悪役令嬢と魔術師団長子息、医務室にて
「教授から目を覚ましたって聞いたけど、もう大丈夫?」
水責めで大量に水を飲ませた張本人ネメシアが医務室までやって来ました。
アレは令嬢に向けて行使する魔術じゃないわよ、など抗議したい気持ちは多分にありますが、それよりも。
「わたくしを止めてくださってありがとうございました。あのままでは、魔力を暴走させるか、他人を傷付けるかしていた事でしょう」
やり方はどうあれ、ネメシアはわたくしを止めてくれたのでした。
「水膜壁を聖結界で壊そうとするのは初めてだったから、つい楽しくなっちゃってゴメンね。いやぁ、アナベルは武術大会に出るべきだったね。正直一番苦戦したよ」
ネメシアはわたくしを止める為に魔術を行使したのよね?自分が楽しみたいだけじゃない……よね?
「趣味と実益を兼ねられる貴重な体験だったよ。教授にもレポート頼まれちゃった♪」
教授……やっぱり……これだから魔術士って……と思わなくはありませんが、助けてもらったのは確かでした。
「ありがとうございました。でも、どうしてあの場に?」
物凄いタイミングで現れたけれど、どうして?
「聖結界の講義の時って、近くで魔術実技講義をやるんだ。君らの魔力で魔獣が現れる可能性があるからね。聖結界は発動しないけれど魔力だけ撒き散らしちゃってって言うのもよくあるんだ」
長期休暇の時のリリーナみたいに、聖結界の練習で魔獣を呼び寄せちゃった時の保険のため、近くで魔術実技講義が行われているそうです。
「魔力の滞りを感じたから来てみたんだけど……、弱めの魔獣くらいの魔力量が溢れてて笑ったよ。よく自分を保っていられたね」
魔力が溢れると自我崩壊の危険もあったそうです。魔獣が元は野生動物、みたいな感じで人間にも起こりうる現象なんですって。
「意図的に魔力を集めるか、余程の魔力量かのどちらかでしか起こらない現象だから、コレについてもレポートにしたいな。今度魔力を溢れさせる時はオレに言ってね♪」
完全なる観察対象、モルモットにでもなった気分になりました。
「次はありません!何なの、失礼ですわよ!」
ネメシアの余りの物言いに思わず怒ってしまいました。
「あはは、しおらしいアナベルはらしく無いから、そのくらい元気な方がいいよ」
チャラ男なネメシアは、どんよりした雰囲気を変えるのも得意でした。あー、コレはモテるんでしょうね。意外と気遣いも上手い。
初心な女子なんて、コロッとやられてしまうかもしれませんね。
「はぁ。それにしても失態でしたわ。あの程度の煽りで感情をコントロール出来なくなるなんて」
ネメシアの気楽な雰囲気に、つい本音が出てしまいました。なんだろう、話しやすい……?それともコレこそがネメシアのテクニック?
「あ、講義の前になんかあったんだ。アナベル、煽り耐性結構あるもんね」
……ネメシアとは、武術大会初日からの接点だと思っていましたが、何?この前から知ってるみたいな口ぶりは?
「あ、覚えてないのかな?雰囲気が戻ったから、オレの事も覚えているのかと思ったのに」
ネメシアとは、ノイエ様の婚約者と側近を選ぶお茶会で何度も会っていたそうです。
悪役令嬢と攻略対象の幼少期エピソードっている?需要あるの?と思いますが、現実を考えると魔術師団長で侯爵の子息だもの側近候補だった筈よね。
「殿下とは合わないって言うか、合い過ぎって言うか。……ね、ちょっと前から殿下とそのお供と親しいみたいだけど、何があったの?すっごいお菓子でもあげた?」
ネメシアは、なんだかよく分からない事を言います。合わないけど合い過ぎって何かしら?あと、凄いお菓子……?
「オレがお茶会に行かされてた時、話してたじゃない。お菓子ひとつで、みんなが恐れる魔獣を倒しに行くために使役するマジックアイテム?な話。アレでも使ったのかな?って言うくらい親しくなったよね、急に」
ネメシアによると、わたくしの幼い頃、前世との記憶が混ざり合っていたために前世で知っていた昔話とかを披露していた様でした。
ネメシアが言っているのは桃太郎ね、多分。
「アナベルの話が楽しくてお茶会に行っていたのに、途中から『誰も知らない話』を話さなくなったよね。アレってなんで?」
今思うと、幼少期は前世と混濁し過ぎていて、そのせいで支離滅裂な子どもだったと思います。みんなが知らない知識が溢れて混乱して、そのせいで魔力が暴走仕掛けたりしていた思い出が……。
多分、幼少のキャパの少ない脳には負荷が掛かり過ぎて、自衛のために自分の記憶にロックを掛けた……のではないかしら。
近頃前世を思い出したのは、危機感もあるけど脳のキャパも増えたからかしらね?
ただ、それをネメシアに正直に言うつもりは無いし……(前世とか言ったらめっちゃ食い付きそう)
「わたくし、前にも今回の様に魔力を溢れさせてしまった事があって。だからその頃の事、よく覚えていないの」
魔力を溢れさせた事があるのは本当なので嘘は言っていません。それが全てではありませんが。
ネメシアは微妙に納得していない様子でしたが、流してくれるようでした。
「普通のご令嬢なアナベルと話しても全然楽しくないから距離も置いていたんだけど、リリーナ嬢とミサンガ持って来てくれた時、アレ?って思ってね♪ね、また『誰も知らない話』をしよう」
小さい時、前世で知っているお話は、『誰も知らない話』で。それを、知らない!嘘つき!変な話で注目を集めようとしてる!と言う子は多かったのを覚えています。
小さいわたくしがそれにとても傷付いたのも。
でも、何人かの子が楽しそうに聞いてくれたのも覚えています。
あれは、ネメシアだったんだ。
「鉄の塊が空を飛んだり、物凄い速さで動いたりする話もしてくれただろう?今なら魔術運用も考えられるかと思って」
昔話だけでなく、科学の話もしていた様です。でもコレ、話していい内容かしら。ネメシアの魔術と魔力だと、実行出来そうで怖いな。
でも、前世の話を、共有出来なくとも聞いてくれるという、安心感を感じてしまいました。
わたくし以外誰も知らない話、信じてもらえない話。嘘つきと言われたり、その話はしない方がいいと言われたり。
そういうのを、気にしなくていい。
なんだか突然、身体の力が抜けるのを感じました。
「アナベルは面白いなあ」
ネメシアにとっては、わたくしの魔力量も、前世の話も、同じく観察対象なのでしょう。それでも、何故か、安心してしまいました。
「何でも聞くから、泣かないでいいんだよ?」
ネメシアはチャラ男で、攻略対象で、面倒そうで。けれど、優しく労わるように笑うから。とても、安心してしまって。
前世を思い出してから、知らず力が入っていたのでしょう。焦燥感や孤独感も感じていたのかも。
ネメシアの単純な興味だと言う事も分かっているのにどうしても安心してしまい、涙が勝手に溢れできました。
なんだ、落ち着いたと思っていたけれど、まだ心の中はぐちゃぐちゃだったのね。
感情のコントロールは上手い方だと思っていたのに、こんなにも簡単な事でグラついてしまうのね。
泣きながらボンヤリと思いました。