悪役令嬢と魔術師団長子息の過去話
ネメシアの過去話で、胸糞悪い話が出てきます。
直接表現はありませんが、気分の良い話ではないので、嫌な予感がする方は飛ばして次回へお進みください。
あと今回長めです。
先日、ネメシアのお華ちゃんが件の植物を持って帰って来てくれたそうです。うーむ、優秀なスパイ……!
現在は魔術協会で保存、一部を成分分析してくれているそうで。ネメシア、デキる系男子だわ。
成分分析の結果が、わたくしが預かっているリリーナの靴に入っていた毒針と何らかの関連があれば証拠になるんだけど、こればっかりはまだ分かりません。
大体、もしリリーナへの毒針と関わりがあったとして、狙いが分かりませんし。
実行犯がベロニカ様のご友人と判明していますが、あのベロニカ様がワトソニア先生に毒針をお願いしたのかしら?
あの時点で、リリーナはノイエ様と親密だと思われていました。編入後一緒に行動していたし、オタサーの姫感出してたし。
それに嫉妬しての犯行……?無い線ではありませんが、毒の解毒剤がほとんどない状態で?それとも毒がどの様なものか知らなかったとか?
今回使われた毒は、国内でほぼ作られていない植物を使っており、精製も難しいものです。ですから使用率も少ないため、解毒剤もあまり出回りません。
致死率こそ高くはありませんが、解毒剤が間に合わなければ後遺症に苦しんだり、運が悪ければ死に至る。
そこまでの毒を、あんなに杜撰な罠を張るベロニカ様が?そこまでの悪意を持つ方とは思えないのだけれど……。
「あ、また甘っちょろい事考えてる?知らなかったでは済まされない立場だよね、実行犯も」
ネメシアには毒について話す手前、何があったのか説明する事になりまして。わたくしが持つ情報も公開していました。
いつものネメシアは緊張感のない軽い口調で話すのに、ベロニカ様に対しては厳しい口調です。気に入っているリリーナが害されそうだったからかしら?
「オレはね、楽しいことにしか興味がない。珍しい毒でも、犯罪的な内容でも、オレが楽しいと感じれば興味がある。使う使わない、良い悪いは置いておいてね。でも、知らなかった、で逃げようとするのは嫌いなんだ」
いつに無く真面目な表情のネメシアは、少し怒っているようでした。
「どうしたの?女子大好きネメシアじゃないみたいよ?」
興味のない人に向けるネメシアの顔が少しだけ怖くて、どうしていいのか分からなくて、つい茶化すように言ってしまいました。それはノイエ様がわたくしの言葉を茶化す時に似ていて、変な気分になりました。近くにいないのに、こんな小さな癖で思い出すなんてね。
「自分を見ているみたいで、嫌なんだ」
苦笑いをするように、言い訳をするように、ネメシアが話出しました。
……あれ?なんか、過去話始めようとしている?武術大会後から卒業式前までに発生する過去話イベント的な?
いやいや、ゲームではこういう流れじゃなかったし、一々ゲームを思い出すのは悪い癖だわ。ちゃんと現実を見なければ……。
「オレの名前さ、父が付けたんだ。7人目だから7が付いてる。あの人、魔術にしか興味がなくてね。全員数が名前に入っているんだ。オレの名前もセブンだけになりそうだったくらい」
前世でもそう言う名付けする人いたけれども!名前は親が初めにあげるプレゼント、みたいな考えも聞いたことある中、魔術師団長……。
「父はオレにスタークって付けた。願いを込めたって聞いた時は嬉しかったな。魔術しか興味のない父だから、生まれつきオレは魔術量が多いんだ、だから完全に、なんて意味をくれたんだと思ってたんだ。でね、知ってると思うんだけど、オレには3人兄がいた」
武術大会決勝で、ネメシアの魔術にみんな戦慄しました。底知れない力に、魔術師団長の黒い噂、お兄様が3人もいらっしゃったのに今はネメシアしかいない理由。
ぞわり、と背中が寒くなりました。これから聞く話に笑いは一切ない。この話、わたくしが聞いていい話なのかしら?
「オレが1歳になった頃、一番上の兄が死んだ。3歳になった頃に、二番目の兄が死んだ。兄たちが病気にかかったとか、事故にあったとかの話は無かった。今考えると、葬儀ではみんな青褪めた顔をしてたな……」
待って。お兄様たちは、何故亡くなったの?これ、ホントわたくしが聞いていい話かな???
「5歳になる頃には複数の属性魔術が使えるようになった。父はオレをよく褒めてくれたよ。素晴らしい才能だとね。姉たちも父に習ってチヤホヤしてくれた。でも、三番目の兄だけはオレを物凄く嫌っていた。嫉妬されてるんだろうなって、思ってた」
あっ。なんか、すごく、やな予感……。
「兄が凄く意地悪をしてくるようになったんだ。イフェイオンと戦った時に水柱に閉じ込めるヤツやったでしょ?あれを寝ているオレに使ってきたりすんの。もうホントムカついたわ。だからね、言ってやったんだ。『反撃出来ない時にしか攻撃出来ないなんて、魔力の少ない兄様は大変ですね。だから兄様は父上に見向きもされないんですよ』って」
5歳の幼児の寝ているところに水柱って、死ぬんじゃないの普通。お兄様殺意を持ってネメシアに魔術を行使したの?バイオレンス過ぎないか、ネメシア侯爵家!
「そしたらさ、『お前の魔力量は兄様たちから奪った癖に!お前のせいで兄様が死んだのに!』って、言うんだ。何言ってんの?馬鹿じゃないってその時は思った」
「それから少しして、兄様の言ってた意味が分かった。父が禁呪を行使して、兄様から魔力を奪って、オレに注ぎ込んだんだ」
ネメシアが複数属性の魔術が使えるのは、勿論本人の資質と努力もあるのだけれど、お兄様たちの魔力を注がれたからなのだそう。
二番目のお兄様と、三番目のお兄様のお母様は違うらしく、そしてお母様たちの家の魔術属性はそれぞれ風と火で。つまり最初から、魔術属性で作られた子供だった?
「魔力を注ぐなら、身体が小さいうちの方がいいんだって。1歳まで待ったのは、オレの適性を観察してたそう。魔力を注がれる側にも、許容量があるらしくてね。兄様たちは許容量が少なかったから、だからオレを作ったんだって。ホント、魔術の実験でもしてるつもりだったのかな、あの人」
注がれた魔力が馴染むのに2年程度掛かり、馴染みきったらまた注ぐを繰り返したそう。一番目、二番目のお兄様は、魔力を全て吸い上げられる際に命を落としたのだとか。
「さ、三番目のお兄様は、無事だったのでしょう?」
震えながら尋ねると、ネメシアは悲しそうに答えてくれた。
「三番目の兄様は、魔力を吸い上げられても死ななかった。今考えると強い人だった。父はオレに、許容量が少なかったらああなるんだ。これは仕方がない事なんだと言い聞かせていた。オレは馬鹿だったから、父に言われた言葉をそのまま三番目の兄に伝えてしまった」
ネメシア侯爵家は代々魔術師団長を務める魔術大家。魔力の無い侯爵はいなかった。
では魔力を吸い上げられた三番目のお兄様はどういう扱いになるのか。
「オレが伝えた次の日、兄はいなくなった。父は、許容量も魔力量も少なかったどうしようも無い兄の事は忘れろ、と言った。それから姉たちは更にオレをチヤホヤするようになった。オレの事も、父の事も恐ろしかったのを誤魔化す為だろうね。でもその時のオレは知らなくて、チヤホヤされて褒められて、有頂天の天狗になっていた」
「父が禁呪を使ったとらしい噂が広がったのは、殿下の側近選びが半分くらい進んだ頃だった。オレはアレが禁呪とは知らなかったから、何の事か分からなかったけど、殿下のお茶会で蜘蛛の子を散らすように周りから人が居なくなって、悲しかった。そんな時、不思議な話をする女の子に会った。お茶会で女の子は浮いていて、だからオレたちが二人で話すようになるのは自然だった」
……そうか、わたくしの小さい頃ってば、やっぱり浮いていたのか……。『誰も知らない話』とかするんだもん、変な子よね。
「噂が広まったからか、父は更なる許容量の大きさの子供を作る実験はしなくなった。あと噂のせいもあって、殿下の側近からは外された。女の子の話が聞けなくなるのが残念だったけど、女の子が話していた内容を魔術でやるにはどうすればいいのかに夢中になった」
小さい頃のネメシアの悲しみをわたくしの前世話が和らげていたなら良かったわ。ただ、やっぱり前世技術をネメシアに教えるのはヤバそうだと改めて思いましたが。
「楽しい事を考えていれば悲しい事はない。興味が湧いた内容は片っ端から調べたりやってみたりした、楽しくなるように。相変わらず姉たちはチヤホヤしてくれていたけれど、表面上なのかな?って気付いちゃったからね。こうしてどんどん今のオレが出来上がっていくんだけどさ。楽しい事にしか興味が湧かなくなった頃、三番目の兄様が、実は自殺していた事を知ったんだ」
「楽しい事だけ考えて、悲しい事やよく考えるべき事は見ないふりをして。ホントは兄様がなんでいなくなったのか分かっていた筈なんだ。知らなかった事にして、自分のせいじゃないって思い込もうとした」
「父は兄様に『我が家に魔術の使えない人間は要らない』って言ったのを知っている。
姉様たちは魔力の豊富な家に嫁がされるためにいることを知っている。場合によっては養子に迎える算段を立てているのも。オレに魔力的に見合う女性がいなければ、姉弟で秘密裏に子を作らせようとしているのも」
「オレは全部、知らなかった、で済ませたかった。多分今も本質的なものは変わっていない。
それでも、犠牲になった兄たちがいる事をオレは忘れてはいけない。犠牲にされそうな姉たちがいることも」
「だから、知らなかったで済まそうとする人を見ると、自分の罪を見せつけられている様で嫌だった」
父への反抗を込めて、色々な女の子たちと親しくしたり、協力を募ったりしているけれど、心はずっと奈落の底にいるみたいだった。
楽しい事が見つかると少しだけ浮上するけど、理由やネタが分かると楽しさが急速に萎み興味が無くなる。無理矢理楽しいフリをする事もあるけど、その反動で深く沈んで中々浮上出来なかったりする。
そういう風にネメシアは語りました。
「ネメシア侯爵家のかなり重大な秘密を暴露してくれやがってありがとう」
こんな話をしたからには、同情されたり、貴方のせいじゃないと励ましたりするかと思った、というような顔をしたネメシアがびっくりしてわたくしの顔を覗き込みました。
「え、今の話を聞いて感想それ?」
「同情したり、励ましたり、共感するべきだった?だったらごめんなさいね。でも、ネメシア様はそんなのが欲しい訳じゃないでしょう?」
ネメシアはただ、話したかっただけ。重っ苦しい長々したこの話を、一人で抱えるのがしんどくて、聞いてくれる誰かを待っていただけ。たまたま聞く相手が、わたくしになっただけなのでしょう。
「素敵な女の子だったら、ここは優しく慰めてくれるものじゃないの?『貴方を支えるのは私しかいないわ、』とか、決意してくれないの?」
暗い顔で戒告するように話していたネメシアが、少しだけ笑った。
「それは貴方を好きな女の子にして貰いなさい。わたくしはただ聞いただけ。貴方が抱えたいと思っている罪を聞いただけよ。誰にも話さないし、この話によってわたくしが変わったりはしないの」
続くわたくしの言葉に、ネメシアがパチリと瞬きを一つ。
「4人分の力を、国の為に存分に使うといいわ」
顔を上げたネメシアは、怒ったようにわたくしを見て、そして何かを悟ったようでした。
「国の為に?自分の為じゃなくて?」
「国の為に。わたくし、禁呪を平気で使う様な方に魔術師団長でいて欲しくないの。お分かり?」
だから、ネメシアが父であるネメシア侯爵をどうにかしようとしても、それは国の為になるだろう。そう遠回しに言いました。
ネメシアがこの歳で魔術協会に太いパイプを持っているのも、チャラチャラ女の子と遊んでいる風で情報を集めているのも、恐らくその為。リリーナに近づいたのも、恐らくその一環なのでしょう。
わたくしの事だって、色々口実を作っているけれど、スターチス公爵家という後ろ盾が見込めるのですから。
「は、ははははは!そんな事、言われるなんて思わなかった!アナベル、君は本当に面白いな!」
「むしろ、わたくしに無条件で協力しようとした時は何事かと思っていましたわ」
「あれは……、全くの嘘でもなくて。結構本気なんだけど。聞かせてよね、『誰も知らない話』」
ネメシアが持つ心の奈落を少しでも浅く出来るなら、教えてもヤバくなさそうな前世技術は教えてあげようかな?
「これで、何を要求されるか心配なくなったし、馬車馬のように働かせても心が痛まないわね!」
「……はは。アナベルはホント、気遣い屋だね。そんな言い方しなくても分かるよ」
ニヤリと笑うネメシアは、やっといつもの表情が戻って来ました。
急に過去話(ゲームより大分重い)が始まって、どうしようかと思いましたが、ネメシアの闇堕ち回避は出来たみたいです。少しでも心が軽くなったなら良かった。
「なんの事かしら?」
でも、わたくしがネメシアを心配したと思われるのは癪なので、そんな事は無かったように振る舞う。
「アナベルはさ、自分が思っているより王妃に向いていると思うよ。……けど、本当に嫌だったら、その時はオレが攫ってあげるよ」
ネメシアが訳の分からない事をほざいていますが、無視!徹底的に無視です!
「ま、恋愛感情からじゃなくて、あくまで人助けと借りを返す為だけどね」
こんな、プロポーズみたいな台詞を、一度ならず二度までも、恋愛感情抜きで言ってくるとは!乙女心をなんだと思っているのかしら!
「はいはい、ありがとありがと。必要になったらお願いするわ」
二度目なので動揺は(少ししか)しませんでした。狼狽えるだけ馬鹿を見るしね。
ですからネメシアが、
「ホントにそうなったら、大事にするよ」
小さく呟いてきた事には、気付いていませんでした。
感想、誤字指摘ありがとうございます!心の糧です!
物語の終盤に入り、広げた風呂敷をしまうのに四苦八苦しておりますが、少しでも楽しんだ頂けるよう頑張ります〜