第3話
学校の先生は「知らないヒトについて行ってはいけません」って言う。
でも先生に言われるまでもなく、イマドキのニュースをちゃんと見ていればボクらみたいな子供が知らないヒトに声を掛けられてついて行ってしまうのが、どれくらいキケンかってコトぐらいスグ分かる。
高校生くらいのお兄さんやお姉さんだって、自分がイライラしたり機嫌が悪かったりすると、自分より小さな子供…つまりはボクらみたいな「自分よりもヒリキな相手」にボウリョクを振るったりするような世の中だ。
知らないヒトについて行ってはイケナイってのは、すなわちボクらの最低のジエイ手段なんである。
もし先生が側にいたら、きっとシュウイチなんて「ついて行っちゃいけない」ヒトの代表にされちゃうだろう。
でもボクは、シュウイチの招きに応じてシュウイチの部屋に行った。
子供はなにも分からないって、大人は思っているかもしれないけど。
ボクは、ボクにキケンを及ぼす相手かどうかの見極めぐらいはちゃんと出来る。
「昨日引っ越してきたばっかりだから、ちょっと散らかってるケドな」
エレベーターに乗ったシュウイチは、最上階のボタンを押す。
「シュウイチん家って、12階なの?」
「ん? ああ、そうだよ」
なんだかだらしない格好をして、ゴミ袋持って公園をウロついていたシュウイチが、12階の住人?!
ボクはすっかり驚いてしまった。
だって、12階建てのこのマンションの最上階は1200号室しかない。
上に行くほど部屋数が減るこのマンションは、つまり上に行くほど部屋が広くなってお家賃も高くなる。
御近所とのニッショウケンの問題から上の方は壁がナナメになってるけど、それにしたって12階はワンフロア貸し切りの豪邸だ。
エレベーターを降りると、目の前に扉が一枚ある。
シュウイチの後に続いて中に入って、ボクは思わず歓声を上げた。
想像していたより、ずっと広い!
それに、窓際の見晴らしもスゴク良い!
引っ越してきたばっかりってシュウイチの言葉通り、部屋のアチコチにまだ未開封のダンボール箱や、開けてあっても中身がまだ入っている箱がゴロゴロしてる。
ボクが部屋の中を探検している間に、シュウイチはダイニングキッチンに行ってしまった。
「おい、カナタ!」
「なに?」
「俺、これから朝飯なんだけど、付き合うか? こっち来て座るなら、茶煎れるぞ」
「ボクも朝ご飯まだだよ!」
「だってオマ…カナタは、学校行くつもりで家出てきたんだろ? なんで飯食ってねェンだよ?」
振り返ったシュウイチは、フシンな顔でボクを見る。
「だからパパのせっくすふれんどが来てたから……」
ボクの説明を遮るみたいに手を振って、シュウイチは改めてボクを招き寄せ椅子に座るように促してくる。
ダイニングはキッチンに向かってカウンター風の造りになっていて、スゴクカッコイイ一本足でクルッと回る椅子にボクは座った。
「あンさぁ、先刻から気になってンだけど。オマエ、それって意味解って言ってンの?」
「なにが?」
「セックスフレンド?」
「ドクシンオトコのサミシイ夜を優しく慰めてくれるトモダチの事だって、パパが言ってた」
ちゃんとパパに教わった通りに言ったのに、シュウイチはなんかものすごく困ったような顔で笑う。
「違うの?」
「オマエの親父、そーとーイッちゃってンなぁ…」
「そうかなぁ? ただだらしないだけの、フツーのパパだよ?」
シュウイチは今度諦めたみたいな顔で笑って、ボクの頭をポンポンと軽く撫でるみたいに叩く。
いつもなら、頭を撫でられるのなんてコドモアツカイされてるって気がしてイヤなのに、どうしてだろう? シュウイチの手はなんだかすごく気持ちが良い。
「卵とハムとパンしか出ねェぞ?」
「ハムがつくの? うっわぁ、豪華!」
「オマエの家の朝食事情は、ずいぶんケチってンだな」
シュウイチは冷蔵庫から、タマゴとカタマリのハムを取りだした。
「デッカイ!」
「あぁ? なんだよ、腿ハム見たコトねェの?」
片手でまな板の上にハムを置くと、シュウイチは包丁を押し当ててギコギコ擦ってる。
あ、そうか!
ボクは椅子から降りると、シュウイチの側に行った。
「ハム、ボクが切るよ」
「ん? サンキュー」
左手が動かないシュウイチは、ハムを押さえる事が出来ないんだ。
「もっと分厚く切れよ」
「えー? いいの?」
「良いも悪いも、俺が食うンだって」
笑いながらシュウイチはフライパンをガスレンジに置くと火を点けて、片手でタマゴの殻を割る。
「カッコイイ!」
「バッカ、慣れだ。くっだらねェコト褒めンじゃねェよ」
ハムを並べたお皿をカウンターテーブルの上に準備しておくと、シュウイチが焼きたての目玉焼きをその上に乗せた。