悪役令嬢と武術大会褒章授与
やっと武術大会が閉幕です
武術大会の全試合が終了しました。
もうね、終わりで良いと思うのよね。試合終了、解散!で。
ヒロインであるリリーナは、ユーフォルビア様に褒賞授与するけどあくまで義務的にって打ち合わせしているし、デルフィニウムはノイエ様でしょう?乙女ゲームのイベント感まるで無いのよ?
などと思っていても、式典の準備は進んでいるようです。先程まで試合場だった場はすっかり片付けられ、今は褒章授与式典のためのステージを設営しています。
褒章を授与する側は、各部門優勝者にエスコートされて式典中央に向かうそうなのですが、コレがホント嫌です。
観覧席に優勝者が来て、衆人環視の元授与をお願いします。了承されれば、そこから優勝者の花道みたいな扱いになる緋色の絨毯(試合が終わったら大急ぎで轢くんですよ!)の上を歩いて、中央ステージに上がるのです。
なんでそんな、映画祭のレッドカーペットみたいなことを?ゲーム製作サイドは憧れでもあったの?
因みに、授与側から万が一断られた場合、学院長が授与してくれます。そうよね、傷心のところで更に誰か探すの無理よね。選ばれた方も、ハズレ授与者なんて言われそうだし。
ツラツラ考えていたら、ステージの設営が終わってしまったそうです。勘弁して。
「ノイエ殿下、自分に褒章の授与を賜りたく」
デルフィニウムが片膝をついてノイエ様にお願いします。このお願いから式典は始まるのです。
「一番の臣下に、今年も褒章を与えられる事を嬉しく思う」
ノイエ様は毎年の事なので流石に慣れていらっしゃいます。デルフィニウムの肩に手を置いて、キラキラな笑顔で微笑み、デルフィニウムが立ち上がるのを促します。
女性ならばこの後腕にそっと手を添えて……となりますが、ノイエ様は男性でデルフィニウムの主ですから、いわゆるエスコートはありません。
デルフィニウムが前を、後ろにノイエ様が続きレッドカーペットを歩いて行きます。声援にも笑顔で、手を振って応えるノイエ様と徹底して前を向いて歩くデルフィニウムは対象的で、どちらが優勝したのか分かりません。
それでも、『あの素っ気なさが素敵』とか『職務に忠実で痺れる』などと言われるデルフィニウム。印象って大事ですね!
次は体術部門優勝のユーフォルビア様です。はぁ、この一人ずつ乞う制度やめてほしい……せめて一気にやってくれればなぁと思いつつ、これが式典の見せ場と言われてしまうとどうしようも無い。
「リリーナ・クレマチス男爵令嬢。いや、聖女候補リリーナ嬢。聖女候補である貴女に、聖女の加護を願って褒章の乙女をお願いしたい」
ユーフォルビア様はデルフィニウムのように跪く事はなく、リリーナの右手を取って目を見てお願いする。
本来なら跪いて……という流れですが、ユーフォルビア様が王族なのと、断じて求婚では無い!アピールなのでこの形なのでしょう。
「まだ正式な認定を受けていない私でも宜しければ、聖女候補として褒章と加護の祈念を殿下に」
にっこりと笑って頷きました。めっちゃ聖女アピールしてましてね!リリーナ頑張りました。
エスコートされながら、レッドカーペットを歩く二人を見送れば、残りはネメシアです。
他の人指名してくれて良いんだけどなあ。
デルフィニウム、ユーフォルビア様とスムーズに進んだ褒章授与指名ですが、ネメシアが中々現れません。
もしや!面倒になって帰った?そうなら僥倖ですが!
ざわざわ。現れないネメシアに、主に女子が囁き合っています。
「噂は本当だったんですわ。スターチス公爵令嬢はネメシア様に無理矢理褒章の乙女をお願いしたそうですから、お嫌になったんですわ」
「わたくし、ネメシア様はリリーナさんにお願いしていたところを割って入って無理矢理って聞きましたわ。だから……」
「褒章の乙女を指名されながら優勝者にすっぽかされるなんて、前代未聞の事ではなくて?うふふ、お気の毒様だわぁ」
凄い、わたくしの評判めっちゃ悪いね!このままネメシアが出て来なければ、悪評は高まるしネメシア求婚疑惑は無くなるしで最高なのでは?よし、時間切れで式典が始まると良いな!
「セブンスターク・ネメシア」
お!式典統括が焦って名前を呼んでいますわ。もう少しでタイムオーバー、ちょっと心が痛む悪口も有るけれど今なら許せるわ。だって丸っと!色々解決しそうなんだもの!
つい嬉しくなって口許が緩んでしまいむした。
「セブンスターク・ネメシア!」
ふふふ、カウントダウンだわ!ネメシアのチャラさに乾杯☆式典サボタージュありがとう!
「随分楽しそうだね、スターチス嬢」
わたくしをどん底に落とす声が隣から聞こえたのは、気分が最高に上がっていた時でした。
「ね、ネメシア、様。何故、ここに」
「ええ?オレ魔術部門優勝者だよ?勿論式典参加するためさ。遅れてごめんね?」
喜んだ分だけ気分は下がってしまうのは仕方ない事だとは思いませんか。何故今更来るのよ、ネメシア!
「いやぁ?スターチス嬢の喜ぶ顔が見たくて?」
コイツ、絶対分かっていて遅れて来やがった。すっぽかすつもりかも!やったー!という喜んだ顔からの絶望感を愉しむために……!
「約束通り、オレの褒章の乙女になって欲しい」
ぐっと身体を近寄せ、あろう事かわたくしの腰を引き寄せながら言いやがるネメシア。衆人環視の元で無ければ、グーパン鳩尾に入れているところだよ!何なのコイツ!
しかし、わたくしは使命を忘れてはいなかった。こんな、いかにも求婚感出して来ている状態からでも、ネメシアの普段の行いから皆が納得する台詞を繰り出す!ネメシア、貴様の好きにはさせないわよ!
「たくさんのお華から選ぶ事も「アナベル、これからはそう呼んでもいいよな?優勝したら呼んで良いって言った筈だ」」
紳士として、女性の言葉を遮るってどういうつもり!?というか、名前を呼んで良いなんて一言も言ってないわ!
「貴方ねぇっ!」
「ほら、式典の時間も押してるから、早く行こうか」
わたくしが抗議する前に、ネメシアはわたくしの腰を抱き、宙空に浮かび上がりました。
きゃー!というか、ぎゃー!という感じの嬌声よりは悲鳴が会場内にこだましています。
わたくしも叫びたい、ぎゃー!やめてー!
「暴れると落としちゃうから、ちゃんと掴まっててね」
腰を支える手に、力が入りました。なんでそんな大切そうに支えるのよ!可笑しいでしょう?
ならせめて普通にエスコートでレッドカーペット歩こうよ!こんなド派手な演出要らないよ!
真っ青な顔でステージに到着したわたくしを見て、ネメシアは『あはは!』と爆笑し、ノイエ様は射殺さんばかりにこちらを睨みます。リリーナとユーフォルビア様は、可哀想な物を見る目でわたくしを見ていました。
優勝者、褒章授与者が全員ステージに上がりました。この後、簡単な寿ぎを告げ、褒章を跪く優勝者の胸に飾ってあげて終了です。もうさっさと授与して終わりにしましょう!わたくし泣きそうなので!
剣術部門のデルフィニウムがノイエ様から褒章を授与されます。
「今後、長きに渡り私の強き剣である事を願う」
朗々と響き渡るノイエ様の声は、いつもの声とは違う威厳ある響きがありました。これが、将来国を背負う者の声の響き。
「この名誉、我が命が尽きるまで」
デルフィニウムが深く首を下げます。
とても神々しい情景で、ここが学院内である事を一瞬忘れてしまう程でした。将来王城で行われるだろう儀式を思わせる二人に、割れんばかりの拍手が贈られました。
わたくしも隣で見ていましたが拍手してしまう程でした。主従尊い。
続きまして体術部門。
一歩前に出たユーフォルビア様が、リリーナの右手を取りました。
「未来の聖女の加護を、誰よりも早く受け取る栄誉を」
ユーフォルビア様は軽く頭を下げました。王族は軽々しく頭が下げられませんからね、会釈程度ですが、これは凄い事なのです。
「認定前で、宜しければ。ユーフォルビア殿下に聖なる加護が在らん事を」
可憐な声は決して大きくは有りませんでしたが、深く、染み入るように響きました。
一瞬の静寂の後、拍手と歓声が贈られてユーフォルビア様が手を挙げて応えていました。
最後にネメシアです。もうね、何も言わず褒章授与して終わろうと思います。全体的にネメシアの方が上手く立ち回りやがるので、何をやっても無駄だと悟りました。
魔術部門の褒章を手に、無言でネメシアの前に立ちました。ネメシアよ、そのまま棒立ちしててくれればすぐ終わるのですが……そう考えた瞬間、恭しく跪くネメシア。
「貴女が第一王子殿下の婚約者候補である事は重々承知しています。この褒章と共に、貴女の名を呼ぶ権利と、想いを寄せる事の許可を!どうかこの哀れな私の為に」
マジで何なのコイツ。さっきも名前を呼んだ癖に、正式に名前を呼ぶ権利を求めてくるなんて!
明らかに演技なのがわかるような、わざとらしい声色。にも関わらず騒ぎ出す会場内女子。ここまで仕込みなの?と疑いたくなりました。
ニヤニヤと嫌な笑いをしながらわたくしを見るネメシア。前の二組に比べて茶番感が凄い。
「わたくしはノイエ・アスター殿下の婚約者候補筆頭として、許可する事は叶いません。ですから学院内最高位貴族女子として、この褒章を授与します」
本当はね、たくさんお華ちゃんがいるアンタには選べないだろうからって前置きも付けたかったんだけど、一応学院内とは言え正式な式典中だからね……泣く泣くカットです。
会場内はまばらな拍手と、啜り泣く声が響いていました。みんなホントにこんな奴がいいの?洗脳でもされてる?
ゲンナリしまくりなわたくし、ニヤニヤし続けるネメシア、なんかキレてるノイエ様、笑いを噛み殺しているデルフィニウム、可哀想にという同情的な顔のリリーナとユーフォルビア様を他所に、武術大会閉幕の宣言がなされるのでした。




