悪役令嬢とヒロインちゃんとテスト
聖女覚醒イベントをこなしたい!編
毒針付き靴事件から2週間経ちました。今日からワクワク!前期テスト期間です。
学力テストから魔術学の実技テスト、護身術の習得レベルテスト。男女別の試技だと、男子は剣技と馬術、女子は聖歌と刺繍のテストがあります。
聖女がいる世界観だもんね、聖歌ぐらいあるか。
魔獣も存在するそうで、女子はよっぽど攻撃魔術が得意だったりと、特別な理由が無い限りは後衛から聖歌を歌います。バリア的な?ものが張れるそうです。
魔術を使うための魔力は貴族が多く持っており、庶民は少ないそう。
庶子のヒロインは魔力量が物凄くて、お母様が亡くなったのを機に、クレマチス男爵家に迎え入れられたそう。乙女ゲームあるある設定ね。
なので、本日の聖歌テストでは、聖歌をちゃんと覚えているか、どのくらいの強度のバリア?的なものが張れるかが評価対象で、範囲も加点要素です。
範囲を見たりするので、野外訓練となっております、うーん良い天気!
ちなみに、授業では歌そのものを習い、魔術は乗せません。魔力の流れで、良くないもの……魔獣などを呼んでしまうからです。
魔獣を防ぐためのバリアを作ると、魔力を得ようと魔獣を集めてしまう……なかなかのマッチポンプですね。
前世では、アニメの主題歌程度しか歌を知らないわたしでしたが、今世のわたくしは!……魔力量は問題無いんですがね。上手くは……ない、うん、下手ではないレベル……だと思う、思いたい。
テストで初めて魔術を乗せて聖歌を歌う訳ですが……、皆さんお分かりの通り、これが乙女ゲームイベントです!さー、張り切って聖女覚醒行ってみよう!
そんなこんなで可憐な歌声が響く中、わたくしの番になってしまいました。お耳汚し大変申し訳ございません。
わたくしが歌い始めると、微妙な顔をなさる方や、あからさまに嘲る方々が。……第一王子殿下の婚約者候補たちと下剋上ガールズね、お前らの顔は忘れんぞ!
バリア的なものが張れる筈なのですが……あれ?どうした?
「スターチス公爵令嬢ともあろう方が、もしかして聖結界が張れないのかしら?」
クスクスと笑い声が聞こえます。はいはい、マウントねー。
鬱陶しいけれど、これで婚約者候補から外れる事が出来るのかしら?とワクワクした。
「リリーナ・クレマチス君、前へ」
結論から言うとですね、素晴らしい!の一言。ヒロインちゃん歌上手い!え、前世のアレとかソレとか歌って欲しい!
……が、バリアは上手に作れない様子。え、マジで?ヒロインちゃんじゃないの?
「あらあら、ご自慢の魔力量はどうしたんでしょうね?ふふふ」
そこかしこから聞こえる嘲りは、わたくしへのものの比ではない。うーむ、オタサーの姫案件が後を引いているのかしら?
どうやってこの場を収めるかな〜と考えていたところ……
「きゃー!」
都合良く、魔獣現れました!サンキュー聖女覚醒イベント!
先程、声高に罵っていた令嬢が逃げ遅れました。さあ!ヒロインちゃん、出番です!
「いや、助けて!」
え?ちょ、引っ張るなヒロインちゃん。早く助けてあげないと、死なないだろうけど傷跡残る怪我しちゃうよ!
……え?まさか?本気でバリア出せないの?
「皆様落ち着いて!心を鎮め今こそ歌うのです!」
叫びながらも、迫り来る魔獣を前に冷静に歌う……ちょっと無理あるわ〜と思いますけどね!
あ、不味い、逃げ遅れの子、本気で傷が残ってしまうんじゃ……?
「♪〜♪〜」
この際、歌の巧さは関係ない、ただ歌うのみ!出来ればみんな続いて!わたくしの歌をカバーして!
歌い始めると、魔獣の動きが遅くなり始めた。お、効いてる?そういうタイプの歌じゃない筈なんだけど?どういうこと?
やけくそで歌い続ける(みんな歌ってくれないの!なんでよ、助けてよ!)と、魔獣が突然弾かれたように吹き飛ばされました。
どういう事だってばよ?
「魔獣があんなに遠くに……!まさか、そんな!」
教授が興味深そうにわたくしを見つめます。
「アナベル・スターチス君の聖結界は、発動が遅いがかなりの広範囲なのだな!これは恐れ入った!」
教授……居るなら助けてよ……。
すっかり気が抜けたわたくしは、歌うのを止めた。はー、びっくりした。
それにしても、魔獣イベントが覚醒じゃないんだっけ???
首を傾げたその時、
「避けろーーーー!」
弾かれた魔獣を倒そうとしたらしい魔術の流れ弾?が、こちらへ飛んできました。
嘘でしょ、魔獣の比じゃない危機よ、これは!
わたくしの歌は発動が遅いそうだから、間に合わない!
「〜♪」
その時、リリーナ・クレマチス男爵令嬢が歌ってくれました。
もう!ヒロインちゃんー!遅いよー!覚醒イベント間に合ったかしら?
分厚い聖結界が瞬時に形成される。
わたくしは、彼女が作り出した聖結界に守られたのですが……、飛んで来た魔術を吸収し、その上でヒビ一つなく、分厚い強化ガラスのような聖結界は、他者が作り出した聖結界と明らかに異なっていた。
「魔術を、吸収、だと!?そんな、まさか……!」
教授が愕然としています。
ですよね!異彩ですよね!だって聖女能力だもん!
「魔獣を鎮めるという、聖女の聖結界……。伝承では聞いていたが……、そうか、鎮めるとは……、確かに弾く事では無いが、まさか魔術を吸収する事とは。……という事は、魔獣自体を吸収するのか……?」
教授は、自らの前で起こった伝承でしか知らない事象に大興奮、この場を収める気もなく、自論をぶつぶつ呟くばかり。
えー、どうすりゃいいのよ、これ……。
ゲームでは、魔獣は多量の魔力に覆われた野生動物って扱いだった筈で、魔獣に襲われている学生のために聖女結界を発動、動物も元に戻り、ヒロインちゃんの顔を舐める……みたいなスチルがありました。
……魔獣、ぶっ飛ばしてごめんなさい。スチル回収出来ないね。
「ありがとうございます、クレマチス男爵令嬢、貴女のおかげです。魔術弾を弾いてしまえば、守って頂いたわたくしは無事でも、どなたかの元へ飛んだかもしれない。本当に、素晴らしい聖女結界でした」
いや、ホントまじで、ありがとう!
わたくしが深々と頭を下げると、周りの学生からも、ありがとうとの声に拍手が溢れる。聖女爆誕なんだぜ!共に讃えようみんな!
「……こんな、こんな事が出来るなら、もっと早くやってくれれば、私が怪我する事は無かったのに!」
嘲りまくって逃げ遅れていた令嬢が、凄いぜ聖女爆誕だぜムードをぶち壊すべく叫びました。
えー、何?自分が助けてもらえなかったからその態度?なんだそれ!
「先程私が貴女に言った言葉に怒って、わざと聖女結界を張らなかった、そうじゃなくって?」
ちょ、それは言いがかりなのでは……。
ヒロインちゃん、すぐさま言い返す!と思ったら、何故か俯くままです。悪役令嬢Aとしては、ヒロインちゃんを庇うのは役柄上嫌なんですが……、誰もフォローしないのでは仕方ない。
「それは言いがかりではなくって?そもそも聖女結界が張れるのならば、テストの時に既に聖女結界を作り出し、貴女たちに嘲り笑われる事も無かったのですよ?クレマチス男爵令嬢がわたくしの危機に、必死に頑張ってくださった結果がこのようになっただけの事。勿論、貴女の怪我はお労しいと思いますが、貴女は既に聖結界を張る事が出来た。冷静に、ご自分で聖結界を張るべきでは無いのですか?それが、第一王子殿下の婚約者候補ともあろう貴女が、他者に守って貰おうなど……、恥を知りなさい」
「わ、私は婚約者候補、つまり王族候補なのです。王族なれば、他者に守って頂く事は当たり前の……」
「お黙りなさい。王家の高貴なる血筋と婚姻による王族、守られるべきは分かりきっておりますわ。貴女が殿下と一緒にいらした時、同じように守られるだけの存在で良いとお思いですか?誰よりも殿下が守られるべきです。貴女の魔力量が足りるのなら殿下ごとお守りするのが最良。そして最低限ご自分の身は自身で守る事が出来なければ、ただただ足手纏いになるのみです!」
マウント取って笑い合っていた令嬢方は一様に黙り込む。言われた彼女だけが聖歌を歌えなかったのではないからだ。
「幸い、卒業までにはまだ時間があります。教授の教えを真摯に乞い、咄嗟に対応出来るように。今回のテストでは奮わなかったとしても、後期のテストでは、皆様実力を発揮出来るよう、長期休暇中もお互い研鑽を積みましょう。教授、これでいいですよね?」
これ以上揉めても何なので、いい感じにまとめ、解散してもらう事にしました。
新たな聖結界の可能性に夢うつつだった教授は気を取り直し、鷹揚に頷き解散を告げる。
今回のテストで起こった諸々は、教授から報告して貰えるそうです。魔術弾についても抗議をお願いし、テスト会場を後にする事になりました。
いや〜、一時はどうなる事かと思ったけど無事聖女覚醒イベント起こって良かった!
一仕事終えた晴れやかな気分で学舎へ戻るわたくしを、ヒロインちゃんがじっと見つめていた事に、わたくしは気付かないのでした。