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新米からの昇格からの解雇

襠真ちゃんを近くに農村まで送った後、取り敢えず武集館まで戻った。


「…で、兵糧は…」


「おい、そんな刀じゃ危険だぞ。」


「?」


武集館の様子が、少しいつもより慌ただしい気がする。

また戦でもするのかな。


「あの…どうかしたんですか?」


受付の人に聞いてみる。


「ん?ああ、蓮殿は気にする必要などありませんよ。富村から、雷霊獣の討伐依頼が上がったので、新人を集めているところでございます。」


「霊雷獣?」


「雷を操る凶暴な妖でございます。しかしながら、人数を揃えれば対応が可能ですので。」


「ふうん。妖ですか。」


別に気にも留める事もないので、そのまま寮に戻る事にした。

日も暮れて来たし、今日は少し早めに眠ろう。



「む、来たか。」


「おはようございま…あ、こんばんは。天平さん。」


「ふふ、こんばんはじゃな。蓮よ。」


鳥居を潜ると、いつもの神秘的な空間と天平さんが見えた。

ただし、中心にあったお墓は無くなっている。


「天平さん、今日はどんな事をするんですか?」


「ふふ、まずは基本じゃ。蓮、刀を置け。」


「刀を…え?」


「妾を信じろ。ほれ。」


天平さんが指を鳴らすと、刀掛けのついた壁だけが薄く水の貼った地面から迫り出した。

言われるがまま。その刀掛けに刀を置く。

びっくりするほどぴったりだ。


「まずは、呼吸じゃ。」


「呼吸?」


「ああ。呼吸じゃ。これが無ければ始まらぬ。ほれ、そこに座れ。妾の真似をするのじゃ。」


「は…はい。」


少し恥ずかしいけれど、天平さんの前で同じように胡座をかく。


「自分の状態など、呼吸法一つで容易く切り替えられる。剣術とは、精神、肉体、刀が調和する事でその真価を発揮するのじゃ。息を大きく鼻から吸い、口から細い糸を引くように吐くのじゃ。」


目を閉じて、生まれて初めて呼吸だけに集中をする。

静寂に、自分の中に空気の流れ込む音だけが聞こえた。


“パシ!”


「!?」


驚いて目を開ける。

と、天平さんの木刀が私の頭のすぐ上にあり、知らぬ間に私はそれを手で受け止めていた。


「え?」


「ほお、本当に集中出来ていればこうなるのじゃな。」


「??」


木刀をしまった天平さんは、再び私の前に胡座をかく。


「…妾は、よく姉と喧嘩になっておった。今のはかわせた受け止められたで、しょっちゅうじゃ。呼吸も立派な武術だと教えてくれたのはあやつじゃったのにのぉ…」


「お姉さんが居るんですか?」


「ああ。妾そっくりの、双子の姉じゃ。唯一違う箇所といえば…」


天平さんは、被っているた傘を取る。

白くて長い髪と同じ色の、長いうさ耳が勢いよく上に伸びた。


「あやつは妾とは違い、垂れ耳なのじゃ。まあ、妾がかんざしで留めてしまえばそれまでじゃがな。」


再び傘を被り直すと、再びこの、静かな訓練を再開した。

どれだけでエインツィアさんに追いつけるか分からないけれど、でも、一歩づつでも進めれば…きっと!



ーー 襠真 ーー


ふう、今日はここに居る気がする。


(まい)、出ておいで。」


ガサゴソと近くの茂みが揺れて、淡く光る大きなわんこが顔を出す。

この森で、大怪我をしていた所を見つけて、今はこうして看病しているんだ。

大人達は、みんな妖は怖くて危ない物だから近ずいちゃダメって言うけど、苺は違う。


“ギャウ!ギャウ!”


苺の大好きな麦を、手のひら一杯に出して差し出すと、嬉しそうに手から食べてくれた。

苺は優しくて、可愛くて、とっても大人しい。


「あはは!くすぐったいよぉ、苺ぃ。」


…あれ?

苺の背中に何か…


「ちょ…ちょっとごめんね。すう…えい!」


“ギャアア!”


苺の背中に、矢が刺さっていた。

傷も矢も新しい。

一体誰が…


“ギャウ!”


「え?うわあ!?」


苺は突然マチの事を咥えると、凄い勢いで移動する。


「馬鹿者!この距離を外しおって!」


「お…お許しを!」


あれは…仕事人!?

一体どうして!


「苺…」


“ギャウ…”


苺はマチの事をそっと降ろすと、山奥に駆け入ってしまった。

仕事人が苺の事を虐めてたなら…守ってとも頼めないし…


「うう…あ、もしかしたら…」




ーー 蓮 ーー


「……んく……」


心なしか、今日はすっきり目覚められた気がする。

両手を上げて、思い切り伸びをしてみる。


「おはようございます、紅元さん。」


紅元さんは、共有の台所で支度をしていた。

もうお料理が出来るなんて…


「あ、蓮ちゃん、お客さんが来てるよ。」


「え?は、はい。…お客さん…?」


疑心暗鬼になりながら応接間に行くと、そこには眠たそうに椅子に腰掛ける女の子。

…襠真ちゃん?


「あ!蓮ちゃんだ!わーい!」


私を見るなり、襠真ちゃんは思い切り抱きついてきた。


「うひゃあ!」


「おねがい蓮ちゃん…マチの友達を…苺を助けてあげて!」


「と…取り敢えず落ち着いて。」


襠真ちゃんを持ち上げて椅子に座らせて、自分も反対側に座る。

前に住んでいた長屋ほどではないけれど、基本的にはぼろぼろの仕事人寮。

だけど、この応接間だけはお城のように立派な作りで、なんだか少し懐かしい気持ちになった。


「その…まず苺って誰かな。」


「マチのお友達!マチがお名前付けてあげたんだ!野いちごが大好きでね…」


「それで、苺ちゃんか、苺君は今どう危ないの?」


「あのねあのね、おっかない仕事人の大人達が、苺の事虐めるの!苺、何にも悪い事してないのに!」


「分かった。取り敢えず、その苺に会ってみたいな。」


「うん!苺は富多山に住んでるから、すぐ着くよ!」


そのまま襠真ちゃんに手を引かれながら、寮を後にする。


「あ…あの、朝ごはんまでには戻ります!行ってきます、紅元さん!」


「行ってらっしゃい。待ってるね。」


富多山なら聞いたことがあった。

岐暗戦争で最初にお父様の建てた敵地拠点があった場所だ。

確か殆どが焼かれてしまって、実際に見た事は無かった。


「こっちこっち!」


「分かってる分かってる。」


賑やかな街道だった場所が、山が近ずくにつれて少しずつ静かになって行く。


「すう〜…はあ〜…」


山の澄んだ空気、早朝で少し新鮮な角度からの木漏れ日、散歩なんていつぶりだろうか。


「もう少し行ったらいると思うんだけどね…うわあ!?」


「これって…」


厳かな山道の途中に、明らかに異常な光景が広がっていた。

強引になぎ倒された木々に、えぐれて地面が見える草地、そして所々に飛散している赤い液体…


“ゴオオオオオオ……”


「あっちは…村の方向だ!急がなきゃ!」


「分かった。」


襠真の言う、苺の正体は薄々気が付いていた。

破壊された森を辿って、村の様子を見に行くことにした。


「はあ…はあ…良かったぁ、村はまだ無z…」


「危ない!」


咄嗟に襠真ちゃんをこちら側に放ると、その瞬間に近くの傾斜部から何か巨大な物が転げ落ちてきた。

これが…霊雷獣の…


「苺!」


“グルル…ウウ…”


身体中に傷を負って、弱々しく輝く巨大な柴犬。

これが襠真のお友達。


「こっちに行ったぞ!富村の方だ!」


立派な甲冑をつけた、無数の仕事人達だ。


「あれは…蓮殿!」


「………」


傾斜から降りてくる仕事人達と、瀕死の苺との間に立つ。


「蓮殿、失礼ですが、そちら…」


「駄目です。この霊雷獣は殺させません。」


「!?」


少しの間、その場には苦しそうな毎の呻き声以外の物は聞こえなかった。


「他の者の依頼の邪魔は、依頼遂行失敗以上に咎められますよ。それでも良いのですか?」


「勿論です。…もうクビになっても構いませんよ。」


「………承知いたしました。蓮殿。」


先頭で話していた仕事人が何かの合図をすると、その後ろに続いていた他の者達も一斉に武具を構えた。


「これより杉舞 蓮は、仕事人とは無縁の武士。我々の邪魔をすると言うのならば容赦は出来ぬぞ。」


「………」

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