第一王子の第二婚約者候補
婚約者候補のベロニカ視点のお話です
ノイエ様の婚約者はアナベル・スターチス公爵令嬢になるだろう、わたくしがノイエ様への恋心を自覚した12歳の時にはもう囁かれていた噂である。
ノイエ様の婚約者候補は長らく4人、学院最終学年で聖女候補が加えられ5人となった。
婚約者候補の序列としては、筆頭にアナベル・スターチス公爵令嬢、次点でわたくしベロニカ・スピカータ侯爵令嬢、3位にルールカ・カルセオラリア伯爵令嬢、4位にユイリィ・モントブレチア伯爵令嬢と言われている。聖女候補のリリーナ・クレマチス男爵令嬢は序列に関係ない、所謂ワイルドカードもいいところの存在。
まさか学院最終学年で聖女候補が見つかるなんて思いもしなかった。
家柄、財力、政治力、パワーバランス、美貌、所作、気品、学力、本人の気質……どれを取ってもスターチス様には敵わない。
けれど、ノイエ様が公言なさっている『自らが王妃となる事を望む』という条件を満たしていない事だけが、わたくしの逆転を狙う糸口だった。
家柄その他は王家からの要望で、ノイエ様が出した条件は件の『自らが望んでいる』という事のみ。
つまり、ノイエ様はスターチス様以外を望んでいる事になるのだが……、学院に入学してノイエ様の行動を見ていれば、スターチス様に望んで欲しいのだと、嫌でも分かってしまった。
明らかにスターチス様を意識しているノイエ様だったが、どうやら無自覚の様で。ならばまだ勝機はあると、諦めきれないでいた。
少しずつノイエ様と距離を詰めて、話す機会を増やす事や、自らの派閥を増やすなど努力をしていた。
ノイエ様も、スターチス様も、変わらない距離感に見えていたから、卒業式迄にスターチス様の心が変わらなければ、異議も唱えられるのではないかと思っていた。
その考えが甘かったと思い知らされたのは最終学年に上がる頃。
聖女候補が見つかったとの事で、急遽婚約者候補に組み込まれる。
ノイエ様とスターチス様の距離感は変わらなかったが、代わりに聖女候補とノイエ様の距離感が物凄く近くなった。
学院内ではほぼ一緒に行動している様だった。
つい最近まで平民として生活していた聖女候補は、貴族令嬢としての距離感なんてお構い無しでノイエ様やその側近に近づき、あろうことかボディタッチまで!
案の定、側近候補のカンパニュラ様は聖女候補にメロメロだった。クラスの男子も、気軽で気安い聖女候補にぽぅっと惚けている事が多い。
聖女には自由恋愛が認められている。だからこそ行動を気をつけなければならないのに、聖女候補はふらふらと男子に近寄り、媚びを売っていた。勿論ノイエ様にも、側近たちにも。
ノイエ様が簡単に聖女の毒牙に掛かるとは思っていなかったが、学院内で一緒にいる姿をあまりに見かけるので、まさか、もしや、という気持ちが大きくなっていった。
『聖女候補は売女の様な振る舞いをする』
友人たちと密かに笑っていた内容は、誰かが聞いていたのだろう、すぐに広まった。聖女候補が男子と話す度、嘲笑を浴びせ、眉を顰めた。
みんな思っていた事なのだろう、わたくしと同様の態度を取った。
その頃、女子学生は学年を超えて聖女候補を嫌っていたと思う。噂は広がって、どんどん誇張されて、皆口々に話していたのだから、知らない人が聞いたらそれを信じるだろう。
反比例して、男子の聖女候補人気は上がっていた。ノイエ様は変わらず聖女候補の近くにいた。
あまりにも弁えない聖女候補の姿は限界を超えた。なのに、婚約者候補筆頭のスターチス様は動かない。
自分の立場は揺るがないということ?それとも、自ら望んでいる立場じゃないからどうでもいいということ?
スターチス様が何をしたいのか分からず、後者なら早々に引いて欲しいと思う。
聖女候補も婚約者候補筆頭も、あまりにも目障りだった。
わたくしの気持ちを慮った友人たちが、聖女候補の持ち物を捨てたり、壊したりしているそうだ。それから、聖女候補から盗んだ物をスターチス様の持ち物に入れたりもしている様だ。
聖女候補も婚約者候補筆頭も困ればいい。でもわたくしは関係ない。わたくしが指示した訳ではないのだから、もしこの事がバレても、わたくしのせいではない。
友人たちの行動はエスカレートしている様だったが、わたくしは止めなかった。
だって止めたら、わたくしが『知っていた』事になるでしょう?
だからこれは全部、友人が、勝手にやったこと。
「スターチス様は恐ろしい方ですわね。聖女様候補に、こんな事をなさるなんて」
友人たちが聖女候補の物を盗んだり壊したりする度に笑いながら呟いていた。私が悪いんじゃないわ、スターチス様が怖いから……そう笑いながら。
これで聖女候補が辞退したり、婚約者候補筆頭が罪を被ったりすれば最高なのに。
そう考えた時に閃いた。友人たちが勝手にやっているこの行動を全てスターチス様のせいにして、その罪を問えばいいのでは?
聖女候補を害するという恐ろしい罪を、スターチス様が企てたのだとしたら?そうしたら、いくらスターチス公爵家とはいえ、そのままノイエ様の婚約者になる事は出来ないのでは無いだろうか?
聖女は自由恋愛を許される程の存在だ。それを害したとなれば、王妃には相応しい存在とは言えないだろう。
でもどうやって?どうすれば聖女候補と婚約者候補筆頭を陥れられる?
悩んでいたところに、友人が近頃彼女の領地であったという毒混入事件について話していた事を思い出した。
とあるレストランに間違えて入ってしまった植物性の毒。ほとんどの客の命には別状はなく、複数の客が2週間程腹痛を起こした。だが、その中の一人に運悪く妊婦がいて、流産してしまったのだそう。なんとも痛ましい。
命に別状はない毒。けれど悪意は明確な毒。話を聞いた時、これだ!と思った。
けれど食べ物に毒を混入する罪をスターチス様に擦りつける?なかなか難しいだろう。
毒を使うことは有効そうなのに、どうすれば……。
思考の海に沈みそうになった時、友人の一人が
「痛っ」
と声を上げた。
靴の中に小さな棘が入っていたようだ。
「大丈夫?植物の棘かしら?変な成分のない植物ならいいのだけど……」
棘が入っていた友人に、もう一人の友人が心配そうに声を掛けていた。
それを見て、わたくしは更に閃きました。
靴の中に毒のついた針を仕込めば良いのではないか。
そしてそれを、スターチス様のせいにすれば良いのではないか。
スターチス様を支持する方は多いが、所謂取り巻きは作っていない。だから何かがあった時、明確に庇ってくれる派閥を持っていない。
聖女候補の靴に毒針を入れ、それを仕込むスターチス様を見たと、わたくしの派閥の人間に言わせればいい。
でもそれだとわたくしの関与を疑われるかしら?だったら、他の婚約者候補の友人たちにそれとなく噂を流すというのも有りだ。
更にスターチス様以外の婚約者候補全員に何かしら嫌がらせがある様に見せかければ、疑われてスターチス様の株も下がるかもしれない。
我ながら自分の閃きに戦慄した。よくもこんな策略を思い付いたものだ。恐ろしい。
だが、このくらいの策略謀略を考え付かなければ王妃にはなれないだろう。
王家は綺麗事だけでは無いのだから。
まさかの才能に身震いした。上手くいけば婚約者候補の序列が変わるかもしれない。
わたくしは初めて、友人に植物性の毒を手配するよう指示したのだった。
長くなりそうなので、ベロニカ視点を分けました。
次回もベロニカ視点でお送りします…!
感想ありがとうございます!心の糧です。
反応頂けると書くスピードが上がります〜