第一王子の第二婚約者候補2
引き続きベロニカ視点でお送りします
領内で毒混入事件があった友人が、調査で手に入ったという植物性の毒を持って来てくれた。調査でたまたま手に入ったものだから、恐らくバレないだろうと言う。
たまたま手に入るなんて、神様がわたくしの味方になってくれているとしか思えない。
毒を仕込む棘をどうしようかと思っていたところ、手芸の得意な友人が針はどうか?と提案してきたので採用した。
いつも友人が使用している針だと、大事になった時に彼女が疑われてしまうかもしれないと困っていた。わたくしは優しい人間なので、彼女が疑われないよう新しい針を贈る事にした。
いつもは使わない様な針がいいと彼女が言うので、針の種類は任せる。
毒を手配してくれた友人と針を提案してくれた友人が、誰にも見られないように聖女候補の靴に仕込んでくれた。
勿論わたくしは現場には行かない。もしも、があってはならないから。
これで聖女候補は毒に倒れ、スターチス様に嫌疑も掛けられる。
早くあの毒針入りの靴を聖女候補が履けばいい。なんて言ってスターチス様を糾弾するか、今から楽しみでならない。
毒針を入れて3日経つ。しかし聖女候補はぴんぴんしていた。これでは聖女候補とスターチス様を陥れる事が叶わない。かと言ってもう一度毒針を仕込むのはリスクが大きい。
仕方なく、聖女候補とスターチス様以外への嫌がらせを擬装し、やっているのはスターチス様だと噂を少しずつ流していった。
噂という小さなしみが、黒く大きなしみになりつつある頃、学院内は試験期間に入った。
真面目に試験に取り組む者も多く、やっと広がってきた噂が立ち消えにならないか心配だった。
聖結界の試験で彼女たち二人がどの様な結界を張るのか興味があった。近頃わたくしの派閥に入った『友人』に、お願いをした。
彼女たちの『応援』をしてあげてね、と。
スターチス様の聖結界は目を見張るものがあるけれど、歌が余りにもお粗末で、わたくしは初めて勝ったと思った。
どんなに聖結界が素晴らしくとも、結界を張る前には歌う必要がある。そこまで下手ならば、あのプライドの高そうなスターチス公爵家の人間が人前で歌う事はほぼないだろう。
対してわたくしは、聖結界の範囲こそ広く作れるが強度はない。だが、歌声は天使の様だ、と教授にお墨付きを貰った。
王妃となれば護られる立場。恐らく儀式の時くらいしか聖結界を張る必要はないだろう。
ならば、皆が見る儀式用の歌を天使の歌声で歌える方が見栄えがいいに決まっている。
最終学年にしてやっとスターチス様を上回る事が出来た。運気が向いて来ているのが分かる。
それもこれも、友人たちのおかげだ。わたくしが閃くきっかけをくれたり、わたくしの憂いを慮ってくれたり。それに、派閥に新たな友人も引き入れてくれている。
わたくしがノイエ様の婚約者となったなら、彼女たちには相応のポジションを用意しよう。優しいわたくしは、恩を感じたら報いるのだ。なんて優しい為政者だろう。
「ベロニカ様、どうなさいました?」
「ベロニカ様、気の休まるハーブティーを淹れましたわ」
気の利く彼女たちは、わたくしを心配してもう何年も愛用しているハーブティーを淹れてくれた。
「不思議な香りだけど、クセになるのよね。このハーブティー、いつも何処から仕入れているの?いつもお願いしてしまって悪いわ」
気に入っているので、ノイエ様とお会いするお茶会でもお出ししたいと思っているのに、彼女たちにはいつもはぐらかされる。
「これはベロニカ様の為に特別にお願いして分けて頂いています。家の特別なルートなので、お教え出来なくて申し訳ありません。また、王族の方にお出しするのは恐れ多いと、生産者が言っているので……」
生産者は、王家御用達になるのは恐れ多い、生産量が安定しないため人気になり過ぎても困るとのこと。
残念だけど、彼女に頼るしかない。
「なんだか手放せなくなってきたのよね、また……いい?」
ハーブティーを飲むと頭がスッキリして、色々な事が閃く。運気も上がっているし。
「勿論です!」
ハーブティーを飲んでいたところ、長期休暇中ノイエ様がスピカータ侯爵領を訪問するかもしれないとの報せを受けた。
やはり友人たちのおかげなのかもしれない。
長期休暇中は王都の別邸で過ごす予定だったが、変更して急遽スピカータ侯爵領へ向かう。
ノイエ様はどのくらい滞在なさるのかしら?楽しみだわ。
長期休暇初日には領に戻り、完璧に準備を整える。ドレスに、お茶会に、晩餐会、こんなに楽しみな長期休暇は初めてだ。ソワソワと毎日を過ごし、流石に落ち着けとお父様に言われる程だった。
ノイエ様は、どうやら婚約者候補全員の領地を回るそうだった。わたくしが特別では無いと知り、正直ガッカリだ。
明確にいついらっしゃるかは知らせては貰えなかった。警備の都合があるそうだ。
長期休暇に入ってもう二週間経つ。……つまり、休暇に入って早々に訪れたのはスターチス公爵領なのだろう。ここでも優遇されるのはスターチス様なのかと、歯痒い思いをした。
「盛大な出迎えありがとう。沿道でファンファーレが鳴った時は本当に驚いたよ」
馬車から降り立つノイエ様は笑っていらっしゃったが、脇に控える侍従や護衛騎士の表情は固かった。
「スピカータ侯爵令嬢。警備の事を考え、今後はあのような歓待は控えて欲しく思います。あれでは目立ち過ぎる」
「護衛を過労死させるつもりなのかと思いました」
「言葉が過ぎるぞ二人とも。……スピカータ嬢、素晴らしい音楽隊をお持ちなのが分かって面白かったよ。スピカータ嬢は音楽に造詣が?」
ノイエ様は褒めてくれたというのに、侍従と護衛騎士ときたら……。彼等はもしや他の婚約者候補の派閥の人間だろうか?わざわざノイエ様の前で苦言なんて。わたくしが婚約者になったら、必ずクビにしてやろうと思う。
それから暫く音楽の話をノイエ様としたが、わたくしは音楽に詳しくはない。当たり障りのない受け答えになってしまったけれど、ノイエ様は終始笑顔で、わたくしとの会話を楽しんでくれたのだと思う。
ノイエ様を迎えて贅を凝らした晩餐に舌鼓を打ちながら、スピカータ領についての話をする。
長期休暇に入ってすぐ自領に戻ったわたくしは、お父様に領内の事を叩き込まれた。何故継ぐ予定も無い自領の事など、と怒りを覚えたのだけど、こうして暗記した内容を披露すれば関心した様にノイエ様が頷いてくれて、少しだけお父様に感謝した。
「では明日は、スピカータ嬢に領内を案内して頂こうか」
ノイエ様がデートに誘ってくださる。王都での観劇や流行りのカフェへのお誘いなら尚嬉しかったが、今回は田舎のデートを楽しむ事で手を打とう。
自領は王都に比べてかなり田舎な感じがする。一年の大半を王都で暮らしているから尚更だ。自領の思い出や思い入れはほぼない。
案内をお願いされるだろうと事前にお母様がプランを練っていてくれた。一人では案内出来なかっただろうから助かるのだが、湖や鉱山、畑、と田舎感丸出しなのがいただけない。
けれどこれらは自領の特産物を見せるためなのだ、とお母様は言っていた。最後は贅を凝らしたレストランを予約してあるからと言われなかったら、恥ずかしくてノイエ様と顔を合わせられなかっただろう。
次の日、お母様が事前に調べていた領地を、ノイエ様と廻る。素敵な笑顔で領地を褒めてくださるが、張り切って選んだわたくしのドレスについては、レースが特産なのか?という問いかけしかくださらなかった。
各所を回り、レストランのある街場に戻ると、ノイエ様が『おすすめのお菓子は?』と聞いてきた。
この質問は予想外で、領地のお菓子の事など分からなかった。勿論おすすめの店も。
何を問う質問なのか、本当に分からない。わたくしはとりあえず、王都で人気のパティスリーのお菓子の名前を答えた。
「ああ、あの豪華なパッケージの。デザインも凝っているよね」
ノイエ様が頷いてくださったので、返答はこれで良かったのだろう。田舎な領地のお菓子を選ばなくて良かった。
次の日のお茶会は、王都から取り寄せていたお菓子をお出しし、和やかに楽しんだ。
次の婚約者候補の領地訪問もあるからと、
ノイエ様は到着してから三日程で出立した。
ノイエ様の表情はずっとにこやかで、わたくしはかなりの手答えを感じていた。
長期休暇明けは武術大会だった。例年ノイエ様からわたくしへミサンガのお願いは無いが、同様にノイエ様は誰にもお願いをしていない。山と届くミサンガを考えれば仕方がないのかもしれない。
それでも毎年、贅沢なミサンガを作らせて贈っている。見栄えがよく豪華で、一目でわたくしが贈った物だと分かる様に。
まあ、着けて頂いた事はないのだが。
それなのに、今年は違ったようだ。ノイエ様の手首に二つ、ミサンガが結ばれていた。
わたくしの贈ったミサンガよりも素朴なものだった。
ノイエ様が優しい顔でミサンガを撫でているのを見て、心が騒ついた。
アレは、スターチス様が贈ったものなのだろうか。
長期休暇以降、ノイエ様がスターチス様と一緒にいるのをよく見掛けていた。スターチス様の心が変わった?聖女候補もスターチス様の隣にいるし、ノイエ様の婚約者争いが卒業式を前に決着がついてしまいそうで焦る。
まだだ。まだ聖女候補とスターチス様を陥れる逆転の手は完成していない。
もう少し時間が欲しかった。
武術大会では、魔術師団長子息ネメシア様がスターチス様を褒章の乙女に指名する波乱があった。
今考えている手の他に、スターチス様の不貞というのも良いかもしれない。これも噂で流そう。逆転のカードはいくつあってもいい。
武術大会後、策略がハマったのか、スターチス様はネメシア様と行動を共にして、ノイエ様はスターチス様以外の婚約者候補との時間を作るようになった。
一時はもうダメかと思ったが、策略がハマりつつある事にほくそ笑む。
「スピカータ嬢、近頃君にも嫌がらせがあると聞いたけど、大丈夫かな?」
ノイエ様が気にしてくださる。以前には無かった、二人の時間。親密度は確実に上がっている。
嫌がらせは自作自演なのだから大丈夫なのだが、ここは困ったふりをしてノイエ様に気に掛けて頂こう。
「少し怖くて。他の婚約者の皆様も被害に遭って……いえ、スターチス様はまだ大丈夫な様子ですが……」
さり気なくスターチス様への疑惑の種も撒いておく。全ては逆転の一手の為に。
「それは心配だ。誰かに相談したりしているのかい?医師の派遣やカウンセリングなどは必要かな?」
親身になってくださるノイエ様も素敵だった。だが心配してくださるのは嬉しいけれど、自作自演だから、それは困る。
「友人が、心が落ち着くハーブティーをくださるので……ご心配いただきありがとうございます」
「ハーブティー?そんなに効くのかい?私も飲んでみたいものだな」
友人から貰うハーブティーで、ノイエ様と一緒にお茶を飲む機会が出来そうだ。
友人たちには本当に感謝しなければ。
ノイエ様はハーブティーが楽しみなのか、にこやかな顔から、更に笑みを深めていらした。
ベロニカ視点はここまでです〜!
記念すべき50話が主人公以外視点でした…




