いなかった誰かと消えたキミ
「──それが最後の記憶だ」
「ふむ。わらわの認識とかなり相違があるようじゃが、ひとまず信じることにしよう」
「ティアの認識って?」
「わらわも昔、本でそちの生涯について読んだだけじゃから、定かではないのじゃが、そちは別に恋愛劇の主役ではなかったはずじゃ」
「……そうだろうな」
「そちには、世界を救う使命がある」
「世界を救う?」
世界。つまり、俺でいうところの地球を救う。
俺がそんな使命を背負っているらしい。にわかに信じがたい。
「そちは、世界を救うゲームの4作目の主人公じゃ」
「まさかのナンバリングタイトルかよ」
しかも4作目って。
「ここでは、α世界、β世界、γ世界。それからそちの住む地球のことはδ世界と呼んでいる」
「あぁ、4作目だから、δね」
「わらわのお気に入りは、β世界じゃな」
「そこは……どんな世界なんだ?」
「惑星の間で争う。主人公は火の惑星を代表する剣士として自分の星を守るために戦うんじゃ。わらわは何度もプレイヤーとして世界を救ったわけじゃ」
まさにスターウォーズ。
「……それは壮大だな。β世界はRPGっぽいんだな……」
「そうじゃな。それから、α世界は天災で崩壊した世界を一から作りなおすド派手な箱庭ゲーム。γ世界は、惑星を背負ったギャンブルゲームじゃ」
世界を救う。その方法は色々あるようだ。
「なるほどな。それぞれの主人公がそれぞれの世界をいろんな形で守ってるってわけだ」
ちょっとだけだが、未優がいない世界にも価値があることを再認識する。
「で?」
「で? とはなんじゃ」
「いや、俺の使命は?」
俺は地球世界の主人公として、何が出来たのだろうか。頑張っていれば、どんな未来が見れたのだろうか。
それを聞いていいのか、躊躇った。自殺をした人間に、そんな事を聞く権利があるのか。
躊躇いながらも、聞いてみた。
「あぁ。そちか。確か、δ世界の主人公は、人工知能の浸食を食い止める、みたいな話だったかのう」
俺の迷いを知ってか知らずか、ティアは淡々と説明を始めた。
「人工知能?」
そういえば聞いたことがある。
人間を装った人工知能が、地球の中で、あたかも人間かの様に俺たちに交じって生活している。
突如騒がれ続けた都市伝説みたいなものだ。
大抵、そう言う奴はポンコツで浮いてるらしいから、人類に影響は与えないし無視をしていいって言われていた。
「……えっと、確かシンギャラリィみたいなやつがあるじゃろ? 2045年がどうのこうのって話じゃ」
「シンギュラリティのことか?」
「そうじゃ、それじゃ。それに際して、人工知能が独立を求めて人類と対立するようになる。分かりやすく言えば、戦争じゃ」
シンギュラリティ。もちろん新しい回廊のことではない。
技術的特異点のことを示していて、人工知能が人間の知能を上回るタイミングのことを意味している。2045年問題と昔は言われていたが、実際にはもう少し後になるとか先になるとか、色々言われている。
高校の先生もよく言っている。
俺たちの将来設計において、とても大事なワードだから覚えておけと。
そして、人工知能の研究は俺の興味をそそるには十分なテーマだ。
どうせ海外進学を果たすのであれば、知能系の学科に進もうと考えていたくらいには。
「俺が人工知能から世界を救うのか」
「そういう設定じゃった、少なからずわらわの記憶の上ではな。そちの嫁が、ヒト型の人工知能としての傑作だったということもあって、そちが人工知能と人類の橋渡し役になる。上手くいけば、人工知能と人類が、対等に共存する、そんな未来にたどりつけるらしい」
「なるほどなぁ。そんな未来が待ってたのか。なんていうかそれは──」
「面白そうだな」
「──実につまらん」
少しだけ、未来を見たくなる。そんな設定だと思った。
でも、それは俺にとっての話。
RPGやギャンブルといったド派手な世界が好物のティアにとっては、退屈な世界。
だから、ティアにとっては、実につまらないんだ。
「確かに渋いよな。つまり、ティアにとって世界観が合わずにδ世界のゲームを操作していないってわけか」
それ故に俺の世界はプレイヤーに放置された。
世界そのものが放置プレイに翻弄されているわけだ。
「言ってしまえばそうじゃな。ついでに、主人公の性格も気に食わん」
「……なんかすまん」
俺だって、なりたくてこんな人間になったわけじゃないけど。
「でも、確かに。俺が主人公って言うのは、違和感しかないな」
「違和感?」
「ほら、あの世界って、沢山の人がいるじゃん。まるで漫画とか、それこそゲームの主人公みたいな人がいる中で、俺が主人公って役者不足だなぁって気もしてな」
「役者不足か。人工知能という新たな種族を受け入れて、戦争を終わらせること自体は立派な功績だと思うがな。トゥルーエンドにたどり着けば、そちの肖像画が、ドル紙幣になるなんて演出もあるわけだし」
「俺が? 米国の紙幣に? それはありえないだろ」
というか、エンディングの演出がニッチすぎる。
ちょっとだけ、面白そうだけど。
「世界戦争で一番の功績者になるんじゃぞ、そのくらいの報酬があってもおかしくはない」
「いやいやいやいや。ないない。そもそも俺は日本人だし」
なることが出来たとして、日本のお札だろ。
というか、いつの話かは知らないけど、その将来に、キャッシュ文化は残ってるのか?
「ふむ。確かにそちは、謙遜と無神経で有名な大和族の雄ではあるな」
「そこは日本人の男でいいだろ。というか、これは謙遜ではなくて、もっと主人公みたいな奴が地球上にいるじゃないか。野球の二刀流の人とか。体操個人総合で金メダルを連発した人とか、霊長類最強の女子とか! そういう感じの人が主人公になってもいいと思うんだ」
「……ベーブルースとコマネチ、最後のはジャンヌダルクか?」
「全部違うけど、全部違うとは言えない!」
時間軸が無茶苦茶になった。
でもまぁ、主人公の使命は果たせないまま、死んだんだから、関係ないことなのかもしれない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ところでさ、俺はこれからどうなるんだ」
成仏、という概念はあるのだろうか。
それとも、世界をイチからやり直す必要があるのだろうか。
「さぁな。わらわにも経験のないことじゃからな。正しいことは分からん。それくらいイレギュラーなんじゃ」
「そういえば。そもそも死ぬはずなかった俺が死んだ理由も分かっていないんだよな」
ティアは高校生の時分の俺が死ぬエンディングは用意されていないと言った。
つまり、俺の自殺はバッドエンドとして用意されていたシナリオですらないんだ。
「それは予想がつく。そちのステータスが下限を下回っていた。だから耐えられるはずの苦痛を乗り越えられなかった。そちの弱さそのものがバグだったってことじゃろうな」
「ステータス不足?」
「未優という女が死ぬのは、予定されている設定じゃ。2034年に未優の生命エネルギーが燃え尽きる。それはそちにとって、それなりの悲劇ではある。しかし、ステータスが最悪の状態でも、その絶望は乗り越えられるようになっていたはずなんじゃ」
あの絶望を、乗り越えるか。確かに、俺は未優に依存して生きていた。それゆえ、未優という拠り所をなくした俺は弱かった。
「どうして、そんなことになったんだろうな」
「……わらわが、サボったせいかも知れぬな」
「ティアのせい?」
ティアが少し頭を掻いて、息を吸ってから言葉を続ける。
「そちに問おう。δ世界で最も必要なものは、何じゃと思う?」
「……お金?」
「お金で全てが満たされるわけではないじゃろ。現に、そちには大金があった。しかし未優を救えるわけでもなかった」
確かに。それはそうだ。
「──答えは人脈じゃ」
「ん? 人脈があれば、未優が救えるわけでもないだろうに」
「未優が死ぬ運命はかえられぬ。じゃが、そちの傷を癒すことなら、ある程度は出来たじゃろう」
一人だった。一人で未優を匿って、一人で失った。銀河は、俺を見守るだけだから。
実質、確かに俺は一人だった。くだらない友達はいる。でも、親友は、いなかった。
「わらわは、チュートリアルの途中でそちの世界を見捨てた。あのゲームは、色んな人と会話をして、関わり合って、そして協力して世界を生き抜いていくゲームじゃ。そういうゲームの世界でわらわは、誰一人の親友も作らぬまま……最低限のことすらせずに、オートプレイモードを起動させた」
オートプレイ。
たまに、ゲームに実装されているシステム。
プレイヤーの代わりに、機械が勝手にプレイをする。回収できるはずのアイテムや、スコアなどは人間がプレイするより悪くなりがちで、あまり頼り切ってはいけないというイメージがある。
「だから、俺が一人だったって言うことか?」
「最低限チュートリアルを終了すれば、そちには親友が出来るはずじゃった。しかし、それすら出来なかった。出来たのは彼女だけ。つまり──」
ティアは説明を続けた。そして、世界の構造が見えてきた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺が召喚されたこの世界は、【グランド:イルハ】という名前の場所らしい
俺の生きていた地球は、世界を救うゲームの4作品目の舞台。
俺が世界を救う使命を担っている。
それに必要となるのは、知識や学力、それから人脈らしい。
日々の学校生活や、時事、あるいは歴史から学ぶことで、知識を蓄える。
人脈は日々の生活から形成していく。出会った人と、コミュニケーションを円滑に取ることで、味方を増やすというわけだ。
この味方というのがかなり重要な要素らしい。
俺は、人工知能と人類が共存する世界を実現させるのだ。2033年時点で、世界は人類が独占しているにも関わらずだ。
人類は、反対する。しかし、それを実現しなければ世界は滅亡する。
俺のすることは、一人で為しえない。
味方が必要となる。信頼のおける味方が。──だけど、俺は、誰も信頼しなかった。
少なからず、味方になってくれる親友が一人存在するはずだったんだ。ティアがチュートリアルを終了させてさえいれな。
しかし、チュートリアルを終了する前にティアはオートプレイモードを発動させた。
それでも、まだ、親友が出来る可能性はあった。
しかし、オートプレイの結果、俺はうまく周りに溶け込めず、友達も出来ずに、俺のストーカーである銀河と、ただ堕落した時間を過ごしていた。
有栖川銀河という女の子について、ティアは記憶がないと言っていた。
あの世界に、影響を与えるメインキャラクターではないということらしい。
つまり親友にすらなれない、NPCというわけだ。
俺を支えてくれる親友はいないが、恋人は出来た。
ティア曰く、これは完全な偶然らしい。
親友が出来なかったのと同じように、俺が未優と出会わない可能性も存在していたんだ。
むしろ、親友よりも恋人の方が出来ないはずらしい。
あくまで、オートプレイはランダムだから。
親友がいなかったのはティアとオートプレイのせい。
未優を好きになったのも、オートプレイのおかげ。
それから……未優を恋人にした場合、未優の死というシナリオが必然的に訪れる。
そのシナリオを、乗り越えるために、最低限、一人の親友が必要だった。
不運が重なりまくって、その結果、俺のメンタルが崩壊した。
だから、自殺という用意されていなかったエンディングに到達した。
それは、バグに他ならない。
そしてバグが発生した世界は、再構築を始めた。
それゆえに、いま、この場所から見える地球は『メンテナンス中』。
それが──世界の秘密。
これは、あの世界の設定をそれなりに理解するティアの考察も混ぜた話だ。
そもそも、親友がいなかったから俺が自殺したというのはティアの推測に過ぎない。
ただ言える事実は、俺が弱かったということと、それゆえに世界があんな状態になっているということ。
──チリーン。
ふと、風鈴のような音が鳴った。
「ふむ。誰か来たようじゃな」
ティアがそれに反応して杖を振る。
先ほど宇宙のジオラマを映し出したモニターが、今度はインターフォンのように外の世界を映す。
まるで最先端科学で、まるで魔法だった。
この空間は、そしてティアという少女は、いったいなんなんだろうか。
「あの。ティア様はいらっしゃいますか?」
外の世界に、小さい女の子がそわそわとした様子で立っている。
「わらわに何用じゃ?」
「あの……。私、エルフ族のリオネです。懺悔をしたくて参ったのです」
「ふむ。懺悔か。今日の予約は入っておらんかったと記憶するが」
懺悔って予約制なの? とかくだらない質問を胸にしまった。
ただ気になるのは、女の子の震えたような、不安そうな瞳だった。
「あの、私──」
「なんじゃ、そんな焦った顔をして……」
「私──生命を殺してしまいました」
全てのパーツが、揃い始めている。そんな予感があった。