悪役令嬢と試合の合間に
今回どこで区切るか迷った挙句、少し長めになりました
4回戦が始まりました。
すぐにデルフィニウムの試合が始まるそうなので、引き続き剣術部門の応援です。カンパニュラは待機訓練場に向かうとの事で先程別れました。
「デルフィニウム様の剣技、初めて拝見します」
そういえばリリーナは本年度からの編入学生でした。
デルフィニウムは学生の身ながら剣術、体術、対魔術に優れた護衛騎士で、学院内の武術の単位が免除される程の腕前です。
「デルフィニウム様の剣技は、一言で言うなら効率的ですね。護衛騎士は対象の安全が最優先。電光石火で相手の戦力を削ぎます」
「ここ何年かは無双状態だね。今日の試合くらいまでなら一瞬で終わるかもだから、目を逸らさないようにね」
あまり表情を変えないデルフィニウムですが、その無骨さがいいとの事で人気があります。実は笑い上戸な一面もあるのですが、それはゲーム設定で知っているだけで、実際には見たことがありません。
デルフィニウムの名前がコールされます。複数声援が飛び交いますが、デルフィニウムは一切応えず、対戦相手を見据えたままです。
「え、これ、声掛けして大丈夫なんでしょうか?デルフィニウム様の邪魔になりませんか?」
「デルフィニウム様はこの程度では集中を切らさないと思うわ。デルフィニウム様、頑張ってくださいませ!」
「デルフィニウム様、頑張って!」
「頑張るのは対戦相手かなとは思うけどね」
応援が届いたのか、デルフィニウムの試合は直ぐに決着が着きました。
相手が剣を振り下ろすタイミングに合わせて剣を当て、相手の剣を折ったのです。
「タイミングもだけど当てる場所もピンポイントじゃないと、ああいう風に折れないんだ。特にあの模擬刀、砕け易く出来ているから、自分の剣が砕けるリスクもあるし」
ムスカリが解説してくれました。得意じゃないって言ってたけれど詳しいので凄く助かります。
「スターチス嬢とリリーナの美少女二人で応援してるから、パフォーマンスかな?」
どうやらデルフィニウムなりのサービスだった様です。うーむ、余裕ある。
「凄いです!秒殺でしたね!どうやったらあんな事出来るんでしょうか?私も出来るようになりますかね?是非今度教えて頂きたいです」
そういえばデルフィニウムルートの場合、リリーナは戦える聖女を目指していたっけ。今でも有能なのに剣術まで磨くつもりなんて、リリーナは何処を目指しているのやら……。
「リリーナ嬢が僕より強くなっちゃう。暇ある時僕も一緒に習おうかな」
ムスカリは楽しそうに言うけれど、デルフィニウムとリリーナを二人きりにさせたく無い意図がありそうです。
笑顔の下に策有り、ムスカリの戦い方ですね。
「さて、デルフィニウムの試合も終わりましたし、魔術部門へ参りましょうか」
わたくしが立とうとすると二人が驚いた顔をしました。
「アナベル様、ノイエ殿下の試合はいいんですか?」
いやいや、カンパニュラの勇姿見届けてあげようよリリーナ!ノイエ様の試合は3回戦を応援したし、いいかな?って思うんだけど。
「いえ、ジェリドとカトル君の試合は私一人で見に行こうとかと思ってました」
え?そうなの?わたくしも行くつもりでしたけど……。だとしてもリリーナ一人にする訳には、……ん?それとも一人にしないとイベントが発生しないのかしら?でも、ムスカリの事もあるし、うわー、どうしたら!
「スターチス嬢、僕もリリーナと一緒に行きますね」
困っていたら、すかさずムスカリが言いました。
う、うん、そうよね。リリーナを一人には出来ないし、リリーナを巡る争い感のあるカンパニュラVSイフェイオンに、今一番リリーナと親しいムスカリがいない間に何かあったら目も当てられないよね、ムスカリ的にも。
「そんな!ウォンが一緒に来たらアナベル様が一人になってしまいます。……なら、ノイエ殿下の応援を諦めて私たちと一緒に?うーん、後で地味な嫌がらせされそうなんだけど、お一人にするくらいなら……」
「ね、わたくしも一緒に……」
言い掛けて、むしろ二人のお邪魔をしてしまう可能性に気付きました。道中も応援時も二人きりに、させてあげたいなあ、と言う気持ちがむくむくと湧き上がります。
この二人といるととっても楽しいけれど、そこに甘えていて良いのか、答えは否!ハーレムルートとか色々考えちゃうけど、気遣い屋の二人を見ていると、どうでも良くなっちゃう!
「や、やっぱりわたくし一人で剣術部門を応援しますわ。子供じゃないのだし、学院内は安全ですし、一人でも大丈夫でしょう」
モテないわたくしにちょっかい掛けてくるなんて、女子しかいないでしょうし。……言ってて悲しくなるけどね!
「アナベル様は学院内でも完全にお一人になるのって少ないんですよ。しかも今日はお祭り騒ぎの武術大会ですし、浮かれポンチな輩が湧いて来るかもしれません」
リリーナ、もう少し言葉を気をつけようね!言っても大体貴族だからね、因縁つけられちゃうわ。
わたくしたちが言い合っていると、
「解決策が到着だよ」
ムスカリが階段を登ってくる人混みを指差しました。
「さすがでしたわ、デルフィニウム様。あれはどうやったのですか?」
「殿下、次の試合まで少し時間がおありでしょう?わたくしとお茶でもいかがでしょう」
内容から察するに、ノイエ様とデルフィニウムがこちらに向かっている様です。
「……え、わたくし一人を置いていくの?」
途端に心細くなって、先程湧き上がった二人きりにさせてあげたい気持ちが胡散します。だってなんか、ノイエ様が意地悪な顔をなさっているんですもの!
「馬に蹴られたくないから僕は退散します」
「え、えー。アナベル様、一緒に……」
「リリーナ、馬の脚力は恐ろしいんだよ」
リリーナが許可してくれそうでしたが、ムスカリが止めました。まじか!
「アナベル!」
まだ少し距離があるのに声を掛けて来やがりました。当然のごとくノイエ様の近くにいたベロニカ様が、ノイエ様の隣からめっちゃ睨んで来ます。顔、気をつけてくださいませ!
「じゃ、僕たちは。また後でね、スターチス嬢!」
怪しい雲行きに敏感な商人の息子ムスカリは、リリーナを連れて魔術部門会場へ向かってしまいました。わたくしも一緒に行きたかったです。
「アナベル、割と遠いところから応援してたんだね」
ノイエ様がジャブを打って来ます。これはアレかな?お前一応婚約者候補筆頭とかって立場の癖に何遅く来てやがるんだ?みたいな?
お父様にはノイエ様の婚約者にはなれないかもしれませんって報告しましたが、全然気にして無い様子でした。なので、そろそろ筆頭とかいう肩書きを外して貰って良いんですけど……対外的に何か不都合があるのかしら?
はっ!まさかこのモテない公爵令嬢に振られたみたいな雰囲気になっちゃうとか?
……だとしたら申し訳ないですね。
「申し訳ありません。到着が遅れてしまいまして……。でも、たくさんの可憐な華々からの声援を既に受けてらしたので、ご迷惑にならない様片隅におりましたの」
あの座席だって、カンパニュラがお願いして座れたものでした。ホント、遅れてごめんなさい、そんなに不都合があるとは思わなかったのです。
「そう。あ、先程まで一緒だったカンパニュラやムスカリは別会場に行ったんだよね。なら隣、空いてるな。デルフィニウム、お前の分の席もあるみたいだから、ここに座ろう」
そう言って、お華ちゃんたちから離れ、わたくしの隣の席に座りました。確かに三人分席は空いちゃったんだけどね!でもさ、お華ちゃんたちの席に行けたよね???
「あちらは、私が座る隙間が無さそうだろ?君が押し出されるくらいなんだからね」
黒めな笑顔でベロニカ様たちがいらした席を見つめていました。ええ、めっちゃ陣取ってて、座れませんでしたがね。
「誰かの席を奪うか、彼女たちの誰かの上に座るかしないと私の席が無い。アナベルの隣なら空いているから、その手間も無い。ほら名案だ!」
彼女たちの上に……の下りで、きゃあきゃあ顔を赤らめているご令嬢方でしたが、結局わたくしの隣にという結論に歯ぎしりしている様子です。そうね、貴女たちの席から微妙に遠いしね。
因みに、わたくしの席の周りは、巻き込まれたくなかった方々ばかりなようで、既に席を立った方が多く見かけられました。
「ノイエ様、ほら!席、たくさん空きましたし、何もわたくしの隣で無くとも宜しいのでは?皆様も移って頂ければ」
「申し訳ありませんスターチス嬢。既に空席ならば、警護の都合上このままの方が助かります」
まさかのデルフィニウムに断られました。そうだよね、近くに人いないなら警護し易いよね。わざわざ空けて貰う必要が無いならその方が楽だよね!
「ならばわたくしも……」
そろりと席を立とうとすれば、ノイエ様の笑顔が深くなります。……あ、これなんかよくわからないけど、怒りそうな時のやつ。
「話したいことがあるんだ、アナベル。座って?」
了承するしかないやつでした。
微妙に遠いベロニカ様を含むお華さんたちは、物凄い目でこちらを見ていますが、ノイエ様はどこ吹く風です。デルフィニウムが、先程わたくしにも説明した様な内容をもう少し丁寧になさっているみたいでした。
「え、えーと、ノイエ様、お話しとは?」
結果として混み合う試合観覧席で人払いしたような空間になってしまいましたので、さっさと話したいこととやらを聞きましょう。そしてその後可能なら魔術部門へ行きたいです。
「ああ、昨日の事なんだけどね?」
どれの事かしら?昨日から今日にかけて情報が多過ぎて分かりません。新キャラが出て来たり、ムスカリとリリーナが名前で呼び合う仲になったり、カンパニュラが微妙に傷心だったり。
「ネメシアに、褒章授与をお願いされたんだって?」
……その話か!忘れてました!
「あ、あれは……リリーナの代わりと言うか、仕返しと言うか……」
しどろもどろで言い訳します……が、あれ?なんでわたくしが言い訳しなくてはいけないのかしら?
「アナベルは私の婚約者候補筆頭なの忘れた訳では無いよね?跪いてお願いされたそうじゃないか。そういうのが、好きなの?」
いつもだったら、意地悪な笑顔で聞いてきそうなところ、目を細めて問いかけてきます。怒ってらっしゃるのは気のせいでは無い様です。
「それは、リリーナのミサンガを足に結べってネメシア様がおっしゃるから、未婚の女性に跪いて結べって言うんですかって、啖呵切ってしまいまして」
あれ自体は間違った事言ってない筈なんですけど、たくさんのご令嬢の前でしたからプライドが傷付いたのかしら?
「ですから、意趣返しなのではと思うのですけれど」
「本当に?ネメシア侯爵子息がアナベルに興味を持ったとは考えられない?」
「そんな!ノイエ様もご存知でしょう?わたくし、学院最終学年まで一度もミサンガのお願いをされておりません。勿論褒章の乙女とやらに選ばれた事もありませんわ!」
どーん!と胸を張って、悲しい事をお伝えしました。申し訳ありません、ノイエ様の婚約者候補なのに全くモテない女子で。
「それはっ……、いや、この話はいいか。だが、君は存外目立つ存在だと言う事を分かって欲しい」
そりゃあ公爵令嬢ですし?ノイエ様の婚約者候補ですし?目立ちますわよね。乙女ゲームの脇役キャラとはいえ、名前有りのキャラですからデザインも凝られています。……あら、設定上美しいに分類される筈なのに、なんでこんなにもモテが無いのかしら?残念な性格が滲み出ているって事?
「ん、んんん!」
説明から戻ったデルフィニウムが珍しく笑いを堪えていました。笑いどころ合ったかしら?
「アナベルは、……その、美人だし面白いから、ネメシア侯爵子息も……」
え?つまり、『面白ぇ女』枠選出?いえいえ、無いってホント。
「ノイエ様、ネメシア様は数多くの華々と浮き名を流す方です。こう言ってはなんですが、花畑から一輪だけ選ぶと角が立つから、というのが正直なところでは無いかと思うんです」
「アナベルは他は鋭いのに、ホント自分の事となると途端に鈍感になるよね」
あら、その表現本日二度目です。さてはノイエ様がムスカリたちに話したのかしら?
「まあ、鳥の囀りに一々反応しないのは良い傾向だけどね。どうしたって我々の一挙手一投足で鳥が騒ぐのだし」
あ、なんか無駄に好意的に取られました。違うんです、単純に鈍いだけなんですよ!
「はぁ。じゃあ、魔術部門はカンパニュラ……には荷が重いかな。他の誰かが優勝するのを祈るしかないか」
「ネメシア様も、明日になったら気が変わってらっしゃるかもしれませんしね!」
溜息を吐きながらノイエ様が言うので同調しておきました。あの性格悪そうなネメシアが前言撤回とか、し無さそうですけど。
「俺はね、アナベル」
あ、一人称が変わりました。何か、良くない事を言う予感です。
ノイエ様がわたくしの指先にそっと触れて、軽く握ります。
「例え学生のお祭りの褒章であっても、君の前に跪く男を見たくは無いんだ」
軽く握ってきたわたくしの指先を、あろう事かノイエ様の口元に持っていき、唇に限りなく近づけました。
「おやめ、くだ、さい」
呼吸が出来なくて、上手く言葉が紡げません。鼓動が早過ぎて、手が震えています。脳は再起動を要求しているのに、中々シャットダウンも出来ず……、あれ?シャットダウンしちゃ倒れちゃう?
「残念。顔色も変えないなんて、俺もまだまだだな」
ノイエ様はそう言って指先を解放してくださいました。
淑女教育に乾杯!よく耐えたわたくし!なんか揶揄われたみたいですし、誰が反応してやるもんですか!
今のは軽く不整脈になっただけですし、別に、ノイエ様にドキドキした訳なんかじゃ無いんですからね!
「はあ。自分の主人はなんともヘタレで。そこで照れたら伝わりませんよ」
「べ、別に、今のにグラついてくれなくてショックとか、そんな事は」
「あ、男のツンデレとか要らないんで」
誰に言い訳しているのか分からないけれど、冷静になろうとするのに必死過ぎて、主従二人でどんな会話をなさっていたのか、聞こえてきませんでした。
「ところで、今お二人は何かおっしゃって?」
「いや?」
意味ありげな表情のデルフィニウムと笑顔のノイエ様。気になりますが、全く聞こえませんでした。
はぁ、わたくし難聴気味なんですかね?