わたし普通の女の子になります
糖度1000%でお送りします。(香月比)
「嫌々やっている婚約者だというのに、今まで自分勝手に我儘を押し付けて申し訳ありませんでした」
深く頭を下げると、義兄は不思議そうに首を傾げた。
いつまでも夕食に現れない私を呼びに来た義兄が手を伸ばしてきたのをサラリと躱して出た言葉である。
「は?」
「これからは、空気を読んで静かに生活します」
「お前が?」
「…………はい」
「頭でも打ったんじゃないのか? 見せてみ……」
「大丈夫です!」
「いやいや、大丈夫じゃないだろう。ほら、いつもみたいに……」
「お構いなく!」
「いや、だから……」
「大丈夫ですうううう!!」
扉のところに立たれているので、部屋の中に逃げるしかない。二階の窓から飛び降りることも出来ず、部屋の奥に貼り付いて威嚇すると、義兄は大きな溜息をついて扉から中に侵入し、鍵をかけてしまった。これで、簡単には逃げられなくなった。
「まったく……何をそんなに拗ねているんだ?」
「は?」
「しばらく構ってやれなかったから拗ねてるんだろう? ほら、抱っこか? 膝の上に座るか?」
義兄が昔からよくする、仕方ないなと言わんばかりの顔だ。その顔が意外に好きだったりするので、わざと困らせるようなことを言ってきたのは否定できない。仕方なさそうに私に合わせてくれる優しさに、最早中毒になっていると言ってもいい。
「ち、違います! 拗ねているわけではありません!」
「あぁ? 拗ねているわけじゃないと言い張る拗ねた女ごっこか?」
「なにそれ複雑! いやいや、違いますったら!」
近付いてきた義兄にふわりと捕まり、ベッドの上に腰掛けた膝の上に乗せられてしまう。最近では、二人で寛いでいる時はたいていこの状態だ。両親には、イチャイチャしすぎと最初の頃は指摘されていたが、この頃はもうこれが普通なので、誰も何も言ってこない。たまに来客があった時などは相手を吃驚させてしまうことがあるが、概ね見なかったことにされている。
私の頭に顎をのせて義兄は溜息をつく。
「拗ねてないならなんだろうなぁ。入学式でいじめ…………られるようなタマではないし」
「お義兄様の中の私って、どんな人間なんでしょうね」
「うむ、可愛い義妹だし、可愛い婚約者だな。だいぶ変わり者だが」
「か、か、かわッ……!」
サラっとデレないで欲しい。思春期を終えた青年の、なんと最強なことか。いつだって、無自覚に甘やかしてくる義兄に、私は翻弄されているのだ。いつもなら何とも思わなかったところだが、今は違う。義兄に恋をしている自覚をしてしまった私の顔は、真っ赤になっている筈だ。
「うん? どうした?」
「は? ど、どうした、とは?」
「いや、いつもなら、『空気を読んでもう一声!』とか騒ぎ出すだろう?」
「そ、そんなことしませんし!」
「いや、一時間は騒いでいるだろう」
たしかに騒いでいる。言われなくても自覚している。だが、今はそんなこと言えない。断じて出来ない! 身体中が熱くなってきた。脇汗すごい。いやだわ私、汗臭くないかしら? くんくんと匂いを嗅いでいると、ふわりといい香り。お義兄様の匂いだわ。男臭い騎士団に所属しているくせに、コロンでもつけているのか、いい匂いを醸している。ああ、もうメロメロです。
「おい、匂いを嗅ぐな。犬か」
「はッ! 私ったら!」
慌てて埋めていた胸から顔を離し、赤くなる私。それを、訝しげに監察する義兄。
「…………やはりおかしいな」
「えッ」
「いつもだったら、指摘されると嬉々として続行するとこだろ? しつこく、執拗に、異様に」
「そこまで変態じゃありませんので!」
「まあ、俺としてはあっさり離れてくれて助かったけど」
「うぐぐ」
本当は、しつこく匂いを嗅ぎたかった変態です。こうなってくると、本当に、昔から私は義兄のことが好きだったのだなと思う。義兄に嫌がられているという空気が読めないのだ。レジナルドがたまに溜息をついていたのは、こういうことなのだと気が付いた。
「とりあえず、父上達が待っているので、夕食を先にするか。話は、あとでじっくり聞かせてもらおう」
「あッ」
「うん?」
「……いえ、なんでもないです」
移動しようと離れてしまった義兄に、寂しさを覚えて縋り付きそうになってしまった。はっと気づいて、顔を俯かせる。耳まで赤くなっている気がするので、おそらく義兄には顔が赤いのはバレている。
「…………うーん」
何か唸ったと思ったら、頬に柔らかく湿ったものが押し付けられた。驚いて顔をあげると、すぐそばに、グリーンの瞳。ばっと頬を押える。
「ほ、ほっぺに……チュ……チューした!?」
「うん、した」
「な……な……」
さっきまでは、そんな甘ったるい顔をしたことなどない義兄が、目を細めて私を見下ろしている。何故か嬉しそう。何故だろう。
「急に、年頃の女の子っぽくなったな、チェルシー」
「あッ、甘ぁああああい!」
「さ、行くか。腹減ったわ」
甘い顔をしていたのは一瞬で、すぐに元のニュートラルな顔になってしまった義兄を追いかける。イチャイチャするなと怒られるくらい、普段からくっついている私達。けれど、今みたいな甘い雰囲気にはなったことがない。何が起こっているのか。どういう心境の変化なのか。扉の外にでて私が部屋から出るのを待っていた義兄は、自然な動きで私の手をとり、エスコートをしてくれる。
「な、なに? なんですか? どうしたんですか?」
「ははは! 狼狽えているの見るの新鮮だなぁ」
いつだって戸惑うのは義兄だった。だが、今は形勢逆転している。
チラリと隣をみあげた。意地悪そうに笑う義兄に、心臓がトクリと跳ねた。
あと一話で完結しそうな、そうでないような。
頑張ります。
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