第一王子と第四婚約者候補
久しぶり!ノイエのターンです
近頃一日が凄く長い気がする。一日30時間くらいないか?いや、一日の時間は変わらないのは知っているが、体感としては本当に長い。
理由も分かってはいるんだ。アナベルが医務室に行かざるを得なくなった日、つまり噂の始まりの日以降アナベルと過ごす時間が無いからだ。
「もう一年くらいアナベルと話してない気がする……」
「まだ2週間しか経ってませんけど?」
溜息混じりに呟けば、デルフィニウムがすかさずツッコミを入れる。分かってるよそんな事は。体感の問題だ!察しろ!
「そんな事は分かっている。……で?報告を聞こう」
婚約者候補の一人、ユイリィ・モントブレチア伯爵令嬢と人目を避けるように話していた時、アナベルに見られた。
こんな時、今までのアナベルなら取り澄ましたような顔で『ご機嫌よう』と挨拶してくるか、一瞥して無かった事にするかのどちらかの反応だった。
けれど今回は、びっくりした表情の後、真っ青になって走り去るアナベルに、本来ならなら追いかけて誤解だと説明すれば良かったのに、私は胸が高まってしまったのだ。
そんな、いかにも嫉妬しました、みたいな表情をして、けれど直接聞く事も出来ない臆病さを見せて走り去るアナベルは、もしかして……、と。
ユイリィ嬢は呆れたように、
「男のツンデレは流行らないし、押して駄目なら引いてみろ作戦なら趣味悪いですわよ」
と助言をくれた。
そんなつもりは欠片も無いのだが。
「スターチス様って、色恋沙汰に疎いというか……分かっていながら見ないようにするところがありますから、ノイエ殿下が引いた瞬間に拗れますよ?」
かなりズケズケと助言をくれる。全く持って私に対する敬意がない。
「流石、高位貴族でありながら恋愛結婚を選ぶユイリィ嬢、色恋についてお詳しい」
「そうやって茶化すからスターチス様も本気になさらないのですよ。ツンとか照れとか、今は要らないんですよ。押して駄目なら?押して、押して、押しまくるのが良いんです、自覚なしの鈍感純情なスターチス様相手には!」
歯に衣着せないユイリィ嬢とは、本当に話しやすい。まるでデルフィニウムと話しているようだ……。結構心を抉ってくる。
コレでよく色恋が発展したものだ、仮にも私の婚約者候補に上がる中で、と感心する。
「何か不本意な事考えてらっしゃいます?好きな人と、完全に友人枠な人とは対応が違うのも仕方ないと思いませんか?そんな事も分からないから、スターチス様も信頼なさらないんです、ああ情け無い」
おい、本当に言いたい放題だな。当たっている辺り何も言い返せないが!
「わたくしは婚約者候補とは名ばかりで、初めからバランス要員でしたので、気楽なものでしたわ。彼も情熱的に追いかけてくれたし。けれどノイエ殿下は違いますよね?ちょっかい掛けては様子見して、好意は見え見えなのに本気じゃないような態度を取って。スターチス様でなければ気付いたでしょうが、相手はあの!スターチス様ですよ?学院入学前から噂された美少女、貴族らしい冷たさの中に隠しきれない優しげなお心、親しい間柄にしか見せない砕けた笑顔なんて!密かに姿絵が出回る程の人気なのに、全くこれっぽっちも気付かない!スターチス様ですよ?」
アナベルはモテないと嘆いている様なのだが、実は全く持ってそんな事は無い。
煌めく金の巻毛に、猫を思わせる緑がかった金の瞳は蠱惑的で、瞳を覗き込みたいと思っている輩は履いて捨てる程なのを、婚約者候補筆頭というラベルを貼って防いでいたのだ。
ちなみに、それでもお近付きに……という猛者は、私かデルフィニウムが対処した。アナベルには言えない秘密である。
「大体、ノイエ殿下も相当鈍いですよね。最終学年になるまで、ずっとそれを無意識でやっていた上に、婚約者は候補の中から誰を選んでも同じ、とか何とかほざいてましたよね?あはは、思い出しても笑えてきますわ。あんなに御執心なのに、ご自身が気付いて無かった時は!」
デルフィニウムの様だと言った事はそろそろ訂正しよう。色恋に関してなら、デルフィニウムの数倍抉ってきやがるな、ユイリィ嬢は!
「鈍感が恋に目覚めて、超が付く鈍感にアプローチしようとするなんて、かなりの難易度なんですよ?それを、『自分からも王妃になるのを望んでいること』でしたっけ?あははははは、もうこの条件がスターチス様に向けて言ってるって丸分かりなんですがね。でもそれが邪魔をして攻められないなんて本末転倒ですわ!」
グサグサと剣か槍で刺されているレベルで心が痛い。何故こんなにも私は言われたい放題なのか……。全部本当だから、何一つ言い返せないのが辛い……。
「婚約者発表は学院卒業式が通例です。でも今のままなら、卒業式前にスターチス様が婚約者候補辞退をなさる可能性が有りますよ!それでなくとも武術大会でのネメシア侯爵子息の件がありますのに。プライドにこだわってらしたら、横から掻っ攫われたなんて、笑い話にもなりませんからね!わたくしの為にも、キッチリ!スターチス様のお心を掴んでくださいませ!では、また」
最後まで言いたい事を言って、ユイリィ嬢は去って行った。嵐の様な女性である。
彼女の言い分は尤もだとは思う。だが、私にも譲れないものがあるんだ。
王族は、そして王は、その権力から孤独だ。勿論デルフィニウムやカンパニュラ、ムスカリのような気の置けない友人はいる。だが、彼等は同時に臣下でもある。
けれど王妃は違う。王妃も臣下と捉える者もいるが、唯一王の隣に立つ事を許された者だと私は考える。
隣に立ち、孤独を分かち合う。そんな仲になりたいと思っているのだ。その相手が義務感や仕方なくでは嫌だと言うのは、私の我儘なのだろう。
実際のところ、王族の婚姻は義務である場合が多い。けれど私は夢を見たい。望み、望まれて国を統べる事を。
ずっと、政治的、政略的、バランスや時流など考えて来たのだが、本当はそうじゃない事を分かってしまった。
誰がどう見ても、どう考えても君が王妃に相応しいせいで、自分が分からなくなっていたんだ。
アナベルは、私が他の婚約者候補を選ぶかもしれないと思っている。他の候補者を選んだとしても仕方がないのだと諦めきれる様だ。あの医務室でハッキリ分かった。
そちらがその気なら、こちらにも考えがある。
王妃になりたく無い?せいぜい逃げ回るといいさ。外堀を全部埋めて、必ず望ませてみせる。その時を待っているといい。どうせ期限は決まっているのだから。
「チェックメイトの瞬間、君がなんて言うのか楽しみだな」
「スターチス嬢に同情します。こんなツンデレ腹黒ヘタレ野郎に狙われるなんて」
薄く笑う私に対して、デルフィニウムは呆れた顔をしていた。お前……不敬罪で罰を与えてやろうか。
「でも、ま、スターチス嬢も鈍感過ぎる罪もあるかもですねぇ」
お前が恋に目覚めたら、盛大に揶揄ってやるから覚えていやがれ!
「まぁいい。で?報告は?」
次期王太子とは思えない顔で笑っているのは自分でも分かるが、ここにはデルフィニウムしかいないのでいい事にしよう。
さあ、次の手を打とうか。君が気付くまで、ずっと私のターンのゲームだけれど。
感想ありがとうございます!心の糧です!
ここの所、アップする当日に書いているためストックがなく、一人チキンレースをしています。
作品も終盤なので、最後までお付き合い頂けるよう頑張りたいと思います。
良かったら感想ください……加速ブースターになります……




