悪役令嬢と情報交換
ネメシアと定期的に情報交換するようになって、今回で3回目になりました。
ネメシアの取り巻きのお華ちゃんたちから件のハーブティーを都合してもらったり、ハーブティーの成分を調べたり、裏で繋がっていそうな貴族を調べたり、なかなか充実しています。
「1か月くらい、ランチはいつものメンバーで食べてないみたいだけど?」
ネメシアが聞いてくる程度に、ノイエ様とその側近候補と距離を置いていました。
リリーナとはランチを一緒に取りますが、ムスカリが一緒じゃなくなってしまい本当に申し訳なく思っています。
リリーナにもムスカリにも、わたくしの事は気にしなくていいと言ったのですが、二人は首を縦に振ってはくれませんでした。
本当に心苦しいです。
「気になるならご自分が動けばいいのに」
リリーナがいつだったかポツリと呟いていました。
関係をハッキリさせてはいないけれど、今の状態なら明白なのでは?と首を傾げました。事実上って感じなのがスッキリしないのかしら?
「アナベル様では無くてですね……うーんと、アナベル様は、もっとご自分に正直になると好転していくと思いますよ、色々と」
曖昧に笑うリリーナの顔を見て、気を使わせてしまっていることに罪悪感を感じました。
なんて会話がリリーナとありましたが、ノイエ様とはすれ違ったら会釈する程度です。スッキリハッキリさせられなくてごめんなさいリリーナ。まだ心の整理が出来ていないのよ……。
前世を思い出す前、ノイエ様との関わりはこの程度の関係性だったのに、今はなんだか寂しく感じてしまいます。
どうしてしまったのかしらわたくし。ノイエ様もわたくしも、ずっと、政略で婚約者候補なのだと分かっていた筈なのに。
「以前に戻っただけよ。近頃わたくしたち、近過ぎたから」
「殿下ってば、あからさまな視線がすごいからさぁ。アナベルにちょっと言って欲しかったんだけど、そんな感じならお願いしない方がいいかな」
「まあ、もう少ししたら報告には行くわ」
調べた事がまとまったら、報告しようとは思っています。一部にするか、全部にするかはまだ決めていないけれどね。
「ま、余談はさておき。話を聞く限りさ、ワトソニア先生は学生の仲裁に入る時には、心を穏やかにする作用の魔術を使っているみたいなんだよね。ヒートアップしてるのを抑える、みたいな」
「じゃあ、初めて会った時わたくしに掛けられたのはその魔術かしら?」
「だと思う。故意か無意識かは分からない。ただ、ワトソニア先生が仲裁に入ると解決率が格段に上がるのは確かだね。だから女子だけで無く男子にも人気があるようだ。でもあの容姿だろう?個人的な相談はもっぱら女子みたいだね」
精神作用のある魔術として間違った使い方では無さそうです。ならわたくしの思い過ごしかしら?
「でも、個室相談の時はちょっと雰囲気が違うみたい」
「雰囲気が違う?どんな感じかしら?親しげになるとか?」
思わず首を傾げてしまいました。
「ワトソニア先生が、すっごく素敵に見えちゃう……みたいな?おすすめされて、警戒もせずにハーブティーを飲んじゃうくらいにね」
ワトソニア先生のハーブティーはお手製だそうから、普通なら警戒します。それを飲ませるように仕向けた?
「ワトソニア先生は、もしかすると『魅了』が使えるのかもしれない。まあ、話から察するに極低いレベルなようだけど」
「えっ!」
魅了魔術!乙女ゲームを題材にした小説でよく見るやつ!本当にあるんだ!凄い!
びっくりし過ぎて思わず淑女にあるまじき大声を出してしまいました。
魅了を使ってくるのは、小説では転生してきたヒロインちゃんと相場が決まっていたので、まさか攻略対象が使ってくるとは思いませんでした。ワトソニア先生、規格外ね!
「ただちょっと微妙でさ。凄い効果がある訳ではないみたいで、もしかすると大人の色香にクラッと来てるだけなのかもしれないんだ。いわゆる『お願い』の域だし、そのお願い自体ハーブティーを飲ませるだけみたいだから」
そうね、魅了が使えるならものすごく遠回しなやり方よね。
「逆に、その遠回しな方法を取る事で、バレた時の言い逃れをするのかもしれないんだけど。今回のオレからは以上かな」
大人の色香、ねえ?みんな素敵な先生に誘われるがまま、得体の知れないお手製ハーブティーを飲んだってこと?それとも毒耐性の訓練をしているの?わたくしのように。
「わたくしが極端に疲れた事を考えると何らかの魔術は行使していそうだわ。ワトソニア先生が精神作用魔術をどのくらい使えるかは置いておいて」
裏を探る事を考えれば、精神作用魔術があまり使えない事を願うばかりです。証拠隠滅されては敵いませんもの。
「わたくしの方だけど、ハーブティーに入っていたハーブのうち、3種類は国内では入手が難しいものでした。少量しか入っていないものですが、中毒性などはこの3種の加工、調合の仕方で発生するようです」
ちなみに、この3種のうち2種がワトソニア伯爵領で少量作られていた事が判明しております。更に、隣接する隣国と輸出品としてやり取りしているのも確認出来ました。
単品で、加工していないなら何の問題にもならない単なる希少植物の輸出入なんだけどね。
「残る1種なんですが……、輸出入共に確認出来ていません。ただ、ワトソニア先生が土属性植物魔術と考えると……」
「伯爵邸で密かに作っている可能性がある訳だ。ああ、栽培が難しい植物だもんね、アレ」
「先生が育てている証拠が有ればいいのですが」
あの3種を、明確な意思を持って育てていて、ハーブティーに仕上げているのが分かると、言い逃れが出来ないのでしょうけれど。
「あー、それはちょっと待ってて。女の子のうちの一人が、次の休みにワトソニア先生の家に遊びに行くらしいんだ」
「えっ」
独身男性の家に?まさかお一人で?そ、それはかなりの問題になるのでは?
「あ、一人じゃなく何人かで。ワトソニア伯爵家のタウンハウスでお茶会らしいよ。なので、ちょっと道に迷って貰う予定?」
それなら安心だけど、先生の家でお茶会かあ。前世でも先生の家に押し掛ける系女子っていたわね……。どこの世界でもあるんだなぁ。
さておき、ネメシアのお華ちゃんのうちの一人がワトソニア伯爵邸で迷ってしまって、偶然何らかの植物を探し当ててしまうって?
ちょっと無理がありそうだし、危なくないのかしら?
「それは、大丈夫なの?危険は無いのかしら?その方に」
ネメシアの取り巻き連にあまり良い感情はありませんが、それでも危険な目に合って欲しい訳ではないので。
「うん、だからアナベルにもお願い。ワトソニア伯爵のタウンハウスの見取り図を入手して欲しい」
「また厄介なお願いね。でもまあ、何とかしましょう。不法侵入はしたく無かったから、この方法が無難でしょうしね」
「確かあの植物、そろそろ花が咲く頃だから、『可愛い花だから分けて欲しい』とか言って貰って来る予定」
お茶会の参加者に、ワトソニア先生の家の花を貰ったとアピールする事で、後々の言い逃れを防ぐ意味も含ませるようです。
頼まれたお華ちゃんは、特殊工作員か何かなの?
「オレの取り巻きのうちの何人かは、ネメシア家の分家の子だからね♪」
特殊工作員な上、本家跡取りと結婚したい勢なようです。無理難題を割り振られたりしていそうで、その子たちに同情しますわ。
「持って来てくれるの楽しみだね♪何か変わった特徴があると最高なんだけどな♪」
もうね、ネメシアに目を付けられたら、興味が続く限り探られると言うことがこの1か月で分かりました。
見目麗しくて魔術も凄いけど、ネメシアと恋愛関係になったら大変そうだなと、つくづく思いました。リリーナは逃げられて良かったわね!
「じゃあ手配するけど、無理はしないよう注意しておいてね。色恋を利用するの、気が進まないし」
「おけおけ。でもあの子も色恋じゃないと思うから」
ネメシア家とその分家筋でも色々あるみたいね。わたくしには関係ないんだけど!
「ところでさ。ハーブティーの事だけでこんなに探ってる訳じゃないよね。そろそろ教えて欲しいなっ♪」
先程より更に楽しそうに、わたくしに聞いてきました。どういう基準で面白がっているのかがイマイチわからないなあ。
「少量入っている3種、高濃度で抽出して他の薬剤と混ぜるとね……」
リリーナの靴に仕込まれていた毒針。あの時使われていた毒と同じ植物が使われていると判明したのです。
ただ、同じ植物が使われているイコールワトソニア先生が作った毒、にはなりません。偶々で言い逃れる可能性があります。
この国では希少な3種のハーブで、それを偶々ワトソニア先生が作っていて、更に精製も難しいけれど、植物魔術を使うワトソニア先生なら可能だけれど、限り無くクロだと思うけれど、確実な証拠が欲しいのです。
「あー、そういう事ね、アナベル大変だねぇ。……あ、つまりそういう事か……」
ネメシアに毒針について説明すると、納得したのか深く頷いて、その内何かに気付いたようでした。
「何か気付いたの?ワトソニア先生の尻尾とか!」
ネメシアがどこぞの探偵みたいに『謎は全て解けた!』ってやってくれると楽なんだけど、どうなのかしら?つい期待してしまいます。
「期待に沿えず悪いんだけど、オレが気付いたのはそっちじゃないんだ、ごめんね。とりあえず、植物が手に入ったら魔術協会で預かって貰うよ。証拠品として保存魔術も掛けるし、成分分析もやっておく」
「妙に協力的で怖いわね。何が目的よ?」
ネメシアの協力は本当に助かるんですが、ここまでやって貰うと見返りが怖い……。単純な興味だけじゃないわよね?
「ワトソニア先生にも、植物にも、毒にも興味はあるけどね。でも、もっと気になる事があって」
ネメシアが満面の笑みです。あ、コレなんか面倒な予感が……。
「そんなに怯えないでよ。うん、オレのコレは結構純粋な好意でやってるんだけどな。でもアナベルがそんなに見返りをくれようとするなら貰っておこう♪」
どうやら墓穴も掘っていたようです。ああ、協力してくれてありがとう!だけで良かったのね……。素直じゃないから、つい裏を伺ってしまうわたくしの悪い癖。
「前にも言ったんだけど、アナベルの知ってる『誰も知らない話』を、また聞かせて」
好奇心の塊ネメシアは、わたくしの前世に興味津々でした。前も思ったけれど、ネメシアに前世知識入れて大丈夫なのかは不安だなぁ。
「何?悪用を疑われてるのオレ。なら、アナベルがずっと隣にいて、見張っていればいいよ」
ネメシアが楽しそうに言います。
ずっと?隣に?誰が?
「結構本気なんだけどな、オレ。殿下の隣じゃなくて、オレの隣もいいんじゃない?って話。考えておいて」
恋愛感情など皆無なのに、内容はプロポーズに近い。ネメシアは言葉通り、本気を匂わせる言い方をしました。
「あ、断られても、情報交換はするから安心して。そっちはそっちで興味あるからさ♪じゃ、見取り図宜しく〜」
ネメシアの言葉は、誰かの隣にいる自分を、改めて考えさせられました。
あーあ、ここ1か月考えないようにして来たのに今更思い出させるなんて。
ネメシアは本当に嫌な奴だわ。




