悪役令嬢と武術大会二回戦
まだまだ武術大会です
少し長いかもしれません
ランチ前に一回戦は終了し、いつもの面子でランチです。正確には、わたくしとリリーナが一緒にランチしている近くにノイエ様、デルフィニウム、ムスカリ、カンパニュラも居るランチです。
ランチメンバーは全員ランチ後の二回戦があるので、いつもより少なめに食べていました。
「さてリリーナ、二回戦はどの部門を応援するのかしら?一番始めに試合があるのは……シードのデルフィニウム様ですけれど、その後はムスカリ様、カンパニュラ様……あ、ユーフォルビア殿下とネメシア様の試合も観戦するのかしら?」
「アナベル、俺の名前が出てないけれどわざとかな?」
「スターチス嬢、自分の試合観戦を候補に入れて頂き嬉しく思いますが、可能でしたら明日以降の応援をお願い出来ますか?」
「さすがだなぁデルフィニウム。今日は余裕って事か。あ、僕の試合は次こそ無様に負けそうだからジェリド君の応援してあげてよ、リリーナ嬢」
会話がポンポン展開する感じは、前世の放課後会話の様にとても気軽で、とても楽しくなります。
長期休暇前は、出来る限り攻略対象者とは距離を置きたいと思っていたのに……この時間が好きだなぁと、今では感じます。自分でも矛盾だらけだと分かっていましたが、この和やかな関係性に安堵を覚えてしまうのも事実です。
……このままでは断罪して貰うのはかなり厳しそうですが、そこはほら、ゲーム展開とは違う現実ですもの。ノイエ様には他の婚約者候補もいらっしゃるし!
そう頭の中で結論付ける度、胸の奥がチクリとしますが、気付かないふりをします。その後王妃に至る、なんて無理!一時の感情に流されてはダメよわたくし!
「じゃあ、一回戦見れなかったから、ジェリドの応援に行こうかと思うけど、どうかしら?」
かなり迷ってリリーナが決めたようです、良かったねカンパニュラ!
「ありがとうございますリリーナ嬢。貴女が応援してくれるなら、必ず勝利して見せます!」
おー!熱いね!リリーナ予想ではカンパニュラは3回戦敗退なので、ここは応援してあげたいのかな?なんて邪推してごめんね。
「では、魔術部門の応援、間に合えばムスカリ様の体術部門に……という事で決まりかしら?」
「それはさ、剣術部門の二方は今日は大丈夫って信じてるって認識で合ってる?」
ムスカリはいつもズバッと斬り込んできますね。ミサンガと試合後のノイエ様の対応についてまだ思うところがあって、あまり近寄りたく無いのがバレました。
「ふうん、そう。なら必ず勝たなくてはね。ああ、なんなら予約しておこうか?」
意地悪な顔で笑うノイエ様。隣のデルフィニウムがゲンナリしている気がします。
「万が一俺が優勝したら、優勝褒章はアナベルにお願いするから」
これが、恥ずかしそうだったり、真摯なお願いなら、わたくしだってもう少し考えたと思います。ですが、悪そうにニヤニヤしながらお願いされましてもね!何か企んでらっしゃるのかしら!なんなの!
「あ、でもわざと負けるのはやめてねデルフィニウム」
「もう少し素直になられませんと、後悔なさいますよ」
溜息混じりにデルフィニウムが肩を竦めます。
「ノイエ殿下って本当ヘタレですよね」
リリーナは怖いもの知らずかな?不敬罪とか知ってる?
わたくしの心配を他所に、ノイエ様は明るく笑っていらっしゃった。わたくしには意地悪な笑顔ばかりなのに。別に、いいんだけどね!
ランチを終えて、各会場に向かう事にしました。
魔術部門会場もなかなかの人混みです。ランチ後の2試合目にネメシアが登場するようで、その為の場所取りかもしれません。
「では、私は待機訓練場に向かいます。応援お願いします」
少し緊張した面持ちでリリーナに向き合うカンパニュラと、
「あんまり硬くならないようにね!いつも通りに。怪我しないでね」
すっかりお姉さん気分で話すリリーナ。うーむ、カンパニュラ空回り感あるな!でも、これはこれで微笑ましい光景です。
「実力が発揮出来る事を願っております」
完全に蛇足的にわたくしも声をかけました。一緒に来ててごめんね!空気だと思ってね!
「ありがとうございます。死力を尽くします」
カンパニュラは基本的に真面目なので、わたくしの言葉にきちんと返してくれる。うん、いい奴ね!誰かさんとは大違いです。
カンパニュラを見送っていると、一際大きい歓声が聞こえてきました。どうやらネメシアが試合待機に入ったようです。
登場だけでこの歓声、凄いなあ。
「リリーナ、ネメシア様の試合は近くで見なくていい?ミサンガをお渡ししたのだし……」
わたくしはネメシアが気に食わないのですが、リリーナはどうかしら?一応ミサンガを渡すくらいの好感度なのだし、応援したいかな?
「そこまででも無いですし、少し離れたところから見ましょうか。応援される方が多いので、アナベル様にもしもがあったらいけません」
好感度下がってないか?そしてわたくしへの好感度っていうか忠誠度が上がっている?
ヒロインとしてはどうかと思いますが、侍女として合格です。
カンパニュラの試合を近くで見るために、観覧席上部に行くのはやめ、ネメシアの対戦相手側で見る事になりました。
ネメシアは、魔術師団長子息だけあって魔術が得意です。魔術には属性があり、基本的には一属性の魔術を扱います。魔力量が多ければ様々な属性魔術も使えますが、属性外だとコントロールや出力が悪くなります。
体質に関係するのか、家系で大体属性が決まっています。ネメシアは水属性魔術が得意な家系です。勿論お約束のように他属性魔術も使えるのですが。
さて今回の武術大会の魔術部門ですが、剣術、体術など直接攻撃は禁止、相手に大怪我や後遺症の残る魔術は禁止されています。
相手を場外に出すか、降参させるかで勝負が決まりますが、それだと時間が掛かるため特別ルールの制限時間が定められています。
決着がつかない場合、制限時間内に有効魔術をいくつ発動させたかの数で勝敗を付けるのです。
使用可能な魔術は予め決まっており、それぞれ点数化されています。また、複数属性の魔術を発動させると加点が付きます。
うーむ、ネメシア有利なルールですね!魔術部門の優勝候補なだけあります。
ゲームのネメシアはたくさんの魔術を発動していて、スチルは魔術のエフェクトで綺麗だったなあという記憶が。
本日はよく晴れているので、水魔術を派手に使って虹が見れるといいなあ、なんて完全に他人事で考えていました。
「あ、始まるみたいですね」
「ネメシア様ー!愛してるー!!!」
「こちらに手を振ってくださいまし!」
「ネメシア!抱いてー!」
ネメシアの名前がコールされます。ノイエ様の時とは一味違った歓声が響いてきます。チャラ男推しの皆様、淑女としてアウトですが、アイドルのコンサートを彷彿とさせ、どのくらいまで本気なのかな?と考えてしまいました。
歓声に両手をあげて応え、投げキスをそこらかしこに飛ばしています。その度にきゃー!なのか、ぎゃー!なのか、物凄い叫び声です、もはや歓声では無い。
対戦相手の方、とても同情しますので応援しますわ。
対戦相手と目を合わせたネメシアは、こちらに気付いたようでした。恐らくリリーナに投げキスを送ったのでしょうが、対戦相手の方には自分に対する挑発だと思ったのでしょうね。
試合開始早々、炎の大技でネメシアを囲みました。なかなかの火力で、恐らく禁止事項ギリギリなのではないでしょうか?
「凄い炎ですね、こちらまで熱くなってきます」
「そうね、相手の方は一気に勝負を決めたい様子ね。けれどネメシア様は……」
ネメシアの属性は水。そして魔力量も申し分無いのです。
大量の水を生成し、炎を一瞬で消化したかと思うと更に水を生成し相手を場外へ流してしまいました。
「流石ネメシア様ね。相手の魔術を受けた上で……なんて、なかなか出来る芸当じゃないわ」
「ホントですね。ところであの大量の水ってどうするのでしょう?水浸しで、試合場そこかしこに水溜りになってますし」
リリーナ、そこはもう少し褒めてあげてね。ちょっとばかりネメシアに同情しました。
気にするところはそこか……、現実的な考えねえ。
「それは……、あ、ネメシア様自ら対応するみたいよ?」
ネメシアは大量に生成した水を一箇所に集めています。あ、虹が出てる!綺麗だなぁ。
一箇所にまとめ、球体になっていた水は一瞬にして霧散した。うーむ、派手な演出だわ。
「あんなことも出来るんですね。お洗濯とかに便利そうです」
派手な演出も、リリーナに掛かれば現実利用目的になりました。しかも考えは庶民的、もう少し貴族的な思考も勉強しようね!
大歓声に包まれた試合会場でにこやかに手を振って応えるネメシアは、ふと表情を変え視線をこちらに定め、ニヤリと笑った後、風魔術でわたくしたちの前に現れました。
「リリーナ嬢!応援に来てくれたんだ!ミサンガのおかげで勝てたよ、ありがとう♪」
圧倒的な実力差で勝ったのに白々しい台詞を吐くネメシアに、自然と眉が寄りました。いかん、淑女フェイスモード発動!表情に嫌悪を出さないようにしないと。
「またまた。私よりも素晴らしいミサンガをお渡しし応援した皆様のおかげです。私たちはこのままカンパニュラ様の応援をしますので、あちらの皆様に讃えて貰ってくださいね」
リリーナ!わたくし以上に塩対応ですね。カンパニュラの応援メインだから別にネメシアの応援したかった訳じゃないですよって?好感度とは何ですかね?
ネメシアがリリーナに好意的ならハーレムルートの望みはありますが、リリーナの精神的負担になりそうで申し訳ないなあ。
「おやおや、ツレないお返事だ。これは……ご主人様の意向かな?なら、リリーナ嬢に優勝褒章をお願いするのは難しい?」
え、こんなに塩対応なのにリリーナを選ぶつもりだったの?ネメシアって放置プレイがお好みのキャラだっけ???それとも、『俺に靡かないなんて、面白ぇ女』的な思考???
わたくしが想像を膨らましていると、リリーナが「多分違うと思います」と無の表情で首を振り、ネメシアは爆笑していました。
何で?
「スターチス嬢は思っていた以上に楽しい方だね!うん、じゃあそうだな、リリーナ嬢がダメならご主人様にお願いしよう。面白そうだし。スターチス嬢、オレが優勝した暁には、褒章授与をお願いしたい。勿論跪くのは貴女ではなくオレだ。これなら問題ないんだよね♪」
何で?
物凄い悪そうな顔で笑うネメシア。これは……もしかして午前中の一件、根に持っていたのかしら?
「そんな、わたくしなんて。あちらの華のような方々を差し置いて、恐れ多いですわ」
そんな面倒で怖そうな役、絶対遠慮したい。魔術部門は恐らくネメシアが優勝する。ここで曖昧に断っては、褒章授与が確定してしまうので断固拒否です!
「そんな!麗しのスターチス嬢に授与していだける機会など、この機を逃せば巡って来ないに違いありません。どうかこの哀れな魔術士に、貴女の元へ跪く名誉をお与えください」
見てる!ネメシア側の客席にいた女子が一斉にわたくしたちを見ている!なんなの、めっちゃ怖いよぉぉぉ!
ネメシアもまたノイエ様と同じく、真剣に申し込む雰囲気ではありません。明らかに面白がっており、……そして、あちらのお華ちゃんたちから一人を選ぶのが面倒だったという思惑が透けて見えます。
あの大量のお華ちゃんから一人選んだら、角立ちそうだもんね。でも、だからと言ってコレは無い。午前中の仕返しだとしても、やり過ぎでは???
「どうか、どうか否とは仰らないでください。今、否の言葉を聞けば……オレの魔力は悲しみの余り暴走してしまうかもしれない」
大袈裟にパフォーマンスするネメシア、凄くタチ悪いですね!絶対やな奴です!うわーん、ホント嫌だよ!
「ネメシア様、そんな!」
「絶対スターチス公爵令嬢が権力で脅したのよ」
「わたくし、午前中にスターチス嬢が跪きなさいってネメシア様に仰ったって聞きましたわ!」
「ええ?にも関わらず、いざ申込めば素気無い態度をお取りになるの?ネメシア様のこと、弄んでいらっしゃるつもりかしら」
聞こえます、わたくしの噂が大波のように聞こえてきますよ!
事実無根です!と声高に訴えてもどうにもならないヤツだ、これ!
完全にネメシアの策に嵌められました……!
「わ、わたくしで、宜しけれ、ば」
悪役令嬢なので、悪く言われる覚悟はあったんですけどね。実際にやられると結構精神を削られますね。あと、してやったり顔のネメシアにムカつき過ぎて、横っ面張り飛ばしたくなりますわ……。
「ありがとう♪スターチス嬢!あ、アナベルとお呼びしても?」
なんだコイツ、これ以上精神攻撃仕掛けてくるの?マジでやめて欲しいんですけど!
「ネメシア様、アナベル様はノイエ殿下の婚約者候補です。必要以上に親しくされては困ります。どうか自重を」
リリーナが前に出て庇ってくれました。リリーナだいすき!悪役令嬢として、ヒロインちゃんに庇って貰うのってどうかな?と思うけど本当に頼りになります!
「まだ候補なのに、制限の多いこと。では、オレが優勝した暁には、褒章と共にお名前を呼ぶ権利を頂戴したく。では!」
言うだけ言って、ネメシアは来た時同様風魔術を使って去って行きました。
否を言わせない強引な手に、本当にイラつきます。
「リリーナ、ありがとう。……ほんと、面倒な事になりましたね」
疲れた顔でリリーナに感謝すると、
「ノイエ殿下に面と向かって喧嘩売る相手がいるとは思いませんでしたね!」
少しだけ楽しそうにしていました。
えっ、突然の裏切り!
「あら心外です。私は侍女になろうと思った時からずっとアナベル様の味方ですよ」
リリーナはわたくしの心を読むのがとても上手になりました。侍女として心強い。
それにしても、ノイエ様といいネメシアといい、人を都合良く使わないで欲しいものですわ。
「アナベル様は、ホントご自身の事となるとポンコツ思考で可愛らしいです」
そしてなんだかわたくしに対して辛辣になったような気がします。
「そろそろ次の試合ですね。ジェリドはこの試合の後ですから、切り替えて応援しましょう!」
リリーナが明るく気分転換を提案してくれましたが、ごめんカンパニュラ、上の空で全然応援出来ませんでした。
わたくしのせいでリリーナも散漫な応援になってしまい、ホント頭が上がりません。とりあえずカンパニュラが勝ったようで良かったです。
武術大会初日の成績
ノイエ様……3回戦進出。2回戦はいつもの魅せる剣技だったそうです。
デルフィニウム……危なげなく3回戦進出。
カンパニュラ……ちゃんと見れてませんが3回戦進出。
ムスカリ……2回戦で想像通り敗退。残念!
ユーフォルビア様……圧倒的な実力差で3回戦進出。
ネメシア……気楽に3回戦進出、早く負けて欲しい。