悪役令嬢と武術大会決勝戦1
決勝戦は二つに分けました
決勝を行う重厚感あるコロッセオ風の建物は、既に賑わっていました。
前列はほぼ埋まっているため、わたくしたちは中段辺りの席に座る事にしましたが、相変わらず最前列を陣取っていらしたベロニカ・スピカータ様とご友人方がこちらを、いえわたくしを睨んでおりました。
文句あるならノイエ様に言って欲しいなぁ。睨みたくなるのも分からなくはありませんがね。
武術大会決勝は、剣術、体術、魔術の順に行われます。魔術部門が最後なのは、会場の後片付けもそうだけど、派手だからでしょうね。
魔術部門なぁ。褒章授与が絡まなければもっと試合が観れたのになぁ、観ていて楽しいのにネメシアの奴め。
「魔術部門、ネメシア侯爵子息が優勝したら褒章の乙女、だね」
ネメシアの事を考えていたら、ノイエ様が聞いてきました。え?わたくしの思考ってそんなに読み易いのかしら?
「褒章授与、お断りした例って近頃ございましたっけ?」
公開告白感あるこのイベントですが、基本的には事前に申し込みしている事が多い。そりゃそうだ、余程自信が無ければ出来ないよね。
脅されて頷いてしまった案件ですが、うーむ、断固拒否するべきだったと今更ながらに思います。
絶対報復行動でお願いしてきやがった褒章授与者ですが、パフォーマンスとして何をしてくるかが分からないからです。
「近年は……そうだな、一度有ったくらい……かな?断られた男子生徒は1か月休学して、それから暫くはヒソヒソ言われていた筈だ。それ以降、二の舞は御免だと事前申込が増えたそうだよ」
つまり褒章授与のお願いを公開で断るのは、男子にとってかなり不名誉な称号持ちになるという事ですね。
もういっそ称号持ちにしてやろうかしら?でもそうしたら滅茶苦茶恨まれるんだろうな、本人よりも取り巻き女子たちに。
その方が悪役感出ていいかしら?それとも更なる報復があるかしら。ああ、何で巻き込まれたかな、わたくし!
「未来の魔術師団長候補に、不名誉な称号は与えられませんね。不本意ですけど、在学中の最高位貴族女子として、褒章を授与してきますわ」
心の底から不本意を強調しました。指名されても断ってもどちらも良い結果にならないなんて厄介なイベントだわ。
ノイエ様はわたくしの返答に小さく笑っていました。不本意強調の顔が、そんなに酷かったかしら?
剣術部門決勝は、白熱した試合でした。
試合を早く終わらせようとした相手選手がデルフィニウムの手首を狙いますが、剣を合わせて回避、そのまま力比べの様になりました。
ギィン、と鈍い金属の音が響かせながら、デルフィニウムが少しずつ相手を力で押して行きます。
体勢を立て直そうと相手選手が剣を弾きますが、デルフィニウムはすかさず相手の懐に入り剣を合わせるように先程と同じ体勢に持ち込みます。
相手に剣を折らせないようにしながら、再度この体勢に持ち込み、尚且つ場外に出そうとしているの、かな?とりあえず凄い事は確かです。
「あいつ、変な策を講じているな……」
ノイエ様が呟いていますが、何のことだか分かりません。
そうこうしている内に、迫り合いながら相手を場外近くまで押しやるデルフィニウム。このまま押し出して終わりかな?と思った次の瞬間。
キン!ガキィィン!という音が響き、相手選手の剣が折れていました。更に相手選手の片足が場外に出ているというおまけ付きです。
一瞬の静寂後、勝利者を高らかに宣言された会場は一気に湧き上がり、女子の黄色い声援のみならず、男子の熱狂でいっぱいになりました。流石決勝戦という戦いでした。
「わ!よく分かんないけど剣が折れましたね、凄かったです!」
動体視力も良さそうなリリーナが分からない動作は、勿論わたくしも分かりませんでした。
「最後、全く動きを追えませんでした。デルフィニウム様は、えーと?」
解説を求めて隣のノイエ様を見上げると、なんだか苦いものを食べた様な顔をなさっていました。
「最後はわざわざ場外近くまで追い込んで、剣を一度弾いた後折れやすくなるよう刃を当てていた箇所に打ち込んで剣を折った」
「そ、それは凄いですね。あの一瞬で二撃入れていたんですか」
「そのくらい実力差があったって事だ。つまり、試合開始早々に決着を着ける事も出来たのにそうしなかった。華を持たせたつもりか?あいつ結構嫌味な事をするからな」
よく分からないけれど、デルフィニウムは段違いの強さって事は分かりました。
「決勝の相手に配慮していたけれど、最後は実力を見せる……という事でしょうか」
「いいや?配慮は私に対して。私が負けた相手に瞬殺で勝ったら……格好悪いだろう?私が」
ああ、それで試合中に呟いていたのね。
まあね、全力で戦っても手も足も出ない相手を瞬殺されたらね、ちょっと悔しいと思います。
「ノイエ様が誰よりも強い必要はありませんので、格好悪くなんて無いですわ。配慮させて手加減させるような、そんな驕り高ぶった事をなさらず立派だと思います。王族に対しわざと負けるような風潮を作らせないノイエ様の努力が伺える大会でしたわ」
全部お膳立てしてノイエ様が優勝する流れを造られたりしたら、正直引く。何が何でもトップに立たないと嫌なタイプね、と恋心も冷める、絶対。わたくしは恋心なんて持ってないから、例え話ですけれど。
「それは……危なかったな。忖度されて準決勝を勝っていたら、デルフィニウムは決勝を棄権するつもりだったんだ。主に、試合と言えど剣を向ける事は出来ないからって。アナベルに見限られるところだったな、危ないあぶない」
裏事情とか話さなくても良かったのに、わざわざ教えてくれました。後ろめたい気持ちがあったのかしら?
でも、ノイエ様のこういうところは誠実だなぁと思います。
「ノイエ様のこういうところ、嫌いじゃないですよ」
ポロリと口から本音が出てしまいました。こんな事、言うつもりではなかったのに。
ノイエ様は一瞬だけ驚いた顔をして、
「アナベルとは結構長い付き合いだと思うのに、やっと『嫌いじゃない』なのか」
と、笑っていました。いつもの意地悪な笑顔じゃなくて、かと言ってキラキラ王子な笑顔でもなくて、とても自然な笑顔で。わたくしもつられて、笑ってしまうくらい自然な笑顔でした。
「これは……お二人とも無意識なのか?」
「ちょっと微妙だよね、思わずって感じもあるけど、自然にいちゃついてるっていうか」
「お互い認めないでしょうけれど」
後ろの席のムスカリ、リリーナ、カンパニュラがコソコソ囁き合っていたのを、敢えて聞こえなかった事にしました。
どう考えても、わたくしに都合が悪かったので。
剣術部門の試合が終わると、次は体術部門です。少しの休憩と会場を整えた後に試合は開始されたのですが、デルフィニウムとは対照的な試合でした。
名前をコールされ声援に応えている時間の方が、試合時間より長かったくらい一瞬で勝負が決まったのです。
試合開始早々に相手の胸倉と左腕を掴み、前世で言うところの背負い投げの様に投げて相手を地面に倒し、掴んでいた左腕をそのまま捻りあげました。
ここまで、電光石火の流れ技で、こちらが応援の声援を上げる前に相手選手から降参のタップがありました。腕折られちゃうもんね!
そのせいか、勝利者コールが少し遅れた程です。強いと聞いてはいましたが……これは凄い。
「あいつ、剣術も凄いぞ。デルフィニウムが本気を出してるところなんて、学生同士ではあいつとやる時くらいだ」
マジですか。体術だけじゃないんですね……。その上魔術も少々って言ってたっけ?ユーフォルビア様、武に長け過ぎなのでは?
そりゃあ自分の力を試したくもなりますね。王位継ぐ訳じゃないのならば!
「す、凄すぎて言葉も出ません」
ほぅっと息を吐くと、
「強くて格好いい?」
と、ノイエ様が聞いてきました。今日は武術大会のせいか強さに拘るなあ。
「頼もしくはありますし、格好いいとも思いますが、あれ程強いという事は戦いに身を置くという事。ノイエ様には違う形で戦うべき場所が有ります。違う格好良さがありますよ?」
励ましたつもりで言ったのですが、ノイエ様は『ふーん』と言ってそっぽを向いてしまいました。
お気に召さなかったかしら?
後ろのリリーナ、ムスカリ、カンパニュラたちが、またヒソヒソやっていましたが、今度は本当に聞こえませんでした。どうせわたくしに都合が悪い事を言っていたのだろうから、こちらとしては好都合ですけどね!
アクションシーンが上手く伝わらなかったらごめんなさい、力及ばす。