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神様のオートプレイ  作者: 和泉ハルカゼ
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8/9

まだ弱い主人公

 

「なぁティア」


 俺に出来ることは、冷静を装うことだけ。

 

「わらわの名を馴れ馴れしく呼ぶでない」


 美少女に怒られているという構図も受け入れている余裕もなかった。


「俺はなんでここにいるんだ?」


 仮に、本当に俺が生きてきた世界がゲームだったとして。俺がそんな世界の主人公だったとして。

 俺がこの場所にいる理由が説明付かない。ゲームだったら、メンテナンスの1つや2つ行われることだってあるだろう。だけど、どうして俺がゲームの外の世界に飛び出すことになるのか。


「さぁ。知らぬ。わらわは、そちになどこれっぽちも興味がないからな──」


 誰かにそんな明確な拒絶をされたのは初めてだ。

 

 思えば、ティアという女の子は、このゲームのプレイヤーだという。

 母親が宇宙を創ったなんて、新興宗教染みたことも言っていた。

 

「え、待って」


「待てと言われても、わらわは誰かを置き去りにするつもりはないのじゃが」


「そうじゃなくて、状況を整理してみたんだけどさ──」


「ふむ」


「俺が生きていたあの地球はゲームのフィールドってこと?」


「その通りじゃ」


 大きく頷いたティアの感情は見えない。


「で、俺が主人公?」


「さっき説明した通りじゃ」


「それで、ティアは久しく俺を見ていないって言ってたよな?」


 確か、『あのクソゲー世界で、わらわは何を楽しめばいいと言うのじゃ?』とも言っていた。知恵で生き抜くあの世界の構造が気に食わないとか。そんなことも言っていた。


「そうじゃな」


 ということは、だ。


「……えっ? まさかの積みゲー?」


「ふむ……そちの世界ではそういう表現があったな」


「いや、そういうのって普通、熱中してたゲームとかじゃないの?」


 ティアの言うことは、話半分で聞いていた。

 ここが地球のどこかで、俺は今、拉致監禁の末、新興宗教に洗脳されかけているのだとかそういう線の推理もしていないわけではない。

 

 ここが、地球の外の世界だと言われても証拠がない。しかし、それを否定する材料がないのも現状だ。今は一旦、ティアに話をあわせている。

 

 それにしたってだ。

 ゲームの世界からキャラクターが飛び出す文献なんて腐るほどあるし、ゲーム世界に入り込んでしまう話だって無数にあるけど、クソゲーだと言ってプレーをやめたゲームのキャラが、忘れた頃にやってくることってあるのだろうか? むしろ、それこそ、ホラーゲームの設定っぽいじゃん。


「そちの人生は、熱中するほど大層なものなのか?」


「……犯罪者だよ、俺? スリルとかあるじゃん、ほら」


 あまりにも直球で否定される俺の人生。

 確かに。ゲームというには、パンチが弱いだろと自分でも思ったけどさ。


「犯罪? あぁ。たしか、どこぞの小娘を誘拐していたらしいな……えっと、なんて名前じゃったかのう」


「未優だよ。それに……どこぞの小娘って。俺は未優と結婚するつもりでいるんだが。ゲーム上で言うならメインヒロインってことになるんじゃねぇのかよ」


 そこは譲らない。

 俺が主人公ならば、未優はメインヒロインのはずだ。

 

「メインヒロイン……?」


 首を傾げるティアに、冗談じゃないと憤りを感じた。

 

「だから、FF10でいうところのユウナでSAOでいうところのアスナだよ!」


「絶妙に何が言いたいかわからんのじゃが、β世界のアルテみたいな奴のことか?」


「ごめん。それは俺が分からん」


 β世界ってなんだよ。アルテって誰だよ。

 

「……なぜ伝わらぬのじゃ。とかく、共通理解として、将来を誓い合う関係性のことをメインヒロインというのであれば、そちには十和野 未来(とわの みらい)という女子(おなご)がおるはずじゃが……」


「はっ? どうしてそこで、そんな名前が出てくるんだよ」


「あの世界をこの目で見ていたわけではないが、そういう設定だということくらい知っておるわ」


 あの金髪生徒会長は、身近な女の一人には含んでいい。

 ただ、どんな道を歩めば、あいつと交わって将来を誓う間柄になるのか想像もつかない。

 

「──あぁ、そうじゃ。そうじゃった」


 ティアが突如、何かを思い出したのか、手をポンっと叩く。口調によらずあざとい。


「なんだよ突然」


「なに、そちが高校生の時分には、未優という女に全てを注いでいたという設定もあったと思い出してな。なるほど、現在のそちのステータスは高校生ということでいいのじゃな?」


「えっ、そうだけど」


「なるほどなるほど。そちの最後の記憶では、西暦は何年じゃった?」


「……最後? 確か2033年のえっと……昨日が、夏休みに入る前くらい、だったかな?」


 ……パッと思い出せない。やけに記憶がぼんやりしている気がする。


「ふむ。そちに何が起こっているのか、分かってきた」


「俺に?」


「残念ながら、そちがここにいる理由は見当もつかんわけじゃが。それもわらわの母上が仕組んだことなのかもしれんな」


 ティアのお母さん。それは、ゲームとしての地球世界を創ったとかいう人物。

 大きな定義で言えば、俺の母親にもなるのではなかろうか。ついでに言うと俺の母親を創造者ということで、俺の母親兼俺の母親の母親にもなる。意味が分からない。

 

「ふむ、2033年の建留か。それは、厄介じゃのう」


「厄介って、なんでさ」


「──未優がまだ死んでいないからじゃ」


「は……?」


 今、こいつは何て言った?

 未優が……未優がまだ死んでいない?


「ちょっと待てよ。未優が死ぬのが規定事項みたいに言ってんじゃねぇよ!」


「みたいもなにも、規定事項じゃ」


「いいや、嘘だね。だって未優は昨日も──」


 ……昨日?

 記憶をさかのぼろうとする。毎日、未優と一緒にいた。

 ずっと、笑って、未優が作る料理を食べて。昼は学校だから無理だけど。朝も、夜も、ずっと未優と一緒にいて。だから、昨日だって──

 

 昨日だって、なんだっけ?

 

 ……えっと、落ち着こう。

 昨日は? 昨日は、何を食べたっけ? 何時に寝たっけ? どんな動画を見たんだっけ?

 えっと。昨日は……昨日は何日だった?

 灯が……俺の家に突撃してきたのはいつだった?

 ……二人で、深夜にスレマーを見たのは、何月だった?


 あれ。

 

「どうなってるんだ。なんにも思い出せない」


 違う。ぼやけているだけじゃない。

 やけに鮮明になってきている。不気味な光景が。

 俺の記憶を邪魔してくる。

 

 頭に思い浮かぶのは、未優の寝顔。

 そんなまじまじと眺めたことなんてないはずなのに。

 だって、未優はいつも、俺より早く起きて、俺よりも遅く眠る。そんな健気で最高の彼女だったから。

 

 なのに、未優の寝顔しか浮かんでこない。

 ずっと未優が眠り続けている光景に、脳内のメモリーが支配されている。

 俺はそんな未優の手を握って、喋りかけているんだ。

 

 来る日も来る日も。

 胸の痛みに耐える日々。


『……ろよ』


 ………………。


『……きろよ……っ!』

 …………。


『起きろってッ! ……未優っ!』


 ……。


 違う。違う違う。

 知らない光景だ。ティアの言葉のせいで、変な考えが過っているんだ。


 だって、未優はさっきまで──。


 ──何をしてたっけ?


 未優だけじゃない。

 俺は……さっきまで、何をしていたんだっけ?

 いつから、俺はこの空間にいるんだっけ。


 そもそも。──ここは、どこだ?

 目の前にいる。水色の瞳の、この少女は、誰だ?



 ──ふいに、凍てつくような風を感じた。


 それは、記憶の中に吹いた冬の風。

 遺書という文字が書かれた茶封筒。

 

 そういえば、俺は────────。

 

 

『申し訳ありませんが、彼女は──』


 そんな声が呼び起こされた。

 

『違う……。違うっ。違う違う違う違う。違うッ! 嘘だろ、こんなの……』


 あぁ、そっか。

 

「死のうとしたのか、俺は」


「死ぬ? そちが?」


 ティアが不思議そうに聞いてきた。俺は確かに、絶望をしていた。

 驚くほど簡単に、生きている理由を見失っていた。

 

「……そちが高校生の間に死ぬエンディングなんて、用意されていないはずじゃが?」


「いや、確かに俺は、学校の屋上から飛び降りた気がする……。それで、気が付いたらここにいた」


 ……そうだ。全て思い出した。

 

 最後の記憶は、2033年の12月。

 灯が俺の家に突撃してきたあの日が2033年の7月だから、それから半年ほどの記憶を消し飛ばしていた。

 

 ──ある日、未優が脳死に陥った。

 学校から帰った時に、未優が倒れているのを発見して、慌てて病院へと連れて行った。

 

 未優はそもそも、心臓の病気を持っていて、そもそも長くない命だった上に、今回の脳死の原因は不明で、奇跡的に目を覚ますことがあったとしても、どのみち1年はもたないみたいなことを言われた。

 

 そして俺は、絶望をして、未優のためだと思ってやってきたバイトも、勉強も、海外移住の計画も、全てバカバカしくなって。銀河に相談したんだ。

 

 ただ一言。「死にたい」と。

 

 銀河は何も言わなかった。当然だ。あいつは、俺を支配しないから。

 俺の選択を、ただ見守っているだけの存在だから。

 

 そして、誰も止めることないまま。

 俺は、──死ぬことを選んだ。

 

 

 

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