悪役令嬢と武術大会一回戦
さあ、いよいよ始まりました、武術大会試合開始です。現在体術部門では1回戦第4試合が始まろうとしております。
ランチメンバーのムスカリが試合に登場するんですが……ムスカリが体術。すらりと細身で人当たりの良い性格から、体術が結びつきませんね。
「ムスカリ様は体術って得意なのかしら?」
リリーナに聞くと、
「体術、剣術、魔術のどれかに出場しなければならないなら、消去法で……って言ってました。多分初戦敗退だから、応援してくれるなら初戦で宜しく!だそうです」
ムスカリ、やはり見せ場無しかしら?……と思ったら、相手も同じタイプな子爵子息でした。
モテないなんて言っていたムスカリですが、まぁ、嘘よね。女の子の応援が凄いです。
これらを全部断ってリリーナのミサンガだけ受け取る……うん、今のところランキング1位だよ、お前がチャンピオンだ!
圧倒的な声援を受けて萎縮するタイプではないムスカリと、ブーイングに怯える相手では、結果は見えてましたね!そんなこんなでムスカリ初戦突破です、おめでとうございます。
試合後、リリーナと労いに行きましたら(邪魔したくなかったんですけど、女子の目が怖くて、仕方なく悪役令嬢モードで蹴散らしました)、
「商人に大事なのは勘と運!リリーナ嬢のミサンガで運気が上がったよ、助かる」
自分を必要以上に大きく見せないムスカリ、印象良いよ、リリーナの相手として推せる。
「もう!調子いい事言うんだから!無理して怪我しないようにね。あ、次の試合はランチの後?」
リリーナもムスカリと話している時はとても楽しそうです。カンパニュラと話す時は、妙にお姉さんぶる節があるのよね。
色々相談して、ランチメンバーのカンパニュラ、デルフィニウム、ノイエ様の試合を順番に観戦する事になりました。
ちなみに、体術部門はユーフォルビア様、ムスカリが、剣術部門はノイエ様、デルフィニウムが、魔術部門はカンパニュラとネメシアが出場します。
「次に試合があるのはどなたかしら?リリーナ、どの部門の応援に行きますか?」
ゲームなら選択画面になる箇所ですね!
「えーと、デルフィニウム様はランチ後みたいなのでノイエ様ですかね?剣術部門にしましょう」
おーっと、リリーナがミサンガを用意しなかった剣術部門を選択!カンパニュラは良いのかしら?とハラハラしてしまいます。
「ジェリドは魔術得意なので、恐らく初戦突破は堅いかなあと」
おお、カンパニュラ意外と評価高いわね。
「でも、恐らく3回戦辺りで危ないかな?とも思います」
めっちゃ分析されていました。リリーナ冷静ね。
「じゃあ、殿下の応援だな。声援凄そう」
ムスカリの予感は当たりました。まぁ分かってましたけれど!婚約者が決まっていない第一王子で、さらにキラキラ王子キャラですものね!わたくしには意地悪ですが、人気ありますよね。
「スターチス嬢、近くに行かなくていい?道、開けて貰おうか?」
気を使って声をかけてくれるムスカリですが、……結構です!
「邪魔にならないところから拝見しましょうか。応援してくださる方々はたくさんいらっしゃるもの」
ツンとしたつもりの声を出しましたが、拗ねている感じにも取れなくない声色でした、失敗です。
「じゃあ、観覧席の高いところからにしますか。よく見えますよ」
リリーナが手際良く案内してくれました。優秀!
ムスカリ、リリーナの二人と一緒だと、とても楽が出来ますわ。素晴らしいコンビネーションです。
「殿下ー!素敵ですぅ!」
「ノイエさまー!頑張ってください」
「王子殿下、輝いてますー!」
前世のテレビで見たボディビル大会の声掛けを彷彿とさせる声援に、思わず笑ってしまいました。
「アナベル様いかがしました?」
一人笑っているわたくしを不思議そうに見るリリーナ。そうよね、知らなければ突然笑う変な人だわ。
「いえ、なんでもないの。皆様の応援、力が篭ってらっしゃるなぁと思って。いつもは素敵な淑女ですのに」
笑った事をフォローしようと思ったら、なんだか嫌味みたいになってしまいました。
「スターチス嬢は、結構素直じゃないですね。可愛らしいや」
ムスカリが可笑しそうに笑い、リリーナも同意しながら笑っていました。解せぬ。
三人で話していたらあっという間にノイエ様の試合が始まる時間になりました。対戦相手は平民の一学年下の学生です。……これは、王族に華を持たせるマッチングですね!
トーナメント表を見せて貰うと、準々決勝くらい迄は勝ち残りそうな組み合わせでした。
最終日まで行くのなら、明日以降の応援でも良かったかしら?
「何となくスターチス嬢の考えてること分かるけど、殿下に会ったら言っちゃダメなやつだからね。多分意地悪されます」
「アナベル様は無駄を省くのお上手ですけど、事を荒立てない方がいい場合もあるので、今日からの応援で合ってますよ」
わたくしの考えることは筒抜けでした。そうか、ダメかあ。
試合開始前、名前をコールされ大声援に右手を上げて応えるノイエ様。にこやかなキラキラ王子笑顔付きで、様になりますねえ。
ノイエ様は相手の名前がコールされる間も、珍しくキョロキョロと辺りを見回しましていました。何かお探し……て、リリーナか!
ごめんなさい、こんなに遠くから応援する事になってしまいました……、申し訳なく思っているとノイエ様と目が合いました。
リリーナとムスカリに、ノイエ様がこちらを見ているのを伝えようとそれぞれの腕に触り教えます。凄い声援なので声が聞こえ辛いからです。二人は顔を寄せてくれて、聞き取りやすいようにしてくれました。気が利くなあ!
「ノイエ様、こちらに気付きましたね!二人とも手を振ってあげてください」
「あ、スターチス嬢、ちょっと面倒な事になりそうだから殿下に身体を向けて笑顔で手を振って、今すぐ!」
試合が始まるからかしら?でもわたくし先程のミサンガの件、まだちょっと怒っているんですが。
渋々ノイエ様に手を振ろうと向き直ると、ノイエ様は何となく、腹黒そうな笑顔になっている気がしました。
「あ、アナベル様オペラグラス使いますか?念のため持って来ていたんですよ!」
リリーナ気遣いありがとう。でも、多分、表情は見ない方が良いかな?って思うのわたくし。なんだろう、怒ってらっしゃる?
「1回戦第8試合、開始!」
微妙な表情のままノイエ様の試合が始まりました。
この武術大会の剣術部門は、壊れやすい模造刀で行います。本物では何かあった時責任問題になりますからね。
さて、何故壊れやすい模造刀で行うかと言うと、大会特別ルールとして、剣破壊勝利があるからです。
剣を落とすか、剣を破壊されるか、場外に出るか、降参するか、これで勝敗が決まります。
大会の初めの方は短時間で勝負が着く事が多いのですが、最終日辺りですと実力者ばかりで、なかなか決着がつきません。
時間短縮の意味合いで剣破壊があるのです。
さて、ノイエ様の剣術ですが、騎士本職の方のような無駄の無い力強さはありません。王族らしく、美しくて華のある剣技です。
闘うためではなく魅せるための剣技なので、試合を観る側も安心して観ていられます。少なくとも昨年まではその様な試合運びで、試合相手にも見せ場を作る展開でした。
だったのですが。
「勝負あり!勝者、ノイエ・アスター!」
開始早々、相手手首にクリーンヒット。前世の剣道で言うところの小手ですね、一撃でした。
「きゃあああ!カッコイイ!素敵ですノイエさまあああ!」
「お強いです、殿下ぁぁぁぁぁ!」
歓声が湧き上がります。
大声で話すなんてはしたないわ!と眉を顰める淑女の皆様のこの沸きよう、凄いですね。
最前列にて応援している婚約者候補のベロニカ・スピカータ侯爵令嬢なんて、いつものお姿からは考えられない程声を張り上げてらっしゃいます。あ、まだ初戦突破なのに花束を投げ入れましたね、準備良いなあ。
「随分と早い決着でしたね。ノイエ殿下はお強いんですか?」
あまりの瞬殺に、興奮気味のリリーナです。格闘技はテンション上がるよね!
「弱くはないのですが……、いつもの試合展開ではありませんでしたね。最終学年ですから優勝を狙って初戦は体力温存でしょうか?ムスカリ様、どう思われます?」
「あ、う、うーん、スターチス嬢、とりあえず聞こえるから顔寄せなくて大丈夫だよ。うん、ちょっと面倒だから少し離れようか」
この歓声の中、声を張り上げてもいないのに聞こえるなんてムスカリは耳が良いんですね。あと、近づき過ぎた様なのが申し訳ありません。声が聞こえ無くて近寄り過ぎました。
「うん、それは良いんだけど、良くない人がいらっしゃってね」
歯切れの悪いムスカリに首を傾げました。
「ノイエ様の試合も終わりましたし、移動しましょうか。まだカンパニュラ様の試合に間に合うかしら?」
「えーと、もう少しだけ待ってた方が良いかな」
「わ、私ももう少し待った方が事態が恙無く進むと思います」
魔術部門の試合会場に移動しなくてもいいのかしら?カンパニュラの試合、今からならまだ見れそうなのに。
首を傾げていると、女子に囲まれまくっていたノイエ様が、不穏な笑顔で人垣をかき分けつつこちらに向かって来るのが見えました。
なんだか分かりませんが、逃げたい気分です。人って追われると逃げたくなりますよね、その真理です。
ジリっと後退りしようとしたら、ムスカリが退路を断つ様に塞いできました。なんで逃走阻止するかなぁ!
ムスカリに一言言おうとしていたところ、手をグン!と引かれました。
……え、早くない?さっきまで逃げられそうな距離にいたじゃない?
「近いよ。アナベル、それは淑女の距離感じゃない」
わたくしの動きを止める、あの低い声で耳元に囁かれました。途端に硬直するわたくしの身体、ちゃんと機能して!フリーズしない、固まらないで!頑張ろう自分!
3時間掛けて作った資料が、途中保存していない状態でPCが固まった時みたいに自分を必死に励まします。
「アナベル、分かるよね」
わたくしとノイエ様の近さこそ如何なものなのでは?と、頭の片隅では思っているのに、はくはくと、吐息を洩らすだけで言葉が出てきません。とりあえず耳元で話すのはやめてください!
ここに誰もいなければ、やめてと大声で喚いてしまったでしょう、耳まで真っ赤にして。
しかし悲しいかな、先程迄ノイエ様を取り囲んでいたお嬢様方の視線が針どころか剣のように突き刺さってくるので、叫ばないように表情を変えないようにするのに必死で、ノイエ様を咎める言葉を紡ぐことも距離を取る為に身体を動かす事も叶わない。完全にビジー状態です、処理能力が追いつきません。
わたくしとノイエ様について囁かれているのが分かります。それぞれは控えめな声でしょうに、細波は大波となっております。ざわざわが凄い。ベロニカ・スピカータ侯爵令嬢が般若の様相に至っては本当に恐ろしいです、誰か助けてください。
ムスカリやリリーナとは確かに近寄り過ぎました。二人の側があまりにも気安くて、楽過ぎて、つい貴族令嬢である事など忘れた、前世で慣れ親しんだ庶民感覚で話し掛けていました。
スポーツ観戦する時とか、歓声が大きいから身体を寄せて話しますよね。所謂こそこそ話みたいに、耳元に顔を寄せて話したりしますよね。ホントごく自然にしますよね?ね?他意はないんですよ!
「その顔を見れば、他意が無いのは分かる。なら、俺がこの距離感で話してもいいよね?」
確かに周りの騒めきは先程の歓声時と同じレベルですが、自分がやるのとノイエ様にやられるのは全く違うと思うのです。
あと、顔?え、わたくし取り繕えて無い感じの顔ですか?
「申し訳ありません、淑女として礼に欠ける行いでしたわ。ムスカリ様、先程はごめんなさいね。ノイエ様、ご注意ありがとうございます」
やっと身体と脳の再起動し始めて、距離を取ります。耳元で話すの、ダメ、絶対。
「……意識してくれるのはいいんだけどね、あまり俺を煽らないでね?」
せっかく距離を取ったのに、わざわざ近づいて耳元で囁きやがりました。
ですから、ダメですって!本当に!
「あーあ、やっぱり意地悪されたね」
「まあ、この程度の意地悪で済むのなら恙無いのでは?」
ちょっとそこの二人!のんびりしてないで!わたくしはノイエ様を煽ろうと思っての距離感だった訳じゃ無いってフォローしてください!
ノイエ様の機嫌が回復したのはランチ休憩が始まる直前で、カンパニュラの初戦は見逃す事になるのでした。ホントごめんなさい。
またこの時の一件は、後々有らぬ噂に発展する事を、テンパリ過ぎたわたくしは考えもしなかったのでした。




