悪役令嬢の覚悟
アナベル独白回です。
ノイエのヘタレ具合がフィーチャーされてしまいます
えーと、前回お話ししたリリーナの必修科目の件ですが、ギリギリ受かりました。時間的にも、出来にも。ご心配おかけしました。
どうやって受かったかは、時間のある時にお教えしますね。
卒業式が間近になり、ノイエ様の婚約者についての噂は更に苛烈になっています。
聞いた中で一番苛烈な噂では、わたくしが過去に候補に上がった何人かのご令嬢を再起不能にしたそうです。……物理的になのか、政治的になのか、社会的になのか気になるところですね!
その他、わたくしを擁護してくださる方々は皆洗脳されているとか、うーむ、凄い噂ばかりです。
因みにわたくし擁護派が3対非難派?が1といった人数比ですので、もしわたくしが洗脳しているのだとしたら、もう宗教でも開いた方がいいのでは無いかと思います。言いませんし、しませんけれど。
この調子ですと、ゲームのようにリリーナとヒーローからの断罪は無さそうですが、積極的に動いてらっしゃるベロニカ様から何かしらの断罪?言いがかり?がありそうです。
それから、ほとんど接触の無いルールカ・カルセオラリア伯爵令嬢がどんな動きをするのか分かりません。
武術大会で拝見した限り、彼女は上手にベロニカ様の影に隠れていらっしゃいました。
たまに見られるベロニカ様らしからぬ策略は、もしかして……?と思いつつ、現在に至るまで確証は得られませんでした。
確証が得られないといえば、ワトソニア先生の裏の繋がりと、リリーナに盛られた毒についてです。
ネメシアが手伝ってくれたり、会話がきっかけでお互い調査が進んだりしていたのですが、途中からノイエ様と手を組むようになってしまい、わたくしには情報を下ろしてくれなくなりました。むしろわたくしが調べるのを妨害している気配すらありました。
助けてくれるって言ったのに!
長い物には巻かれろって言うものね……あちらは第一王子のち王太子、こちらは公爵令嬢……。わたくしも充分身分は高いけど、王太子確定な人とは違うわよね。
わたくしは今に至るまで、諸々の覚悟は出来ていません。
なので、秘密裏に誰が何をして来るか知りたかったのです。その策に乗るか、それとも反論するか。
断罪に乗るにしても、わたくしがどの程度危うくなるのかも重要です。家が関係する程なのか、庇護下に置いたリリーナにも及んでしまうのか、わたくしのみが罰せられるのか。
反論するなら、カードが圧倒的に足りません。状況証拠や証言なさってくれる方はいるでしょうが、確証にはならない可能性が高い。
ノイエ様はどうするつもりなのかしら。
あの熱い手で握られて以来、ノイエ様とはまた疎遠になりました。卒業式用のドレスは届きましたが、それだけです。
勿論素晴らしいドレスなので不満はありません。けれど他の方にも同じように届いているなら、やはり特別では無い?
わたくしに届いたドレスは、淡く輝く金色のシルクに、薄く繊細なチュールレースが重なるもので、チュールレースには水色と緑がかった金色で刺繍が施され、鮮やかな青いリボンが蝶のように揺れるデザインです。
このシルクは恐らくスターチス領のもので、リボンはユーフォルビア様の国の染料ではないかしら。様々な方面にも配慮がなされ、その上刺繍はノイエ様とわたくしの瞳を思わせる色味で……。
う、うーん?やっぱり特別、なのかしら?コレと似たドレスを皆様にも贈ったならキレてもいい案件なのでは?
正直、このドレスを見た時は鼓動が早くなってびっくりしました。いわゆるノイエ様色に染められたドレス。コレをわたくしに着ろと。
「ハッキリ言ってくれたら、わたくしだって……」
わたくしだって。
そう、本当はずっと前から自分の心は決まっていたのです。見ないようにしていたわたくしの心。
貴族の結婚に恋愛感情や心情は必要ありません。ずっと、生まれた時から教えられていました。高位貴族として生まれた責任。自領と、国に対する義務です。
もし親程歳の離れた貴族に嫁げと父である公爵に命令されたなら文句なく嫁いだ事でしょう。それが貴族の娘の仕事と割り切って。
けれど、運良く……運悪くかもしれませんが、わたくしは好きになれそうな人の婚約者候補になりました。恋愛感情でなく、政略的な意味合いで。
相手はわたくしを政略的にしか見ていない事を初めて会ってすぐ気付きました。
高なってしまったわたくしの心に蓋をしなければならないと思いました。そうしなければゲームの通りになってしまうと、無意識で心に蓋をしたのです。
学院でもずっと一定の距離を保ち続けました。ヒロインがノイエ様を選べば、わたくしは選ばれなくなる事を無意識で分かっていましたから。
ヒロインがノイエ様を選ばなかった場合でも、ゲーム通りならわたくしが婚約者になりますがそれは形式的なもので、決して愛して愛される存在にはならないと無意識で分かっていましたから。
前世の記憶を取り戻してからは、その気持ちに支配されました。勿論ゲーム通りでは無い事は承知の上でした。ここはゲームじゃなくて、実際にみんな生きている事、それぞれ意思を持っている事は百も承知です。
けれど、わたくしは怖かったのです。わたくしがノイエ様に本気で恋をしてしまったら?ゲームの中のアナベル・スターチスの様になるかもしれません。
そうならなかったとしても、報われないかもしれないという恐怖。前世で知っているこその恐れでした。
ノイエ様からの好意は感じていました。でもこの好意を素直に受け止めていいのか分かりません。
揶揄うように、反応をみる様に気紛れに寄越される好意を、本気にして良いのか分かりません。
ノイエ様はずっと、自ら望んで隣に立つ人がいいと公言なさっていました。
わたくしは送られる好意に怯えたままでした。
だって狡い。ノイエ様は狡い。
自分から好きだと、隣に立ちたいと言わなければノイエ様からは返って来ないのです。返ってくるものが、わたくしが思う様な感情では無いかもしれないのに、わたくしにだけ差し出せとおっしゃるのです。
勿論、これは他の婚約者候補にも適用されます。だからこれは公平なルールです。
それでも、わたくしは狡いと感じてしまいました。
ノイエ様は王族ですから、感情を無闇に伝えてはならない事も知っています。けれど、知っている事と、心情的に分かる事は違います。
恐らくこの感情は前世の記憶のせいでしょう。貴族の娘としては持つべき感情では無い事は分かっています。
それでも。
ノイエ様の信念を捻じ曲げてでもわたくしを求めてくれたら。好きだと言ってくれたら。
「前世ですら自分から告白出来ないチキンだったのに、この世界観で自分からなんて……」
わたくしは意地っ張りで我儘で臆病者でした。その上それをノイエ様のせいにするなんて。
「なんだかんだと、ゲームのアナベルに似るのね、結局」
ゲームのアナベル・スターチスは、第一王子への恋の感情を嫉妬に変えてヒロインを攻撃しました。第一王子には想いを馳せるだけで、今のわたくしと同じ様に想いを伝える事はしませんでした。
ヒロインが第一王子ルートを選ばなくとも、そのせいなのか相思相愛にはなりませんでした。
つまり、わたくしが覚悟を決めるしか無いのです。
わたくしが決める覚悟は、王妃になる覚悟では無くて、ノイエ様を好きだと認める事。……そして、それを伝える事だと、漸く気付きました。




