悪役令嬢とキャットファイトと新キャラ登場
久しぶりに主人公目線です
「きゃあああ!ノイエ様!素敵ですぅぅぅ」
「熊のような騎士候補生から華麗なノイエ様が勝利するなんて!素晴らしいことですわ!」
「ノイエ様ぁぁ!わたくしの花束を受け取ってくださいませぇぇ!」
「貴女、抜け駆けよ!殿下!私の花束をその胸にお抱きくださいませ!」
……準々決勝第二試合はノイエ様の勝利に終わりましたが、淑女たちの戦いはこれからでした。いやはや、花束何個持って来てるの?
最前列なせいか、3日目にして一番の大音量が耳に突き刺さります。たまに試合場に投げ入れようとした花束が届かずわたくしの目の前に落ちたり、ぶつかったりして面倒です。
うーむ、最前列中央ど真ん中って見やすいけれど結構大変ですね。
運悪くわたくしの近くに届いた花束たちは、試合場近くの大会運営員に声を掛けて渡していました。だって花束に埋もれてしまうもの。
「スターチス嬢!酷いことなさるのね。あの花束は捨てられてしまいますわ!」
隣に座っていたベロニカ・スピカータ侯爵令嬢が鬼の首を取ったか如く声高に叫びました。
熱狂していた淑女の皆さんはその声に賛同し始めます。主にベロニカ様のご友人からの様ですが。
「またですの!?酷いですわ、スターチス様!ベロニカ様に席を取らせたり、何の権利が有ってこんな事をなさるのですか!?」
おー、おー、騒ぐなぁ淑女の皆様。
ベロニカ様のご友人が煽って更に非難が続きそうです。
でもコレ、リリーナやムスカリ、カンパニュラにお願いしたらもっと面倒な言い掛かりになったわよね。顎で使って〜的な。この程度で済んで良しとするべきかしら?
「スターチス公爵令嬢はご自分の事しか考えてないのだわ!ノイエ様の事を思って準備した花束なのに!ご令嬢も受け取れないノイエ様もお可哀想よ!」
スルーしようかな、と思っていたんですけれど。何やら聞き捨てならない台詞が有りました。
まあ?王妃になんてなりたくない!って言うのは、ホントわたくし自身の事しか考えておりませんが?
「危険物が含まれるかもしれない花束を投げ入れている事を、大変非常識とは思いながらもお祭り事として見逃して差し上げているのを良しとせず、何もチェックせずノイエ様に受け取らせるとは、貴女何様ですの?」
微妙に隠れながら叫ばれた言葉に、つい反応してしまいました。
「そもそも、ノイエ様の御身を考えるなら、その身を傷付ける可能性を何故思わないのです。この様に無作為に投げ入れられた花束に、刃物や毒物、悪意が含まれる可能性は考えないのですか!?」
「なっ!わ、わたくしたちが殿下を害するとでもおっしゃるのですか!?」
あれは……、ベロニカ様のご友人かな?それとも想いを寄せるどなたかでしょうか。恋に溺れて、危険と隣り合わせの王族の立場をお忘れでしょうか?
「貴女たちの花束に紛れて、悪意ある何者かが投げ入れる可能性を何故考え無いのかと言っているのです。恒例だから、とでもおっしゃる気ですか?この行事にノイエ様が参加なさるのは今年が最後です。この機を狙う可能性だってあり得るのですよ?油断した時こそ危機は訪れるのですから!」
毒を使う人間だっているのです。何故その可能性を考えないのでしょう。投げ入れられた全ての花束をキャッチして調べる事は出来ませんが、届かなかった分は念のため調べるのが得策でしょう。
少し考えれば分かることなのに。
「だ、だって、殿下に直接アピール出来る場なんて、このお祭り騒ぎくらいしか……」
言い訳のような言葉がポツリぽつりと聞こえてきますが、どれも正当とは思えない物でした。
「スターチス公爵令嬢は、権力や立場に物を言わせて贈り物をしたり出来るのでしょうが、私たちのようなか弱い、殿下をお慕いするしか叶わない者たちは、この機に花束を送るくらいしか……」
泣き出すご令嬢もいます。
あらあら、わたくし随分と悪役令嬢感出てるじゃない?ヒロインであるリリーナに対しては全くだけれど!
「スターチス様、おっしゃる事は最もですが……それ程迄に責める事は無いんではなくて?恐ろしさの余り、泣いてしまった方がたくさんいらっしゃるわ」
これ見よがしに庇ってくるベロニカ様。お優しいアピールでしょうが、本当にそれで良いとでも?
「ノイエ様が花束で貴女を選んでくださるとでも?うふふ、面白い冗談をおっしゃるわ。アピールなさりたいなら、こんな危険物を投げ入れる事などせず、持てる力を発揮なされば良いのですわ」
家の権力だろうと、魔力だろうと、勉強だろうと、財力だろうと、貴女の持てる力をノイエ様が評価すれば受け入れられる事でしょう。
「わたくしは、わたくしの持てる力を発揮してこの立場におりますの」
本音ではその立場を降りたいけれど、降りられないのも事実なのよ!
「そんな!スターチス公爵令嬢は生まれを笠に来てそんな事をおっしゃるのね!誰しもが貴女のような恵まれた環境にいるとは思わないでくださいませ!こんな、人の心が分からない方が王妃になるなんて、なんて恐ろしい事でしょう!」
あ、この発言はベロニカ様のご友人ね。そういう方向に持って行きたいのね。
「わたくしが王妃になるかは分かりません。それはノイエ様がお決めになる事です。わたくしが何か申せる立場にはありませんわ。そしてわたくしは、持てる全ての力を発揮したまでの事。それが羨ましい?なら、わたくしの方が貴女より適性があるのかもしれませんわね?」
言いたくは無いけれど、本当に王妃になろうとするならば、恋心だけではどうにもなりません。知力、財力、権力、精神力など様々な角度から求められる存在として、武器となる物は多いに越した事はないからです。
「お慕いする心だけでどうにかなるのなら、この国は終わりですね?」
笑いながら答えてあげました。うーむ、わたくし悪役令嬢!
誰か健気な方が『言い過ぎよ!』とか言い出すのかしら?卒業式の断罪は、リリーナじゃなくその方がやってくれる?
でもなぁ、わたくしの意見は正論だと思いますけれど。
「スターチス様、それはいくらなんでも言葉が過ぎるのでは?皆様が可哀想です」
ベロニカ様がまたしても庇います。これ見よがしです!
でもね、その方向は泥舟だと思うのよね?
「わたくしと同じく全てを使って今のお立場にあるベロニカ様がそれを仰いますの?」
「わ、わたくしは!貴女の様に立場をひけらかしたりは……」
そこで口籠るくらいなら、反論なんてしなければいいのに。
ところで、リリーナ、ムスカリ、カンパニュラは無言なんだけど……何か意味があるのかしら?そちらの方が怖いなあ。
「わたくしは本当の事を言っただけで、立場の話はしておりませんの。わたくしは、持てる力を発揮なさってと言ったのみ。勘違いなさっているのはどなたかしら?」
苦虫を噛み潰したような顔をなさるベロニカ様とご友人方。声高に叫んでいた淑女(笑)の皆さんはそろそろ黙り始めました。
冷静になって考えると、どちらの主張が正しいかは明白。心情的にはベロニカ様の応援をしたいでしょうがね!
だって自分が悪いって、皆さん言われたくないのでしょう?
「泣こうが喚こうがお慕いしていようが、ノイエ様の御身に危険がある可能性を考えれば看過出来ない事のはず。一時の感情や態度に流されて、それで何かあったらどうしますの?それを注意しないなんて、どうかしてますわ?」
最後はちょっと笑いたくなってしまいました。何でこんな事も分からないのかしら?さっさとわたくしを追い落としたいなら、その辺はちゃんとして欲しいのよね!
わたくしの笑いは、嘲笑と取られてしまった様です。ベロニカ様が顔を真っ赤にして睨んできました。
「おっしゃる事は正しくとも、淑女として言い方と言うものがあるでしょう!?」
「あら?あの耳が壊れるかと思う様な絶叫に似た声援に、淑女の影などございましたか?ああ、スピカータ様も……でしたか?」
勘違いされて怒られるのは癪なので、今度こそきちんと嘲り笑ってあげました。うーむ、わたくし性格悪いな!テヘペロ!
ところで、このキャットファイト的な?ものは、何処を着地点にしようかしら。ムスカリみたいに着地点を準備しての始まりじゃ無かったから、どう決着させるか困ってしまいます。
「スターチス公爵令嬢のおっしゃる事は最もですわ。けれどスピカータ侯爵令嬢の仰りたい事、心情と行動にも同意しますの。どうかこれ以上、無為に言い争わないでくださいませ」
ここにきて新キャラ登場、どちらの主張も分かるけどここは私に免じて!との事でしょうか?
因みに発言なさったのは、わたくしとベロニカ様同様ノイエ様の婚約者候補、ルールカ・カルセオラリア伯爵令嬢です。
今までずっとベロニカ様の影に隠れ……というか、ベロニカ様を応援なさっていた気がしましたが、ルールカ様はベロニカ様よりやり手ですわね。
ま、これ以上わたくしが何か言ってもどうしようも無さそうですから、ルールカ様の発言に乗りましょうか。わたくしの悪役令嬢アピールも出来ましたしね!イェーイ!
「これ以上わたくしが主張したいことはございません。カルセオラリア伯爵令嬢ルールカ様、仲裁ありがとうございます。スピカータ様、皆様、わたくしの言ったこと、良くお考え頂けると幸いですわ」
ダメ押しを念のためしてこの件は着地点をみました。
ベロニカ様はわたくしを射殺さんばかりに睨んでますが、ある程度冷静になった令嬢方は反省なさっている様でした。
これで花束が頭や背中にバサバサぶつかる不安が解消されましたね!
今まで一歩引いた形で参加していたルールカ様が登場とは思いませんでしたが、とりあえずの決着が着いて何よりです。
ノイエ様の試合より白熱してしまいました。
「ノイエ殿下の試合の感想など、言う暇が有りませんでしたね」
リリーナが苦笑しています。わたくしもそう思います。
「花束について、どうしようかと思ってましたが、スターチス嬢から注意してもらって助かりました。流石ですね」
カンパニュラ、出来れば昨日の時点で注意していてくれるともっと良かったけれど、わたくしも言えて良かったですわ。
「いや〜、中々の迫力。殿下の試合より白熱しましたね!王妃としての姿を垣間見ましたよ」
ムスカリ、前半は同意しますが後半は反論しかありませんよ?
「あ、ダメよウォン。アナベル様は無自覚というスタンスなんだから」
リリーナ?悪意がある発言やめてくれる?
「あ、ゴメンごめん。スターチス嬢も申し訳ない。まだ決めかねていらっしゃるんですよね。うん、確かに良く考えるべき案件ですもんね」
ムスカリ、心を読むのはやめてね、ホント。
「それにしても……、スターチス嬢は本当に殿下の事を思い遣ってらっしゃる!」
……。カンパニュラ、ちょっと、黙ろうか?抉らないようにね、わたくしの心を。
悪役令嬢として成すべき事をしたと思っていたのですが、そう取られていなかった事に軽くショックを覚えました。
そしてそれはカンパニュラだけの考えでは無かったと、後々思い知らされる事になるのを、この時のわたくしは知らないのでした。




