次に継ぐ
「……こうして永遠を手に入れた先人達は、その技術をこの現代まで受け継いできたのです。それが皆さんの頭の中に入っているチップ、いわゆる不老不死システムなのです」
半ば洗脳のような歴史の授業。
似たような授業を延々と繰り返され、飽き飽きとしていたので机に突っ伏して聞いていた。
「命!起きろ!」
丸めた教科書で頭を叩かれる。しかもかなりの威力(だと思う)を込められて。
「痛い!それは体罰ですよ!!訴えてやる、そしたら先生クビになっちゃうんじゃないですかね、グフフ」
「痛覚オフにしてるくせに、痛い訳ないだろう。そして私はクビになっても、別段困らん。働かなくても生きていけるしな」
「ダメだ、何を言っても通じねぇ。てかじゃあなんで働いてるんです?」
「食欲も、睡眠欲もオフにしてあるけれど、娯楽には金がいるからな。ある程度は遊びたいんだよ、先生だってな」
「教師らしくないセリフですね」
「お前はもっと言葉を選べ」
善処します、と心の中で囁いた。
「命~、明日どうするの?」
私の親しくしている友人が、下校の途中で問う。
明日とはきっと、1日だけ先人達のように痛覚や食欲、睡眠欲をオンにする授業のことだろう。オンにするのはどれか一つだけでもいいし、先人と全く同じように全てをオンにしてもいい。
「ん?私は全部オンにするつもりだよ」
「え!?全部!?止めときなよ。それで毎年"死にたがり"が出てんじゃん」
「大丈夫だよ、私はそんなに馬鹿なことはしない。それともこの命様がそんな馬鹿に見えるって?」
「……そうだね、命は馬鹿の種類が違うから大丈夫か」
「その納得のしかたはおかしいけどね」
"死にたがり"の説明を念のためしておくが、簡単にいうと先人のように運命とやらに身を任せたくなり、不老不死すら擲つ頭のおかしい連中だ。
誰も死ぬ必要のない現代で、唯一死人がでる理由である。
「補充も最近私たちが産まれたわけだし、当分ないっていうのに死ぬやつの気が知れないね」
その通りだ。補充だって、きっと楽なことじゃないだろうし、むしろ私たちがどうやって産まれたかなんて知ってる人間のほうが少ないのではないだろうか。
「でもあれらしいじゃん。ここんとこ100億人守れてないらしいじゃん、噂ではさ。それは"死にたがり"が増えた証拠なんだろうね」
「命よく知ってるね、そんな噂」
「結構有名になってきたじゃん、この噂」
「けど、それが本当だとしたらなんで"死にたがり"が増えたんだろうね」
「知らないよ、そんな自殺志願者の気持ちなんてさ」
分かるはずもないし、分かりたくもない。死ぬなんて、おとぎ話レベルでしか知らない私たちが考える必要もないのだ。
けれども私は、痛覚も食欲も睡眠欲も体験してみたい。ただ単純に知りたいのだ。お腹がすくことを、痛いという感覚を、眠いと瞼をこすることを。
一体全体、どんな気持ちなのかを。
だから明日は先人と同じように、全ての感覚を研ぎ澄ますのだ。
「怖い?」
友人が尋ねてきた。
「何で怖がるのさ。楽しみじゃん」
「私は怖いよ。知らないことを体験するのは」
「昔の人が受け入れてたものだよ、私たちだって受け入れられるよ」
「なんか命は、歳に見合わないことを言うよね。たまにさ」
「そう?」
「うん、きっとそうだよ……っともう家に着いちゃった。じゃあまた明日」
「また明日~」
手を振ったのは、なんとなくそうしなければならない気がしたから。
私は明日を迎える。
これといって理由はないけれど、瞼をこすってみた。まだ眠い、という感覚を知らない私には、瞼をこする意味など分からなかった。けれど、今日の授業でその意味が分かるようになると思うと、私はいつもより上機嫌で学校へ向かった。
「皆さん、おはようございます。早速ですが、今日オフにするものを決めましたか?」
「は~い!」
一際大きな返事をしたのは、私だけだったものだから恥ずかしくなって、伸ばした手をそっと降ろした。
「じゃあオフにします。皆さん、オフにする方法は覚えていますか?」
忘れるはずもない。何故なら、間違えてその動作をしてしまうと死ぬ危険性だってあるのだから。
……まぁ、だからこそ複雑な動作にしてあるのだけど。
「オフにした人から、今日1日は好きにしていいですよ」
それを聞いてかオフにするのを渋っていた生徒も、次々とオフにした。
「命はもうオフにした?オフにしたんなら、体育館行って遊ぼうよ!疲れてみたい!」
「昨日まで怖いとか言ってたじゃん」
「怖いけど……怖いからこそ、克服しなきゃ」
「……じゃあ行こっか。私も疲れてみたいし」
体育館に着くと、大勢の生徒がいつもよりもはしゃいでいた。私たちはその生徒たちと一緒に鬼ごっこをすることにした。
ここにいるのは、疲労をオンにした人たちだろう。
勿論のこと私は先人と何一つ変わらない状況なので、疲労も感じる。
全ての生徒が一様に肩で息をしている。けれども、澄みきった表情をしていた。それは何を表すかは、簡単だろう。
楽しいのだ。
未知を知ることが。
だが、私には分からなかった。ただただ、体が思うように動かなくなるだけ。ただただ、動きたくないと思うだけ。
楽しくない。
ひとつも。
嫌になるだけである。
「楽しいね!疲れるって!」
「そうだね」
生返事しか出来ないのは、疲労感のせいでもあるが温度差がある友人との心の距離で。
「次はご飯食べようよ!知らなかった、動くとお腹が空くんだね!」
「確かにお腹は空いたかな」
普段なら、一人もいないはずの食堂も体育館と同じように賑わっていた。
オムライス、というものをはじめて食べた。
なるほど、美味しい。
が、ものを食べることを1日に三回もするなんて面倒なだけだ。今後一切、食欲というものをオンにすることをやめようと心に誓う。
「ねぇねぇ、命!先人たちは毎日こんな暮らしをしていたのかな!」
「だとしたら、面倒だったんだね」
「けど、きっと幸せだったんだろうなぁ……」
……これは少し困った。友人が先人に憧れを抱きつつある。なぜだかは分からないけれど、良くない傾向にある気がする。
今日はもう帰って寝たい。無駄に疲れてしまったし、何より眠い。なるほど睡眠欲も邪魔なものだ。1日の半分を意識を飛ばして過ごすなど、一生が短い先人たちにとっては致命的ではないか。私たちですら、勿体ないと感じるのに。
「もう帰ろっか!命もなんか眠そうだし!」
「も、っていうことはもしかして?」
「そうだよ、私も睡眠欲を感じてる。」
「あれだね、かなり先人に近くしてるんだね」
「実はさ……私も全部オンにしてるんだよ」
「え!?」
「だって、命が全部オンにしてるなら私もしてやれ!って思っちゃってさ」
ならおかしいのではないか?
友人も私と同じ感覚を得ているなら、なぜそんなに充実そうな顔をしている?
なぜ楽しそうなんだ?
なぜ笑っていられる?
私がおかしいのか?
いや、それはない。友人がおかしいのだ。だって疲れているんだぞ?眠いんだぞ?腹が減るんだぞ?
それの何が楽しい?
私の理解を越えてしまっている。
翌日、友人は自殺した。
遺書らしきものがあったらしい。
「せめて人でありたい。少し前までは楽しさだけを感じてた。今は違う。死ぬことは怖いし、死にたくはなかったけれど、それ以上に生きるということが分からなくなった。今の状況を生きてるとは、呼べない気がした。でもなんだろう?こうやって考えているこの時間は生きてるって、気がした」
支離滅裂で要領を掴めない。
何を言っているのかさっぱり分からない。
"死にたがり"の1人になってしまった、ということだけは私にも理解ができた。
ほんの少しだけ、胸が傷んだ。
あれ?おかしい。
痛覚はオフに戻したなずなのに。
痛みを感じる。
明日病院で診てもらおう。
きっと誰も死なない世界になっても、自殺はなくならない。なぜなら誰も死なない世界だからこそ、死ぬことが自己表現になるのだろうから。
くらげからでした。