新米からの昇格からの解雇
襠真ちゃんを近くに農村まで送った後、取り敢えず武集館まで戻った。
「…で、兵糧は…」
「おい、そんな刀じゃ危険だぞ。」
「?」
武集館の様子が、少しいつもより慌ただしい気がする。
また戦でもするのかな。
「あの…どうかしたんですか?」
受付の人に聞いてみる。
「ん?ああ、蓮殿は気にする必要などありませんよ。富村から、雷霊獣の討伐依頼が上がったので、新人を集めているところでございます。」
「霊雷獣?」
「雷を操る凶暴な妖でございます。しかしながら、人数を揃えれば対応が可能ですので。」
「ふうん。妖ですか。」
別に気にも留める事もないので、そのまま寮に戻る事にした。
日も暮れて来たし、今日は少し早めに眠ろう。
◇
「む、来たか。」
「おはようございま…あ、こんばんは。天平さん。」
「ふふ、こんばんはじゃな。蓮よ。」
鳥居を潜ると、いつもの神秘的な空間と天平さんが見えた。
ただし、中心にあったお墓は無くなっている。
「天平さん、今日はどんな事をするんですか?」
「ふふ、まずは基本じゃ。蓮、刀を置け。」
「刀を…え?」
「妾を信じろ。ほれ。」
天平さんが指を鳴らすと、刀掛けのついた壁だけが薄く水の貼った地面から迫り出した。
言われるがまま。その刀掛けに刀を置く。
びっくりするほどぴったりだ。
「まずは、呼吸じゃ。」
「呼吸?」
「ああ。呼吸じゃ。これが無ければ始まらぬ。ほれ、そこに座れ。妾の真似をするのじゃ。」
「は…はい。」
少し恥ずかしいけれど、天平さんの前で同じように胡座をかく。
「自分の状態など、呼吸法一つで容易く切り替えられる。剣術とは、精神、肉体、刀が調和する事でその真価を発揮するのじゃ。息を大きく鼻から吸い、口から細い糸を引くように吐くのじゃ。」
目を閉じて、生まれて初めて呼吸だけに集中をする。
静寂に、自分の中に空気の流れ込む音だけが聞こえた。
“パシ!”
「!?」
驚いて目を開ける。
と、天平さんの木刀が私の頭のすぐ上にあり、知らぬ間に私はそれを手で受け止めていた。
「え?」
「ほお、本当に集中出来ていればこうなるのじゃな。」
「??」
木刀をしまった天平さんは、再び私の前に胡座をかく。
「…妾は、よく姉と喧嘩になっておった。今のはかわせた受け止められたで、しょっちゅうじゃ。呼吸も立派な武術だと教えてくれたのはあやつじゃったのにのぉ…」
「お姉さんが居るんですか?」
「ああ。妾そっくりの、双子の姉じゃ。唯一違う箇所といえば…」
天平さんは、被っているた傘を取る。
白くて長い髪と同じ色の、長いうさ耳が勢いよく上に伸びた。
「あやつは妾とは違い、垂れ耳なのじゃ。まあ、妾がかんざしで留めてしまえばそれまでじゃがな。」
再び傘を被り直すと、再びこの、静かな訓練を再開した。
どれだけでエインツィアさんに追いつけるか分からないけれど、でも、一歩づつでも進めれば…きっと!
ーー 襠真 ーー
ふう、今日はここに居る気がする。
「苺、出ておいで。」
ガサゴソと近くの茂みが揺れて、淡く光る大きなわんこが顔を出す。
この森で、大怪我をしていた所を見つけて、今はこうして看病しているんだ。
大人達は、みんな妖は怖くて危ない物だから近ずいちゃダメって言うけど、苺は違う。
“ギャウ!ギャウ!”
苺の大好きな麦を、手のひら一杯に出して差し出すと、嬉しそうに手から食べてくれた。
苺は優しくて、可愛くて、とっても大人しい。
「あはは!くすぐったいよぉ、苺ぃ。」
…あれ?
苺の背中に何か…
「ちょ…ちょっとごめんね。すう…えい!」
“ギャアア!”
苺の背中に、矢が刺さっていた。
傷も矢も新しい。
一体誰が…
“ギャウ!”
「え?うわあ!?」
苺は突然マチの事を咥えると、凄い勢いで移動する。
「馬鹿者!この距離を外しおって!」
「お…お許しを!」
あれは…仕事人!?
一体どうして!
「苺…」
“ギャウ…”
苺はマチの事をそっと降ろすと、山奥に駆け入ってしまった。
仕事人が苺の事を虐めてたなら…守ってとも頼めないし…
「うう…あ、もしかしたら…」
◇
ーー 蓮 ーー
「……んく……」
心なしか、今日はすっきり目覚められた気がする。
両手を上げて、思い切り伸びをしてみる。
「おはようございます、紅元さん。」
紅元さんは、共有の台所で支度をしていた。
もうお料理が出来るなんて…
「あ、蓮ちゃん、お客さんが来てるよ。」
「え?は、はい。…お客さん…?」
疑心暗鬼になりながら応接間に行くと、そこには眠たそうに椅子に腰掛ける女の子。
…襠真ちゃん?
「あ!蓮ちゃんだ!わーい!」
私を見るなり、襠真ちゃんは思い切り抱きついてきた。
「うひゃあ!」
「おねがい蓮ちゃん…マチの友達を…苺を助けてあげて!」
「と…取り敢えず落ち着いて。」
襠真ちゃんを持ち上げて椅子に座らせて、自分も反対側に座る。
前に住んでいた長屋ほどではないけれど、基本的にはぼろぼろの仕事人寮。
だけど、この応接間だけはお城のように立派な作りで、なんだか少し懐かしい気持ちになった。
「その…まず苺って誰かな。」
「マチのお友達!マチがお名前付けてあげたんだ!野いちごが大好きでね…」
「それで、苺ちゃんか、苺君は今どう危ないの?」
「あのねあのね、おっかない仕事人の大人達が、苺の事虐めるの!苺、何にも悪い事してないのに!」
「分かった。取り敢えず、その苺に会ってみたいな。」
「うん!苺は富多山に住んでるから、すぐ着くよ!」
そのまま襠真ちゃんに手を引かれながら、寮を後にする。
「あ…あの、朝ごはんまでには戻ります!行ってきます、紅元さん!」
「行ってらっしゃい。待ってるね。」
富多山なら聞いたことがあった。
岐暗戦争で最初にお父様の建てた敵地拠点があった場所だ。
確か殆どが焼かれてしまって、実際に見た事は無かった。
「こっちこっち!」
「分かってる分かってる。」
賑やかな街道だった場所が、山が近ずくにつれて少しずつ静かになって行く。
「すう〜…はあ〜…」
山の澄んだ空気、早朝で少し新鮮な角度からの木漏れ日、散歩なんていつぶりだろうか。
「もう少し行ったらいると思うんだけどね…うわあ!?」
「これって…」
厳かな山道の途中に、明らかに異常な光景が広がっていた。
強引になぎ倒された木々に、えぐれて地面が見える草地、そして所々に飛散している赤い液体…
“ゴオオオオオオ……”
「あっちは…村の方向だ!急がなきゃ!」
「分かった。」
襠真の言う、苺の正体は薄々気が付いていた。
破壊された森を辿って、村の様子を見に行くことにした。
「はあ…はあ…良かったぁ、村はまだ無z…」
「危ない!」
咄嗟に襠真ちゃんをこちら側に放ると、その瞬間に近くの傾斜部から何か巨大な物が転げ落ちてきた。
これが…霊雷獣の…
「苺!」
“グルル…ウウ…”
身体中に傷を負って、弱々しく輝く巨大な柴犬。
これが襠真のお友達。
「こっちに行ったぞ!富村の方だ!」
立派な甲冑をつけた、無数の仕事人達だ。
「あれは…蓮殿!」
「………」
傾斜から降りてくる仕事人達と、瀕死の苺との間に立つ。
「蓮殿、失礼ですが、そちら…」
「駄目です。この霊雷獣は殺させません。」
「!?」
少しの間、その場には苦しそうな毎の呻き声以外の物は聞こえなかった。
「他の者の依頼の邪魔は、依頼遂行失敗以上に咎められますよ。それでも良いのですか?」
「勿論です。…もうクビになっても構いませんよ。」
「………承知いたしました。蓮殿。」
先頭で話していた仕事人が何かの合図をすると、その後ろに続いていた他の者達も一斉に武具を構えた。
「これより杉舞 蓮は、仕事人とは無縁の武士。我々の邪魔をすると言うのならば容赦は出来ぬぞ。」
「………」