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神様のオートプレイ  作者: 和泉ハルカゼ
A memory of this world
2/9

宇宙との距離


「──うぉおおおおおおおおおお!」

 

 すごい勢いで走っている。

 追い風か向かい風か、それは俺にとってはかなり重要なファクターだ。

 

 運動神経がこれといっていいわけではないけど、週に5日の朝と夕方の猛ダッシュの習慣によって、進学校の高校生の中では、足の速い方に分類されるようになっている。

 

 流石に今日は遅刻しそうだ。

 朝が弱いとか、準備が遅いとかそういう訳じゃない。

 その証拠に今日は朝7時には起きて、ブレックファストもすました。

 準備に関しても、放課後一番最初に校舎を出るのは俺だという自信がある。

 

 俺が常に遅刻ギリギリを狙っているのには別の理由がある。

 

 ──俺が、誰よりも、家にいる時間を愛する男だからだ。

 

 アイム ア マイホームラバー。

 ……小さな賃貸アパートだけど。

 それに、契約上の話をするのなら、高校生の一人暮らしなわけだけど。

 

 遅刻ギリギリまで、家でまどろむ。それがライフワーク。

 5分早く学校に着いたんなら、後5分は家にいれたと後悔する。

 

「はぁっ……はぁっ」


 膝に手をついて屈んだ。

 

「これはなぁ・・・勇気の開き直りだ!」


 近くに公園が見えたので、入る。

 ベンチに身体を預けて、ドカッと足を開く。

 シャツの第二ボタンまでを豪快に開く。

 

「隣、いい?」


「あぁ? お前、学校はどうする気だ?」


 同じ高校の制服を着た女の子がぶっきらぼうに聞いてくる。

 

「……別に。どうでもいい」


「あっそ。不良なのはいいけど、早い所更生しろよ?」


「それは建留(たける)も」


「俺は優等生だから、更生しなくていいんだぞ」


「……不条理」


 やっとのことで、息が整った俺とは対照的に、女の方はずっと澄ました顔。

 俺が猛ダッシュしている間もずっと併走してきていたにも関わらず、だ。

 

 有栖川 銀河(ありすがわ ぎんが)。それがこの女の名前。

 絵に描いたようなドストレートの超変人。

 あだ名は、これまたオーソドックスなことに「宇宙人」。

 

 端的にこの「宇宙人」の構成要素をまとめ上げると、以下のようなヒロイン像が浮かび上がる。

 

 ・黒髪ロングJK

  ↳実は地毛は光輝く銀色なのだが、綺麗に黒染めしている。

 ・佐波神社の巫女

  ↳曰く、宇宙生物のスレマーと会話出来る特殊能力を持っている。

 ・俺の幼馴染

  ↳いわゆる腐れ縁。絶対に同じクラスになってしまう。

 ・校内最強

  ↳空手部の男が五人ほどで襲い掛かったが、返り討ちにあったらしい。運動神経などもトップレベルだ。

 ・クール系美少女

  ↳「宇宙人」っぷりを、「ミステリアスなお姫様」と都合よく解釈して、告白する勇者も後を絶たないくらいには美しい容貌をしている。

 ・ぼっち

  ↳俺以外の人間とほとんど会話しないのだから当然だったりする。

 ・ストーカー

  ↳この女、俺のストーカーだったりする。

  

「ねぇ。質問、いい?」


「それ自体が質問なんだよな。まぁいいけど」


「どうして、今日は走るのやめたの?」


「間に合いそうにないから」

  

 腕時計を嵌めた手を見る。すでに校門は我がクラスに在籍する生徒会長により閉められていることだろう。

 

「あのペースなら大丈夫だったと思う」

 

「体力的な問題が人間にはあってだなぁ」


 お前なら大丈夫だろうなぁ……とは言えない。惨めすぎるので。

 

「そう」


 何故か間が生まれる。地球人類と宇宙人の会話はこんなもん

 

「いつ学校行くの?」


「気が向いたらな」


「そう」

 

 また会話が止まる。朝の公園って、やけに時間経過が遅い気がする。

 

「えっと……」


「今度はなんだ」


「天気、いいね」


「あぁ……」


 確かに。学校サボってる時の空はやけに青い気がする。

 

「その……」


「だぁああ。もうなんだよ!」


 すごい聞きたいことがあるんだろうけど、聞きづらそうにしている銀河にしびれを切らした。

 普段は遠慮と言うものを知らないだけに。珍しいことだった。

 

「……その、キス、した? 未優と」


「はぁ?! もしかして見てたの?」


「見てない」


「いやいや、キスしたの深夜のあの時間だぞ? 普通の人にバレるはずがない!」


 こいつは、一応あの神社の巫女だったりする。

 スレマーという観光名物があったりするから、あの神社で行われる夏祭りとかの集客率が上がったりしているので、巫女であるこいつが活躍する場所もあったりする。

 

 俺は高校入学と同時に、こっちに引っ越してきた。

 それは幼馴染である、有栖川銀河も同じなわけで、こいつの巫女歴は長くはない。

 

 アルバイトとして巫女歴は1年半になるくらい。

 本人曰く、「処女だからOK」だったらしい。

 

「私、寝てたよ。ちゃんと」


「嘘だぁ。もしかして誰かに聞いた?」


「うん」


 マジか。未優がそんなことを言うとは思えないけど、キスしたことを知ってるのは俺と未優しかいないはず。

 

「いや、なんかバレてると思うと恥ずかしいな」

 

「未優じゃ、ないよ」


「え?」


「教えてくれたの。未優じゃない」


「じゃあ誰に聞いたんだ?」


「スレマー」


「あのさぁ……」


 俺たちは会話が出来ない。

 スレマーは喋らないし、地面を這いずり回る以外の特殊能力をもっていない。

 

「……本当は見てた」


 諦めたようにストーカー少女は口を尖らせる。

 まぁ、そんなことだろうと思ったけど。

 

「本当に気配を消すのがうまいな、お前」


「……建留レベルでは私は見つけられない」


「厨二乙。まぁ、心配はしていないけど、誰にも言いふらすなよ」


「大丈夫。私は口が堅い方」


「言いふらす友達がいないの間違いだろ」


「意地悪、よくない」


「ごめんって」


 仏頂面をする、銀河。

 散々、ミステリアスだ校内最強だなどと言っているが。

 それはあくまで、外から見た有栖川 銀河(ありすがわ ぎんが)の姿だ。

 

 俺は、他の奴より、少しだけ多くこの女の事を知っているわけで。

 確かに運動神経が図抜けていたり、頭がぶっ飛んでたりする面があることも知っている。

 こいつの本質は、「不器用な女の子」だ。

 

 嘘も下手で、感情表現もままならない奴だ。

 でも、見せかけの美しさや規格外れなタレントがあるせいで、その「拙さ」までもが「ミステリアス」と過大評価されてしまう。

 結果として出来上がるのは、ぼっちで、俺に頼りきることも出来ない、中途半端なストーカーもどき。

 

「てか、お前、スレマーが増える瞬間見た?」


「多分、見た」


「マジで?」


「うん。私、スレマーが増える条件も知ってる」


「すげぇな、お前。さすが佐波(さなみ)神社の巫女だ」


「ドヤぁ」


 ドヤぁと声に出すのは悪ふざけのように感じるかもしれないが、ドヤ顔で終わっていいレベルではない。

 世界中の名だたる研究者が解き明かせていない難題を、いち高校生の分際で分かっているのだ。凄いなんてもんじゃない。

 

「それで?」

 

「それでって、どれで?」


「いや、スレマーってどうやって増えてるんだ?」


 脈絡を読めない奴との会話は手間が多い。

 

「教えない」


 きっぱりと銀河は答える。


「千円あげるから」


「……ダメ」


 銀河は少し躊躇いながらも拒否した。


「渋いなぁ」


 さすがに千円以上は出せない。



「──これは世界の秘密だから」



 銀河は遠い目をして言った。

 銀河は常に、訳の分からないことを言う。

 

 でも、どこか。

 今日は、それがかっこいい。


「また厨二病チックな」


「解き明かして、建留が」


「それは難しそうだなぁ」


 これで、会話が終了。

 宇宙人と地球人類の会話、改め、ただの高校生同士の下手くそな会話。

 

「さて、学校行くか」


「うん」


 いまから急げば、1時間目が始まる少し前には到着できる。

 結局、平日朝の猛ダッシュの習慣は途絶えない。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 そして、時刻は、1時間目開始の5分前。

 結局、息が絶え絶えの俺とひょうひょうとした顔の銀河。

 

久地(ひさち)くん。18分46秒の遅刻です」


 ──そして怒られるのは俺だけらしい。 

 

 俺、久地 建留(ひさち たける)

 今日も今日とて、甘美で不条理なモラトリアムの時間が始まる。

 

 

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