第一王子と嫉妬の蕾
引き続きノイエ視点です
完成したアナベル作成のミサンガは、水色と緑がかった金色と鮮やかな深い青で出来ていた。
光りを反射してキラキラと輝く水色に、落ち着いた色合いの金色、そして長期休暇にお揃いで買った小鳥の色。
水色は私の瞳の色だけど、こんなに輝いていただろうか。アナベルがこんな色だと認識してくれているなら嬉しい。
金色は、私の髪のつもりだった。けれどこの色はアナベルの瞳に似ていて、水色と金色が混ざり合う幾何学模様がとても美しい。彼女がこの柄のように寄り添ってくれたなら、と夢想してしまう程に。
差し色として鮮やかな深い青。小さなアナベルが、誰も知らない物語で語った鳥の色。小さな秘密のようで、とても大切な気がした。
拗ねたように、ミサンガは見せるだけだと言う。こんな事なら、学院初年度からお願いすれば良かったし、他のミサンガを全て断れば良かったと過去の自分の行いを悔いた。
丁寧に大切に作ってくれたのが分かる、素晴らしい出来だった。
素直に褒めて、これが欲しいとお願いすれば良かったのに、どうしても言えなかった。
自分がこんなにも強く彼女を思っているなんて、認めたくなかったのだ。
「上手く出来たら着けてあげるって言ったろう?大会ではこれを着けるよ」
そう言って自分でミサンガを結んだ。アナベルは呆れた顔で此方を見ていたけれど、私は嬉しくてそっと、丁寧に編まれたミサンガを撫でた。
その後に、同じ糸で作ったデルフィニウム用が出て来た時は子供じみた行動を取ってしまったが、先程までの嬉しさが風船が割れるように萎んだせいなので容赦して欲しい。
……俺には見せるだけと言った癖に、デルフィニウムには自主的に作るって!青を主体にしたとはいえ、同じ糸で作るなんて!
近頃の私はどうかしてしまったようだ。こんなに感情が揺れ動くなんて、子供の頃以来だ!
デルフィニウムが聞いたら、今だって子供のうちなんだから思うまま動けばいいのに、なんて言われる事だろう。お前だって同じ歳の癖に!
だから、デルフィニウム用と言われたミサンガも取り上げて、今度はアナベル自身に結ばせた。この色を、他の男に着けさせるなんて許せない。
俺の手首にミサンガを結ぶためにアナベルが近寄った。アナベルのつむじが見える距離感。
今彼女を腕の中に閉じ込めたら、どんな風に反応するのだろう。
「この色合わせを、他の男にあげるなんて……悪い子だ」
耳元に呟くと、アナベルが目に見えて動揺しているのが分かる。
そして耳が瞬時に紅に染まった。
嫌いな男にこんな事をされても、君はこんな反応はしないだろう?
本当は、お互い答えは出ているのだと思う。けれど自分もアナベルも、矛盾だらけで、答えは出せない事になっている。
もっと思うままに動けばいい、意地の悪い顔で笑うデルフィニウムが脳内で囁いてくる。しかし、まだ、結論は出せない。
「ちゃんと応援してね」
手を取りたいと心が騒ぐけれど、振り払うように、第一王子の仮面を被り直す。
どうしても、彼女から俺の手を取って欲しい。逃げ道を全部潰して、必ず俺の手を取らせてみせる。もう意地の様だけど、決めていた事を、今更覆す気はない。
『ヘタレだなぁ』
デルフィニウムが口パクで言いやがる。リリーナ嬢も近頃良く言う台詞。
もう意味は分かっているからな。二人とも、いつか覚えていろよ。
大会が始まり、組み合わせを見ると、最終学年の私に十分な配慮が分かり苦笑した。まぁ、今年は頑張ろうと思っていたから良いのだけれど。
私の試合まではまだ時間があるが、初戦は時間が読みづらいのも有り、大体の選手が試合会場か待機訓練場に居るのでそれに倣う。
剣術部門の試合場最前列は、私の婚約者候補とそのご友人方で固められていたが、勿論そこにアナベルの姿はない。試合が早くにあると言っていたムスカリの体術部門でも観戦しているのだろう。
……私の組み合わせを考えたら、大会3日目まで観にこない事も有り得る。彼女は意外と効率を求めるところがあるのだ。
ランチの時にでも、応援して欲しい旨伝えようか……、素直に言える気はしないが。
初戦のコールが掛かる。もしかして応援してくれるかも、という淡い期待でキョロキョロしてしまった。
最前列は居ない、知ってる。やはり居ないか?と観覧席上段に目を向けると、ムスカリ、リリーナ嬢と一緒にアナベルがいた。
楽しそうに笑っていて、とても親しい関係だと分かる。
……ふーん、随分フランクな付き合いだね、私との対応と違って。
自分が軽くイラついているのが分かる。
会場の声援に応えながら、じっとアナベルを見ていたら、彼女も気付いた様だ。……が、リリーナ嬢とムスカリの腕を引き、此方を指差しながら二人に顔を寄せて話した。
近くないか?
……いや、この声援の中だ、声が届かないのかもしれな……、近くないか?
思い出した様に手を振るアナベルに、意地の悪い笑顔を向けてしまったのは俺のせいじゃ無いと思う。これは断じて、嫉妬などと言う感情では無い。ただ、君は誰の婚約者候補なのかと言う自覚を持ってだな……
などとツラツラ考えていたら、思わず最短で試合を終わらせてしまった。
大会序盤は明らかに配慮がある組み合わせなのだから、せめて相手の見せ場を作るのが度量だと思っていたのに。
手首を押さえている試合相手は、『本来の殿下の実力を見れて光栄です。ありがとうございました』と何故か御礼を言っていた。
……気を使わせて申し訳ない。
観覧席上段を見ると、アナベルたち三人は楽しげに顔を寄せ合って話している。
じっと見つめると、ムスカリが察知したようでアナベルと距離を取ろうとしていた。分かれば良い。……だが、アナベルにそのムスカリの配慮は通じなかった様だ。
あの三人は仲良しの友人関係の域を出ない。むしろムスカリとリリーナ嬢にアナベルが入れて貰っているスタンスだろう。分かってはいるのに、いつからこんなに狭量になったのだろう。
花束を渡してくるご令嬢や、声をかけてくれる婚約者候補に応えるのが煩わしくて、笑顔で彼女等を遠ざけた。
私の視線の先にアナベルがいる事は皆察した様で場が静まるのを感じるが、それをいいことに三人の居る観覧席上段に足早に近づく。
アナベルが逃げようとした様子だけど、ムスカリが行手を阻んでいた。流石私の手足。
アナベルの細く柔らかな手を握って、こちらに引き寄せた。ああ、この距離は長期休暇以来だな。
「近いよ。アナベル、それは淑女の距離感じゃない」
敢えて耳元で呟く。これこそ淑女の距離感じゃないのなんか分かっている。
「その顔を見れば、他意が無いのは分かる。なら、俺がこの距離感で話してもいいよね?」
これはただの意地悪だ。子どもっぽい対抗心。
君の、何も意識していない友人との距離感に、意地悪したくなっただけ。……俺が、勝手に煽られただけ。
ああ、本当に近頃の俺はどうしてしまったのだろう。