ある伯爵令嬢の告白2
引き続きある伯爵令嬢視点でお送りします
少々屈折した幼少期だとわたくし自身思っています。愚かで空虚な両親と信頼していた乳母が恋によってアッサリ裏切る様を見て、早熟な幼児が屈折しない例をご存知でしたらわたくしをお責めください。
わたくしだって、なりたくてこんな性格になった訳では無いのです。
伯爵領の収益の大半は隣国からの輸出入に頼るようになり、その中にはこの国では違法性の高い物も多く、密入国もし放題でしたが、隣国の商人は上手に隠していました。
もしかすると彼は商人では無いのかもしれませんが、わたくしにはどうでもいい話です。
商人は両親を利用して、隣国は商人を使ってこの国を乗っ取る為の足掛かりを作っている。わたくしはその為の駒でした。
隣国の商人が手配した教育係は、この国の淑女教育の他に隣国への忠誠心と、たくさんの嘘や色恋に溺れさせる方法、探り合いや人を陥れる策をわたくしに叩き込みました。
素養があったのか、それらは特段苦には思いませんでした。
手のひらで転がされる両親や乳母を見て、わたくしは転がす側になりたいと思うようになりました。
必死になってこの国に忠誠を捧げる必要を感じませんでした。それを教えてくれた乳母はわたくしを裏切ったし、それからわたくしの隣にいる教育係は隣国への忠誠を説きました。
なら、どうしようもない両親に従うより、教育係……ひいては隣国に従った方が、転がす側に近い気がしたからです。
こんなにも隣国に染まったわたくしが、第一王子殿下の婚約者候補な事に笑えます。それからあんな愚かなベロニカが婚約者候補なのも。
つまりこの国もまた、隣国に転がされているのではないか、というのがわたくしの想像です。
それにいち早く気付いたわたくしは、笑いが止まりませんでした。こんなにも幼いわたくしがこの事に気付いてしまった!
将来が末恐ろしいですね、教育係が苦笑いをした。恐らくわたくしは教育係の手に余るようになったのです。
少しずつ、隣国の商人や隣国の貴族と遣り取りするのが父ではなくわたくしになっていくようになると、両親はわたくしに怯えるようになりました。
わたくしも転がす側の仲間入りです。
気分の良くなったわたくしは、ますます隣国の思想にのめり込むようになりました。
わたくし以外の婚約者候補の『ご友人』や侍女に、隣国の手の者を潜ませては?と提案したのはわたくしでした。侍女の身分は偽り、ご友人はわたくしの遠い親戚の名を借りたり、こちらに賛同している貴族を使いました。
ただ、スターチス家の守りは堅く、スターチス様の周りに潜ませる事は出来ませんでした。
ならば他の手を……と調べるうち、ある伯爵領がハーブの栽培に適している事がわかりました。
複数種類とそのハーブを混ぜれば、中毒性を発揮し、成分が一定量体内に溜まってしまうと女性の場合子が流れやすくなってしまう。その成分を体内から輩出しやすくなるハーブは、隣国の特産でもありました。
これは役に立つ、わたくしは確信しました。
けれどその領は堅実が売りの伯爵。隣国の商人が身分を偽りハーブ栽培を持ち掛けてましたが、首を縦には振らなかったそうです。
「伯爵は堅実だが、夫人とその息子はそうでもないようだ」
隣国から隣国の商人への指示は、伯爵の周りから責める種を蒔けとの事でした。
商人は、それとなくハーブについての情報を流し、伯爵子息に興味を持たせる。子息から伯爵へ働き掛けさせても、まだ伯爵は首を縦には振りませんでした。
「仕方ない、災害でも起こって貰おうか」
商人は、かの伯爵領に流れる川の上流に人為的にダム湖を作り出し、長雨の季節に合わせて強制的に放出しました。ダム湖を作る予算は我が領と隣国から出されたそうです。
哀れな伯爵は、ハーブ栽培に手を染めるしかなくなりました。
「お前は伯爵子息に近寄れ。子息は美青年だそうだが、間違っても色恋に溺れるなよ」
かの伯爵領を監視する意味合いで伯爵子息に近寄る事になりました。
わたくしから伯爵子息に近寄るようにしては、立場が弱くなるでしょう。なので、あくまであちらがわたくしを利用する体で、近づいてくるように仕向けました。
わたくしの手のひらの上とも知らず、伯爵子息は喜び勇んで近寄って来ました。
餌を前にした狗のようね。
わたくしよりもずっと大人な伯爵子息ですが、わたくしは長い間厳しい教育を叩き込まれた『転がす側の人間』です。
わたくしを手駒に出来たと思っている子息が可哀想で可愛いと思ってしまいました。
ハーブ栽培と販路については伯爵子息に一任出来ていたため、わたくしや商人が手を出す必要はありませんでした。想像よりも子息は優秀で、同じく転がされるベロニカとは大違いだと思いました。
もしかすれば、彼はわたくしと同じ転がされる側から『転がす側』になれるかもしれない。
少しだけ期待してしまいました。
プレミアム感のあるハーブティーは、学院内で密かに流通しました。こっそり、貴女だけ、特別に、という言葉の前に、ベロニカのような空虚な女子はイチコロでした。勿論彼女自身もハーブティーの虜です。
仕込んでおいた彼女のご友人方からベロニカにハーブティーを飲むように。ベロニカはわたくしや伯爵子息の存在には全く気付く気配はありませんでした。
「仕切りにハーブティーの茶葉を欲しがるようになりました。第一王子殿下にお出ししたいとの事です」
ご友人枠の隣国の手の者が報告に来た時、わたくしはベロニカにほとほと呆れてしまいました。
何処で作られているのか、何が入っているのか、彼女は全く考えていないのです。
それを王族にお出しする?第一王子殿下がただハーブティー中毒になれば良いですが、ハーブの中毒性に気付いたら?出どころに興味を持ったら?
危険過ぎる為、ハーブティーの茶葉を渡す事は絶対にしないように指示を出しました。
ベロニカと同様の作戦を他二人の婚約者候補にも行おうと思っていましたが、スターチス様は『ご友人』すら入り込む隙がありませんでした。ハーブの発覚の危険を考えて見送りました。
もうひと方モントブレチアさんは隙だらけで、『ご友人』経由でハーブティーを飲ませる事が出来ましたが、中毒になる気配がありませんでした。彼女に付けた『ご友人』が、妙にわたくしに質問する様になりましたので、モントブレチアさんにハーブティーをおすすめする作戦は取り止めました。
婚約者候補たちをハーブ中毒にする作戦は上手くいきませんでしたが、ベロニカに派閥を作らせたり、その派閥を掌握したり、スターチス様を貶める為にベロニカを利用したり、中々順調に進んでいました。
聖女候補の出現は予想外でした。
女子学生の人身掌握の他に、頭の空っぽな男子学生も隣国派に引き入れていたのですが、頭が空っぽなだけあって直ぐに天真爛漫な聖女候補に傾いたのです。
その中に高位貴族や第一王子殿下が含まれたのには本当にガッカリでした。こんなガッカリな男たちが、この国を背負うようになるなんて。やはりこの国は、隣国に転がされる側なのだと思いました。
聖女候補はわたくしと同じく、何処かの手の者なのかしら?聖女候補という事でかなり有利な条件で動いているだろう彼女に焦りを覚えました。
丁度その頃、ハーブの件の伯爵が自領の立て直しの目処が立ったから栽培から手を引きたいと言い出している事を察知しました。
子息の方はそれを止めているようではありましたが、このままでは伯爵が裏切るかもしれません。
「ハーブティー以外のハーブの利用法はご存知?」
伯爵子息にわざと持ち掛け、ハーブ栽培と販路で脅し、ハーブから毒を生成させました。
そしてそれを元に今度は伯爵に、もう後戻りは出来ないと念押ししました。
「一連托生よ」
笑顔を見せると、伯爵子息はうっとりした顔でわたくしを見つめました。
転がす側としてはまだまだですが、ここで逆上しないあたり見所がありました。
聖女への毒は、ベロニカ主導で毒針を仕込むように策を練りました。
わざとらしく、ありもしない毒事件の話をしたり、靴に棘を入れたり。流石に見え見えの作戦だったかと思いましたが、ベロニカは中々察してくれず、やっと察したかと思ったら、高揚して態度が大きくなったりと、作戦決行までやきもきしました。
作戦は失敗しても成功しても、どちらでも良かった。まぁ、その後を考えれば成功してくれると楽でしたが。
これはベロニカを追い落とす為の手でした。案の定ベロニカが失敗したらしいと聞いた時、彼女らしくて笑ってしまいました。
けれどそのせいで聖女候補だけでなくスターチス様まで関わった事、殿下にも毒の存在を知られてしまった事は本当に余計でした。
婚約者候補筆頭と聖女候補を追い落とす策を早急に練らなければなりません。
先ずは彼女たちの噂を流す事にしました。元から仕込んではいましたが、それが大波になるように。
勿論出本はわたくし以外……ベロニカ主導に誘導します。もしもを探られない為です。
聖女候補はたくさんの男子に声を掛けていましたから、悪評は瞬く間に広がりました。スターチス様の噂は、悪評高い聖女候補を害したという内容を広めましたが、危うく毒の話も広めようとするため冷や汗をかきました。
大々的に広まれば、毒について大っぴらに調べる理由を与えてしまいます。少し考えれば分かる内容なのに、この噂が何に作用するのかを全く考えないベロニカを腹立たしく思いました。まぁ、だからこそわたくしに利用され続け、その上でわたくしにマウントを取ってくるようなお馬鹿さんなので仕方ありませんか。
その後も大なり小なりの噂や嫌がらせをそれとなくベロニカに指示します。モントブレチアさんについては、余りに彼女の脇が甘過ぎてベロニカと同タイプだと思っていましたが、『ご友人』の件も有り慎重に扱いました。彼女は第四候補(今では第五ですか?)な為、選ばれる可能性は低いのですが、念のためです。まぁ、あれから目立った発言や行動は無いようでしたが。
聖結界の実技試験でも仕掛けた結果、聖女候補は聖女結界を発動させ聖女となる条件を満たし、スターチス様の聖結界の威力を知らしめてしまいました。
ベロニカが怒り狂うかと思いましたが、スターチス様の音痴が発覚しご満悦でした。相変わらず本質が分かっていない事にイライラします。
いよいよもって、聖女候補と婚約者候補筆頭の存在が目障りになった頃、長期休暇中第一王子殿下が各婚約者候補を訪問すると知らされ、ヒヤリと寒気がしました。
この訪問の意味は?まさかわたくしの事もバレている?
自領の隣国の商人へ、繋がりがバレないよう慎重に報告しました。早急に隣国の気配を消さなければならない。
結果から言うと、殿下は思ったよりもボンクラでした。長期休暇に入り、いつ来るかと肝を冷やしましたが、隣国の気配を消させる時間など与えてくれたのです。
やはりこの国は近い将来隣国に呑まれる、そう確信しました。
「盛大な出迎えありがとう。先ぶれはギリギリだったのに、まるで何日も前から知っていた様な手際の良さだったよ」
第一王子殿下が、スピカータ領を出立したのは潜ませている侍女から情報を得ていました。
この国では先ぶれは早馬が基本ですが、隣国では鳥を使う技術が発達しています。たくさんの情報は難しいですが、この程度ならば鳥が目立たず早い。
情報は人を転がす側の肝。この技術を使ってこの国は呑み込まれるのでしょう。
スピカータ領からの道のりの五分の四を過ぎてからわたくしに先ぶれが送られた時は、流石にギリギリ過ぎると思いました。
そんなに普段の我が領が知りたいのかしら?意味が分かりません。
「急に済まなかったね。今回の婚約者候補行脚は御忍びだし、私も羽根を伸ばしたくて。ホラ、あと半年と少しで雁字搦めになるから」
学院を卒業と同時に成人とみなされ、婚約者を決定、両者の公務が本格化する。婚姻は一年後と決まっているが、それまでかなりの儀式をこなす。婚約者を決定以降、婚約者は王宮深くに王族として住まい、あらゆる外敵から守られ手出しが出来なくなります。
一度婚約者を決定してからの変更や婚約者が害される事は王家及び王宮の失態となる為、警護は息苦しい程厳重になるそうです。
つまり、婚約者にも、元々厳重な警備の第一王子殿下にも、大っぴらに接触出来るのは卒業までなのです。
飛んで火に入る夏の虫、殿下にピッタリの言葉です。
「大しておもてなしも出来ませんが、わたくしをお選びいただけるよう精一杯尽くしますわ」
卒業の日、殿下はわたくしを選ぶのでは無い。わたくし以外が全員居なくなる予定なのですが。
笑いが込み上げてしまいましたが、対ベロニカで培った微笑で誤魔化しました。
殿下はキラキラとしたいつもの笑顔で微笑んで返してくれます。ただ穏やかで公平な、顔だけの男です、なんて面白味の無い人形のような男。
まあ、傀儡としての見た目は最高になるでしょうけれど!
「カルセオラリア伯爵領は珍しい鳥がたくさんいるんだね。領地に入るとそこかしこで巣箱を見かけた」
「ええ。父が鳥好きで、色々な鳥を保護していますの」
勿論嘘です。情報収集のため躾けた鳥を飼っているだけです。領内のみならず、巣箱は様々な領に置かせて貰っています。珍しい鳥の保護という名目で愛鳥家カルセオラリア伯爵の名はここ数年有名になりました。
「そうか、私も珍しい鳥と触れ合ってみたいな」
表情を崩し少年のような笑顔を見せる殿下には失望しかない。カルセオラリア伯爵が何故鳥好きなのかも考える事は無いのだろう。
ならば、わたくしが王妃になってこの国を転がすのみだ。婚姻を結び次第現陛下にはご退場願って、わたくしがその座につく。綺麗な人形を王座に座らせ、後ろの糸はわたくし、ひいては隣国に。
わたくしが王妃になれば、隣国もわたくしをただの転がされる側とは思わないでしょう。現在はこのように隠れて転がす日々ですが、名実共に転がす側になる日は近い。
最短で一年半後と考えれば、この顔だけの人形のような男の機嫌を取るのは、なんの苦にもならない。
長期休暇明けには、どんな手を使おうか。笑いしかありませんでした。




