悪役令嬢と手作りミサンガ
「リリーナは、どなたにミサンガを贈るの?」
放課後、学生寮に戻る前にミサンガ用の糸を買い出しに来ております。授業がある日の外出は基本制服で、と決まりがあるからです。この辺り、ホント日本のゲームが原作なんだなあと思います。
さておきリリーナです。お願いされているとのことでしたが、どなたなのかしら?
「ジェリドと、ネメシア様と、ユーフォルビア様と、ムスカリ様ですね」
ノイエ様とデルフィニウムからのお願いは無かったそうです。……ふーん。
「ムスカリ様なんて、誰からも貰えなかったら切ないっていう理由でリクエストされたんですよ!安全策って感じで納得いきません」
ムスカリ、イマイチどんな感じかわからないのよね。でも、わたくしにとっての新キャラネメシアとユーフォルビア様の名前があって良かったわ。ちゃんと接触していたのね。
「ネメシア様とユーフォルビア様とも交流があったのね、わたくし存じ上げなかったわ」
「あのお二人は……なんと言うか、皆さんに声を掛けてらして、揶揄っていらっしゃるのかな?と思わなくもないのですが、何度も言われたので仕方なく」
そうですよね、魔術師団長子息のネメシアは侯爵家、ユーフォルビア様は隣国の第二王子殿下、断れる立場に無いよね男爵令嬢!
ゲームプレイ中はアイテム集めて配るだけのイベントでしたが、現実だと色々大変なイベントです。
「とりあえず4本ね。でも、最初から成功するとは思えないから、練習用に何本か作って、それから贈る事にしましょうか」
「……え!?4本で終わりじゃダメですか?」
高位貴族にお渡しするものなので、一応練習してからの方が良いかと思っての提案でしたが、リリーナが絶望感ある顔でわたくしを見つめます。
……そんなに下手なのかしら?
「ちなみに、今まで作った事はあるのよね?どのくらい時間が掛かったの?」
どのくらいで1本作れるのかで、何となく腕前は察せるかな?と思っての問いかけでした。
「完成した事はありません。何故か途中で切れてしまったり、どこかにいってしまったり……」
力任せにぎゅうぎゅうに編み込んだり?あとは飽きてしまったり?といったところかしら?
「では、最初のうちはわたくしがつきっきりで指導しますね」
初心者に『これ見ながらやっといて』的な丸投げは失敗の元ですので、逐一見ながらが良いでしょう。
「ついに完成させる事が出来るのでしょうか。謎の毛玉は出来上がりませんか?」
絡まったのかな?
ここから見えるリリーナの性格は、短気なところがあるって事ですね。では、出来る限り単純で、完成形が見え易いデザインにしましょう。
「色はいかがします?贈る方に合わせて何色か必要ですよね」
「え?全員同じじゃダメですか?」
なんだろう。ゲームの事置いておいても、これって明らかな恋愛イベントなのに、全くラブの気配がありません。不味くないですか、これ。
「贈る方の事を考えて、少しずつ変化させましょうね」
まさかの部分から指導する事になり、驚きが隠せませんでした。
「色合わせが面倒なので、私の好きなピンクと、それぞれの髪の色でいいですかね?」
て、適当だ……!流石学院卒業後は侍女になる予定で就職活動する子!婚活の選択肢が存在しない!
しかしこのままではいけない。
「リリーナ、侍女はね、時と場面に合わせて色合わせを提案したり、主人と一緒にお茶会の企画をして取り仕切ったりするの。場合によっては貴女主導になる事もあるかもしれない。そんな時に、『面倒』『とりあえずは』通じるかしら?これは侍女見習いの勉強と考えてみて」
本当は、相手の方を想って、とかの方向に持って行きたかったんだけど、今のリリーナに言っても右から左でしょうから、攻め方を変えてみました。
「成る程。そうですね、アナベル様の侍女ともなればそれくらいは出来ないとなりませんね。失念しておりました」
お、心に響いたようです、良かった!
「自分の好きな色を入れるというアイディアは良いかと思います。男性にピンクは好みの分かれるところですから、抑え目の……ローズピンクあたりはいかがかしら?これを少しだけ入れて、リリーナらしさを。それに白を合わせて、髪のお色か瞳のお色を足して……」
試しにカンパニュラの髪色の紺色を加えた、紺白ピンクの取り合わせを見せたところ、とても喜んでくれました。
「わ!この紺色、素敵な色ですね。少しだけピンクが入るのもカッコいいです!これなら楽しく作れそう!」
とても嬉しそうにはしゃいでくれます。……そうよね、リリーナは基本素直でいい子なのよ。
ちょっと教えただけでこんなによろこばれると、こちらまで楽しくなってきます。
そのせいか、調子に乗ってわたくしも楽しく糸を選んでしまいました。ノイエ様に指定された薄水色と金色、そこに深く鮮やかな青を。
「ガラスの小鳥と、同じ色ですね」
リリーナが穏やかな顔で糸を見つめていました。
わたくしは何故だかドキリとしてしまい、慌てて青い糸を戻そうとしました。
「私、色合わせはよく分かりませんが、素敵だと思います」
穏やかに、にこりと微笑むリリーナ。
わたくしは、その笑顔にどのように返せば良いのか分かりませんでした。
寮に戻り、早速指導に入ります。先ずはリリーナが以前どのような作品を作ったのか、ですが……
「文字入れの、凄いやつが作りたかったんです」
ちょっと初心者には手が出し辛いのでは?というものでした。
念のため今回はどんな図案が良いか聞いたところ、
「私が出来そうなもので、先ずはスピード重視です。出来そうなら、他も頑張ってみたいです」
偉い、ちゃんと考えてる!
わたくしは、最悪の場合わたくしが代理で作るか、手先の器用な子に作って貰うかと思ってました、ゴメンね!
「では、一番の基本三つ編みのミサンガを練習してみましょう」
結論から言うと、4本作るなら三つ編みミサンガの指導で限界でした。わたくしの力が足らず口惜しい……。
「申し訳ありませんアナベル様。私本当にこういうの苦手で……」
お渡しする相手がリリーナに見合う爵位の方や平民の方だったら、多少の(多少のレベルとして良いかしら?)不器用もご愛嬌ですが、宰相子息、魔術師団長子息、隣国の王子ですからね。ちょっとアレなものをお渡しするのは躊躇います。ムスカリは……下手だったらイジってくるでしょうが、それでも楽しそうに着けてくれると思いますが。
「たくさん糸を買っていて良かったわ。足りなくなったら、わたくしの糸も使ってみてね。本番に向けて練習あるのみよ」
素直なリリーナは黙々とミサンガ?らしきものを量産していきます。糸足りるかしら?
「アナベル様は、どのようなデザインをお作りですか?見てみたいです!」
リリーナが帰ってから作り始めようと思っていたのですが、リリーナの希望でお見せする事になりました。
「言っておくけれど、わたくしが作るデザインはリリーナでは作れないわよ」
「アナベル様はたまに意地悪になりますよね!勿論、ただ見たいだけです。自分の腕前は弁えております!」
ふふふ、と笑い合います。うーむ、互いに軽口を叩く仲になってしまいました。前までなら、ただの嫌味になったのになあ。どこで間違えたのか。
幾何学模様のミサンガをちまちまと編んでいく。絡まないように、緩まないように気をつけながら。
「素敵な色ですね。特にこの薄い水色」
ノイエ様の瞳の色に合わせた糸を、楽しそうに触るリリーナ。
やっぱり、リリーナはノイエ様が好きなのかしら?愛おしそうに糸を触る様は、可憐な乙女でした。
「私だったら、この色にはならないです。アナベル様には、こう映っているのですね、こんなに綺麗な色だと思ってらっしゃるんですね」
リリーナの呟きは、よく分かりませんでした。リリーナには、こういう色に見えないということ?
「ノイエ殿下の色合いの糸はたくさんありました。その中から、こんなに素敵な糸を選んでらっしゃるのが、アナベル様のお気持ちなのですね」
わたくしは見たままの色を選んだつもりだったのだけれど、どういう意味でしょう。
「自覚なされてないなら、良いのです」
リリーナは薄く微笑みました。
「私も、見極めているところなので」
更に意味深な言葉を呟き、ミサンガ作りに戻りました。
手作り物は色々作りますが、編み物系はリリーナと同じレベルです。