最終話:魔人現る
本編最終話です。
「おや、雰囲気が変わったね」
義父はダイニングルームに現れた私達を見て、嬉しそうにそう言った。養母もまた、それを聞きながら嬉しそうに頷いている。
「ふ、雰囲気が変わった、とは」
「うん? そうだねぇ、想いを拗らせていた二人の間にあった氷が解けて、ようやく初々しい恋人同士になったという感じかな?」
「えッ? えッ? 拗らせ……」
困惑しているうちに、義兄によって着席させられ、テーブルの目の前には夕食が並べられていく。貴族家だからといって毎晩フルコースを楽しんでいるわけではなく、通常は一度に食卓に並べられるのだ。すぐ隣でいつものように私の世話をやいている義兄は、深い溜息をついてから義父達に顔を向けた。
「父上、拗らせていたのは、チェルシーだけですよ?」
「うううん……きみも結構拗らせていたと思うんだけど」
「いや、俺は、学園卒業と同時に思春期も卒業したんで」
真顔で言い返した義兄に、義父は苦笑しながら、まあそういうことにしておこうかと呟いた。
「チェルシーは、うちに来たばかりの頃は小さな子供なのに肩肘張って生きていただろう?」
義両親が、微笑みながら私に声をかけてくる。なんというか、慈愛溢れる表情だ。彼らは、出会った当時から変わらない。どうしてそんなに良くしてくれるのか、本当に理解に苦しんだこともあった。だって、私は単なる遠い遠い親族で、それまで、なんの関わり合いにもなったことがない人間だったのだから。
義父が言うには、最初から私を伯爵家に迎え入れる予定ではなかったらしい。かつて自分達の先祖を追い出した家の末裔だ。突然現れたモーガンの話を聞き、調査を重ねている頃は、私が本当に親族だったと判明した場合は、アニストン家の分家で子供のいない家に引き取ってもらおうと考えていたという。だが、調査の結果、ディパーテッド家の呪いの被害者である私を不憫に思い、そして、呪いから開放された為に成功して幸福を掴んだ元ディパーテッドとして、残されてしまった本家の人間への償いの為に私を自分の家で引き取ることを決めたらしい。
実際に現れた私は、頑なに空気を読むスタイルを貫く子供で、義両親は、この子を絶対に幸せにしようと誓ってくれたらしいのだけれど、『頑なに空気を読むスタイル』って言い回しが微妙に気になる私である。
どんな顔をしていいのか困惑していると、隣から、ぽんと頭を撫でられた。
「俺は、小さい体で世界中を威嚇して生きてるようなお前に会った頃から、案外気に入ってたぞ」
「あの~、威嚇してないんですけど。空気を読んでいただけで」
「いや、尖ってた。お前は、尖った子供だったよ」
「尖ってませんし!」
頬を膨らませていると、義父が爆弾発言をした。
「チェルシーは、ブラッドリーに会った瞬間に心を開いていたものなぁ」
「は?」
「そうね、最初からブラッドリーには懐いていたわねぇ。お母様、少し寂しかったわ」
「え?」
「俺に対してだけ空気を読まないんで、何度『こいつ』と思ったことか」
「はいい?」
確かに、出会った時に、義兄のことは好ましいと思った。だって、急に現れた私に対して、普通の態度を取っていたから。私を『可哀想な子』という目で見なかったから。けれど、その時は誓った筈だ。あまり関わらないようにしようと。空気を読みつつ、様子を見ようと。それが、全く空気を読んでいなかった、だと?
「レジナルドが言っていたわ。空気を読みすぎて泣けなくなってしまったチェルシーが、ブラッドリーに叱られた時に涙をこぼしたって。感情を素直に表した貴女を見たのは、久しぶりだったって。感謝をしていたのよ」
「レジナルドが……」
「それを聞いて、私達は思ったの。お互いに必要としている二人なんじゃないかって。ブラッドリーの前では素直に感情を出せる貴女と、貴族令嬢の前ではお行儀のよい態度を取りながらも死んだ魚のような目をしているのに、貴女に対してだけは本音を出して楽しそうに雑な対応をしていたブラッドリー。お似合いじゃなくって?」
「雑な対応をされてた……」
「死んだ魚のような目って……」
若干、良い話から逸れてしまったけれど、概ね感動話だったような、そうでないような、そんな夕食が終わった。
義兄と二人、ゆっくりと部屋に向かう。私の部屋に到着すると、当たり前のように一緒に部屋に入ってきた。侍女達はいつものことと、お茶の用意をするとさっさと退室してしまい、部屋には静寂がおりた。
「さて、さっきの続きといくか」
「話すことなんてありません」
「うん? なら、俺の言いたいことだけを言うことにするぞ」
「…………なんですか?」
ふわりと体が浮く。いつものように抱き上げられて、ベッドに腰掛けた義兄の膝の上に乗せられた。赤くなる顔を隠すように手でおさえながら恨めしげにすぐ近くの顔を睨むと、ひどく真面目な顔をしている。ドキリと胸が鳴った。
「好きだよ」
「嘘です」
「あのな、ここは空気を読んで、『私もです』って言うところだろ?」
「だって!」
「なんだよ」
「犠牲だって言いました!」
「はぁ?」
「最初に婚約の話をお義父様達からされた時、お義兄様は怒ってました。俺を犠牲にするのかって」
「…………そうだったか?」
「憶えてないんですか!? 私がこんなに気にしているのに!?」
「お前ね、思春期の男を甘くみるなよ? 親の言うことにはとにかく反抗したい時期なんだぞ?」
「お義兄様は思春期なんて……あッ、そういえば今日、還り際に保健室の妖艶な美女先生に声をかけられました!」
それを聞いた瞬間、義兄の目が驚愕に開かれた。私の背中を支える手が、ぷるぷると震えだす。
「な……に……?」
「おたくの思春期ボーイは元気かしらと仰ってましたよ。あのおっぱい魔人、入学当時は他のご令息どもと一緒にしょっちゅう私の胸を揉みにきたのよ~って。お義兄様、何をしに学校に通われたのですか? よくそれで生徒会に入れましたね」
「黒歴史!!」
義兄は私から手を離し、ベッドにバタリと倒れた。
追いかけるように覆いかぶさり、顔を覗き込む。両手で覆われた隙間から、か細い唸り声が漏れていた。ここは私のターンである。たたみかけるように声をかけた。
「お、お胸がお好きなんですか? 魔人なんですか? ここは空気を読んで、私も魔人様にお胸を捧げた方がいいですか?」
「おい、やめろ」
「女嫌いっぽい雰囲気を醸し出しておいて、おっぱい魔人だなんて」
「いや、思春期男子の興味だ、興味! 魔人は一年生で卒業してるから! 本当に!」
「私はお義兄様のことが大好きですので、もう他の人のお胸を揉みに行ったりしないで下さいね」
「もうやめてくれぇええええ」
「私はいつだって、、魔人様にお胸を捧げますので!」
「話を聞けよおおおおおお!!」
「どうした!?」
「大丈夫!?」
大騒ぎしていた私達の様子がおかしいと感じたのか、義両親が部屋に飛び込んできた。
ベッドの上で絡み合っている私達を発見して、言葉を失くす義両親。なんなら、義兄の腕を掴んで、胸に押し付けているところだ。
「ブラッドリー、お前、まさか……結婚前の婚約者に不埒なまねを……」
「ち、違ッ、よく見ろ! 俺が襲われてるんだ!」
「チェルシーちゃん、大丈夫? 酷いことをされていない?」
「酷いことなんかするか!」
いけない。このままでは、義兄が不埒者になってしまう。ここは私が義両親を安心させる努力をしなければ。
「今、おっぱい魔人にお胸を捧げて揉んでもらうところです」
「空気読めよーーーーーーーーーッ!!」
義兄が涙目になって叫んでいる。どうやら、今回もまた、上手に空気が読めなかったようである。
(完)
これにて本編完結です。これから、電子書籍化に向けて、加筆修正していきます。電子書籍バージョンは、途中からまた違う話になっていきますので、その差を楽しんでいただければと思います。
配信開始はまだまだ先ですが、配信開始の頃に、番外編など更新する予定ですので、それも楽しみにお待ちいただけるとありがたく思います。最新のお知らせ等は、ツイッターでご確認くださいませ。
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