悪役令嬢とヒロインちゃんのプロポーズ
久々にゲームヒロインのリリーナ回です
「アナベル様!この頃冷たいです!」
ランチタイムにリリーナに爆発されました。この頃淑女らしくなったと思っていたのに……。
確かにここ一か月半は、ランチメンバーと距離を取っていました。リリーナの主張も分からなくは無いのですが。
「わたくしに構うより、ムスカリ様と愛を育みなさいよ。……え?まさか」
リリーナがとても微妙な顔をしていました。これは、恋話の予感……?
「あっちっ違うんです。ウォンは正式に申し込んでくれて、しかも結婚を前提に。クレマチス家にも、婚約の打診もしてくれているんです。……でも、私が」
どう考えてもリリーナとムスカリは両想いだったので、まさかまだお付き合いに発展していないとは思いませんでした。
ムスカリは平民間ではあまりしない婚約の打診をちゃんとしているようで、流石大商家の息子だわ、と改めて感じました。
だってアレでしょ、リリーナの為に正式な手順で申し込んでいる訳でしょ?庶子だから自由にしていいとクレマチス男爵には言われているけれど、きちんと筋を通す訳でしょ?
クレマチス男爵家でのリリーナの立場は微妙です。彼女の存在で男爵の不貞がバレて、その後更なる庶子は見つからないものの愛人が複数いる事が判明したそう。男爵夫人は怒り狂って、男爵はすっかり尻に敷かれています。
男爵夫人にとってリリーナは存在が既に面倒な娘でしたが、聖女適性がありそうな為に分かった子供です。受け入れない訳にも行かず、更に蔑ろにも出来ず、腫れ物に触るような扱いしか出来ませんでした。
夫人は、その面倒な庶子がもたらす予定の聖女の生家という名誉を受け入れるには、まだ割り切れていないようで、聖女としてリリーナを政治的に扱う事を考えていないのが、リリーナにとってせめてもの救い、程度の関係でした。
リリーナもその事を分かっていましたから、学院卒業後はわたくしの侍女を希望していました。
「もしかして、わたくしの侍女になる予定だから迷っているの?わたくしの事なら気に」
「いえ、私絶対アナベル様の侍女になりたいです!」
ムスカリとの愛を選びなさいよと言おうとすれば、被せるようにリリーナが言います。
「私、アナベル様の役に立ちたいんです。お願いします、侍女の約束を反故にはしないでください!」
何故か必死に言われてしまいました。うーむ、ヒロインちゃんの好感度を一番上げているのが悪役令嬢ってどういう状況なのかしらね。
「なら、わたくしの侍女で、結婚していても構わないわ。まあ、スターチス公爵領に戻る事になったら考えましょう。で?何を迷っているのかしら?」
「……スターチス公爵領へ?アナベル様、え?アナベル様こそどうなっていらっしゃるんですか?」
「わたくしの事は置いておいて。先ずはリリーナ、貴女の話が先よ。どうしてムスカリ様の求婚をお受けしないの?」
リリーナは腑に落ちない顔をしていましたが、わたくしがリリーナの話を聞かない限り何も言わなそうな事を察したのか、渋々話し始めました。
「私、学院に入ってからも庶民っぽさが抜けなくて。つい街の人たちと話すみたいな距離感だったから、陰口を言われる事が多かったんです」
編入当初、リリーナの周りにはノイエ様、カンパニュラ、デルフィニウム、ムスカリと、タイプの違う男性が守っていました。
学院内でもファンや憧れる者が多い殿方ばかりのせいか、やっかみも凄そうです。
基本的には男子陣がガードしていましたが、一人になった隙を突いて囲まれる事もあったのだとか。
……知っています。正確にはゲームで知っている、なんだけど。
ゲームでは主にわたくしが行っていた諸々ですが、……わたくしがやらなくてもかなり横行していたのね。ゲームのアナベルは擦りつけられた罪もありそうだから、あのヌルい断罪だったのでしょう。
「暫くは私が聖女になるって事で何も言われなかったんですが、武術大会以降また言われるようになって……」
わたくしが距離を置いている隙に!しまった、リリーナの後ろ盾として機能していないのはわたくしの落ち度です。
「ごめんなさい、わたくしのせいで……」
「違うんです、アナベル様のせいじゃないんです」
武術大会では、クラスの男子たちの他、ユーフォルビア様、ネメシア、ムスカリ、カンパニュラと錚々たる面々にミサンガを頼まれていました。
「聖女様はお好きに高貴な方々を選べていいですわね、とかなんとか、私が言われるのは大丈夫なんです。気にならない」
……結構な嫌味だと思うのだけれど、リリーナは気にしないそうです。メンタル強いなヒロインちゃんは。……いや、ヒロインだからじゃないか、リリーナだから、だ。間違えてはいけない。
聖女結界を練習する時も、ヒロインとしてではなく、リリーナという一人の人間として頑張っていた。その頑張りを見てわたくしの侍女になるのを認めたんだから。
でも、そんなリリーナが躊躇う理由とは?
「私とウォンが、敬称無しで呼び合うようになったら……、今度は『ムスカリは上手くやったな。これでムスカリ家は安泰じゃないか。聖女様相手じゃ国も何も言えないしな』って、陰口が……」
「ウォンはそういうつもりじゃないって言っても、誰も信じてくれません。お店を経営している貴族の方たちから、ウォンが悪く言われていたりして……。私のせいで」
ムスカリの気持ちを疑っている訳ではないとリリーナは言います。わたくしもそう思います。だってムスカリはリリーナを優しく、愛おしい目で見ています。アレで好きな人に向ける目じゃなかったら、びっくりだわ!
けれど、やっかみを込めて……可能なら破談になってくれたらいいなという悪意も込めて囁かれる言葉が、自分に向けてなら耐えられるけれど、好きな人に向けられるのが、リリーナには耐えられない様でした。
「じゃあ、ムスカリ様の事は諦めるの?」
「そ、それは……でも、私のせいで……」
ムスカリの事は諦められない。けれど自分と一緒に居ては悪意を向けられる。リリーナは決断出来ずにいる様でした。
「リリーナ、貴女ムスカリ様を馬鹿にしているの?貴女の好きなムスカリ様は、そんな悪意にへこたれる男性なの?」
「そうじゃないんです!そうじゃなくて、私のせいで痛くもないお腹を探られてウォンは……!」
「有名税なんだから、甘んじて受けなさい。大体、あのムスカリ家のご子息よ?それくらい対処出来るわ。……ねぇ?」
リリーナと二人でランチを取っていましたが、ヒートアップしたリリーナはムスカリが大分前から近くに来ていた事に気付いていない様です。
「ムスカリ様、誹謗中傷ごときで、わたくしの侍女リリーナ・クレマチスを諦めますの?」
「まさか。木々が騒めく程度の嫉妬なんて屁でも無い……と、失敬、ご令嬢に向ける言葉じゃなかったです」
ムスカリもやっかみにはイラついてはいたのでしょうね。微妙に荒れた言葉遣いでした。でも、荒れてる理由はそれだけじゃないわよね。
「そうよね。あんな有象無象の騒めきなんて気にする事じゃないわよね。それよりムスカリ様が気になるのは、リリーナの返事が遅れていることよね?」
ふふっと笑って聞けば、ムスカリが珍しく表情を崩して赤くなりました。
……おお、レアスチル!
なんて、これから始まるだろう現実を前に現実逃避をしてしまいました。
「リリーナ。誰に何を言われても、君に嫌われない限り僕に怖いものはない。君を幸せにする権利を、僕にくれないか」
いったー!
流石商人、機は逃しませんね。わたくしに諭され、迷いを振り切ろうとしていたリリーナに、間髪入れずに求婚!男らしいなムスカリ!
リリーナは少しだけ迷って、
「ウォンが誰かに虐められたら、私が守ればいいのよね。アナベル様、気付かせてくださってありがとうございます!ウォン!聖女の名に掛けて、私が貴方を幸せにしてみせるから、私と結婚しましょう!」
リリーナはヒロインちゃんだと思っていましたが、ヒーローだったのかもそれません。ムスカリの素敵な愛の言葉に、ド直球の逆プロポーズで返しました。
そこは『はい喜んで』で良かったのでは?
あと、わたくしの名前は挟まなくていいからね!
「はい、喜んで」
むしろ理想的な返しはムスカリがしました。はにかむ笑顔のムスカリは、いつも読めない商人の表情じゃなくて、年相応の少年の顔をしていました。
スチルより尊い……!
幸せそうに笑うムスカリ、満足そうなリリーナ。逆なんじゃない?と思うけれど、二人が嬉しそうだから良いのでしょう。
ゲームの内容とは全く違うヒロインのエンディング。
ムスカリルートもまた、卒業式で結ばれる内容でしたし、お付き合いを申し込むのもムスカリで、ヒロインは微笑むようにその手を取っていました。
現実の二人は、とっても嬉しくて幸せいっぱい!というのが溢れ出ていて、近くの席にいた学生が思わず拍手してしまう程でした。
「おめでとう!結婚式はスターチス公爵家もバックアップするわね。ムスカリ様、リリーナを泣かせたら……分かってますよね?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて!泣かせる……のは、恐らくスターチス嬢の方だと思いますが、気をつけますね」
それは?わたくしが侍女泣かせって事かしら?失礼ね。まあ、めでたい流れなので許すけどね!
おめでとう!良かったな!リリーナちゃんが!ムスカリ様が!など、様々な声が飛び交っていますが、なんだかんだと祝福してくれている様です。
二人が祝われて、わたくしも嬉しくなってしまいました。愛のある二人、恋し恋焦がれる二人。とっても、羨ましい限りです。
いいなぁ。
あまりに幸せな二人の姿に、ついぼんやりとしてしまいました。
そのせいで、祝福いっぱいのムードを忌々しげに見詰める目があった事に気付かなかったのです。