悪役令嬢とお華のさざめき
今回短めです
剣術部門会場に到着です。相変わらず混み合っております。
会場へ向かう時も到着してからも、混み合っているため横一列に並ぶ訳にもいかず、二人ずつペアになっております。
本来なら、先程成立した感あるリリーナとムスカリ、わたくしとカンパニュラにしてあげるべきなのでしょうが、
「傷心に更に追い討ちを喰らいたく無いので、是非スターチス嬢はリリーナ嬢とペアでお願いします」
「名前を呼び合うようになったからって、まだチャンスはあるかもしれませんよ!」
よく分からないお願いだったので、とりあえずカンパニュラを励ましました。まだハーレムルートへの諦めが捨てきれなくてごめん、というのが正直なところですが。
「ありがとうございます。そうですね、希望は捨てないようにはしたいと思います」
力なく笑うカンパニュラ君に幸あらん事を願う!急募素敵な女子。
そんな訳で女子ペアと男子ペアで並んでおります。
「アナベル様、今日こそ前の方で応援しましょうか」
本日もノイエ様を応援する、力の入った皆様が既に前列を占めています。え?あの中に割って入るの?無理じゃないかしら?
「でも、もう前列はほぼ埋まってますし、昨日と同じ辺りでいいんじゃないかしら?」
だってね、昨日も気合い入ってたベロニカ・スピカータ様がね……すっごい睨んでくるんですよ。一戦交えたい訳でも無いので物理的に距離を取ろうかと思ってですね。
「えーと、昨日と同じ辺りですと、逆に目立ってしまいますがよろしいですか?こちらから見え易いって事は、試合場からも見え易いので」
昨日、ノイエ様は話す時の距離感について怒っていらっしゃった。あんなに遠くからよく見てたな、と思ってましたけど、そういう事ですか。
「なので、むしろ少し混んでる辺りの方が目立たないかもしれません」
リリーナ、わたくしの事をそこまで考えてくれて……いい子!
「ああ、あそこを詰めて貰えば全員で座れそうですね。先に行って確保して来ます」
カンパニュラが空席を見つけてくれた様です。眼鏡キャラなのに視野が広いわね。
これで恋愛面に強ければ、良い政治家になれそうなんだけど……色恋に関するトラップ弱そうなのが玉に瑕であり、良いところなんだよなぁ。
女子生徒に声を掛けて席を詰めて貰うカンパニュラ。女子生徒は真っ赤になって、ぽうっとしています。
紺色のサラサラの髪に理知的な青い瞳、それに眼鏡がよく似合っているカンパニュラは、文句無しで美青年です。ランチメンバーではどうにもいい奴キャラで忘れがちだけどね!
「此方へどうぞ」
呼ばれてわたくしとリリーナ、ムスカリが向かうと、辺りがざわつきました。
え?何、なに?
「スターチス公爵令嬢アナベル様よ」
「ええ?またスターチス嬢ですの?聖女候補のリリーナさんを顎で使い、ノイエ殿下の婚約者候補筆頭である事をいい事に、たくさんの男性に声を掛けてらっしゃるそうで」
「わたくしも聞きましたわ!なんでもネメシア様に跪けと仰ったり、無理矢理褒章の乙女になったのでしょう?」
「ノイエ殿下もお可哀想!だから長年婚約者候補筆頭でありながら決定に至らないんですわ」
「そうよそうよ」
……凄い。わたくし大人気ですわね!
騒つく女子生徒の声に狼狽えたのはカンパニュラでした。ホント君はいい奴だな。わたくし気にしていませんのに!
「申し訳ありません、不快な言葉が聞こえてくるようで」
カンパニュラは基本的に知り合いの女子に優しいのよね。シャイボーイ(笑)、もう少し悪い奴でもいいんだよ?純情だなあ。
「いいえ、カンパニュラ様、席をありがとうございます。華のさざめきを一々気にする必要はございません。ノイエ様の試合が始まれば終わるさざめきですもの」
正直、頓珍漢な事を言われているなぁとは思いますが、貴族子女ですもの、曲解や都合の良い解釈なんて良くある事です。
問題は誰がこの方向に持っていったか、という事ですが……
「お調べしましょうか?」
リリーナが薄く笑いました。美少女のこういう顔って、凄く酷薄で恐ろしいんだと今知りました。
リリーナ、そんなに有能な侍女みたいに……いや、わたくしの侍女見習いなんだけど、でも、ヒロインちゃんがそんな顔したらあかん!わたくしのキャラも崩壊しちゃうよ!
「いいえ?好きになさったらいいんだわ」
わたくしの希望は断罪されてノイエ様の婚約者候補を降りる事なので、全く問題ありません。
まあ、噂が噂を呼んで、婚期を逃す可能性が出てきたのは厄介だけどね!
「さすがスターチス嬢。他人の機微には敏感で、自らには敢えて目を瞑る鈍感さ。なかなか出来ない事だね」
ムスカリが謎の評価をくれました、どういう事?
「お前は……、もう少し言葉を選べムスカリ。ご令嬢に鈍感って」
「気になさらないで。よく分からないけれど、褒めてくれてありがとうムスカリ様」
とりあえず褒められたと取っておこう。いやあ、わたくし褒められると伸びる子だからさぁ!ってことで。
「アナベル様は無自覚ですが、兼ね備えてますよね。あとはどう決断なさるかです」
リリーナはたまに分からない事を、分かりたくない事を言う。ずっと蓋をしたい奥底を、開けようとはしないで欲しい。
「あら、ノイエ様の前の試合が始まりますわ。リリーナも、試合を観ましょう」
気持ちを振り切るように、試合を見つめるフリをしました。
そんなわたくしを、ベロニカ様が見ていた事に全く気が付きませんでした。
ノイエ様の名前がコールされると、試合会場は耳を劈く程の悲鳴が響きます。これまた熱狂的ですね!
「昨日より、凄くなってません?」
リリーナがゲンナリした顔で話しかけてきました。
「近くで観ているせいもありますね。それにしても凄い」
カンパニュラも涼しい顔ではいられない様です。うん、女子の熱狂って、純情少年にはビビるよね……。
「殿下の出場も今年で最後だから、熱が凄いなぁ」
のんびり話すムスカリですが、片耳は耳栓をしたそうです。わたくしも欲しい!
「あ、でもお陰でお華の騒めきが無くなりましたし、さすがノイエ様ですわね」
気にしないようにはしていたし、実際悪評高まるのはどんとこい!ですが、気持ちの良いものでは無いので終わって助かりました。
声援に手を挙げて応えるノイエ様が、こちらを見て、拳を握りました。
?頑張るぞってこと?
とりあえずわたくしも、頑張っての意味を込めて拳を握りました。
ノイエ様が珍しく破顔なさっています。珍しい、わたくしに対しては意地悪な笑顔ばかりですのに……、って、あら?
わたくしの隣にはリリーナ、後ろにはカンパニュラとムスカリが居て、手を振っていたり同じように拳を握ったりしていました。
なんだ、わたくしに向けてじゃあ無かったのね。
途端に恥ずかしくなって顔が赤くなりました。手を振っている人に手をふり返したら、後ろの人に振っていた……あれの心境です!
よく考えたら、わたくしだけにやってるなんて、何で思ったのかしら?穴があったら入りたいです。
「珍しく、間違って無かったんですけどね。でも、悟られるのも困るので」
リリーナが何やら呟いていましたが、恥ずかしくなっているわたくしには聞こえませんでした。
なお試合ですが、ノイエ様は美しい型で打ち合い、頃合いを見て相手の剣を落としていました。うーむ、あの人卒なくなんでもこなすなあ。