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神様のオートプレイ  作者: 和泉ハルカゼ
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7/9

嫌われ者たちの惑星


 着地点は、一縷の光のみが注ぐ薄暗がりの空間。

 そこにはビルのひとつもなければ、家電の類も見受けられない。

 

 室外なのか室内なのかもわからずにいた。

 ただ、天から注ぐ光の先に、1脚のイスがある。


 やけに神々しさがある場所だ。

 出口も、時間経過の概念すらもないような場所で気味が悪かった。

 何をするべきかも、分からずに。ただただ準備された椅子に腰を下ろしてみた。


「何を無許可に座っておる。それはわらわのイスじゃ」

 

 どこかから声が聞こえた。

 

「あ? ……だれ?」


 咄嗟に威嚇するような声が出てしまった。

 

「それはわらわのセリフなんじゃが……。ん? そち、どこかで見た顔じゃな」


「いや、絶対に会ったことはないと思うが」


 薄暗がりの場所に、突如現れた少女の顔を見る。

 吸い込まれそうな水色の瞳。同じ色をした艶やかな髪の毛。

 ただの一度、街ですれ違っただけでも忘れることはないレベルの上玉。

 そのくらいの華やかさを持った美少女が立っているのである。


 そんな美少女に会った覚えはない。

 なにせ出会ったことがあれば忘れているはずがないのだから。


「……そち、建留じゃな? 久しぶりに顔を見たからすっかり忘れておったわ」


「えっ!?」


 ……どうやら、忘れていたらしい。

 こんな見目麗しい人との出会いを忘れてるとか、正気かよ、俺。


「何を驚いておるのじゃ?」


「あぁ……。いや何でもないぞ? ……ホント、久しぶりだな。えっと……」


 やべぇ。名前が思い出せない。

 仕方ない。一か八かの賭けに出るしかない。


「……るり子さん」


 るり子。

 そんな名前がふと降り注いできた。


 記憶の中に眠っていた、優しくて懐かしい響き。

 なんで忘れていたんだ。こんな大切な名前を……。

 こいつは、俺の大切なるり子だ。

 

「ふむ……。それは、そちが小学生の頃に初恋をした先生の名前じゃなかったか?」


「ぬわぁああああ! そうだ。思い出したよ! るり子さん! いや、るり子先生!」


「わらわはるり子ではないのじゃが……」


「はぁ……詰みだ。すまん。その……俺たち、どこかで会ったことがあったっけ?」


 とてつもなく恥ずかしいミスをした。というかなんでこいつ、るり子先生知ってるの?

 

「む、そういえば自己紹介をしておらんかったの。初めまして、わらわはティアじゃ。よろしくする気はないが、覚えておくがよい」


「は?」


「は? というのは、わらわの挨拶への返答にしてはいささか不十分じゃと思うぞ」


 何だろう。この感じ。銀河と会話している時の感覚に似ている。


「いまなんて言った?」


「るり子」


「明らかにそこではないし、固有名詞だけ抽出しないで」


「冗談じゃ。初めましてと言ったんじゃ。そちが何を勘違いしとるかしらんが、そちはわらわに会ったことはない」


「え、俺の顔を久しぶりに見たっていってたよね?」


 よろしくする気がない旨には触れないでおく。


「うむ。久しく見ていなかったな」


「いや、あの……、俺のこと知ってるんだよね?」


「その通りじゃ。それなりに知っておるぞ」


「えっ? 一方的に?」


 何だろう。俺に新たなストーカーが現れた?

 もしかして、俺って今、拉致されてたりする?


「まぁ。確かに一方的ということになるな。こういう言い方をしていると勘違いされそうじゃから、先に言っておくと、わらわにそちへの好意は微塵もないことだけは覚えておいてほしい」


 うーん。また明確な好意を持っていないストーカーか。


「どこで知ったんだ? 俺のこと」


「どこで、と言われると難しいのう。強いて言うなら、ここで。そちを昔、見ていた」


「ここで? 昔?」


 ここは、真っ暗な空間だ。ティアと名乗った女の子が座るための椅子があるだけ。

 当然、俺はここがどこか分からない。

 ティアという女の子が誰かも皆目見当がつかない。


「ふむ。そちは、自覚がないようじゃの」


「自覚?」


 問いかける俺を見下したように笑うティア。

 次の瞬間、彼女は、何もないはずの空間から杖を取り出した。

 日曜日の朝にやっている女児向けアニメに出てくる魔法少女が武器として持っていそうな杖。水色の瞳と水色の髪の雰囲気も相まって、まさに魔法少女に見える。

 その杖を、ただひたすらに真っ暗な空間目掛けて一振りした。


「えっ?」


 その瞬間、杖に呼応するかのように、映像が映し出された。

 杖がプロジェクターの様に機能していて、黒い壁がモニターになっていた。

 壁に移された映像に心を奪われる。

 

 それはとても身近で、それでいてかなり遠い風景だった。


「宇宙のジオラマみたいだ……」


 それは地球を宇宙空間のどこかから見たような、神秘的な光景。

 まるでショーケースに宇宙をそのまま閉じ込めたような美しさがあった。


 地球の自転まで再現されている。その周りを回っている惑星たちの再現度もかなり高そうだ。実物を見たことがないから何とも言えないけど。


「ほれ」


 ティアが杖を動かした。

 すると、宇宙の中を水平移動したみたいに俺の立ち位置は動く。さらに地球より大きな惑星が見える。あの形は分かりやすい。土星だ。


「ほれほれ~」


 ティアが杖を縦横無尽に動かす。すると宇宙のジオラマが激しく揺れる。時折、近くの惑星にズームインをしたり、ズームアウトをしたりなんかする。


「やめろ、酔いそうだ……」


「むぅ……。つまらん奴じゃ」


 完璧なまでの美少女のふくれっ面というのは、なんとも不思議な魅力がある。

 そんなことより、あの杖はどういう仕組みになってるんだ。


「で? これはなんなんだ? お前が作ったのか?」


「知らんのか? これはたしか……宇宙、というものじゃ。ついでに言うとわらわの母上が創った」


「宇宙くらい知ってるっての。にしても……よく出来た模型だな。本物みたいだぞ」

 

 

 ……生で本物を見たことはないけど。

 にしてもよく出来ている。太陽のガス感とか、緻密な軌道の再現だったり。

 よほど宇宙が好きなお母さんなんだなぁと素直に感心した。


「本物みたい……? そちは何を言っておるのじゃ?」


「いや、俺たちは今、宇宙の中の地球に立ってるわけだからな。ご存知ない?」


「……わらわが? 地球に?」


「しっくりこないの?」


「いや、考えたことがなくてな……。わらわが地球の子だ、などと」


「なんだそれ」


 確かに、そんなことを考える回数が多いわけではない。

 俺たちは哲学者でもなければ、天文学者でもないのだから。


 ただ、どこかで、意識づけられているものでもあるという風に感じる。

 俺たちが地球で生きているということに関しては。


「地球人だなんてまっぴらごめんじゃ」


「……いや、地球人であることまで否定はしちゃダメだけど」


「あの惑星ほしは、嫌いじゃ──」


「なんだ、哲学か?」


 ティアの目は訝しげに映る。

 悪意や憎悪というものが感じられるような。そんな視線。


「別の惑星ほしから生命体が侵略してくるわけでもなければ、ギャンブルで世界を賭けて遊ぶような派手さもない。あの世界における強さとは、知恵じゃ。知恵を学び、それを活かして何かを開発し、時には権力に縋り、器用に生き延びていく。それがあの世界の勝者じゃ。あの世界の最前線にいるものは、皆そうじゃ」


「どうしたんだよ、突然」


「わらわは、あの世界がとりわけ嫌いなんじゃ。皆が理論武装をして、嘘じゃ真じゃと不毛な言い合いをし続ける。……あのクソゲー世界で、わらわは何を楽しめばいいと言うのじゃ?」


「ティアってさ……引きこもりかなんかなのか? 言いたいことは分からなくないけどさ。だからって、人生って娯楽じゃないんだから。そういう考え方をしたら、大切なもんも見落とすと思うぞ」


 言っていることは引きこもりだったり、中二病の類だけど。なぜか会話は噛み合わない。

 致命的な齟齬が、根幹の部分にあるような気がした


「見落としているところ言わせてもらうが──そちの人生はわらわの娯楽に過ぎん」


「…………?」


 何を言っているのか、全く持ってつかめない。

 

「その態度を見る限り、そちは分かっていないようじゃの」


 一方で俺の考えは軽く見透かされているような気はする。


「分かっていないって、何が?」


「そちは、地球の人間じゃ」


「しってりゅ」


 噛んだ。


「そしてそちが地球の主役じゃ。わらわはそちをここから見ていた」


「主役? ここから?」


 未だにティアとの会話は平行線だが、地球の主役だなんて言われると少し照れる。

 ティアはさも当然のことを言った、という感じだ。

 宇宙のジオラマを見せていたモニターが、いつの間にか、知ってる景色を映し出していた。


 ……俺が引っ越しをする前に住んでいた、親父たちと住んでいた家だ。つまり実家の俺の部屋。

 ベッドの位置から勉強机の場所まで、記憶の中と代わり映えはしていない。ただ、妹の私物が増えている気がする。


 いつの間にか物置になっているのだろう。

 俺が渡月学園に入学してから、帰っていないからしょうがない。

 となると、これはリアルタイムの映像だろうか。


「こんな感じで、そちを観測することがわらわには出来る。そして……そちを操ることも出来る」


「操るって?」


 それに俺の人生はティアにとって娯楽だともいわれている。そして俺が地球の主役だとも言われた。


「──ゲームじゃ。そちの生きた世界も。そち自身も。全てわらわが操作し、観測するゲーム世界のものじゃ」


 モニターの下の方に、どこかで見たような不安定なフォントで、『メンテナンス中』なんて文字が(おど)っている。

 

「待てよ。じゃあ……ここは?」


「少なくとも、──そちの生きていた地球(ほし)ではない」


 震える。戯れ言だと振り払ってしまえばいい。SF映画の見過ぎだとか、中二病の拗らせすぎだとか、そう言ってしまえばいい。

 そのはずなのに、なぜか抗えない。ティアの声色が、この空間の異質な雰囲気が。

 まるで、そんなふざけた理論が真理だと言わんばかりで、抗いようのない壁が目の前にあるようだった。


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