悪役令嬢とヒロインの二人きりのランチ
わたくしが魔力を溢れさせそうになった一件で謝らなければないのは、先程謝った多重聖結界グループワークのお二人、聖結界の講義を行ってくださる教授、そしてネメシア。
噂の元凶だろうご令嬢方には全く謝る気は無いし、何ならもしもの為に証拠を全部掴んでやろうかとすら思っています。使うかどうかは分からないけど、保険にね。
そんな訳で、教授に謝罪しに行きました。
「高位貴族は色々あるよね」
と、笑っていました。もっと怒られるかと思っていましたが、『昨日医務室で散々怒ったから言う事が無い』そうです。
噂は真実では無いと教授からも言ってくださっているそうですが、教授は男爵家ご出身で『圧力が掛かって何も言えない可哀想な教授』と揶揄されているそうです。
……かなり失礼な噂です。
教授は男爵家出身ですが、聖結界については界隈で一目置かれる立場であり、出自で侮られる必要など無いのですから。
「そう感じられるのは、出自以外に何かを持っているからです。自身に余裕が無ければ、認める事は難しいのだと、覚えていてくださいね」
わたくしは高位貴族の生まれで、第一王子の婚約者候補と望まれ、魔力も豊富で。それらは全て出自に関連するものでしたから、教授の言葉を正確に理解出来たとは言えないでしょう。けれど教授の言葉は、胸の奥の方に響いた気がしました。
「噂でお困りのようなら、ワトソニア先生に相談するといい。よく学生から相談を受けているようだから、私のような朴念仁より親身になってくれるでしょう。私からも伝えておきます」
教授は聖結界についてはとても詳しく頼りになりますが、それ以外には興味が薄い様です。わたくしが聖結界を発動した時やリリーナが聖女結界を発動した時は子どものように目を輝かせていらしたのに。
その辺はネメシアによく似ているなと、昨日も思いましたが。研究者あるあるなのかしら?
攻略対象であるワトソニアにはあまり近付きたくは無いのですが、教授が心配してくださっているので、一度くらいは顔を出さないといけないかなと思います。
教授の部屋を後にし、ひそひそ言われながら幾つかの講義を受けてランチになりました。
リリーナがいつもと同じようにランチを一緒にしようと声を掛けてくれます。
「今日はすっごくお腹が空きました。腹が立つとお腹が空いてしまうって私初めて知りました!」
噂について、自分の事のようにリリーナが怒ってくれています。プリプリしながら、いつもより早いスピードでランチを口に放り込んでいましたが、所作は前よりも洗練されていて驚きました。
「綺麗に食事するようになったわね。何処に出しても恥ずかしくない淑女になるのも遠くないわ」
高位貴族の侍女は行儀見習いの意味合いも強く、その後の結婚にも関わります。そう言う意味でリリーナに言ったのですが、
「アナベル様のお側にいる為に努力しておりますから!気付いてくださってありがとうございます!」
嬉しそうに笑うリリーナ。彼女曰く、長期休暇でスターチス領から帰った後に猛特訓したらしい。
気付いてくれるかな?と、そわそわしながら頑張っていたけれど、まだまだ板に付いていなかったみたいでしょんぼりしていたそう。
……リリーナと一緒に食べるランチは、長期休暇明けはムスカリやノイエ様などランチメンバーで摂る事がほとんどでした。
気を取られて、リリーナに目を向けていなかったのだと今更気付きました。
……気を取られて?なにに?
「ごめんなさい、リリーナはずっと頑張ってくれていたのに」
「いいえアナベル様。アナベル様が気付かない程しか出来ていなかったんです。だから認めて頂けて嬉しいんです、私!」
リリーナはそう笑うけれど、わたくしは何故今日リリーナの所作に気付いたのかの理由は分かっていたので、笑顔で返す事は出来ませんでした。
久しぶりに、ランチはリリーナと二人で終えました。
卒業まであと4か月、これからはもっとリリーナの事が分かるランチになる事でしょう。
「ほらやっぱり。クレマチスさんと二人だけのランチ。噂は本当で、殿下には愛想を尽かされたのよ」
「ええ?噂が本当なら、こんなところでランチって凄いわ。私だったら、被害に遭われた方に申し訳なくて食事も喉を通りませんもの」
「そこはホラ、力にモノを言わせて殿下の婚約者候補筆頭でいらした方ですし、都合良く聴こえないのではなくて?」
近頃はわいわいと話しながらのランチでしたので、周りの声がこんなにも聴こえてくるのだったかしらと、ぼんやり感じました。
ベロニカ様とご友人は、いつもなら固まってランチをなさるのに本日はわざわざバラバラに座っていました。
そこかしこで噂を広めたいのでしょう。
自分が見て知った情報でなければ口コミを信じてしまいやすい、そんな手口を使っているようです。セコいけれど地道、効果もある程度期待出来る人海戦術です。ベロニカ様はわたくしの評判を一気に落とそうと仕掛けてきた様子でした。
ノイエ様は政治情勢やパワーバランス、時流を考慮して婚約者を決定すると公言しています。ここでわたくしを叩き、時流が自らに傾くように仕向けたいのでしょう。
ベロニカ様は、ノイエ様に恋をしていらっしゃる様です。家の事だけでなく、自身の想いから動いていらっしゃる。
それが自分を上げる行為では無く相手を下げる行為なのはいかがかと思いますが、明確に意思を持って行動する姿が眩しく思えました。
ノイエ様は、もう一つ婚約者に求める条件があって。それは、『自らも望んでいる』ということ。
家の都合に流されるのでは無く、自分の意思で、将来は王妃になる覚悟を求めていました。
わたくしはずっと、王妃になりたく無いスタンスでしたが、家の事を考えそれを表には出さないようにしてきました。だからこそ、わたくしはずっと婚約者候補筆頭だったのです。
けれど昨日、ついにノイエ様が求める考えがない事がバレました。ノイエ様の中の序列は変動する事でしょう。
わたくし以外の方がノイエ様の隣に立つ姿は今まで一度も想像出来ませんでしたが、今はわたくしが隣に立つ姿が想像出来ません。
それが望みだった筈なのに。わたくしは自分の気持ちすら分からなくてぐちゃぐちゃで。ですから自身の想いが分かっているベロニカ様が眩しく思えたのでした。




