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リサの再燃、宰相の憤怒

二話目

 私から助けを求められた宰相様は、オウジの攻勢に弱っていく私を見てすぐに動いてくださった。


 しかし私に対応してくださってる間も宰相様の周りは私の目に触れないところで目まぐるしく動いていた。

 宰相様の弟君が新しく宰相に就いた。

 奥方と離縁し、ご子息を連れて父のもとに現れた。

 

 学院の長期休暇期間に入った私は、学院に残ることが多いのだが就職活動を理由に今回は早々に父のもとに帰った。オウジには引き止められたが、平等が建前にある以上学院内では強制的に帰省を止めることはできず、教師陣は私に同情的なのもあって無事に帰ることが叶った。 

 その提案も宰相様からだ。



 父のもとへ無事帰り着いた私。……だったのだが、何かが心をざわめかせる。思いを寄せる人の子供を見て現実を突きつけられたというショックだけではない。他の何かだ。

 初めて見た宰相のご子息とこの地。この組み合わせが、心をざわめかせるだけでなく、加えて懐かしく胸熱くさせる要因であると直ぐに気づかされ、思い出した。  


 思い返せば、ヒントはそこかしこにあったのかもしれない。


 小さな私がいつも幸せだと思いながら過ごせていたあの頃。自分の将来を疑わなかったあの頃。 

 

 私だってある程度の歳まではアル兄様の事を覚えていた。キラキラしていて優しくて、私のことを見る目には子供ながらにドキドキさせられた。誰から見ても私のことは特別扱いで、好意を寄せられているのを感じていた。もちろん私だって同じように好意を隠すことなく接していた。おじさま達も私たち二人が一緒にいることを当然のように思っていたように見えた。

 ずっとずっと一緒にいることができて、このまま将来はアル兄様の花嫁になって奥さんになって子供が出来て仲良く暮らすものだと、そんな夢を描いた。


 しかし、それはいつからか訪れることがなくなったアル兄様の存在と共に私の心の中から薄れていき、ついには消え去ってしまっていた。

 顔も名前もすっかり忘れられた存在になっていたアル兄様。そのアル兄様が再び父と交流を持つようになった理由は私には分からない。私が知らなかっただけで、ずっと交流はあったのかもしれない。    

 そして再び恋をした相手が、そうとは知らず、またアル兄様。

 その恋はしてはいけない恋だと諦めると決めた相手。 

 なのに、アル兄様の隣が空いた。

 諦めたつもりの恋心は急激に息を吹き返し、元よりも大きい炎を燃やし始めた。

  

  

 ◇◆◇


 父上が、約束を履行する日が来たと僕を含めた家の者達に告げた。僕以外の人たちは顔色が青かったり白かったりとまるでそういうおもちゃのようだと、冷めた心でその様子を他人事のように見ていた。

 そんな父上のことでいっぱいの中、僕も言葉を発した。


「宰相様、私をどこかの家に養子に出す手続きをお願いいたします。私もこの家から解放されたい。最後にお聞き届けいただけませんでしょうか」  


 父親としてではなくていい、宰相の権限でどうにかならないものだろうか。僕が父上にお願いする、たったひとつの我儘だ。そんな僕の目の真剣さに気づいてくれたようだ。

 僕の言葉に母が小さな悲鳴をあげ祖父母がわめいていたが僕は聞こえないふりをし続けた。


 ◇◆◇


 通達を終えた私は息子を連れ自分の屋敷に戻った。息子の目と私の経験があの場では深く話を聞き出さない方がいいと示していた。

 着席を促し向かい合う。

 年を追うごとに私に似てくる。彼自身が強くなり周りを固めなければ私のような過ちを犯すことになるのかもしれないな、と静かに息子を眺める。


「では、話を聞こうか」  


 私は話を聞きながら養子に出すならどこがいいか考えることにしようと思った矢先、信じられない言葉を聞かされることになった。


「母上が私を見る目が気持ち悪い」


 その言葉に背筋が震えた。まさかと思う。が、今しがた自分で思ったじゃないか、年を追うごとに私に似てくると。

 息子に自分が重なった。初めて彼を息子として目に入れた。


「やたらと触ってくるでのす」  


 怒りが湧いてくる。


「寝室に忍び込んでくるのです」


 湧いてくる所でない。


「入浴を覗いてくるのです」


 ああ、あの女は。


「……僕のことをアルフレッド様と呼ぶんです」


 声に涙が混じってきていた。


「宰相様、助けてください」


 私はなんて愚かだったのだろう。彼も、息子もあの家のあの女の犠牲者だったのに。


「父と呼べ。もっと早く助けを呼べ」  


 息子は、父上父上と赤子のように泣いてしまった。誰にも相談できなかったに違いない。自分の至らなさと、あの女の性根の醜さと私への執着のおぞましさに膨らむ怒りと憎しみを必死に押さえ、あの家を潰す算段を始めた。


「もうあそこには返さない。私と共にありなさい」


 初めて自分の意思で息子を抱き締めた。息子の泣き声がさらに大きくなる。大きくなったのは喜びのせいだと思いたい。

 この日本当に私の息子となった。

 

 ◇◆◇


 あの日、(わたくし)だけがアルフレッド様を受け入れることができた。

 たった一度の情事で懐妊できたことにも運命を感じた。

 生まれた子供はアルフレッド様によく似ていてますます運命を感じた。

 涼やかで利発なところまでアルフレッド様によく似ている。


「さすが氷の宰相の息子」  

  

 息子は誰にも渡さない。

 別居状態が続きアルフレッド様とご一緒できることが少ないがそれでも息子がいることで私は幸せを感じていた。


 息子がだんだんアルフレッド様と体をつなげた年に近づいていく。思い出がよみがえり体が熱くなっていくのを一人で慰めながら、アルフレッド様を再び迎え入れることを想像する。

 年齢を重ねていくアルフレッド様も素敵だが、生き写しの小さなアルフレッド様もやはり(わたくし)の心をくすぐる。 


 アルフレッド様アルフレッド様アルフレッド様アルフレッド様アルフレッド様アルフレッド様アルフレッド様!(わたくし)の心のすべてはアルフレッド様一色。

 これからは男らしいアルフレッド様を見つめながら、可愛らしさの残るアルフレッド様と睦み合う。

 バラ色の人生。

 今までの多少の苦難などこれからのアルフレッド様との人生で相殺できる。

 両親の屋敷を出て宰相の妻として一緒に住まわなければなりませんわ。アルフレッド様を支えるのはわたくしですもの。アルフレッド様とアルフレッド様のお帰りを待つのですわ。

 大きなアルフレッド様と小さなアルフレッド様で私を……!



「アルフレッド様!」   


 今までのは夢?


「なんとおぞましい」 

 

 そう言う男の声が耳に入った。

 ここはどこだというの?お父様とお母様は?


(わたくし)のアルフレッド様たちはどこ?あなたたち何ですの?アルフレッド様の妻である(わたくし)に何を」

「娘は関わっていないようです。しかしひどい妄想癖があるようですね」


 何のことかわからない。一体全体何なのよ。何が起こっているの?アルフレッド様は助けに来てくださらないの?


「これだけ証拠が出ているから問題ない。当主と夫人は刑が言い渡されるまでそのまま牢屋で良い。こいつはどうするか」  

「おい、家は取り潰しとなった。お前は平民に降格して放逐……なのだが。お前は精神疾患を患っているのか?それともそれはただのひどい妄想癖なのか?せっかくだから紹介してやってもいいぞ」

「精神疾患ならとりあえず修道院を紹介できるが」


 なんですって!宰相夫人である私に向かってなんて失礼なことを。


「うむ。その目の力強さ、ただの妄想癖の方か。ならば変わった趣味を持っていて困っていると言う、とある家の後妻に紹介しても良いし、そんな妄想するくらいだから男が足りてないんだな。だったら娼館の方がいいか、グアッハッハッハッ」

 

 なんですって!驚きすぎて声が出ない。下品な笑い声が非常に耳障り。


「指示があるまで、とりあえず牢屋に突っ込んどけ」






 アルフレッド様が目を光らせ父の悪の芽を摘んでくれた。(わたくし)のお父様はアルフレッド様の宰相の名を汚さぬよう正しき道を進んでくれることを選んでくれた。

 これまで大きな悪いことはできなかったが小さなことを繰り返していた。小さいことだから見逃されていたというのもあるのだろう。


 アルフレッド様に離縁された。私の小さなアルフレッド様を連れて行かれてしまった。あれきり一目も見ることが叶わない。


 アルフレッド様の監視が外れた途端、お父様は再び……

 馬鹿なお父様と笑っていられるほど軽い罪ではなかった。お父様もお母様も捕らえられた。それは(わたくし)も同じである。

 (わたくし)の無実は証明されたが。


 アルフレッド様との馴れ初めは有名である。アルフレッド様を射止めた(わたくし)に色目を使う男ども。いやらしい視線が(わたくし)にまとわりつく。

 (わたくし)が開くのはアルフレッド様達にだけ。籠る熱さを発散する。


「牢屋でストリップショーか」   

「見るだけならいいんだがなあ。この妄言が微妙に萎えさせるんだよな」  

「若いやつならこれでも十分だろう」

「早く処分が決まってここから出て行って欲しいもんだぜ」


 幸せな時間と現実と悪夢と過去望んだ未来が切れたり繋がったり戻ったり進んだりを繰り返す。



  

 

 (わたくし)はアルフレッド様に今日も触れてもらえている。

アルフレッド様の体が以前よりもだいぶ緩まれた。アルフレッド様の御髪が貧相になられた。ハリがあって吸い付くようだった小さなアルフレッド様の肌にベトつきとかさつきが出てきた。

 少し痛いくらいの愛を感じる時もあるけれど、アルフレッド様達と(わたくし)の3人この世界は幸せだ。


 でも叶うなら、涼やかな顔を上気させ、腰に響く声を上ずらせ、絹のような髪に触れながら汗と混ざった爽やかな香りに再び包まれたい。   

   

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