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断罪予定の悪役令嬢の行く末  作者: みずのとさやか
断罪予定の悪役令嬢
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悪役令嬢と距離感

「わたくし、ノイエ様がわたくしとリリーナ以外をファーストネームで呼んだことにショックを受けたの。……違うわね。ショックを受けたことにびっくりした、というのが正しいかしら」


 心のどこかで、ゲームのヒロインであるリリーナがルートを選ばなければわたくしが婚約者レースに負ける筈が無いと思っていました。だってヌルゲーでは、断罪されなければわたくしが婚約者になっていたんだもの。

 さらに現在は、様々な条件を考えると、なんだかんだでわたくしが婚約者に選ばれるだろうってタカを括っていました。王妃になる覚悟もないのに。


「なんだ、ノイエ様は他の婚約者候補の方とも親交を深めてたのか。わたくしってば特別でもなんでもないのかって」


 ネメシアはわたくしの話を黙って聞いてくれました。先程泣き出した時もだけれど、ネメシアはとても聞き上手だと思います。


 今は口を挟んで欲しくない、アドバイスなんて要らない。ただ、聞いて欲しいだけ。


 話して仕舞えば、本当に些細な事なのだと実感出来ます。小さな事に拘ってしまったのだと気が付きます。

 口を挟まれたり、アドバイスをされたりすれば、反論したりムキになってしまったりで、着地点がブレてしまうから。


「なんだかイラついてたのが馬鹿らしくなってきました。こんなに小さい事でしたのね。はぁ。コレって、親しい友人に自分と同じくらい親しくする人がいる時のショックと似てるのかしら?わたくしってば本当に器が狭いわぁ」


 こんなに器の小さいわたくしに、王妃なんて絶対無理ね。はぁ、落ち着いてきた。


「まだ、王妃にはなりたく無いんだ?」


 あらヤダ、わたくし口に出てたかしら?


「いや?小さい頃、アナベルが言ってたよ?『だんざいされなかったら王妃になるらしいけど、お姫様は良いけど王妃様は大変そうでイヤだな』って」


 小さい頃のわたくしー!そんな事まで話してたの???うーむ、この話どの辺りの人まで知ってるのかしら。不味いわね……。


「心配してるみたいだから教えるけど、オレしか知らないから大丈夫。でも、王妃になりたく無いならバレても大丈夫じゃない?」


 一人百面相していたわたくしに、笑いながら教えてくれました。

 バレても……、そうか、別に問題ないの、か。

 それに今日の魔力を溢れさせた一件はかなりの失態になるに違いない。わたくしの評価を一気に下げようとする方がいるでしょうし。


 でも、わたくしがそんな風に思っているって、知られたく無い、かも。


「友人を取られた気持ちなのか、なんでバレたくないのか、……誰にバレたくないのか、ちゃんと考えてみるといいよ。……で、本当に王妃になんてなりたく無い!ってなったらさ、オレが助けてあげるよ」


 そう言ったネメシアは、とても穏やかな顔をしていました。いつものチャラそうな声色でもなくて、企んでそうな意地悪な顔でもなくて、不覚にもドキッとします。


「助けるのは、今すぐじゃなくてもいいよ。覚えておいて♪じゃ、そろそろ時間切れだから行くね。あ、今日のお礼、二人でお茶してくれればいいから♪」


 ネメシアは手をヒラヒラ振りながら医務室を去って行きました。

 突然どうしたのかしら?と思ったら、今度はノイエ様が医務室に入って来ました。何故かとても不機嫌そうなお顔です。


「ネメシアが来ていたのか」


 去って行くネメシアの方をじっと見つめていました。


「わざわざおいで頂きありがとうございます。でも、そろそろ帰ろうと思いますので……」


 随分休んだし、ネメシアに話を聞いてもらったのでスッキリした気がします。お見舞いに来て頂きましたが、それ程の事でもないので恐縮です。


「泣いた後があるね。ネメシアに何か言われたの?魔力も暴走させたって噂が立ってるし、どうしたのかな?」


 意地悪そうな顔で茶化すように聞いて来るノイエ様。いつもの事なのに、何故か心がささくれ立った気がしました。


「ネメシア様は、わたくしが魔力を溢れさせそうになったところを助けてくださったんです。それから少し話を聞いてもらって……」


 止め方はどうなの?って思いますが本当に助かりました。魔力量にせよ前世話にせよ、ネメシアの興味を惹けていて良かったです。


「泣き顔も見せて、楽しそうに話もしてたって事ね。医務室だからって、男と二人きりと言うのは感心しないね」


「ネメシア様はご自分の魔術で水を飲んだわたくしを心配……?なさっただけです。そういう意味合いはありません」


 フォローしつつ、ネメシアは何のために来たのかしら?と今更ながらに思います。心配、してくれたのよね?あれでも。昔話をしに来た訳じゃないし。


「武術大会中やその後は、あんなに避けて嫌っていたようなのに、突然打ち解けたものだね。二人きりで何を話していたのやら」


 ノイエ様が妙に絡んで来ますが、そんな事言われたくありません。


「ご自分だって女性と二人きりで親密そうに話してましたのに、わたくしだけ責められますの?」


 わたくしがあんな風になったのは、そもそもの原因はそれなのだから。……まあ、勝手にイラついたんだけれど。


「あれは、そういうんじゃない。あの時だって、話しかけようとしたのに君は無視して行ってしまったじゃないか」


 あれ、ね。あんなに親しそうに、家名じゃなくファーストネームを呼んでいらしたのに。


「モントブレチア様とノイエ様の仲、ですもんね。お邪魔はしませんわ」


 せっかくネメシアと話してスッキリしたのに、なんだかまたもやイライラ?もやもや?してきました。何なのコレ。


「なに?アナベル、ユイリイ嬢に妬いてるの?」


 わたくしの苛立ちを察してか、ノイエ様がそれはそれは楽しそうに、まるで初めて見る玩具を見つけたように笑いました。


「自分だけに懐いていると思っていた犬が、実は他からも餌をもらって甘えていたのを見た気分に似てますわね、この気分は」


 ネメシアには親しい友人で例えましたが、ささくれ立ったわたくしは犬で例えてしまいました。不当に責められてちょっと怒っていたのかもしれませんね。


「……俺は君の飼い犬じゃない」


「ええ、わたくしのものなんて全く、これっぽっちも思っておりませんわ。ですから例えです。……不敬罪で訴えます?」


 ムッとしたノイエ様の言葉に、更に被せるように嫌味を重ねてしまいました。うーむ、さすがに言い過ぎたかしら?


「素直に嫉妬しているって言えばいいものを。ちょっと目を離した隙に、よりにもよってネメシアと二人きりなんて何やってるんだ。アナベル、君は俺の、婚約者候補だって分かっているのか?」


 勝手に勘違いして、更に所有権の主張ですか?なんでわたくしが責められてるの?

 ちょっと反省しようかと思いましたが、言い方にムッとします。


「君が魔力を溢れさせたせいで、随分な噂が飛び交っているよ。わざと危険に晒そうとしたんじゃないか、とかね。この程度で揺らぐとは思わないけど、婚約者候補筆頭としての自覚を持って欲しいね」


 ノイエ様の声色は更に険を帯びました。確かにわたくしの例えは悪かったかもしれませんが、こんなに苛立ちをぶつけるような声で責められるのは初めてで。


「も、申し訳ありません」


 思わず謝ってしまう程でした。

 こんなに怒るなんて思いませんでした。このくらいの軽口は許されている、なんて驕っていました。

 相手は王族で、第一王子で、次期国王。考えてみれば今までの軽口が大目に見てもらえていただけだったんだわ。


 わたくしが察した事にノイエ様が気付いたようでした。とてもバツが悪そうな顔をしています。


「いや、言い過ぎた。そんな顔をさせたい訳じゃないんだ。ごめん、どうかしていた」


「王族の方が、臣下に簡単に謝るのはおやめください」


 立場を弁えなければならなかったのに。わたくしは断罪されたいのだから、こんなに親しいと勘違いしてしまう距離感ではいけなかったのに。


「不遜な物言い、申し訳ありません。気をつけます」


 今更ながら一線を引くように、再度頭を下げると、ノイエ様は目に見えて動揺したようでした。


「アナベル、ごめん。本当にどうかしていた。そんな距離を置くみたいな言い方はやめてくれないか」


「いえ、わたくしちょっと調子に乗り過ぎていました。ノイエ様に許されている、なんて思ってしまって。わたくしにそんな権利は無いのに」


 わたくしはヒロインであるリリーナがノイエ様を選ばなかった時の控えだったのに。ゲームの強制力が働かないならわたくしがノイエ様の一番近くにいるって自惚れていました。

 そもそもわたくしは王妃になんてなりたく無いって思っているのに。物凄い矛盾でした。

 ノイエ様とは一番親しくしたいけれど、王妃にはなりたく無いなんて。高位貴族として、なんたる我儘。


 ノイエ様が他の婚約者候補と親しくしているのにも気付かず、勝手に勘違いをして。近頃一緒にいたのは、わたくしが婚約者候補筆頭だったから、リリーナが一緒だからなのに。


 そもそもわたくしが婚約者候補筆頭なのは政治的意味合いが強くて、ノイエ様が、わたくし自身を望んでいる訳でも無いのに。


 反省しよう。ノイエ様との距離感を計り間違えていた事を。


「アナベル聞いて。違うんだ、さっきは……」


 ノイエ様が口籠る。何か言いたい様子ですが、一向にその先は紡がれない。

 つまり、何か言い辛い理由があるのでしょう。


「ああ、もしかして婚約者候補の順列が変わるんですか?公になる前にわたくしが失態を冒したから、政治的に何か不都合が絡むとか?」


 これで、わたくしは王妃から本当に遠ざかる。ネメシアの手を借りるまでも無く。


 なんだか笑えてきました。ちょっと痴話喧嘩みたいだな、なんて思った事もあったけれど、多分気のせいで。あの親し気な感じを他の方にもしているなら、ベロニカ様があんな風に睨んでくる理由も分かります。

 筆頭候補だったから公の場で見せていただけ、なんでしょう。


 なんだ。……なあんだ。


「アナベルは、婚約者候補筆頭じゃ無くなるかもって思ってるの?……にも関わらず、笑うの?」


 傷付いた、みたいな顔をするノイエ様。なんでそんな顔をするのかしら。傷付いたのはわたくしの方なのに。


 ……?わたくしの、方?


「わたくしは、ただ従うのみです」


 ノイエ様が強い目で見つめてくるので、わたくしも見つめ返しましたが、どうにも自嘲が前に出て薄く笑ってしまいました。


 ノイエ様は強い目から一転悲しそうな目をして、ぽつりと、


「なら、いい」


 と言い、医務室を後にしました。


 残されたわたくしは、もう出ようと思っていた医務室のベッドから降りる事が出来ず、暗くなるまでボンヤリとノイエ様が出て行った扉を見つめていました。





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