表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

門出

男が一人、霊峰の頂に到達する。

腰には、今は亡き師より預かりし宝刀・日輪丸。

男の、千里を超える旅の目的は一つだった。


「もし、ここらに無敗の剣豪が座すると聞いた。」


「………」


黒雲は龍の如く空に渦巻き、五月雨にしては強過ぎる雨が叩きつける。

一本の曲がり畝った老松が立ち、木懐には、艶のある黒髪の少女が腰掛けていた。

はじめ、男はその少女が何かの罰を受けて居るのかと思ったが、すぐにその帯刀に気が付いた。


「そなたの事か?」


「………」


少女は酷く哀しんだ。

一人で居たい時に来る筈の場所が、いつからか剣豪の座する地になってしまっていたからだ。

数日前に、心の支えを失っていた今の少女にとっては尚更。


「拙者、黄風の国より参った、燐号と申す。」


「…(ハス)杉舞 蓮(スギマ ハス)…」


冷えた涙を雨で拭い、蓮はゆっくりと立ち上がる。

鞘を杖の様にするその姿は、はっきりとあどけなさが残っていた。

その姿に、男は少々の不安を覚えた。もしや何かのでまかせかも知れない…と。


“キイイィィィィィ”


次の瞬間、男は今までで耳にした中で一番長く、短く、軽く、重い抜刀を見た。

一瞬、雨が絶たれ刹那の静寂が訪れる。

その時に、男は確信した。

でまかせなどであるものか!今自分の視界には、最強の剣豪が写っている…と。


少女はおぼつかない足取りで剣を構えて、ゆっくりと男を睨む。

男は、早鐘の様に鳴り響く自らの鼓動を聴きながら、師匠との言葉を思い出した。


「いざ、尋常に!」


「………」


蓮の一刀が宙を横切ると、辺りには不自然な薄い霧が立ち込めた。

刀と雨の摩擦熱によって、雨は瞬く間に霧と化したのだ。

蓮は、これで男が怖気ずく事を願っていたが、現実はその逆であった。


もはや戦神の域に達している少女を前に、その闘志の焔は一層強まっていく。

霧が晴れると同時に先手を打ったのは、その男の方だった。

刀を天に振り上げ、男は上段から斬りかかる。


“キイン!”


蓮は刀で受け止めると、そのまま力を込めて男ごと刀を弾き返す。

男が後ろに数歩後退すると同時に、蓮はそのまま前に踏み込んだ。


“キンキンキンキンキン!”


ある種無機質なリズムを刻みながら、蓮の剣技が繰り出される。

否、それは剣技とは程遠い、ただ闇雲に振り回して居るだけだった。


男は違和感を覚えながら、その子供のチャンバラの様な剣技を片手間で受け止める。

そして、蓮の刀が男を捉えられず宙を切った時に、男はすかさずその刀を蓮の首に振り下ろした。


“キン!”


蓮の刀が、先程とは比べ物にならない速さで男の刀を受けた。

男の期待とは裏腹に、蓮は焦燥感に襲われていた。

この瞬間より、蓮の中に眠る軍神【剣術強化】が目覚めたのだ。


蓮は男の刀を弾くと、男の股下を抜けて背後から斬りかかる。

男は二本前進し受け流すが、一刀目が見えたかと思えば蓮は三刀目を繰り出していた。


“キキキキキン!”


上、下、右、上、左…目で追う事すら叶わない蓮の剣技に、男はただ身を守る事しか出来なかった。

そう、苦痛に歪む蓮の顔さえ捉えらなかった。

と、蓮の刀が不自然に前を向くと、男の刀のちょうど中心を思い切り突いた。


“ガキン!”


刹那、男の刀は砕け鉄屑と化す。

戦闘終了と判断した【剣術強化】は再び蓮の中に眠り、男は膝から崩れ落ちた。

蓮の身体は、【剣術強化】の要求に応えるだけで精一杯。小さな手は真っ赤に腫れあがり、骨は悲鳴をあげ、筋肉も多大な損傷を被っていた。

蓮は再び老松の下に腰掛け、熱を持つ身体を雨で冷ましていた。


男はゆっくりと、砕け散った師匠の形見に目を落とす。

相手が相手、殺せ…と懇願するわけにも行かず、途方に暮れていた。

妖の類とさえ思えるその剣術を前に、男はただ敗北するだけであった。


ふと、息を切らした一人の使用人が此処に到着する。


「雨だと言うのに、またこんな場所…」


次の瞬間、使用人はその光景を目にする。

老松の下で寝息を立てる元将軍家の三女と、砕けた刀を前にただ座り込む武人。

使用人も武士の端くれ、物静かな少女の刀の腕は理解していた。

魂の抜けた様になって居る武人は、いつかの噂に聞く大剣豪。


使用人は、しばしその場を後にする事にした。



ーー 蓮 ーー


目がさめると、私は懐かしい匂いがする背中に担がれていた。


「……杭牙……」


「姫さまが風邪を引いてしまわれれば、僕が悲しみますよ。姫様。」


「……ごめんね……ちょっと考えごとしたかったんだ……」


よく見ると、私の手には冷やした布が巻かれてた。


「……それに……もう姫様じゃ無いよ……」


「いいえ、貴女はずっと姫様で、僕が使用人です。少なくとも僕にとっては。さて、帰りましょうか。」



「こんなぼろ家で申し訳ございません。生計が安定すれば、もう少し広い場所に移りましょうか。」


杭牙は此処に帰ると、いっつも同じ事を言う。


「……ううん。杭牙が居れば…どこだって素敵な我が家だよ。」


杭牙が台所に立って、トントントンって包丁の音がする。

岐暗戦争でお城が焼け落ちたんだけど、【剣術強化】で何とか切り抜けた私と、一緒に居た杭牙、偶然お出かけしてた詩殻だけが家族だった。

でも…詩殻も…


「詩殻の事は残念でしたが、彼女の性格を考えれば、貴女には元気で居てほしい筈です。」


「……うん……」


ちゃぶ台に木の器が二つ。

切ったネギが散ったあったかいうどんが入ってた。


「姫様達がアラハバキを討伐している間に、僕も少々護衛などの仕事が入りましてね。今冬はゆっくり出来ますよ。」


「……あのね杭牙、話があるの。」


「はい、いかがなされました?」


一呼吸ついて、私のわがままを杭牙に話す。


「……あのね、そろそろ自立しようと思うんだ…あっちこっち旅して回って、戦いもしなくて良い様に自由に生きてみたいの。」


「姫様、一体何を…」


「もう姫様じゃ無いよ。…杭牙の中の私は姫様かもしれないけれど、私の中の私はただの蓮。ううん、胸を張って誇れる立派な蓮なの。」


「…しかし姫様、まだ齢十も満たないじゃないでしょう…」


「杭牙、故郷に家族を残しているんでしょ?……杭牙も自由になるべきだよ。」


次の瞬間、こんな事で声を張り上げた自分が恥ずかしくなって…


「……本当によろしいのですか?」


「(コクリ…)」


「かしこまりました。姫様のご厚意、ご意志、共に尊重したいと思います。」



二日後、私達二人は長屋を後にした。

杭牙は故郷に帰って、探題のお仕事を継いで娘さんの側に居るらしい。

…これから、少し前の私は考えもしなかった第二の人生が始まる。






















かなりローペース投稿になりますが、失踪はしません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ