第一王子と武術大会への意気込み
久々にノイエ目線です
長期休暇が終わると、武術大会の準備期間になる。例年の流れだ。
毎年この時期は、願いを込めたミサンガをお願いしたり、受け取ってくれるようお願いされたりがそこかしこで行われている。
そのせいか、学院内は男子も女子も、そわそわした空気に包まれる。甘酸っぱいものだ。
「殿下が一番憧れているくせに」
無口で無骨で素敵!なんて言われている、武術大会剣術部門連覇中で今年も優勝候補筆頭のデルフィニウムが軽口を叩く。
コイツは二人きりの時、驚く程口が悪いし揶揄ってくる。その上笑い上戸で、私がアナベルと話している時なんて、笑わないように自分の腕を抓っているらしい。失礼なヤツめ。
「何がだ。おい、軽口が過ぎるぞ、不敬罪で牢にぶち込んでやろうか」
デルフィニウムと二人の時は、コイツに釣られてつい口が悪くなってしまう。気をつけ無ければ。
「はいはい、殿下が照れたり焦ったりすると連発する不敬罪ネタは飽きたんで」
いつかコイツのキャラを暴露してやりたいと常々思っているが、二人の時以外はおくびにもださないのだ。
せめて側近候補にはバラそうと頑張っているが、カンパニュラはコロッと騙されているし、ムスカリは……どうだろう。アイツはアイツで掴めない所があるからな。そう言う点でも彼等は優秀だ。
カンパニュラは私の良心、ムスカリは私の手足、デルフィニウムは私の影。学院で作った体勢だが、卒業後も何事も無ければ継続されるだろう。
「で?今年はどうするんですか?お願いするんですか、今年こそ」
ミサンガの類は全て断り、褒章授与も毎年私に頼むデルフィニウムはこのイベントに重きを置いてきない。
にも関わらず気にするのは、私の婚約者候補に関係している。
第一王子という立場からなのか、毎年物凄い数のミサンガが渡される。ただ私は婚約者候補を持つ身ゆえ、安易に貰った物を着ける事など出来ないのだが。
「素直に、婚約者候補から以外は貰っても着けないって宣言すればいいじゃないですか」
渡す方も、あわよくば……とは思っているだろうが、一応とか願掛けの域を出ていない。恋愛的なものも多少あるが、繋がりや政略的な意味合いも強そうだ。なので毎年全て受け取る事にしている。みんな平等に断るよりも角が立たない。
「断らないのは違う理由があるのも分かってるんですよ。今年こそ、作って貰えると良いですね?」
アナベルはよく私の笑顔を意地悪だと言うが、本当の意地悪な笑顔はこういうのを言うんだぞと教えてやりたい。
心の底から憐れみを含んだ、それでいて可笑しくて堪らないという笑顔。デルフィニウム、お前やな奴だな!
「彼女は婚約者候補の一人だ。私自らお願いなど、他の候補者との関係もあるし、控えるべきだろう」
学院に入学して以来、他の婚約者候補は毎年せっせとミサンガを作って贈ってくれる。それは見事な柄なので、本当に本人が作っているのか疑問ではあるが、敬意は感じられた。
しかし、アナベルは一度として贈ってきた事は無い。そう一度も。今年はもう最終学年だと言うのに、婚約者候補筆頭だと言うのに。
「義務で作られるのも、お願いして作ってもらうのも嫌なんて、我儘でロマンチストですよね、殿下は」
アナベル本人が私の為に、作りたいと思ってくれた物で無ければ受け取りたくなかった。
やはり彼女は私の婚約者になりたく無いのだろう。けれど自ら降りる事は叶わない立場である、そんな意思表示を感じて軽くイラついてしまう。
「案外、スターチス嬢もおんなじかもしれないですよ。お願いされたら作る、みたいな。ほら、好きな人には求められたいものじゃないですか」
デルフィニウムの言葉が本当なら話は簡単なんだけどな、ぼんやりと思う。
学院に入学する前に、側近候補と婚約者候補は選ばれていた。入学してから、人柄やパワーバランス、私との相性などを考慮して、少しずつ人数を絞っていった。
指導は入るものの、基本的には自分で選ぶのが伝統との事で、私自身の見る目も問われているのだろう。
最側近はデルフィニウム、カンパニュラ、ムスカリの三人で決まった。このまま大きな問題が無ければ、通るだろう。
婚約者については、最終学年が始まる前には4人まで絞られていたが、リリーナ嬢という聖女候補が現れた事で、急遽追加となり5人となった。
そのうち1名は正式に辞退を申し出ているが、表向きは候補者のままになっている。婚約者候補を取り巻く様々な厄介事から守る意味もあるのだが、辞退した候補者は既に結婚の約束を交わした人がいるそうで、申し訳ない事をしている。高位貴族には珍しく、恋愛結婚となるそうだ。
私自身は、色恋に振り回されて目が曇るなんて事は無いように婚約者を選定するつもりではある。
残る婚約者候補の中で、何処から切り取っても、アナベル・スターチスが相応しいのは明らかであった。
ならば内々に決定してしまえばいいのだが、……だが。
「殿下は変なところで純情ですよね。スターチス嬢の気持ちが伴っていないから、政略結婚するのがイヤだなんて。結局色恋に振り回されてんじゃないですか」
断じて、私がアナベルに恋をしている訳では、ない。彼女が私を求めていない事に、少々滅入るだけだ。
「あ、こっちも無自覚か。そりゃ進展しないなあ。男のツンデレ、流行らないですよ?」
デルフィニウムは平民間で使われているスラングを使って蔑めてくるが、大半の意味は知らないままにしている。絶対良い意味は無く、自尊心が傷付けられる恐れがあるからだ。
「毎年、スターチス嬢にミサンガをお願いする男子を牽制してるの、誰だと思ってるんです。さっさとデレないと、突然馬の骨が現れるんですからね、知りませんよ」
デルフィニウムの言葉が気になった訳ではない。これは純粋に、アナベルは実はミサンガ作りが下手で今までは渡せないレベルだったからでは無いか?という証明の為であって、遠回しにミサンガ作りをお願いした訳ではない。
リリーナ嬢とアナベルがミサンガの話をしていたので、つい口から出てしまったのだ。
本来の自分なら、優しい第一王子の顔をして、自分の分もお願いしただろうが、他人に教えるレベルの腕と聞いて、思わず嫌味のように言ってしまった。
つまりそれは、自分の意思を持って私に贈りたく無かった、という事になる。
カッとなったのは否めない。自分を律する事も出来ないとは、まだまだ未熟だな、私も。
それでも、学院生活で初めてアナベルの作ったミサンガを腕に結ぶ事が出来そうで、つい浮かれてしまった。
『お見せするだけですよ!』なんて言うが、何だかんだで私に贈ってくれるだろう。
作ってくれるなら、私の色である薄い水色と金でお願いした。瞳と髪の色だ。私の色を、器用に?それとも不器用に?編んでいるアナベルを想像すると、唇の端が上がってしまう。
デルフィニウムが自分の腕を抓っているのが見えた。
……気が緩んだか、気をつけよう。
「上手く出来ていたら大会でつけるよ」
例え下手でも、誰かに作らせたとしても、アナベルから贈られたら着けるだろうけど、軽口を叩いてしまう。浮かれているのだ、私は。
「ノイエ様はたくさんのご令嬢から頂くのでしょうから……」
トゲのある物言いに、鼓動が跳ねた。
「なに?他の子から貰ったものを着けて欲しくないって?」
まるで嫉妬しているみたいな遣り取りに、どうしようもなく心が浮き立つ。
「とりあえず、リリーナとご指定の色で作りますわ。別に、ノイエ様に差し上げるものではありませんからね!」
続く言葉は可愛げの無いものだったけれど、どうにも可愛らしくて、息も絶え絶えだ。
「う、うん、楽しみ……に、してる」
もう、可愛い。認める、アナベルが可愛い。肩を震わせる程耐えなければ、赤面してしまったり、抱きしめたい衝動に駆られたりしただろう。
そのせいで、途切れ途切れにしか、言葉を返す事が出来なかったが、浮かれまくったから満面の笑みを浮かべてしまった。
いつもの第一王子の仮面など、何処かに行ってしまった。
私の様子を見たデルフィニウム、カンパニュラ、ムスカリに、『惚気は他所でやれよ、正式な婚約者でも無いのに』的な目線を送られた。何でだよ、惚気てなんかいないだろう。
アナベルとリリーナ嬢がカフェテリアを去ると、
「ノイエ殿下のせいで、自分の左腕は負傷しましたんで、デザート奢ってください」
と、デルフィニウムが言い出した。
お前が勝手に抓っているのが悪いんだろう!?
「僕は胸焼けしそうなのでコーヒーでいいですよ?」
ムスカリも乗ってきた。何なのお前ら。
「え、え?」
カンパニュラは挙動不審だった。お前はそのままでいてくれ、私の良心。
何にせよ、今年の武術大会は本腰を入れようと誓ったのだった。