第一王子と聖女候補と婚約者候補
今回は第一王子ノイエ視点でお送りします。
私はノイエ・アスター、この国の第一王子だ。今は学生の身分なので、比較的自由に過ごせている。
学院卒業後、何事もなければ婚約者を決定し王太子となる予定だ。そのため、学院最終学年の現在は候補者についてあちらこちらからせっつかれていて、正直辟易している。
婚約者候補の選定は実はかなり前から始まっており、さり気なく顔合わせがあったり、候補者には淑女教育の中に王族についての教育も組み込まれていた。それこそ幼い頃から。
アナベル・スターチス公爵令嬢と初めて会ったのは3歳の頃だ。派閥や家柄を考え、当時から婚約者筆頭候補であった。
幼い頃の彼女は、とてもチグハグだった。突然大人びた事を幼子特有の当を得ない話し方で喋ってみたり(あれは公爵の真似だったのだろうか?)、それでいて力を持った家の子供らしく傲慢に振る舞ったりもする。
私にとって、不審極まり無い印象だったので距離を置きたい子供だったのは言うまでも無い。
それでも婚約者筆頭候補であるため、数度顔合わせがある。まあ、複数の候補者、側近候補、それから同年代の上位貴族の子供が一緒の、表向きは大人のためのお茶会について来た子供たちが遊ぶ会、だ。
アナベルと直接話したのは少ないけれど、彼女が話す、誰も知らない物語が好きだった。
アナベルが物語を教えてくれたのは2回だけ(そもそも話す機会が少なかった)だが、そのどちらも聞いた事のない内容だった。
不思議に思い、メイドや侍女、侍従や、大人たちに聞いたりしたが、初めて聞く話ですね、言われるばかりだった。
自分の空想や作り話なのかな?物語を混ぜたのかな?と思っていたが、子供が考えたにしては内容が整い過ぎていた。
一緒に物語を聞いた数人は、そんな話知らない!と目をキラキラさせたり、知らない話をして目立とうなんて嫌な子!と攻撃したり様々だった。
私は単純に興味を持ち、物語をもっと知りたいと思った。
知ってる物語はそれだけなのかな?どこで知ったのかな?
疑問を投げかけると、アナベルは突然ぼんやりしだし、首を傾げ、自分自身分からないという顔して、それからまた、いつものちょっと我儘な女の子に戻った。とても不可解で変な子だ。
誰も知らない物語や大人びた内容、よくわからない物の話は、年齢が上がるにつれ話さなくなり、普通の上位貴族の令嬢となっていった。
華やかな金の巻毛に緑がかった金色の瞳はとても美しい。トゲトゲした話し方や我儘は許容範囲内。成績は取り立て良い訳ではないが、上位をキープしていて卒がない。
それが学院に進んだアナベルの印象だ。
相性やパワーバランスを考えて婚約者を絞り込むのだが、彼女は筆頭であり続けた。
候補者全員に言える事だが、皆それなりに優秀で美しく、誰か一人を選べと言われても、代わり映えしないのでは?とさえ思っていた。色恋で選べる訳でも無いしね。
最終学年に上がる少し前、平民として暮らしていた男爵家の庶子を学院に編入させる事が急遽決まった。件の庶子は他を圧倒する魔力量を秘めるそうで、聖女適性があるのではとの事だった。
魔力の多い子供は制御が出来ていない事が多い。そのせいで魔力を微量ずつ垂れ流し、魔獣を呼び寄せてしまうなんて事も少なくない。男爵家が庶子だと気付いたのも、魔獣の被害が出たからだそうだ。
学院で魔力のコントロールを学ばせる事が第一で、聖女覚醒するなら僥倖というスタンスだった。
編入後、件の庶子……リリーナ・クレマチス男爵令嬢の近くにいたのは、魔獣についての警戒もあるが、聖女覚醒を促すためであった。陛下と聖協会からの要請である。
聖女は強い思いの力で能力を発動させるという。そして文献の多くに、聖女覚醒には愛の力によって、という記述があった。
聖女は所謂自由恋愛が可能だ。だが、それは、言葉は悪いが好き勝手にたらし込んでいいものではない。
学院の学生の多くは貴族で、貴族らしく振る舞う事が義務付けられている。勿論学生の間は身分は問わないという建前は存在するが、それは身分による特権や家の力を我が物のように振るう事を抑制するためのものだ。誰でも自由に振る舞って良い場ではない。
そんな中で、貴族でありながら自由に振る舞い、表情をくるくる変える平民に近い感覚の女の子が現れたら、耐性のない者はその新鮮さからコロりと堕ちてしまう事だろう。
また、聖女の自由とさせているが、それぞれ思惑もある。彼女を庇護するのはどの派閥になるのか、という水面下の争いだ。下手な相手と恋に落ちて能力が覚醒となると、厄介ごとになりかねない。彼女に近付く者を制限する事で、思わぬ相手と……という可能性を潰すこととした。
リリーナ嬢の周りにいるのは、各派閥から推薦された者、教育係、護衛、報告者に分けられる。
ちなみに私は報告者に分類されるが、リリーナ嬢が私を選んだとしても受け入れるスタンスだ。王家としては、聖女の囲い込みは必須では無いが、囲い込めるならその方が良いという見解のためだ。
婚約者候補を含めて、特に恋焦がれる相手も無い故のスタンスとも言えた。
リリーナ嬢と共に行動するようになって、婚約者候補たちにも動きがあった。あからさまな嫉妬を見せたり、忠告をしたり、よからぬことを画策したりだ。基本的に我々がいない(正しくはいないように見せかけた、作られた)隙に、リリーナ嬢一人の時に、それは行われた。
そんな中でアナベルもリリーナ嬢に対し苦言を呈するようになった。我々の目の前で。
新しいパターンだな、と興味深く見ていたところ、アナベル自身が少し変化したように思われた。
考えこんだり、演技のような物言いをしたり、……それはアナベルが幼い頃見せたチグハグな様子にとても似ていた。
それから何度もリリーナ嬢に絡んでくるため、結果として私と関わる事も多くなった。その度に、誰も知らない物語を話すアナベルの姿に近くなり、今では貴族令嬢の仮面を持った不思議な女の子になった。
上位貴族としての振る舞いは完璧なのに、下位貴族にわざわざ自ら指導する。聖女適性については一部にしか知らされていないので、アナベルがわざわざ行う必要の無いことなのに。
時に厳しく、時に気遣う。何をしたいのかは分からなくて、とても興味が湧いた。
リリーナ嬢の聖女覚醒は、テストの最中に起こったと報告された。魔獣が男子学生のテスト会場に突如現れ、それを攻撃しようとした魔術の流れ弾を吸収する聖女結界を発動させたそうだ。
ちなみに話では魔獣を弾き飛ばしたのはアナベルだそうで、こんなにも遠くに魔獣を弾けるとは!と報告を受けた全員が驚いた。
聖女の能力を覚醒させた時、恋愛要素は無かった。では、助けたいという強い思いだろうか?いまいち分からない。
聖協会で能力安定の訓練を行っているそうだが、以来一度も聖女結界は発動せず、本人も聖協会も困惑していた。
聖女認定を行うにも能力の安定は不可欠。発動条件の強い思いがなんだったのか分からないまま、無理強いも出来ず、長期休暇は自領でゆっくりしてもらう事となったそうだ。
私はと言えば、いよいよ半年後に婚約者を決定せねばならず、この長期休暇で見極めよ、と言われてしまった。各領を回り、婚約者と交流を図る。……なかなかに厄介だ。
初めは婚約者筆頭のスターチス領に赴く。近頃変化を見せたアナベル嬢は、この交流でどんな顔をするのか。少しだけ楽しみだった。
スターチス公爵領に入ると、道々に花が飾られていた。急遽の報せにも関わらずこのもてなしは流石だ。末端の道も花で彩られ、公爵家の権力と財力がうかがわれた。
それでも、花が足りなくなったのか、野花で飾られた町があった。野花は小さいけれど力強い。目立ちたくないと群生していただろうけれど、大振りな花々の片隅で密かに主張していたトゲトゲの薊を見つけた。
目を止めたのに気付いたのか、薊の入った花束を町の小さな女の子が届けてくれた。
わざわざトゲトゲして手折られないよう気をつけているのに、妙に気になる薊は、アナベルを思わせた。
薊の花言葉には様々あるが、権威、気品、善行、恩恵などがある。……アナベルみたいだ。そして、青い薊には、満足という意味があった筈だ。
さて、私は彼女に満足するのかな、などと女性に対し不遜な事を思いながら、スターチス公爵家に向かうのであった。
次回もノイエ視点です。