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断罪予定の悪役令嬢の行く末  作者: みずのとさやか
断罪予定の悪役令嬢
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魔術師団長子息と第一王子

ネメシア視点でノイエについてです

「やってしまった……今までずっと耐えたのに……無意味になったかもしれん……」


 キラキラとしたアナベル曰く胡散臭い笑顔をかなぐり捨て、ちょっと見れたものじゃない顔で嘆く第一王子殿下に、オレは呆れた目を向けた。


「そういう愚痴は側近にやれよ。オレは報告だけしに来たんだけど?」


 リリーナ嬢の一件から、なし崩し的に第一王子に協力させられている。調べている内容は実は同じだったからやり易いんだが、報告相手がアナベルからコイツに代わり、アナベルとの会話を楽しむ時間が無くなった。


「デルフィニウムに愚痴ろうものなら、今の俺の心はズタボロだぞ。カンパニュラは……あいつも純情だからな……」


 目の前で遠い目をするコイツは、幼い頃の人形感は感じられない。互いに同類と認識して距離を置いたものだが、……オレとは全然違う、人間味のある奴だと実感した。


 興味と面白さでしか人を測れないオレからすると、人や自分に振り回されたりする人間味が面白くて堪らない。普段の振る舞いから一皮剥けば、キラキラした第一王子はただのヘタレで情け無い。

 色恋から一番遠い存在で無ければならない筈の第一王子が、こんな風になるとは思わなかった。


「俺だって、こんな風になるとは思わなかったさ。多方からアドバイスも貰っているし、恥ずかしい話、今更指南本なんぞも読み込んだ。だが、どうにもならない。自分の制御が効かないなんて初めてだ」


 だろうな、と思う。つい最近まで遠目でしか見ていなかったが、コイツは幼い頃に見かけた通りの顔で学内を闊歩していた。

 複数いる婚約者候補と一定の距離感で接していた。まあ、無意識でアナベルを見ているんだろうなと思わなくは無かったが、コイツの印象を変える程の感情とは思えなかった。


「……なんでそんな風になった?」


 女子からのアプローチはスマートにかわしていたはずだし、扱いを間違えるような奴には思えない。自分をコントロール出来る、オレに似た奴だと思っていたのに。


「なんでだろうな。ずっと見ていたはずなのに、見て無かったのかな。行動が目につくようになって、気付いたら目で追って。他を見ようとするから、それを止めたくて」


 全然纏まらない言葉に、コイツの迷いを感じる。こんなはずじゃなかったと思っているんだろう。


「俺だけが見ていると思ったら、目が合って。ならもっと見て欲しくなって、自分を制御出来なくなった。多分大丈夫だろうと、思うんだ。アナベルも俺の事を憎からず思ってくれている筈。だけど、もし違ったらと思うと、どうすればいいかわからない」


 ヘタレの原因はコレだろうな。

 第一王子としては優秀で強引なところもあるのに、明らかに好意が見えている好きな女に強く出れない。

 コイツのコレは、他人事なら面白可笑しく見ていられるが、当人同士は不器用で必死で、そして臆病で卑怯だ。


「もたつくようならオレが貰ってあげるよ?アナベルはその方が色んな意味で気楽だし、オレはずっと面白い」


 コイツは恋に振り回されずに済むし、アナベルと話すのは楽しいし、何の問題も無い。


「お前がそう思っていそうだから、お前を手元に置いているんだ」


 ニヤリと笑うコイツだが、全く余裕は感じられない。精一杯の虚勢だろうな。アナベルはなんでコイツがいいんだろう。


「アナベルの気持ちを考えて、オレがこっちに居てやってんの」


 アナベルはずっと言い訳を探していた。自分の気持ちに蓋をする理由を。

 ワトソニア先生のハーブの件も、リリーナ嬢の毒の件も、調べておきながら、それを握り潰すか迷っていた。カードを切るのは自分だと彼女は思っている。覚悟を決めたなら調べた内容を明らかにし、決められなければ全てを握り潰すつもりで動いていた。

 オレは分かった上で、アナベルが好きにしたらいいと思っていた。


 けれど、本当の彼女は自分の気持ちに気づいてしまった。理性がそれを食い止めている事にも。


「お前がそう思っているだろうから、お前を手元に置いている」


 二度目の言葉には重みがあった。コイツは全部知ってやがる。

 アナベルがどうしたいか迷っている事も、だから調べていた内容に答えが出ないようこちら側で手を打っている。彼女にカードを持たせる気はないのだと、行動が語る。


「お前がワイルドカードにならないように、こちら側に置いている」


 見透かすようなコイツの目は嫌いじゃなかった。けれど今は妙にイラつく。


「……それで、何やったの?」


 イラつきを誤魔化したくて、最初の愚痴まで話を戻した。


「アナベルの、手を、握ってしまった」


 コイツが第一王子じゃなければ、何この童貞って言ってる、大体、手を繋ぐくらいでぎゃーぎゃー騒ぐもんでもないだろうに、で片付ける話だ。

 けれど今の時期はダメだ。

 コイツは元々、婚約者候補に対して過度な触れ合いをしないようにしていた。見せびらかす場合を除いて。


「アナベルが絡まなけりゃ、思わせぶりな態度だってなんだってお手の物なのになぁ。本命にはホント、ヘタレなのな」


「うっかり手袋を忘れて外に連れ出してしまった。寒そうだな、と手に触れたら……離せなくて」


 お前、武術大会の時はもう少し強気だっただろう?あの時はもう自覚済みだったんだから、なんでそんな事になってんだ?


 言葉にしなくてもオレが言いたい事がわかったらしい殿下は、恨めしい顔でオレを見る。


「あの時はまだ余裕があったんだ。なのにお前が出てきて、ユイリィ嬢の事もあって!」


 武術大会で、アナベルはとても目立っていた。オレとの一件のせいもあるけれど、コイツの態度のせいでもあった。

 



 最終学年に上がった頃から、何やらきな臭い出来事が目立ち始めていた。それらはコイツの婚約者決定にも関連する内容だと分かっていて、魔術協会側も気を付けるようにしていた。

 オレは在学中という事も有り、情報を得る為あの手この手を使った。脇の甘い女子からは簡単に情報が入るが、精査も大変だった。まぁ、女子に取り入ったのは趣味だけど。


 毎年行われる武術大会は、情報を探るのに良い機会だった。女子に絡んでも恒例行事で済む。毎年きな臭い女子を褒章の乙女に選んで、親しくなって聞き出す。これの繰り返し。

 最終学年で目立ち始めたきな臭さの原因は、突然編入して来た聖女候補か、この頃態度が変わったと噂の婚約者候補筆頭かと狙いを付けて近寄ったのが始まりだった。


 聖女候補のリリーナ嬢は婚約者候補筆頭のアナベルにべったりだし、アナベルは必要以上に殿下に構われていた。

 その上、昔みたいに誰も知らない話をしていた頃の顔をしている。ターゲットのつもりで近づいたのに、思いの外ハマってしまった。


 殿下は、自覚したばかりの感情を持て余している様子だった。相手の反応が見たくて堪らない、そんな風に見えた。


 まだあの時の殿下には余裕があって、自覚済みの感情を利用して、きな臭い案件の炙り出しを行っているようだった。


 時間が経つにつれ、殿下は好きな女を囮に使う事に臆病になった。まあ殿下にとっては当然の感情なのだが。


 殿下が王太子となる前にきな臭い連中を一掃したい王族の意向のために、よりにもよって大切な彼女を囮にする。国を支える王へと、王妃へと至る為の試練の意味合いもあるのだろう。

 実際、王太子を擁立する際は貴族の粛正が行われる事が多い。千載一遇の好機とばかりに仕掛ける輩が多いのだ。

 狙われるのは王太子候補だけでなく、その婚約者候補も例外では無い。


 アナベルは、殿下が不穏因子の炙り出しの為に自身を囮に使っていると分かっても動じる事は無いだろう。そのように育てられた女だ。

 その事は、彼女も殿下も充分理解している。


 けれど殿下は臆病になった。

 アナベルにもしもの事があったら。それから、囮にした事で愛想を尽かされたら。


 だから距離を置いた。

 アナベルが揺れている事も分かっていたのだろうけれど。また、王族としてはきちんと婚約者候補を利用すべきと分かっていても、殿下は割り切る事が出来なかったのだ。


 そうして婚約者候補筆頭が蔑ろにされている説が流れ出す。

 不穏因子を炙り出す為には不利な条件になったとしても、アナベルを守りたかったのだろう。


 恋愛要素から考えれば、この二ヶ月はただの悪手でしか無い。そりゃあデルフィニウムは呆れて、協力者である第四婚約者候補もキレる。

 それくらい殿下はどっちつかずだった。


 アナベルの心を掴み切る為に動いてから囮に使うか、困難だが囮に使わずに解決し婚約者決定後にアナベルの心を動かすか。


 今までの行動で、前者だと思っていたのだから、デルフィニウムも呆れるだろうさ。

 何せ時間はない上に、途中まで前者の作戦で動いていたのだから。


 案の定、拉致未遂が発生した時デルフィニウムが、


「方針を一貫させろ!」


 と、怒り狂っていた。完全に同意しか無い。


 デルフィニウムもカンパニュラも、取り繕ったようなアナベルを隠す策に乗る気は無い様で、デルフィニウムは陰ながらアナベルの護衛を、カンパニュラは様子見と称してアナベルの周囲を警戒していた。


「もうさ、諦めて告白でもなんでもすればいいじゃん。アナベルに選んで欲しいのなんて、ただのわがままじゃん。だからどっちつかずの行動になってるし、ダダ漏れの行動取っちゃう訳よ。案外アナベルだって、なりふり構わず愛を叫ばれたいかもしれないぜ?」


 もう面倒になって、本音で話したと言うのに。


「『貴族の結婚に色恋なんて必要ない』と言い続けるアナベルこそが、恋愛に夢見ている事は分かっているさ。だからこそ俺を求めて欲しいんだ!」


「殿下がそんなにモタモタしてるなら、オレが何とかしちゃうよって、ずっと言ってるよな?」


「お前のソレは、興味関心であって恋でも愛でも無いから却下だ!アナベルは少なくとも俺より彼女を好きな男にしか譲れ……」


「譲る気なんてない癖に面倒な性格!」


 コイツも、アナベルも、本当に面倒で厄介だ。素直になれば一瞬で解決するだろうに、立場がそうさせるのか。元々ほぼ決まっていた事に落ち着くのが気に食わないのか。


 まぁ、そんな二人を見ているのは面白いんだけど、なんだかモヤっとする。


「はぁ。今更アナベルを隠そうとしても無理だと思うけど、殿下がそうしたくなる気持ちも分からなくは無いよ。思わず堪えきれなくなっちゃうのも」


 先程まで怒鳴り合っていた相手を、バツが悪そうに見る殿下は、本当に人間らしかった。

 オレと同じだと思って、悪かったな。


「全員に同じ事が出来ないなら、せめてものカモフラージュで、全員にドレスを贈るしかないんじゃない?」


 溜息混じりに下策を伝える。それくらいじゃカモフラージュにもならないだろうけれど、しないよりはマシ。

 アナベルの為に特別なドレスを作らせているのも知ってるけど、こればかりは自業自得。


「ハイ、これで解決。じゃあ調べてる毒とハーブについてだけど……」


 タイムリミットは卒業式。

 アナベル、このままだとなし崩しになっちゃうよ?


 警戒しながらも懐かしそうに『誰も知らない話』をするアナベルを誰にも見せたく無いなぁと、チラリと思う気持ちは見ない事にした。






やっと!終わりが見えてきました。やっと!


感想ありがとうございます。

体調崩したり長くなり過ぎたりで、中々思ったようにいかないところもありますが、心の糧を頂けると元気百倍っす!

なんとか完結までお付き合い頂けるよう頑張ります〜!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 見たかったんですネメシア視点! ありがとうございます! ネメシア捨てがたいと思っていたところ、重い過去話に、 これほどの話をアナベルにできたという意味を自分でわかってなさそうだなと思い、…
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