曖昧な立ち位置
「久地くん。18分46秒の遅刻です」
さて、これが我が校の生徒会長。並びに、我がクラスの委員長。
何が恐ろしいって、この女、俺が何分遅刻したかを、いちいち秒単位で伝えてくる。
……時計を見ずに。
慌てて腕時計を確認しても、本当に、18分50秒くらいの遅刻だったりするので、時間を確認する上で生じるラグなどを含めると、正確な時間を伝えてくれているのだろう。
これが6秒の遅刻とかでも、遠慮なく指摘してくる。
これだけでも十分わかる通り、生徒会長、委員長として、とてつもなく有能。
まんま機械のようで、全く持ってミスをしない。
悔しいけど、頭脳面で言うなら、このロボットが学年1位。俺が2位。
全国模試でも1位。俺は大体5位付近。
目の上のたん瘤。
その中でもやっぱり、特筆して厄介なのは、こいつの恐るべき体内時計だ。
日本人は、時間にうるさい。昔からそう言われ続けてはいるけど、こいつはその日本でも2番目くらいに正確な体内時計を持っている。因みに1番はJRAジョッキーの武。
「もう少し、早く家を出るという考えはないのですか?」
このロボットにしても、有栖川銀河の説得は諦めているらしい。
だから俺だけ、執着される。
「それだけは勘弁してくれ」
「ご自宅に執着されているみたいですが、なにかあるんですか?」
「ない。ないよ、うん。ない。他人様に言えない事なんて何一つない」
挙動不審にもなる。
何せ、俺の朝の事情を知っているのは、俺の幼馴染でストーカーの有栖川銀河だけだ。
「寝坊が多いようなら、わたくしが起こしに行ってもいいのですが……」
「いや、それも勘弁してくれ」
なにかと構いたがりなところが余計に癇に障る。
こいつは俺にとってのライバルなのだが、こいつにとって俺はどうってことのない不良高校生らしい。
「……そんな強く言われると、少し傷付きますね」
「それなら、それ相応の表情をしてくれよ、委員長さん」
言っていることと顔が結びつかない。本心から出た言葉ではないのだから当然だ。
見慣れたその顔に向かって、ため息で応戦する。
まぁ、とてもきれいな見た目をしているわけだけど。
触れたことはないけど、マシュマロのような頬は、きっと、想像通りモチモチしてるだろうし、澄んだ青い瞳が見る世界は、俺が見てるものより輝いているんじゃないかと勝手に思っている。
生徒会長だというのにそれはそれは神々しい金髪だって、シャンプーを変えども、常に男を虜にし続けるようなフレグランスを発し続けるのだろう。
未優がいなかったら、やられていたかもしれない。
「わたくしの名前は、委員長じゃなくて、十和野 未来です」
嘘みたいな名前だが、本名だ。学生証を奪い取って見たことがあるから間違いない。
十和野 未来。すなわち、永遠の未来。
未来が永遠なわけで、とても哲学的な名前だなと思う。
こいつに妹がいたら、絶対に「香子」と名付けたいところだったが、兄しかいないらしい。
兄の名前は、真三郎らしい。野球が上手そうだ、とかいう謎の感想を抱いた。
「委員長っていうのも立派なあだ名だって」
「だったら、久地くんのこと、不良さんって呼びますよ?」
「別に構わないけど」
脅しになっていないのがカワイイ。
「……うぅ。だったら、宇宙人2号さんって呼びます」
「いや待て。確かに銀河と行動をすることは多いが、それはおかしい」
「すでに学校内では結構呼ばれてますよ? 他にも、宇宙人のアシスタントとか」
「え、嘘でしょ?」
いじめじゃん。教育委員会案件じゃん。
「……久地さんって、自覚ないかも知れないですけど、結構変人ですよ? 有栖川さんほどではないですけど」
「お前にだけは言われたくなかったな。金髪生徒会長さん」
こいつが金色に髪を染めている理由は、こいつが俺以上に優秀だからだったりする。
この学校は、かなり実力主義の面を持っている。
ここ、渡月高校は、国内屈指の学力を誇っていて、生徒の半数以上が日本最難関の国立大学へと進学する。
必然、政治や学問において著名なOBを輩出しまくっているわけで、国からも期待をされるレベルの学術機関だ。
それゆえ、優秀なこの学校の中でも、ひときわ優秀な生徒は、とても期待される。
そして期待されている分だけ、待遇が良くなる。
学費免除はもちろん、頭髪の自由だって保障されているわけで、生徒会長が金髪だったりする。
まぁ学力で言うなら学年1位のこいつは、なにかと依怙贔屓されているということだ。
どうでもいいけど、俺は2位で、銀河は下から数えた方が早い。
なんて話をしていたらチャイムが鳴った。
「……あれ、教室に人がいない」
慌てて席に着いたけど、よく見たら教室が静かになっている。
人間は俺だけ。金髪ロボットと黒髪の宇宙人という、人間とは言い難いやつが2体ほど残っているけど。それ以外は何もない。先生すらいない。
「移動教室ですよ、1時間目は」
ロボットが呆れたように答える。
「先言えよ! 遅刻じゃねぇか」
「いいじゃないですか、どうせ聞かないんだから」
「まぁそうだけどさぁ」
授業をサボっても怒られることはない。
俺らエリートは、結果さえ出し続ければ何でもありだ。
でも、俺は形だけは高校生をしている。
一人暮らしを許してくれた親や、進路の相談に乗ってくれる先生たち。それから、テスト前になると、慌ただしく俺に教えを乞う馬鹿な友人たち。
そういう人間たちに囲まれて、なんだかんだ、この俺、久地 建留という人間がいるから。居場所を作ってくれる人たちに感謝して、自由に振舞いながらも最低限の高校生をしたい。
遅刻はしても、授業を聞き逃したくはなかったりするのだ。
「でも、家庭科の裁縫実習ですよ。今日の1~2限目」
「お腹空いたな。朝マックしてくるわ」
「こんな会話してると……久地くんのこと、何となく分かってきているんだなぁって感じがしますね」
サラリと十和野が笑う。
その仕草が、悔しいけど、憎いけど、かわいい。
「んじゃ、また3限目に戻ってくるわ」
「はい。私は、生徒会室にいますね」
言い忘れてた。
「あぁ、そうだ。女の子は裁縫が出来た方が素敵だと思うぞ」
「裁縫が出来る久地くんも、素敵ですよ。たらればですが」
このアマぁ……!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カバンから財布を抜き出して、ポケットに突っ込む。
そして、廊下際一番前の机に突っ伏してる宇宙人をたたき起こす。
「おい銀河、飯食い行こうぜ」
「……もう、お昼?」
「あぁ、そうだ。朝マックの時間だ」
「そう」
ふわぁっと伸びをする銀河。
俺のサボりは特別待遇。こいつのサボりは、サボりだ。
でもこいつは手が付けられないから、サボりを容認されている。本当の不良生徒。
このままでは、卒業できないだろうが、こいつは学歴はどうでもいいと言っている。
いかんせん、こいつがここにまで進学して来た目的は俺を見張ることだから。
学校を出て徒歩3分くらいの場所にハンバーガーショップはある。
そこで、何かとカロリーを摂取する。
最近、腹周りに肉が付きはじめたのを、未優が皮肉る。肉をかぶっているのは俺だけど。
登下校のダッシュじゃ足りないらしい。
銀河は太らない。
こいつの注文は、レタスバーガーかレタスマフィンで固定されているから。
レタスバーガーの正式名称は「チキンクリスプのチキン抜き」であって、決して「ベーコンレタスバーガーのベーコン&ビーフ抜き」ではない。
チキンクリスプの方が安いこと、「チキンクリスプのチキン抜き」であれば、自分でチキンを抜いても手を汚さずにレタスバーガーに出来ること、朝マックのチキンクリスプマフィンとの互換性があることに気が付いた銀河の創作メニューだ。別名ビーガ〇バーガー。
さすが家庭科の成績が万年、1なだけある。(10段階で)
「ねぇ、建留」
「なに?」
話しかけながら、いつものごとく、チキンを差し出してくる銀河。
銀河の手により、チキンクリスプマフィンからレタスマフィンへと変わった食い物に合掌。ちなみに俺の合掌には、主に弔いの意味が込められている。
俺の朝マックの定番はベーコンエッグマックサンドなので、ここに銀河から差し出されるチキンが加わることで「修羅バーガー(命名・俺)」が完成する。
「修羅バーガー」の由来は、チキン(親)とエッグ(子)に、ベーコン(豚ども)という、この上なく危うい3つの食材で構成されているから。ビー〇ン発狂バーガーとも言う。味はうまい。
「今日のチキンはどっち?」
「多分オスの鶏だな。なんか美味いから」
「そう」
銀河は絶対にこれを聞いてくる。
俺はいつも勘で答えている。すなわち無意味な会話だ。
「ねぇ、建留」
「あん、なに?」
「建留って、宇宙人?」
「違う」
「……だよね」
「突然どうしたんだよ」
「アンドロイドに言われてたから」
銀河は、十和野 未来を嫌っている。だから、あの会話に参戦していないが、俺の発言をチェックする義務があるために、聞き耳を立てている。なお、眠いから睡眠もしている。寝ながらも俺の話を聞くという器用な事をしているのである。十数年間のストーカー生活の賜物だ。
「俺は宇宙人2号じゃないし、ここだけの話、お前も宇宙人1号ではない」
「そうなんだ」
「そうなんだ、ってお前なぁ」
そういう態度だから、宇宙人だと揶揄され続けるんだぞ。と続ける。
「アンドロイドになら、教えてもいいんじゃない?」
「あん、何を?」
あえて、すっとぼけてみる。
本当は、銀河の口から続く言葉を察していた。
だって。
「建留が──未優を誘拐していること」
俺には、何としてでも隠し通さなければならない事情があるのだから。
シリーズ序盤も序盤にして一番好きなくだりが終わっちゃいました。