初めての出会い
今日、その茶屋には奇妙な客人が訪れた。
傘を被り、着崩した着物、大きな刀を携えている。その容姿だけを見れば、放浪の武人だろう。
「いらっしゃい、何にしま…」
注文を取りに来た店主の言葉が途切れる。
その服装にはあまりにも見合わない小さな身体に、背丈の割にはとても長く綺麗な黒髪。その茶屋を訪れたのはあどけない一人の少女だった。
「お茶とお団子を下さいな。」
「へ…へえ…毎度。」
他の客も彼女に気付くと、ヒソヒソと噂話を始めた。迷子では無さそうだとか、妖怪の類ではとか。
少女は周囲のその様子を見ると、赤らめた顔を傘で隠してしまう。
「もし、其方、一人か?」
「?」
少女の肩を叩きながら、痩せた男が声を掛けた。
「…はい」
不思議に思いながら、少女、蓮はポツリと答えた。
「…そうか…」
痩せた男はそれだけを聴くと、ふらりふらりと茶屋を後にした。
蓮は不思議そうにその様子を見ていたが、すぐにその興味は、運ばれてきた盆の上の茶と団子に移った。
ーー 蓮 ーー
「…はーるーのー…」
ふと頭によぎった子守唄を歌ってみたけれど、その先が思い出せずにやめた。
おかしいな…昔よく歌ってもらった筈なのにな…
『ガサガサガサ…』
…囲まれてる…
「へへへ…こいつは高く売れそうだ…」
ひいふうみい…10人くらいかな。
「………」
そっと刀を抜くと、その瞬間に十数人の山賊が藪から現れた。
これは嫌でも発動しちゃうかな。
「抜刀ってのは、命賭けるって言う合図なんだぜ?お嬢さん。」
「そんな事知ってるよ…」
山賊達は、薙刀や鎖鎌を構える。
と、その内の一人が飛びかかってきた所で、刀を握る手のひらに激痛が走った。
目を開けてみると、その林道に私を中心とした円形の広場が出来上がってて、山賊達の姿はどこにも見当たらなかった。
少し歩いた所に、軽く煙を上げる焦げた布きれのような物が落ちていたが、すぐに風に飛ばされてしまった。
私は少しため息をつくと、またゆっくりと歩き始めた。
こんな呪いじみた力と長く付き合ってくるうちに、だんだんとこのスキルの事が分かってきた気がする。
まずスキルの開放度には3段階くらいある。
自分の意識でどうにか出来る物。うさぎりんごを作ったりしてる時がそうだと思う。
次に意識はあるけど身体が言うことを聞かない状態。1対1の時とか、決闘みたいな場面の時。ここから手が痛くなったり、身体中の筋肉を傷めたりする。
最後に、意識も無くす状態。今みたいに、何人にも囲まれて、普通の人だったらどうしよも無い状態の時にこうなる。この状態が、一番嫌い。
自分自身がどうなっているのか分からないのがたまらなく怖い。一度なんて、目が覚めたら腕が切断されていた事だってあった。治療が遅ければ今頃…考えただけでゾッとしてしまう。
「......ふう」
平和に自由に生きたいのもそうだけど、先ずは私の能力を何とかしなきゃ....
そうだ!
剣の師匠を見つけよう!
考えてみれば、今まで一度だって剣術を教わった事が無い。
すぐ制御出来なくなっちゃうのは、私自身が下手くそだからだけかも。
だから、私自身が上達すれば三段階目まで行く頻度が少なくなるかも。
「よし...」
私は踵を返して、暗句の都に向かった。
私の国を堕としたところだけど、別に嫌悪感とかは無かった。
確かに一瞬で日常が壊されて、死が目の前まで来て、怖かった。家族を失ってしまったのも、悲しかった。
でも、先に仕掛けたのはお父様の方。あちらに罪は無いと思ってる。
森を抜けて、都に入る。
「ん…?」
「なんだ…あの子供…?」
やっぱり、街行く人の目が恥ずかしい。
こういう時ってどうすれば…
「……?」
私とおんなじくらいの(若干年上かな?)女の子が通り過ぎて行ったけど、周りは何の反応もしない。
「あ…あの…!」
「?」
気付いたら、私はその女の子に声を掛けていた。
髪を短く切って、椿の花の髪飾りをしている、綺麗な女の子。
「どうかしました?」
「ひう!」
次の瞬間には、初対面の人と話すと言う緊張が押し寄せてきた。
「あの〜…」
「あ…貴女は…その…この街の人ですか?もしよかったら…その…案内して欲しいと言うか…」
その女の子は首を横に振った。
「ごめんなさい。わたくしも初めて来たので…」
「え?」
と、周りから声がしてきた。
「なんだ、あの子も仕事屋か。」
仕事屋?
「それでは、わたくしはそろそろ…」
「あの!仕事屋ってなんですか!?」
「……へ?」
女の子は不思議そうに首を傾げた。
「貴女…違うの…?」
「はい…仕事屋と言う単語も初めて聞きました…」
「それで、そんな格好なの?」
「…はい…そろそろ…自分で生きていかないといけないと思って…」
「へえ。え?でも仕事屋を初めて聞く?」
すると、女の子は私のかんざしを見る。
「…可哀想に…去年の乱で独りぼっちになっちゃったのね…お姫様…」
「?ど…どうしてそれを?」
「立ち話も無粋だし、一緒に武集館に来ない?」
「ぶ…ぶしゅうやかた…?」
初めて聞く言葉ばかりで、まるで別な国…そうだ、ここは別な国だった。
◇
武集館…お酒の匂いが立ち込める、とっても広いお屋敷だった。
「本国の方で言うところの、冒険者に近いもの。ただ冒険者とは違って、戦において国に雇われたり、個人同士の決闘も認められているよ。」
「は…初めて聞きました…」
「うん…貴女の国って岐然の国でしょ?どう言うわけかな…そこは仕事屋になる事、雇うこと、国に入れる事を固く禁じてたの。きっとそれで負けてしまったんでしょう…」
確か、岐然への忠誠心厚い武士こそ我が国の誇りって、昔父上がよく言っていた気がする。
「…そうだったんですね…父上…」
刀の鞘をぎゅっと握りしめる。
すると、その女の子が私の右肩をポンって叩く。
「そうだ、貴女の名前、聞かせてくれない?」
「…あ…その…蓮でいいです。」
「そう、蓮ちゃん。わたくしは紅元。仕事屋よ。」
「あの…紅元さん…ごめんなさい…こんなに手を煩わせてしまい…」
「え?いやぁ、丁度暇してたところだし。それに…まさかお詫びが出来るなんて…」
「?」
「な、何でもないよ!それより、蓮ちゃんはどうしてこの仇国なんかに?」
「し…師匠、剣の師匠を探しに来ました。でも…私、まだ子供で…人から怪しまれたり襲われたりして…」
「なら貴女も仕事人になれば良いよ。上物になれば盗賊は怖がって手出し出来ないし、多少身なりが変わってても問題無いからね。」
「そ、そうなんですか…でも、私なんかが成れるかどうか…」
「ふふ…おいで!」
「ふあ…!?」
私は紅元さんに手を引かれて、大きな机の前に連れられた。
「ここに貴女に名前を書いて。」
「こ…こう…ですか?」
父上に、女子は読み書きは要らないって言われてたけど、こっそり勉強してたのが役に立った。
「よし、終わり!そこの絵馬を取って。」
指を指された先には、絵馬が吊るされた板があった。
全部お米の絵が描いてあり、もうご自由にお取り下さい状態だった。
「あ…あの…」
「そうだね〜…これ!」
紅元さんは、そこから適当に一枚取って私の首に掛けてくれた。
え?まさか…
「おめでとう!蓮ちゃん!今日から貴女は仕事屋さんだよ!」
「え?………え〜〜〜〜……?」