悪役令嬢は釣りがしたい
「デルフィニウム様の試合は、危なげないというよりも……稽古してあげている感がありましたね。連覇なさっているそうですが納得です」
リリーナ、武術大会初めてなのに見方が分かっているのね。普通の淑女なら『わー強い、カッコいい』くらいしか感想出ないわよ?
「私が習得するとしたら、剣術と体術どちらがいいでしょうか?」
続いたリリーナの言葉にギョッとしてしまいました。
「リリーナ嬢!貴女は守られるべき女性であり、聖女としても失われてはならない存在ですので、剣術や体術は……」
カンパニュラが嗜めます。わたくしも同意です、何処目指すのヒロインちゃん!
「リリーナ、どうしたの?昨日も少し言っていたけれど、危険に身を置く予定でもあるのかしら?」
「私、卒業後はアナベル様の侍女になりますよね。それで魔術に対しては聖女結界で無効化出来ますが物理攻撃に対しては無抵抗です。アナベル様をお守りする為にも、私自身を守る為にも必要かなって。もうすぐ聖女認定されると、魔獣討伐に駆り出される機会もあるだろうし……」
「侍女になろうと魔獣討伐に駆り出されるとしても、護衛は着きます。何も貴女が剣術や体術を習得せずともいいのでは?」
そう、もっと言ってやってカンパニュラ!リリーナに危険な事はさせたくないよ。お預かりするお嬢さんに護衛兼なんて!
「そうとも言えないかもしれませんね。聖女を害そうという者は居なくとも、拐おうとする不届き者は居るかもしれない。魔獣討伐の際も、もしもの時を考えるなら知っておいて損はないんじゃないでしょうか?」
ムスカリがリリーナの援護をします。言いたいことは分かるんだけど、そんな戦いに重きをおかなくとも……。
「将来に向けて、力を持っておきたいんです。私のためにも」
強い意志のある瞳でわたくしに言うリリーナ。認めて欲しいってことよね?
「危ない事はしません。剣術や体術が出来るようになっても、一人で対処しようとかの無理をするつもりはありません。でも、もしもの時に対応する力が欲しいんです」
わたくしが心配していた、自身の力を過信して危険に身を投じようとする可能性について先回りをして言われてしまいました。
そう言われてしまうと強く拒否し辛いなぁ……。
「スターチス嬢、僕からもお願いします。僕も一緒に訓練するようにしますから、無理はさせませんし、訓練の範囲も限定しますので」
何故かムスカリまでお願いしてきます。何でよぅ!とてもダメとは言えない雰囲気になりました。
「危ない事や、残るような傷を負わない事が条件です。内容は……デルフィニウム様に後程相談しましょう。あくまで淑女の手習い程度しか許しませんからね!」
渋々許可する事になりました。だってアレでしょ?リリーナとムスカリは、わたくしがノイエ様と婚約した後を考えているからの発言でしょう?
ちょっと限りなく可能性が高まっているけれど、まだわたくしにその覚悟は無いのよ!出来ればその後は王妃というレールから降りたいのよ。外堀がどんどん埋まっていく気配を感じますわ。とほほ。
それにしても、剣術や体術を習得しようなんて……リリーナは複数のルートの内容をいっぺんにこなしている感じよね。デルフィニウムルートで騎士になるって言うのがあったもの。
うーむ、ゲームとは違う現実なのに微妙にルート内容と被るの、どういう事なのかしら……。
「準決勝まではこのまま席にいらっしゃいますか?ランチが準決勝終了後にあるので準決勝までの時間は短めですがノイエ殿下に会いに行かれますか?」
頭の中でぐるぐると考えていたら、リリーナが声を掛けてきました。
「いえ、試合に向けて集中しているなら申し訳ないですしこのまま席にいます。それよりもリリーナ、体術部門や魔術部門はいいの?わたくしに付き合わなくても良いのよ?」
このまま剣術部門の応援の流れですが、体術部門のユーフォルビア様や魔術部門はいいのかしら?
「体術部門は……上位入賞者がどんな動きをするのか気になりますが、朝のお話を考えるとあまり接触がない方が良いかと思いまして」
応援よりもどんな動きかが気になるって……ホント、淑女目線じゃないわよリリーナ。
それよりも、忘れてましたがユーフォルビア様はリリーナを褒章授与者に指名するけれど、恋愛要素を無くそう作戦を決行するんでしたね。
では変に応援していると、勘繰られてしまうかしら?確かに接触は避けた方がいいかもしれません。
「そうね。じゃあ決勝会場で拝見することにしましょうか。でも魔術部門は?イフェイオン様がいらっしゃるでしょう?」
「そうなんですよね。ジェリドが決勝まで行きそうって言ってましたが、カトル君はまだ3年なので……」
3学年下のイフェイオンの事が心配なのね。イフェイオンの実力は相当との事だから大丈夫そうだけど、リリーナのお姉さん精神爆発中かしら。
「わたくしはリリーナが体術部門に行かない理由と同じで魔術部門には行かないわ。それに、この剣術部門会場の最前列ど真ん中で何かされる心配も無さそうですし、心配なら魔術部門へ行ってきたら?」
イフェイオンはヤンデレっぽいから、刺激しない方が良さそうだし。……それともフェードアウトを狙わせるべきだったかしら?
「でも、アナベル様を残してなんて……」
「ああ、それなら私が残るからリリーナ嬢はムスカリと行って来るといい。少しは魔術も使えるから、護衛も兼ねられる」
カンパニュラ!お前、リリーナとムスカリのデートを後押しするなんて……!いい奴過ぎない?いいの?君はそれで良いのかい?
「面倒事を避けるために、一応魔術部門に顔出しておこうかリリーナ。ジェリド君、お願いしていい?あ、でも俺たちが居なくなるからってスターチス嬢の隣には座らない方がいいよ」
「分かっている。理不尽な思いはしたくないからな」
リリーナたちは魔術部門に行くそうですが、わたくしの隣は空席になりカンパニュラはわたくしの後ろにおります。変な座り方ね、話し辛いし。
「カンパニュラ様、お隣いらっしゃらない?」
一応声を掛けると、反応したのは反対側のお隣さんベロニカ・スピカータ様です。その節は席をありがとう。
「男性を隣に誘うなんて、はしたないと思わないんですの?」
ベロニカ様が絡んできました。先程の一件で静かになったと思ったんだけどなあ。どうしても何か言いたいのね。
「席の都合上、縦に2席空いているより横に2席の方が良いかと思っただけです。わたくしの隣に座る方なんて、いらっしゃらないでしょうから」
席を考えるとその方が良くない?と思って言ったのですが、ベロニカ様は斜めに受け取ったようです。
「貴女の隣には相応しい方以外は座れないという事ですの?嫌だわ、もう婚約者になったおつもりで、未来の王妃気取りなのかしら?」
え?その要素あったかな、わたくしの発言内に。モテない女子な上、嫌われっぽいわたくしの隣に座る人はいなくない?って話をしたのに、相応しい相手(先程まではリリーナ……あ、聖女認定待ちか)じゃないとダメって?言って無いわよそんな事。大体カンパニュラ誘っているんだし。
「王妃になりたくないって言うのもポーズなのかしら?ノイエ様に構って欲しくて言ってらっしゃる?恋愛の駆け引きのつもりかしら。嫌だわ浅ましい」
それは……そう見える可能性は捨て切れないかもしれません。気を引きたいとは思いませんが、この頃グラついてしまっているのも事実なので。
黙っていると、ベロニカ様とご友人方が愉しげに話し始めた。
「ああ、毛色の違う反応に殿下が興味を持たれるとお思いなんですね。なんて幼稚な策でしょう。殿下は政略上仕方なく筆頭としてらっしゃるというのに」
「近頃男性と話すスターチス嬢のお姿をよくお見掛けしますが、中々の手管をお持ちなのでしょうね。殿下に嫉妬なさって欲しいのかしら?」
「ノイエ様はお優しい方ですから、仕方なくお相手なさっているのかも。政治的な配慮もあるかもしれませんしね」
クスクスと楽しそうに話しておりますが、それは見当違いと言うものですね。
むしろその手管とやらがあるのなら、男性陣を侍らして断罪が望めそうだったんだけどね!
ところでこの距離感、いくら扇子で口元を隠して声が響かないようにしているとはいえ、わたくしのすぐ後ろにいるカンパニュラには聴こえていると思うのですが、おけ?
「スターチス嬢、貴女はいつもこの様な言われなき中傷を?」
真に優しいカンパニュラは、わざわざ聞いてきました。この悪意ある雑談を終わらせてくれるようです。
ベロニカ様とご友人、優しいって言うのはこんなカンパニュラの事を言うのであって、ノイエ様のは外面が良いって言うのよ?あの人結構意地悪で王族らしく人でなしなとこあるもの。
「気になさらないで。小鳥の囀りに一々反応する必要はございませんわ」
噂を流されても、基本大丈夫。悪意が酷い場合には否定するけれど、この程度なら塵も積もれば断罪となるかもしれませんしね!諦めてませんから、わたくし!ちょっとめげ気味ですが。
ベロニカ様たちが何か言い返したいみたいですが、カンパニュラの手前どうしたものかと思っている様。もっと策を練って、カンパニュラが味方になりたくなるようにしないとここで言う意味ないですよ。
「そうですか、流石です」
カンパニュラ、君はいい奴だけどわたくしを誤解しているからね?ちょっと心配になってきました。
「そういえば」
ベロニカ様は分が悪いと思ったのか、急な話題転換をしてきました。そろそろこちらに話しかけて来なくていいんだよ?構って欲しいのかしら?
「長期休暇前辺りから婚約者候補の方々に可笑しな事が何度もあるみたいで……」
「可笑しな事ですか?」
正直可笑しな事だらけだよ!と思いつつ首を傾げます。どれのこと?
「あら?スターチス様だけ、可笑しな事はございませんの?大事に至りそうな事もあったみたいですが……」
もしかして、リリーナの靴の毒針の話をしてる?アレはランチメンバーには見られてしまいましたが、わたくしが早々に処理して他には漏れていない筈なのに。
カンパニュラも気付いたようで、目線で『問いただしますか?』と聞いてきます。
確証が得られない状態で問いただすのは得策とは言えないので、目線でストップをかけました。
「変ね、婚約者候補皆様に何かしらあったのに……スターチス様だけ、何もない、なんて?」
「一歩間違えれば、と言うこともあったとお聞きしましたが……怖いですわね。あ、スターチス公爵令嬢は何ともないのでしたね?」
わたくしが無反応なのをいい事に、匂わせな発言をするベロニカ様たち。
いつか人前で話そうと思っていたんでしょうね。淀みなくスラスラと台詞が出てきます。
「一歩間違えれば、なんて……何がありましたの?」
「ええ?本当にご存知ないんですの?」
「白々しいですわね」
「物騒なお話なら、学院に相談しましょう」
先程までクスクスと話していましたのに、わたくしが学院にと言うとピタリと終わりました。
「学院へは、わたくしたちで報告済みです、わ」
こ、こらー!なんて見え透いた嘘を言うんですか。罠を張りたいのなら、ちゃんと計画しよう?
それとも実はこれすら演技で、更に何かを仕掛けてくるのかしら?
「そうなんですね。わたくしのところはまだな様子ですから、学院から何らかの注意喚起があるかと思ったのですが……」
「そのうちあるのでは?でも、学院にはスターチス様にはわたくしからお伝えしましたと報告しますので、もしかしたら省略されるかも……?」
しどろもどろじゃないですかベロニカ様。ええー……これに乗って断罪なんて受けようものなら、ノイエ様にベロニカ様がざまぁされてしまいます。
カンパニュラですら、『問いたださないんですか?』って顔で見て来るもん!
実は長期休暇前のリリーナの靴に毒針を入れた事件の実行犯がベロニカ様のご友人と、調べはついていました。
ただ、使われていた毒針が頂けません。針自体がストロー上になっており、更に小さな突起も無数に着いたもので、毒で絶対殺すマン的な代物でした。
毒自体もこの国での精製は難しいもので、国内に解毒剤はほぼないのでは?という物です。
こんなに杜撰なベロニカ様とその愉快なご友人方が直接手に入れたとは思い辛く、更なる背後がある筈ですが、まだ分かっておりません。
こんなに大勢の前で答えに窮すなんて態度、これが演技ならばお手上げの名女優ですがね!
ベロニカ様からもう少し背後について探りを入れたいところですが、この分だと背後を知らない説が有力です。更に、このままだとベロニカ様は直ぐに自滅してしまう。
「分かりました、ご忠告ありがとうございます。学院にも、スピカータ様よりお聞きしたのでわたくしへの報告は必要ない、とお伝え頂けますか?」
なのでわたくしは、ベロニカ様たちを見逃す事にしました。実行犯は直ぐに捕まえられますが、背後を探る手掛かりが欲しいので泳がせるのです。
「わ、分かりましたわ。スターチス様はくれぐれもお気を付けになって」
おほほ、と不自然な笑いと共に今度こそわたくしに絡むのを止めました。
「良いので?」
小さく短く、カンパニュラが聞いてきます。わたくしは前を向いたまま、悟られないように長めな瞬きをしただけでしたが、カンパニュラは分かってくれた様でした。カンパニュラの天然っぽさが全面に出ていますが、彼は基本的には優秀なのです。
こんなにバレバレな罠を張られるとは思わずついツッコミを入れてしまいましたが、きちんと罠に嵌められている演技になっているでしょうか?
うーむ、わたくしも大根なので無理そうです。引き続き範囲を広げて探る方が良さそうですね。
ノイエ様にはどこまでお話しようかしら?これも難しいところだわ、と思っていると準決勝が10分後に始まるとアナウンスが入るのでした。
誤字報告ありがとうございます!見逃しておりました……助かります!
ご指摘に伴い、一部修正しました。
分かり辛い文章で申し訳ありません。
さらに誤字脱字発見しましたらご連絡お願い出来ると幸いです。




