悪役令嬢と少しずつ埋まる外堀
精神魔術についてはもう大丈夫だろうとの事でしたが、念のためという事でリリーナ、ムスカリと共にランチを取っております。
ううう、申し訳ないなぁ……。
「私の為に一緒にランチして頂いているんですから、アナベル様が申し訳なく思う必要なんてありませんよ」
その通りなんだけど!でも申し訳ないじゃない。
二人がこれ見よがしにイチャつくとかは無いのですが、自然な仕草がね、二人は付き合っているんだなぁと実感するのです。
この間までランチはネメシアと図書館で相談をしていたのですが、ノイエ様と何かやっているそうで、わたくしは二人と一緒なのです。
毒の成分がワトソニア先生のハーブだと確定するまで後一歩というところなので、わたくしもネメシアと相談したいのですが。
毒がワトソニア先生作だったとして、疑問も残ります。何故ワトソニア先生がリリーナに?
実行犯はノイエ様の婚約者候補ベロニカ様のご友人でした。
という事はベロニカ様の指示?それともご友人がワトソニア先生のハーブティー中毒者でワトソニア先生主導?
色々考えていますが、その辺りがはっきりしません。
ワトソニア先生のお母様が、陛下の婚約者候補に上がっていらしたという話から野心説も考えましたが、ワトソニア伯爵は堅実な人柄との評判ですし……その説は薄い?
でも何年か前の災害復興からワトソニア伯爵領が豊かになったと聴こえてくるし、怪しいんですが聖女のリリーナ(毒の時は候補でしたが)を害する理由が分かりません。
そこら辺も含めて相談したかったのに!まあね、第一王子のノイエ様より優先しろとは言えません。
ネメシアは小さい頃に側近候補から外れ、この前の武術大会でもあまり仲が良さそうには見えなかったのだけど。
わたくしにとってはそれが都合良かったんですが、上手くいかないものね。
「アナベル様、聞いてますか?」
おっと!思考の海に沈んでいたら、リリーナの話を丸っと聞いていませんでした。ごめんなさい。
「卒業式のドレスをどうしましょうって話です!」
卒業式まで3ヶ月を切りました。そろそろ卒業式出席の準備を始める季節です。
学院で貴族としての心得を学んだとして、学院卒業と共に貴族は成人とみなされます。
逆に言えば、学院を卒業出来ないと貴族とみなされないんですよね、我が国は。
最低限の心得が無いと、力に溺れてしまいますもんね……。
卒業出来てもそうなる方もいらっしゃいますが、その場合は容赦なく罪に問われます。知らなかった、は通用しないという事ですね。
まあ、建前はそうなっています。色々してる貴族はいっぱいいるけどね!建前はね!
「リリーナのドレス、わたくしが準備してもいいけれど……ムスカリ様に悪いわよね?」
「スターチス嬢には申し訳ありませんが、ここは婚約者の僕の顔を立てて頂けると嬉しいです」
「勿論よ!とびきり素敵なリリーナを見せて頂戴!」
「ムスカリ家の名にかけて、盛大に聖女のお披露目とします」
リリーナは先日聖女として認められましたが、大々的なお披露目式はまだでした。リリーナがもうすぐ卒業で成人すること、ノイエ様の婚約者確定発表も卒業式に行うことなどを踏まえ、リリーナのお披露目も卒業式に決定したそうです。
スターチス公爵家が後ろ盾だとアピールするために、ドレスはわたくしが準備する事も考えましたが……婚約者がいるのに野暮ですわよね。
「可能なら、リリーナにスターチス家から宝飾品を贈りたいのだけれど」
ドレスは諦めるけれど、後ろ盾としても何かしたいのよ!
「ありがとうございます。では、色合わせですが……」
ムスカリは懐の広い人物なので、『自分色に染め上げるぜ!誰の手も借りる気は無いぜ!』的なチンケなこだわりはないようです。
一番素敵なリリーナを創り上げる仲間と思ってくれているなら嬉しいな。
「そうじゃなくてですね!」
「あら、ムスカリ様に染め上げて頂きたいのはリリーナでしたか。ごめんなさい、それなら遠慮しますわ」
「アナベル様にプレゼント頂けるのは非常に嬉しいです!是非お願いします!……が、そうじゃなくて、アナベル様のドレスについてですよ!」
婚約者がいる方は婚約者が贈る場合が多いけれど、卒業と成人のお祝いとして家で作る事も普通です。
今年の卒業生は、ノイエ様の婚約者確定が卒業式なせいか、婚約者がいない割合の方が多く、家で作る方が大半ではないでしょうか?
「わたくしは、スターチス家で作りますけど?」
一応ノイエ様の婚約者候補筆頭ですが、確定じゃありませんし、言われてもいませんしね?
だってわたくしは、ただの婚約者候補に過ぎないのですから。
「……あっの!ヘタレ!」
リリーナが突然悪態を吐き始めました。どうしたんでしょう。
「釣りの最中らしいから、黙して待つしか無いそうだよ。変に動けばバレる。ま、釣りは上手じゃないみたいだね」
「ただのヘタレなだけじゃない」
……わたくしもね、鈍感だ何だと言われていますけれど、さすがにノイエ様の話だとは分かるんですよ、二人とも……。
それにしても酷い言われようですね。
「釣りは下手みたいだけど、漁は上手みたいですよ?」
ムスカリが意味深に笑います。
近頃ムスカリはわたくしによくこの顔を見せる。企み有りってサインですよね。……でも、りょう?領?了?どういう意味かしら。
「本当に逃げたいなら、今しか無いって事です」
ノイエ様の婚約者になるという事は、王太子妃、ゆくゆくは王妃になると言うこと。勿論覚悟は出来ていない。けれど、ある種の諦める気持ちも近頃は出てきました。あと3ヶ月無いせいでしょうか。
心は伴わないけれど、仕事として。
将来の王妃として振る舞う覚悟はまだ無いけれど、公爵令嬢として人前に出るのとあまり変わりはないよ?とお父様にも言われたせいもあるかもしれません。
リリーナがこの感じなら断罪は起こらず、ノイエ様と婚約しなかったとしても、その場合はただ選ばれなかった事実が残るのみ。
王族の婚約者候補だった者には、王族からそれ相応の相手が用意され、短い婚約期間を経て、ノイエ様が結婚する前に嫁がされる。他候補との憶測をさせないためだ。
相応の相手という事は高位貴族で、という事はセレブな立居振る舞いは続くということ。
それに改めて気がつき、諦めるの境地に至りそうという現状です。まだ覚悟は出来ていないけど。
いっその事、断罪されて平民落ちとかされたい。たまに思う気持ちもありますが、アナベル・スターチスと生まれてもうすぐ18年。この世界の平民の暮らしについて、資料では知っていますが現実味がなく、平民とは程遠い生活を享受してきました。前世の平民知識で何とかなる程甘くはないでしょう。電子レンジもスマホも電気も無いしね。
「あら?式まで3ヶ月を切ったのに、まだドレスの準備に取り掛かっていませんの?」
疑惑のベロニカ様がご友人方と共にご登場です。近頃はノイエ様とご一緒なところも見かけておりましたからわたくしに絡む事が少なくなったんですが……今日は何かご用意が?
「そうですね、どうするかまだ決めかねておりました」
思考が沈んでいたせいか、つい素直に答えてしまいました。
「ギリギリまでお待ちになるのかしら?うふふ、可愛らしいところもあるんですのね」
ベロニカ様はわたくしが、ノイエ様が贈ってくださるの待ちだと勘違いなさった様です。
「そう言うスピカータ様は既にご準備を?」
わたくしにわざわざドレスの話を振ってくるということは、ドレスでマウントを取りたいという事なのでしょう。
ノイエ様がドレスを贈ってくださる自慢とか?それならいよいよ自分の心にケジメをつけなくてはなりませんね。
「まぁ、そういうところです。何色のドレスにするか、聞かれましたもの、ノイエ様に」
ふーん。ノイエ様、ベロニカ様に聞いたんだ。ドレスの色を。
……ん?ドレスの色を聞いた、だけ?
「ノイエ様に、何色のドレスにするか聞かれたんですか?」
「ええそうよ。ノイエ様直々に!」
「何とお答えしたんです?」
「……貴女にお教えする義務はございませんわ」
途端に不機嫌になるベロニカ様。……つまり?ノイエ様がベロニカ様にドレスを贈る事になった訳では無いのかしら。
わたくしがその事に気付いたのを察したのか、ご友人方は、
「ベロニカ様にドレスの色を伺うという事は、贈る準備をなさっているという事ですわ!」
「そうよ!スターチス様は近頃ノイエ様と疎遠でいらしたものね。ドレスの色すら聞かれていないのではなくて?」
口々にベロニカ様を擁護しています。仲良しで何よりですわ。
彼女たちの言うように、暫くノイエ様を避けていてドレスの色どころではありませんでした。反論は出来ませんね。
「そうですね。わたくしは聞かれておりません」
わたくしの言葉にベロニカ様は喜色満面、ご友人方は拍手をしていました。
「そう!そうなんですの。あらあらお可哀想に。それでいつまでもドレスの準備を始められず、お待ちしてる……と。ふふふ、健気ですわねぇ」
嘲りの声が響きます。嬉しさのあまり、つい声が大きくなってしまうタイプなようです。
遠巻きに見ている学生たちが、ベロニカ様の声の大きさに驚いてこちらを見ていますが、……これって悪役令嬢に虐められるの図って感じでは?
「スピカータ様、声が大きいです。淑女らしい振る舞いをなさって」
わたくしこそ悪役令嬢なので!ここで泣き寝入りなどしません。毅然と嗜めるのみですわ!
「ふふふ、負け惜しみかしら?お可哀想な婚約者候補筆頭様を見ていられないので、わたくしはこの辺で失礼しますわ!ふふ、ははは!あらいやだ、笑いが止まらないわ」
わたくしの嗜めは不発に終わり、笑ったままベロニカ様方は去って行きました。
「ヘタレのせいで!私のアナベル様が謎の嘲りを受けてしまいました!ヘタレがヘタレているせいで!」
リリーナ、今周りに学生が結構いるから!不敬罪を問われますよ!
ハラハラしながらリリーナを抑えていると、先程遠巻きで見ていた一人が近付いて来ました。
ほらー!聖女とは言え、注意はされるんだからね!
「あの、り、理由があると思うんです。ですから、落ち込まないでください!」
?????
え?ど、どういう事かな?わたくし、励まされている?
「ありがとう、ございます?」
よく分からない状況ですが、とりあえず愛想笑いをしておきました。
令嬢方には遠巻きに怖がられる事や野次られる事はあっても励まされた事は初めてで、どう対応していいのか分かりません。
吊り目で、いかにも悪役令嬢なわたくしなので、声を掛け辛いだろうに……。
「……!そんな!ありがとうだなんて!お辛い想いをなさっていらっしゃるのに……」
何故か感極まったような声をあげるご令嬢。わたくし、そういうキャラじゃないので大丈夫よ?
「殿下の事を誰よりも気遣ってらっしゃるのはスターチス様だと、ここにいる皆は知っています。武術大会の花束の時……、わたしは何も考えていませんでした。スターチス様は殿下の事を心から考えていらして、しかもあのように悪く言われるのも厭わず注意なさっていらして。よく考えてみたら、学院に王族の方が在籍しているのに、こんなに落ち着いて学生生活を送れるなんて凄い事ですよね。これもスターチス様のおかげで……」
何か勘違いなさっている?いえ、細々と動いてはいますけど、彼女が思っているような感じじゃなくてね?
「ですから、殿下に一番相応しいのは!スターチス様だとわたしは思います!」
やり切った感ある顔で、彼女は宣言しました。聞いてらした周りの方々は、頷きながらパチパチと拍手を送ってくださいます。
……なんだこれ?
「ありがとうございます。けれど決めるのはノイエ様です。わたくしたち個人の考えを押し付けてはいけません」
こちらの方も抑えておかないと、学生を煽ったとか言われ兼ねませんからね。
「……そうですね、わたしったら!でも、そんなところも流石です。ありがとうございます」
キラキラした目でわたくしを見つめてくるご令嬢。周りの学生の視線もキラキラしていて怖いです。
えー、わたくし精神魔術とか使えないよ?どうしたと言うの……。
「外堀、埋まり始めましたね?」
ムスカリ、笑いを堪えるなら余計な無駄口は控えるといいわ。
なんとも居心地の悪さを感じ、ランチは早々に切り上げました。
明日から暫く違うところでランチにしようと提案する程には座りが悪いです。
これがノイエ様の策略ならば……中々嫌な策を巡らせてくるなと思いつつ、ドレスの色も聞かれていない事に対して、小さくない衝撃を受けてしまったショックを考えないようにしました。
誤字報告ありがとうございます!
「この辺で失恋しますわ」って、ネタバレ禁止だよベロニカぁぁぁ!




