエ様の好意がどういうものか分からなくて、その真実が怖くて行動出来なかったわたくしですもの、いくら自覚して覚悟したところで怖いものは怖いのです。
気付いて仕舞えば、わたくしはただのビビりでした。ホントね、リリーナのプロポーズとか超凄い。ヒロインちゃんだからとか関係なく、この貴族社会で告白するって、男女問わず凄い勇気だと思います。
リリーナとムスカリを見ている時は、『この二人絶対好きじゃない。なんでさっさと付き合わないのよ』なんて思っていましたが、リリーナもムスカリも、あんなにハッキリ想いを告げて……格好いいです。お前がナンバーワンだ……!
という訳で、チキンなわたくしは勇気が出ないまま卒業式を迎えてしまいました、とほほ。
髪にはお母様から譲り受けたイエロークォーツの髪飾り、首と耳にはお父様からの贈り物のネックレスとイヤリング。クリソベリル・キャッツアイで出来たものでした。
それぞれの宝石はお母様お父様を表す色で、優しさや思いやり、寛大さなどの願いが込められた宝石です。
……え?わたくしまだ卒業式に出るだけなんですけど?いやまぁ、この国の学院卒業は成人の意味合いがありますけれど、まるでわたくしが家を出るみたいな贈り物に困惑します。
「これは、わたくしがスターチス家に嫁ぐ時に母から受け継いだものなの」
お母様はそう言いながらわたくしの髪に髪飾りを着けてくださるんですが、え?そういうのって嫁ぐ時に貰い受けるものなんじゃないかしら?
「アナベルは早くから殿下の婚約者候補に上がってしまったから、子どもらしい生活を送らせてあげられなくて悪かったと思っている。何か辛い事があったら、この宝石を私たちだと思って……」
お父様は涙目でした。
……え?どういう事?
「大袈裟ですわ。今日は卒業式で、成人とみなす儀式。まだわたくしは家を出る訳じゃありませんわ」
二人を落ち着かせるように言ったのですが、両親は緩く首を振るのみ。
「お前が婚約者に選ばれれば、恐らくこの家に帰る事は難しいだろう。だから、今、伝えられる内に言いたかったんだ」
スケジュールや安全面から、婚約者は生家から王宮預かりになる事は知っていましたが、そうか、第一王子に嫁ぐかもしれないってそう言う事なのか。
今更ながらに実感しました。
良き王妃である為に、両親からも、友人からも切り離され、何者からも支配されず、誰からも影響を受けず、利用される事がないように、常に一線を引いた孤独な存在になる。国の為に生き、国の為に死ぬ覚悟を求められる存在、それが国王とその妻である王妃。
ノイエ様が自身で望んで欲しいと願うのも分かります。その覚悟を、単に選ばれただけの女性が背負える訳がありません。
ノイエ様の性格を考えれば、そんな孤独な存在にしてしまうことに罪悪感があるのかもしれません。
馬鹿な人。その上臆病で、狡い人です。
ドレスを身に纏い、そっと撫でる。
柔らかなのに張りがある、繊細だけど大胆なレースに刺繍。ノイエ様の二面性を表したような、そんなドレス。
手首には、いつかの小さな青い小鳥のチャームにリボンを通して巻いてもらいました。幸運を運んで来てくれるように。
「アナベル様!」
リリーナがムスカリにエスコートされて入場待機場所にやって来ました。
大声で名前を呼ぶなんて……よく淑女のマナー上級Cが取れたなぁとしみじみ思います。
でも、最初はあんなにマナーのなっていないオタサーの姫だったのだから、それを考えると立派になったわ……と何目線なのか分からない感慨に耽りそうになりました。
リリーナは、淡いピンク色の髪を上品に纏めていて、小さいけれど可憐に光る髪飾りをしていました。式中に聖女のベールを頂くので、髪飾りは控えめなのです。
首にはわたくしからチョーカータイプのピンクサファイヤを贈りました。リリーナの細い首が強調されるデザインです。使ってくれて嬉しい限り!
ムスカリが時間をかけて作らせたドレスは、白く不思議な光沢のあるシルクに同じ色の糸でクレマチスの花と蔦がびっしり刺繍されている第一層、その上に淡いピンクの本当に薄いチュールレースを重ねて、第一層と同じ刺繍が今度は薄いピンクで施されていました。一層の刺繍と重なり立体感が出る上、二つの刺繍が重なった時だけムスカリの瞳の薄紫に見えるデザインは、死ぬ程手間が掛かっている事が伺えます。
不思議な光沢は重なった時にムスカリの瞳の色を表現する為のみならず、聖女の神秘も表しているのでしょう。
陰ながら支えるムスカリらしいドレスです。
手首にはお揃いで買ったピンクの小鳥のチャームが、細いピンクゴールドのチェーンブレスレットで揺れていました。
「リリーナ……今日は本当に、神々しいわね」
手首に小鳥のチャームが揺れる以外、ゲームとは全く違うドレスでした。けれど、スチルで見たよりも、ずっと素敵で幸せそうでした。
「ありがとうございます!ホント、このドレスに感動してしまって……。今日のお披露目も頑張れそうです。アナベル様の装いは、なんて言うか、各方面から独占欲丸出しですね!でも、たくさんの人に愛されているアナベル様にピッタリで、あのヘタレも良く見てるんだなって、初めて尊敬しました。アナベル様の良さを誰よりも分かってらっしゃる」
リリーナ!言葉にホント気をつけようね!聖女が不敬罪とか、聖教会と王家の争いとか見たくないのよ!
「スターチス嬢、今日の良き日を迎えられた事、お慶び申し上げます。これからも末永く宜しくお願いします」
ムスカリが笑顔でお祝いしてくれました。
「ありがとうございます、ムスカリ様。素晴らしき門出を共にお祝い出来る事、大変嬉しく思いますわ」
リリーナもムスカリもわたくしも、終盤に入場します。恐らくムスカリとリリーナがわたくしの近くに寄ったのには、もしもの時への警戒もあるのでしょう。
ちなみに入場は、名前を一人ずつそれぞれ呼ばれてからになります。平民、下位貴族、上位貴族、成績上位陣、ノイエ様の側近候補、婚約者候補、聖女のリリーナ、ユーフォルビア様、ノイエ様という順で入場です。
本来なら婚約者にエスコートされるのが正しいのでしょうが、前世日本の卒業式スタイルに近しい入場です。やはりここはゲームが元になっているのだなぁとしみじみ思いました。
ヒロインはわたくしの侍女になるって言うし、ムスカリと早々に婚約しちゃうし、カンパニュラは純情過ぎるし、デルフィニウムは色恋無さすぎだし、ネメシアは過去が重いし、ユーフォルビア様は聖女要らない派だし、イフェイオンはヤンデレだったし、ワトソニア先生は魅了使ってくるし!
全然!全く!ゲーム通りではないけれどね!
それでも恐らくわたくしは断罪されるでしょう。何故かヒロインによるルートは無視されていますが、ノイエ様の婚約者候補が仕掛けてくるに違いありません。
悪役令嬢は断罪迄がお仕事って?ゲーム無視な流れなのに、ヌルゲーが元の癖に何でわたくしにだけ厳しいのかしら。
そんな訳で、ここから先は予測不能。ヒロインによる寛大で穏便な断罪とはならないでしょうから、不安もあります。
ある程度の準備はして来ましたが、万全の構えではなく、出たとこ勝負しかありません。
さてさて断罪予定の悪役令嬢の行く末、どうなることやら!




