悪役令嬢、図書館にて
ワトソニア先生の元を後にしたわたくしは、学院の図書館に寄りました。
「こんなところでアナベルに会うとは珍しい」
図書館で本を見ているとネメシアと会いました。今ちょっと手が離せないんだけどなぁ、とげんなりしていると、ネメシアは斜め向かいの席に座ったものの話かけては来ませんでした。意外と空気が読めるようです。
気になる本を何冊も積んで、パラパラと捲るを繰り返して小一時間。ネメシアが再度話しかけて来ました。
「野草図鑑、ハーブ図鑑、土魔術について、植物魔術について、貴族名簿、輸出入一覧、薬物図鑑。何か気になっているみたいだね?」
丁度こちらも一息ついたところでしたので、対応する事にしました。
「学生の間で、ハーブティーって流行ってるかしら?貴方の周りのお華ちゃんたちはどう?」
「ああ、そういうこと。そうだね、珍しいお茶が手に入ったから一緒に飲もうと誘われる事もあるよ」
ニヤリと笑ってネメシアが答えました。恐らく、わたくしが聞きたい事も既に分かっている筈です。
「妙に気分が晴れやかになって、スッキリした飲み心地で、また飲みたくなるハーブティー。香りは……甘さを含んでいるけれど、花ではなくて……」
「一回飲んだくらいじゃ中毒になる可能性は無いから安心して」
つまり、常用していると中毒になる可能性があるということ。そしてそれをネメシアも知っているのね。
「ハーブ一つ一つは禁止されているものでは無いんだけどね。それぞれ少し手に入り難くて、それでいて混ぜ方によって中毒性のある成分になる。調べただろうけど、廃人になる……とかは無いよ。中毒具合は紳士の葉巻と同じくらいじゃないかな」
「でも、子どもが流れやすくなる成分が入っています、わよね?」
「あ、調べた?そうなんだよね。蓄積されると流産の可能性が高まるらしいんだ。ただ、蓄積された成分を排出しやすい植物も有ってね」
ワトソニア伯爵領は隣国と接していて、輸出入で経済が成り立っています。件の植物はワトソニア伯爵領と接する隣国の特産なのです。
「安く仕入れて、価値を上げてから売り抜けるのが狙いかしら?」
「かもね。学生のうちに軽い中毒にしておいて、お茶自体も売り付ける。成分が蓄積されたら次は……ってところだろうね。実際ここ数年でワトソニア領は豊かになったって話も聞くし」
領主だけが利益を得る訳でなく、還元はなされている様子なのが厄介なところです。
それぞれの植物自体に違法性は無い上に、ハーブティーは恐らく法に触れない最大限の成分量しか含まれていないでしょう。
ハーブティーを手に入れられれば成分を確認して確証が得られましたが、ワトソニアの言う『特別な仲』の提案は怪し過ぎでしたし。
「何か取り引きさせられそうだったの?」
全てお見通しなのか、ネメシアが聞いてきます。
「特別な仲とやらになれば、優先して分けてくださるそうよ。何の片棒を担がされることやら」
「ええ?もしかすると本当に色っぽい話かもしれなかったじゃない?ワトソニア先生の魅力にクラッとしたりしなかったの?」
ニヤニヤしながら聞いてきます。答えは分かっている癖に、嫌な奴ね。
「色恋の話は無いし、クラッともしないわ。むしろ生理的に何か駄目なのよね」
溜息を吐きながら言うと、ネメシアが首を傾げます。見目麗しいワトソニア先生を嫌うのが珍しいのかしら?
「生理的に駄目って、どんな感じに?気持ち悪いの?……ワトソニア先生は、土属性魔術だけじゃないのかな?」
ネメシアが独り言のようにぶつぶつ呟いています。わたくしが駄目な理由があるのかしら?
「ワトソニア先生といると、妙に疲れるの。これって何か理由があるのかしら?」
「……教えてあげてもいいけど……アナベル、オレの事嫌ってたんじゃないの?随分とくだけた話し方だね」
気付けばネメシアと素に近い感じで話していました。色々思い出してからの初見?が最悪だったので警戒していましたが、昨日泣き顔を見られたり本音を話したりしてしまったせいか、すっかり気が抜けてきました。
「ごめんなさい。……そういえば、貴方に会ったらまず昨日の事を謝ろうと思っていたのに、ワトソニア先生の事に夢中になっていたわ。それに話し方も」
「昨日の事は済んだ事だしもういい。話し方も、気にしなくていいよ。それより、何で突然植物関連を調べたりしてるのかな?何か面白い事あった?」
ネメシアは魔術関連のみならず、面白そうと感じた事に対して貪欲でした。わたくしが急にワトソニア先生のハーブティーを調べ出したのに興味を持った様です。
「教授が昨日の件の噂で心配なさって、ワトソニア先生を紹介されたの。学生の相談相手になっているでしょう、ワトソニア先生。それでお邪魔したら……」
「ハーブティーが出てきたのか。話に聞く限り、そんなに急に飲ませたりしないみたいなんだけど……何か焦ったのかな?ちなみに、教授は多分純粋な善意で紹介してくれたと思うから裏の繋がりを考え無くてもいいよ。教授経由でワトソニア先生に相談って言う流れは、アナベルが初めてだし。あの教授、あんまり学生受け良くないからね」
ネメシアの話を信じるなら、教授を疑う必要が無さそうで安心しました。まあね、教授も不本意な噂にされているみたいだしね。
「で、アナベルがワトソニア先生を生理的に駄目な理由だけど……。多分アナベルの魔力がワトソニア先生を弾いているんだと思う。何らかの魔術をかけられそうになっているのを、無意識に弾いてる。魔力量に差があるとたまにあるみたい。無意識で魔力を消費しているから疲れるんだと思うよ」
「ワトソニア先生は土属性で植物魔術よね。植物魔術って、植物を動かせたり、成長を促進させたり、植物の持つ効能を高めたり出来る筈だけれど、それらを弾いたのかしら?」
「いや、違うだろうな。加工後の植物の効能は高めたり出来ないだろうから、ハーブティーは関係ないだろうし、その他の植物魔術なら気付くだろうし。多分他の属性魔術の可能性が高い」
「ランチで注意された時もどっと疲れたんだけど……」
「その時も使ってたのかな?人前で使ってバレ難いって事か。オレは気付かなかったから、指向性のある魔術……つまり精神作用系か」
前世で言う精神科医みたいな立場の人が使う精神作用系魔術。使える人は少なく、そして使える場合は登録が必須だった筈です。
「ワトソニア先生は、登録していない。まだ憶測でしかないけど、確定すれば罰はあるだろうね。直ぐ魔術協会に報告する?」
「……ちょっと気になる事があって。今報告されると、そちらが揉み消されるかもしれないから……」
ワトソニア先生は今のところ魔術登録違反なだけ。ハーブティーのことは、犯罪とは言えない内容です。恐らく罰金を払えばいいだけでしょう。
わたくしは、ワトソニア先生が言っていた、ハーブを育てるのが趣味、というのが引っ掛かっていました。
「もう少しだけ調べさせて欲しいの。報告を遅らせる事は、ネメシア様に迷惑が掛かる?」
「いいや?オレもワトソニア先生の精神魔術がどんなものか気になるしね。こっちも調べてみたいから気にしないで」
少し猶予が貰えましたが、本当に精神作用系魔術を使っているなら早めの報告が必要でしょう。どんな風に使っているのかも分からないし、もしかしたら無意識なのかもしれませんし。
「あ、今甘っちょろい事考えてる?多分真っ黒だと思うよ?」
ネメシアは甘い考えだと言うけれど、ワトソニア先生は攻略対象なのです。まさか、そんな、という気持ちが強くて、現実とゲームでの差に理解が追いついていませんでした。
「アナベルは優しくて甘っちょろいね。そこがいいところでもあるんだけど。ところで、アナベルが調べたいことオレも聞いていい?」
「それは……まだ憶測なので、ワトソニア先生に有らぬ疑いが掛かるのも不味いわ」
ワトソニア先生が裏の顔があるって事は、ネメシアにもあるのでしょう。ゲームでは描かれていない裏の顔が。
それがわたくしに不利になる……つまりこんなに急に距離が詰まったネメシアが、ワトソニアと繋がりが有るのか無いのかすら分からないのだと、今更気付いたのです。
「あれ?なんかオレも疑われてる?あちゃー。……じゃあさ、定期的に情報交換しよう、毎週ここで。二人きりの個室とかじゃないから、殿下も怒らないでしょ?オレはアナベルに会う口実も出来るし、得しか無いけどね♪」
「ノイエ様は怒ったりしないわ。けど、配慮は助かる。……そうね、逆に人目に着く場所の方がいいのかも。分かったわ、先ずは3日後の放課後に図書館でいいかしら?」
「ダメ元だったんだけど、いいんだ。オッケー♪」
成り行きでネメシアと定期的に情報交換する事になりました。
何でこんな事になったかな?と首を傾げるものの、今はいつものメンバーとは居たくなかったのでこれはこれで良かったのかもしれません。
そういえば今日は、長期休暇明け以降、初めてノイエ様と一言も言葉を交わさない一日でした。恐らくこれからは増えていくのだろうと、ぼんやり思いました。