第一話:運命の二人
思い付いたので書いてしまいました
気軽にお楽しみいただけると嬉しいです
注)規約に沿うように改稿中
一組の若い男女が言い争っている。
通称『別れの樹』。
ここで別れ話をしたカップルは後腐れなく絶縁できる。そんな風変りな噂のある大木の側で。
「う、嘘でしょう。いきなり変なこと言わないでよ、ロイ!」
「本気だ」
「っ! いつから主君に生意気な口利くようになった! だ、だいたい……アンタなんか、私の隣に居られるだけで泣いて感謝を――」
「そういう態度が、もううんざりなんだよ。ガキの頃に払ってもらった身請けの金貨千枚、もう返済しておいた」
「い、いつのまに……!」
どうやら女の方が男にフラれる様子だ。
話を聞く限り、女のあまりの横暴振りにロイとやらが耐えかねたらしい。
女は初めのうち冗談だと思っていたが、事の重大さに気付いて慌てふためく。
「これで分かっただろ。本当にさよならだ。俺は別の国に行く。もう会うことは無いだろう」
「そ、んな……待って……ちゃんと謝るからチャンスを……」
「俺がそうやって頼んだ時、君は一度でも認めてくれたかい、セシリア」
その一言がトドメだった。
泣き崩れたセシリアを見向きもせず、男の方が立ち去っていく。そんな様子を、木の陰から俺――コート・アナトリアは盗み見ていた。
遠巻きでもわかるセシリアの美貌。それを確かめるように近づき、声をかける。
「っ……ひっ、う……ロイの、ロイのばか……」
「あの、大丈夫ですか?」
「……!? だ、誰だ。いや、誰でもいい。近づくな、失せろ下郎」
大粒の涙をこぼしていても、セシリアはハッとするほど美しかった。
気品の漂う大きな金色の瞳。透き通るように白い肌。プラチナブロンドの長髪は、この国に古くから住む支配層の特徴だ。華美な装飾の軽鎧を見ても、どこかの特権階級の娘だろう。
そんなセシリアが俺を下郎、と突き放すのも無理はない。
俺はと言えばただの没落魔術師の末裔。十人の女性が十人とも冴えないと評する顔の造り。ロイとやらと比べても天と地ほどの差がある。
しかし――
『大丈夫、話を聞くだけです。先ほどのやり取りを聞いて心配になって』
「……ッ? あ、ああ、見られていたのね」
「俺はコート・アナトリア。この辺りの農家の息子です。ハンカチをどうぞ」
「ん、ありがとう。コート……」
警戒心がMAXに振り切っていたセシリアの表情が、「とろん」と力抜ける。パーソナルスペースにあっさりと俺を近づける。涙を拭えるほどに。
これが我がアナトリア家に代々伝わる秘儀。『話術強化』の魔法。
自分の言葉を相手の心に、強く、強く染み入らせることができる。無論、言葉だけで相手を操るなどありえない。所詮は話術。自分が望む方向へ、ちょっとだけ相手の行動を導くだけ。下手なタイミングでうかつなことを言うと、逆に怒らせてしまうゴミ魔法だ。
だが、言葉が効果的に染み入るタイミングはある。相手の心が不安定で、こちらの言葉に免疫力が欠けている状態。
例えば……失恋の状態。
「そ、相談に乗ってくれるなら助かる……その、あいつは長年連れ添った幼馴染なの……!」
「愛していたのですね」
「ああ、ああ! もちろん……なのに十年も、上手く想いを伝えられなくて……」
「ついに時間切れ。永遠に二人は別れてしまった」
「……! ……うぅううぅうううう……っ、ああっ……」
「大丈夫です。まずは涙を止めましょう。日が暮れますから、落ち着けるところにご案内します」
「……す、すまない、なにもかんがえられなくて……ロイ、ロイ……」
不安そうなら安心させて、安心しそうなら不安にさせる。簡単なものだ。
夕焼けの中。よろつくセシリアの腰に手を回し、自宅へと導く。
ありがとう、ロイ。さようなら、ロイ。
もしかしたら、この絶世の美女は自らの行いを悔い改めて、いつか君の下に謝罪に行ったのかもしれない。
運命で結ばれた二人は再会し、素敵な恋のページをめくったかもしれない。俺が居なければそうなっていたのかもしれない。
だがそうはならなかった。
運命の赤い糸はたやすく切れない。
ならば男が糸の端を離した瞬間、手早く自分に結んでしまえばよいのだ。
――
日が沈む。
『お話を聞く限り、彼――ロイはもう二度と戻らないでしょう。あなたはそれだけ酷いことをしたのです』
「……! や、やっぱり……」
『彼には未来永劫再会できません。仮に再会しても、彼には他に守るべき人がいる。あなたが近づいても邪魔なだけです』
「……」
『ではあなたは? セシリアさんは、これからどうします』
「わ、わたしは……せめてできる限り償って、彼のことを陰ながら――」
『いけません。それでは心が壊れてしまう。セシリアさんの心にぽっかり空いた穴は? ロイが埋めてくれない穴はどうしますか』
「……どう、すれば……」
『大丈夫。新しい恋がきっとすぐそばにあります』
「……あ……」
口づけまで一刻も要らなかった。
ロイとやらはキスすらしてくれなかったらしい。
失恋でメンタルが赤子未満のセシリア。彼女は俺の言葉に何一つ抵抗できず、全てを受け入れる。
彼女との口づけは上質な果実の味がした。貴族の小娘特有の香りが鼻孔をくすぐる。
――
部屋の明かりを抑えても、セシリアの顔が紅潮していることはよく分かる。
寝具の上に仰向けになり、かちゃりかちゃりと腰回りの鎧を外し、しかし様々な葛藤と戦っている様子。
綺麗だ。
実に良い女性だ。
ほんのひと時でも手放すだなんて考えられない。
『さあ、大丈夫。新しい恋を始めよう』
「……で、でも、コート……私、私たち今日あったばかり……なのに、ここまで……」
『おや、そうか……。では――お別れだな。セシリアはお別れが好きだなぁ』
「……いっ、いやああぁぁぁあああああ”あ”あ”あ”! 違う! 違います! いや、別れるのは……あ、あ……」
『大丈夫』
俺は何一つセシリアの体を縛っていない。
やっていることは単なる話術。
彼女の心に深く空いた穴に、するりと入り込み、優しくしてかけがえがないと錯覚させただけ。
普段のセシリアならこんな話術、容易く跳ね返しただろう。歯牙にもかけないに違いない。
だが今日だけは違う。失恋したてのセシリアには、抵抗の精神力が残っていない。
今日だけは合法に、合意の上で、セシリアは全てを差し出す。
以降、だいたいこんな感じです
主人公は戦闘能力ゼロですが無敵です 何一つ失敗せずに無双します