コーヒーで乾杯
日下部良助さん主催の「春の歌会2019」の参加作品です
「主任、マジですか?俺を餓死させる気ですか」
「餓死だなんて、おおげさな」
大貫主任は、大きなお腹を抱えて、笑ってる。俺、マジなんだけど。
今度、10日間、祭日が続く。俺の勤める清掃会社では、今年に入り、その話しでもちきりだった。なぜなら、俺たち清掃員は、その殆どが、日給か時間給だからだ。
大口で安定したお客さんは、市役所や病院、あと学校とかなんだけど、休みになるって事は、清掃も休みって事。もちろん、病院なんかは入院病棟の清掃はあるから回数は減るくらいですんだ。
会社は大幅に減る仕事量に苦慮したらしい。俺は5日間連続休み(仕事なし)と、大貫(俺はハラグロ族タヌキ科オオダヌキと命名してるが)主任から言い渡された。
俺は日給で働く身分(正社員じゃない)で、月末締めで給料をもらう。今月はいいとして、来月は5日分少ないって事だ。
もちろん、大貫いやオオダヌキに交渉したけど、”どうしても不服ならやめてもらってかまわないよ”と言いやがった。
足元見られたな。俺が他に働く場所がないのをわかってるんだ。
別にヤバい事して逃げてるわけじゃない。俺の親がマジやばかったんだ。
俺が小学生の時、親父はパチンコ・競馬などのギャンブルにのめりこむようになった。会社もクビになり、母親がパートで稼いだ、なけなしの金も、ひったくって馬につぎ込む典型的なダメンズだ。
俺は高校の時からバイトして、卒業と同時に家を出るつもりでいた。俺が稼ぎまでとられたらかなわない。
高校を卒業したら家を出よう。そう決めていた。
その日は母の給料日で、学校への諸費用をまとめて払うはずだった。でも母が後ろから申し訳なさそうに、
「ごめんねミツル。父さんに給料を殆ど渡した。どこだかにお金を少しでも返さないと、大変な目にあうって言うから。お父さんはギャンンブルさえしなければいい人なのよ。だから」
目、覚ませよ母さん。生活費までギャンブルにつぎ込む親父のどこが”いい人”なんだ。
キレた俺は、高校卒業と同時に、家出して東京にでた。母親にも居場所を知らせなかった。
東京に知り合いはいない。愛知の方に先輩が工場で働いてたんで、頼み込んで、身元保証人になってもらい、部屋を借り、仕事を見つけた。正社員になる試験を受ける余裕すらなかったんだ。
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オオダヌキ・・いや大貫主任から5月の休みの事を言い渡された日、昼休憩の時、TVでニュースが流れてた。今度の10連休を利用した海外旅行客で、国際便が満席なんだと。っけ!まわりにいる同僚も俺と同じで、海外旅行どころか国内旅行も出来ない。金がないからさ。
もちろん、連休でも働く人は多い。俺は働かないと収入が減る。今の手取りでさせギリギリだのにだ。
さてどうしようか、休みの5日間。どこかで短時間でも使ってくれる所を探そう。見つからなかったら、5日間断食で過ごす。。。しかない。
やるせない気持ちで、仕事帰りにコンビニに立ち寄った。1週間に1度、ご褒美としてコーヒーを頼む。100円だ。
かたや海外旅行、俺は食べるのも厳しい生活。この差ってなんだろう。自己責任とかか?俺は高校で頑張ったんだけどな。頭の中がいろんな考えがグルグル回ってる。
レジ係が、カタコトで”コーヒー150円です”と いってきたときに、俺はキレた。
「俺はコーヒーを頼んだんだ。100円だ。150円はカフェラテ。ラテなんて甘いもん飲めるか」
レジの女性は、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し、泣き出してしまった。
俺、そんなに怖かったか。脅してるように聞こえたのか?
レジでの彼女の間違いに気が付いた俺は、身振り手振りで教えた。
「このカップは、カフェラテ専用で150円、コーヒーはこっちのカップで100円。」
俺よりも若いだろう女性は、日本人じゃない。多分、東南アジア系。肌が浅黒いからフィリピンやベトナムなどから来た留学生かもしれない。
俺の教え方がよかったのだろう。彼女は泣き顔から、一転、笑顔になった。緊張したお愛想笑いじゃなく、幼く無邪気な笑顔。南国のブーゲンビリアのような、かわいらしさだ。
母さんは、ブーゲンビリアの花が好きだった。
あの彼女の笑顔が見る事が出来るなら、週に1度のコーヒー代100円は、なんとか工面しよう。
コンビニの
君の笑顔に
花咲くや
コーヒーに酔う
春の夕暮れ