悪役令嬢と第四婚約者候補の思わせぶり
卒業まであと2ヶ月になりました。最終学年生は、各講義の最終課題をこなしたり慌ただしくしています。
最終課題は講義によって異なり、レポートだったり、論文だったり、実技試験だったり。今になって出席率だと発表された講義があったそうで、抗議なさっている方もいたそうです。
全ての講義が合格である必要はありませんが、必修講義と選択講義数が足りていない学生はかなり必死です。
前世の大学時代を思い出すわ……などと思いながら、必修講義の最終課題に取り組んでおります。
「領地経営学のレポートは提出したし、あとは淑女のマナー上級Cの実技試験と……」
淑女のマナーは初級からAB Cとあり、6年間で9講義受けなければなりません。勿論必修です。
上級Cは淑女のマナーの中でも最終講義なだけ有り、最終課題は少数ずつによる実技です。アポイントを取るところからが試験なので、日程調整もしなければなりません。
他のレポートや試験に被らない日程が取れて良かったわ。
「アナベル様、上級Aの補修の日程が上級Cの実技と被ってしまいました!どうしましょう」
……とまぁ、こういう事もあります。計画的に講義は取っておきましょうね。
「リリーナは今年からの編入だから、必修が大変ね。淑女のマナーは上級の3つで良いのかしら?」
「そうです。マナーを3講義も!Bはおまけで可を貰えたんですが……。マナーは本当に苦手で」
つい最近まで市井で暮らしていたんだものね、大変だとは思います。
「でも、わたくしの侍女になりたいならマナーで卒業出来ないなんて事のない様にね。練習付き合うわ。それからCの実技の日程変更について、手紙を書きます。便箋はある?」
こんな風景が学院内のサロンやカフェ、図書館のあちらこちらで見掛けられる季節なのです。
わたくしもリリーナやムスカリ、たまにデルフィニウム、カンパニュラと最終課題の相談をしています。
「まぁ、見てくださいな。聖女様にあんないびるような言い方、呆れてしまいますわ」
「複数の男子と懇意にしているそうよ。……ほら、武術大会の時もネメシア様に……」
「ああ、ですから殿下と距離を置かれてしまったのね」
そんな時に聞こえてくるのが、この様な嘲笑と、
「マナーに不慣れなクレマチスさんが気負わないように気を遣われて……スターチス様の御心が分からないなんて、なんて理解力の無い……」
「ほら、あの方出席率で取れる科目を全て落として、教授に抗議なさったでしょう?あの時の抗議の仕方が目に余って、スターチス様が注意なさったのを根に持ってらっしゃるのよ」
「男子と懇意にって、殿下の側近の方でしょう?きちんと適切な距離でしたけど……、それを言ったらワトソニア先生を囲む会の皆さんは、ねぇ?」
という、擁護派閥に分かれております。比率で言うと1対3くらいで擁護派閥が多いのですが、嘲笑派閥はいかんせん声が大きく、憶測も凄いのが特徴です。
こんなでも公爵令嬢なので、身体的に何かして来る事はほぼありませんので放置していますが、そうする度に擁護派閥が増えていくという不思議構造です。
……これは、ノイエ様が何か動いていそうですね。
ちなみに、乙女ゲームなんかの終盤にありがちな暴漢による拉致イベント?は、ついこの間わたくしに降りかかりました。ヒロインじゃなく、悪役令嬢Aなわたくしに。
デルフィニウムがたまたま近くに居て事なきを得ましたが、これもノイエ様の手配でしょうか?
「外堀の埋め方が地道ですよね。もっと派手に行動するタイプなのかと思っていました。でも考えてみればヘタレですもんね、仕方ありませんか」
いつものガヤを聞き流しながらリリーナが呟きます。
……だから、その内不敬罪に(以下略)
「派手に動くと、反発も起こるからね。地味な策は意外と返し辛い」
リリーナの呟きを受けてムスカリがノイエ様の擁護?をしていました。
そうなのよね、じわじわと勢力を広げる感じがね……。むしろ嘲笑派閥を囲い込んでいる様で怖いです。
「はぁ。でも、結局ご本人から卒業式やその他諸々について言われたりしたんですか?」
「……ドレスはスターチス家で用意する必要は無いって、言われましたわ」
そうなのです。ベロニカ様がドレスの色云々を言ってきた数日後に、ノイエ様から言われました。色を聞かれたりはしなかったんですけど、……全員に言っているのか、微妙な言い回し?とも取れなくない?
「遠回しな言い回しですね。もっとこう、はっきりズバっと言って欲しいものですよね?アナベル様」
「政略結婚の意味合いの強い相手なら、言ってくださるだけ良い方ではないかしら?お父様は怒ってらしたけれどね」
「ほら!やっぱり公爵様もはっきりズバっと派ですよ!」
「そうじゃなくて。もしこれで本当に婚約者に決定したら、娘の成人以降のドレスを一枚も贈れないって。……まだ分からないのにね」
「ああ!公爵のお気持ちもわかります!それは残念ですよね!」
笑いながらも、ノイエ様の言葉を反芻してみる。
あれは……深読みして、いいのかしら?
淑女のマナー上級C実技は、珍しい方と一緒になりました。
「スターチス様も本日でしたか。お久しぶりです」
わたくしと同じく婚約者候補のユイリィ・モントブレチア伯爵令嬢です。
先日、ノイエ様と親しくお話しをなさっていたユイリィ様。ハキハキしてらしてとても可愛らしいご令嬢です。
わたくしとはあまり接点はありませんでしたが(基本的に各婚約者同士の共謀や諍いを避けるためです。ベロニカ様が接点を取ろうとし過ぎなんですよね……)、裏表の無い付き合いやすい方だと記憶しております。
裏表の無い彼女は、わたくしとは真逆の方。あんなに親し気に話して、ノイエ様のごく自然な表情を引き出していました。
あの時、わたくしには見せない砕けた笑顔に、胸が痛みました。わたくしには意地悪な表情ばかりだと言うのに。
今も、それを思い出してモヤモヤしてしまいます。
「わたくし、淑女のマナーって苦手で……。わたくしのせいで空気を悪くしたら申し訳ありません」
この発言をするのがベロニカ様でしたら、裏を読め!と言う事なのでしょうが、ユイリィ様は本当に申し訳無さそうに小さく頭を下げていました。
うっ、可愛らしい。しかもあざとさを全く感じないわ……。これを見てしまうと、あんなに小さな事でモヤモヤしてしまう、わたくしの心が狭いのかしらと思ってしまいます。
「いいえ。お互い気をつけましょうね、モントブレチア様」
モヤモヤを振り払うように笑顔を返しました。
淑女のマナー上級Cは、お茶会に招かれたという設定で実技を行います。複数日開催のお茶の何日目に出席するか、日程を調整するための手紙から採点されます。お茶会では、相手との会話や作法もチェックされますが、爵位によって採点基準が違うそうです。
そして、わたくしたち第一王子殿下の婚約者候補は、更に厳しい採点になるそうで……、苦手意識は嫌でも芽生えます。
「ご機嫌よう。本日は『春の訪れを心待ちにする茶会』にお招きありがとうございます」
主催は教授という設定なので挨拶を済ませて席に着きます。お茶会では、趣旨に賛同した旨や趣向を褒めたり、お菓子をお行儀良く食べつつ情報を引き出したり、さりげなく自領を宣伝したりしなければならず大変です。
美味しいお菓子を食べて好きな様にお茶が飲みたいです!
それから大事なのが相手の装備品や相手を褒めつつ探る事。貴族女性の戦いって、精神的に削られます。
「本日の皆様の装い、個性が出ていらして素敵です。モントブレチア様のブローチはペリドットかしら?花束のような素晴らしい意匠ですわ」
お茶会では様々な褒める表現が飛び交いますが、彼女のブローチはお世辞抜きで本当に素敵で、鮮やかな翠の花束のような意匠でした。
「ありがとうございます。翠なので余り花束と気付いて貰う事が少ないのですが……よくお気付きで」
光に透かすとペリドット一粒ずつが星のように煌めくカットをされて房状に連なり、上部を銀のリボンでまとめられています。
「ペリドットと言えば、クレロデンドルム伯爵領が有名でしたね。……確かお隣の領地、でしたか」
とても素敵なブローチでしたが、ユイリィ様の瞳の色でもなく、かと言って自領の物でもない。ドレスに合わせたとも言えなくは無いけれど、鮮やかな緑は春というより初夏を思わせる物でした。
「わたくしの、一番のお気に入りなのです」
そっと優しくブローチを撫でるユイリィ様は、可愛らしいお顔を、更に愛らしくしておいででした。
……あの感じ、大切な方に贈られたものなのでは?でも、何故翠のペリドット?
「スターチス様の本日のお召し物は……」
その後、実技は滞りなく終わり、恐らく合格していると思います。
けれどわたくしはユイリィ様のブローチが気になって落ち着きませんでした。
クレロデンドルム伯爵領で取れるペリドット。一番のお気に入りの宝石だけれど、季節に合わない宝石。けれどわざわざ、わたくしに見せるように着けていたブローチ。
クレロデンドルム伯爵領はモントブレチア伯爵領のお隣で、……年頃の長子がいらしたはず?
その事を思い出しユイリィ様を見返すと、彼女はイタズラがバレたような表情をして、ブローチを撫でていらした。
年頃の長子の瞳は何色でしたっけ?
わたくしは、お茶会が始まる前のモヤモヤがバカらしくなりました。
昨日は更新出来ず申し訳ありません。
春夏は三度の飯より甲子園な生活なんですが、兄弟の母校が初出場しておりまして!リアル応援に熱中し過ぎました……




