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モナの惑星

作者: 名無し

 西暦4702年。1月3日。

 その日、私たちが住む惑星からずっとずっと遠い宇宙の果てに、『地球』と呼ばれる惑星が発見された。

 

 その惑星は、私たち人類が生まれた最古の地と呼ばれている。

 小学生の頃に学校で習った歴史によると、4702年前、つまり西暦0年にキリストと呼ばれる初の人類が、重力と太陽エネルギーとその他諸々の要素が奇跡的に強力な磁界内で複雑に作用しあったことで誕生したと教わった。


 それが真実なのかはさておいて、私は私たち人類の誕生の地に足を踏み入れられることに喜んだ。


 地球発見から、およそ3ヶ月後。

 西暦4702年。4月12日。

 我が惑星が主体となって組織されている宇宙調査隊『リメリア』から、約3000人の旅団で地球調査及び未確定生命体の駆逐を任務として派遣されることとなった。


 旅団は1000人前後の連隊が3つ合わさる形でつくられ、連隊のなかにもいくつかの中隊が集まり構成されている。

 現在進行形で9隻の船が宇宙を泳ぎ、地球へと向かっている。

 私は三崎准将率いる連隊のうち、第三中隊に所属している。

 

「如月、おまえ緊張してるだろ。神妙な顔つきしてさ」


 ぼうっとしていた私の隣に、眞秀(まほろ)中隊長が座り込む。

 

「別に」と私はそっぽを向く。


「あ、それかあれか。俺だけ中隊長に昇格したからふてくされてんのか。いつまで根に持つんだ」


「別に、もう気にしてないから」


「あ、そう。これから命がけだっていうのに、なあ?」


 眞秀は周囲の中隊員に呆れた様子で訴えかけ、場の雰囲気を和やかにする。

 私と眞秀は幼馴染だった。いつの間にかふたりして『リメリア』に所属する夢を抱き、一緒になって大学を首位で卒業、そのまま駆け上がるように高評価をもらい続けてきた。

 しかし地球調査という大仕事を目の前にして、初めて差がついた。

 

 2ヶ月前、先行調査として少数精鋭での地球探索任務があった。

 その時、派遣隊を任されていたのが、かつて私と眞秀の直属の上司であった佐藤大佐だった。

 結論から言うと、佐藤大佐は地球で死亡した。その後を継ぐ形で眞秀が中隊長に抜擢されたのだ。

 

 佐藤大佐及び部隊全員の死亡原因は不明。

 滞在時間はわずか1週間。突如として派遣隊全員の生命装置から反応がなくなった。


「さて、話を戻すぞ」


 眞秀が手元の資料に目を落とす。

 地球到達を目の前にして、改めて現時点での地球の情報を確認していたのだ。


「改めて確認だが、我々の第一目的は派遣体の死体の回収と超巨大未確認生命体の調査だ。俺たち三崎連隊第三中隊は、派遣体の捜索を第一としている。人類誕生の地に行けることではしゃぎたい気持ちは分かるが、あんまり遠足気分でいると三崎准将に殺されるから気をつけろ」


 超巨大未確認生命体については、すでに小型探査機を飛ばした当初から観測できていた。

 

 厳密に言うと、超巨大なのが1体と、ひとまわり小さいのが1体だ。体の色や形が似ていることから、同系統あるいは同種の生命体である可能性が高いと思われる。


 二足歩行で全身に白に近い灰色の鱗を纏い、鋭い爪と大きな尻尾とは裏腹に、耳のようなものが尖った山が頭にふたつあるのが特徴だ。

 全長300mの超えるほどの大きさで、小さい方でも150mはあると推定される。

 「モナ」「ゴジ」という鳴き声をしており、学名として“MOZI-NA”ーー略して「モナ」と名付けられた。


「これほど巨大な生命体は過去にもそう聞いたことがない。そんなやつに殺された派遣隊の死体が形として残っているのか、正直予測ができない。本当に、モナとやらに殺されていたとしたらな」


 すでに人類は宇宙の広範囲にわたって調査を進めている。

 そんななかで巨大生物を観測したことは何度もあり、300mとはいえど、仰天するほどではない。

 しかし私たちは、首を傾げる。


 不可解な点は、別にあった。

 派遣体からの報告によると、地球上でモナ以外の生命体が1匹たりとも観測できなかったらしいのだ。

 普通に考えれば、モナの餌となりえる動物がいるはずだ。モナを観測した一帯では動物が食い尽くされたのでは、という見解はあるが、それならモナは餌を求めて移動しているはずだ。

 もしモナに食という概念がなかったとしたら、それこそ動物たちが淘汰される理由がない。


 地球は綺麗な形で残っている。

 大海は広がり、砂漠地帯も多いが、森林が大半を占めており、気温も重力も歴史通りのままだ。

 まさかこれほどまでに人類に適した環境だとは思わなかったと、リメリア所属の学者も感嘆していた。


 『巨大生物の侵略により人類は地球を脱した』

 真実かどうかもわからない一説は、もはや覆しようのない事実となりつつある。

 今、世間で騒がれている。


 なんにせよ、巨大生物2体を観測したとはいえ、派遣部隊が全滅することは考えにくい。

 派遣部隊の役目は気温や重力、空気濃度などの環境調査が中心であり、基本的に危惧すべき問題に直面したらすぐに帰ることになっている。

 たとえモナが凶暴だったとしても、こちらから姿を現さない限り見つかることはないし、見つかったとしても逃げるのは安易だと考えられる。


「つまりだ、これは俺を含め懸命な人間の個人的な推測に過ぎないがーーモナ以外にも、俊敏性が高く奇襲が得意な生物がいる可能性がある。そのつもりで任務にあたれ」


 私たちは一斉に敬礼する。

 なんで私は眞秀に敬意を示さないといけないのよ、と思ったけれど、仕事だから仕方ない。


 それより、気を引き締めなければならない。

 まもなく、地球に到着する。




 ※




 私は思わず、口を大きく開けたまま見上げていた。


ーーズシン、ズシン。


 怪獣映画で聞いたことのある、その通りの足音が星そのものを震わせているかのようだった。

 全長300mがこれほど大きなものだとは、想像できていなかった。

 巨大生命体は2体で片時も離れず、連れ添って歩いていた。それに伴って、より一層の迫力を感じる。


「ああやって見ると、親子のようだな」


 眞秀のいう通り、どう見ても親と子のそれだった。

 モナも子モナも、顔が位置する高さがあるせいか、私たちには気づいていないようだった。あるいは、気づいていながら興味をもっていないのかもしれない。

 本当に地球上に他の生物がいないとすれば、自身以外の生物を察知する思考すらないのかもしれない。


「第三小隊!」


 眞秀の掛け声で、私たち部隊は一斉に背筋を伸ばす。


「運が悪いことに、我々の捜索エリアはモナの足元付近だ」


「え」という声が後方から聞こえた。

 驚きと恐怖が入り混じった高い声、主は宮田だろう。


「見たところ、目は顔の正面にしかないようだ。後方から近づくことにしよう。足元までくれば、モナは我々に気づくことはないと予測できる。動きも遅い。大丈夫だ」


 眞秀の号令と共に、私たちは一気に飛び出す。

 『SK2』と呼ばれる新型スーツは、より機動性と俊敏性を意識し、動きやすいスポーティタイプを意識してデザインされたそうだ。

 背中に装着された管口からは、圧縮された酸素が吐き出され、同時に燃焼させることで瞬発力と飛距離のある跳躍を実現させた。スーツ自体もかなりスマートにつくりこまれていて、受け身もとりやすい。


 腰には熱波の弾丸を放出させる拳銃と、電気エネルギーを放出させた二酸化炭素に照射させることでレーザー型の刃を形成させた剣を装備している。

 それにもかかわらず、『SK2』はだいぶ動きやすい構造となっていた。


 モナまでの距離は、およそ3km。

 私は状況をすぐに判断するため、一番後方から陣形を見守る。先導する眞秀についていけていない者は、今の所いない。 

 この調子だと、すぐに目標地点へと到着するだろう。


『不測の事態に備えろ。武器を構えておけ』

 

 モナは何を考えているのか、ただまっすぐ、ゆっくりと歩いているだけだ。

 森林地帯に入り、気を飛び越えていく。もうモナの足元付近だ。見つかることもないだろう。


 ーーそう思った矢先だった。


 鬱蒼と生い茂る森の中、巨大な影が私たちに覆いかぶさった。


『散会しろ!』


 眞秀の言葉をきっかけに、一斉に影から脱出する。

 影のあった場所で、次の瞬間にはけたたましい落下音とともに地面ごとえぐられる。

 あまりの勢いに、私はなすすべもなく吹き飛ぶ。


 すぐに大木に背中をうちつけ、地面に倒れこむ。


『みんな! 大丈夫?』


 激痛を感じながらも、私はすぐに立ち上がり無線を飛ばす。

 全員の返答を確認。無事のようだ。


 ほっとしたのもつかの間、地響きが激しくなる。

 上を見ると、1匹のモナが地団駄を踏みながら悲鳴をあげていた。


 ーーなぜ、小さい方の1匹しかいない?


 その疑問はすぐに解決した。

 灯台下暗し、正面に目を向けると、大きい方のモナが地面にうまるようにして倒れていた。


 今度は上空が赤暗く光る。同時に、髪が焼けるほどの熱風が舞い降りてきた。


 モナが大きな口を開けて、一直線に伸びる熱線を数キロ先に吐き出していた。

 

 待って、その方向はーー、


『こちら第三中隊! 今すぐそこから逃げーー』


 地平線が歪むほどの爆発が巻き起こった。

 私たちの本部ーーつまり、宇宙船と三崎准将たちがいる付近が一瞬で溶けてなくなったのだ。


 まずい、まずいまずいまずいまずい。


『今すぐ本部に戻るぞ!』


 眞秀の無線が耳元で響く。彼の焦燥感が乗り移ってきそうだ。

 でも、だめ。私まで冷静さを欠いたらダメ!


 私は背中の装置をフル起動させて、真上へ跳躍する。


『待って! まずは第三中隊全員が合流することが先決。幸いにも私たちはモナの後方地点にいる。何が起こったかはわからないけれど、気づかれていないはず』


 現に、モナは私たちに何かをすることなく前進をし続けている。

 親の死をかえりみることなく、恐怖で逃げ惑っているように見えた。


『でもおかしいよ! どうして片方のモナが突然倒れ込んだんだよ! 絶対、近くになにかがあるってことだよ!』


 隊員の宮田が泣きそうな声で叫ぶ。

 モナが森林とともに地面をえぐったことで、見渡しは良くなっている。

 上空から宮田と眞秀が合流しているところを発見した。私はすぐに近くへ着地し、ふたりに近づく。


「どうしたの?」


 眞秀と宮田が、一点を見つめたまま固まっていた。

 私も視線の先に目を向ける。


「え? こど、も……?」


 ひとりの少女が目の前に立って、私たちをジッと見つめていた。


 齢10歳といったところだろうか、顔のところどころが土で汚れているが、公園の砂場で遊んできた程度のものだ。黒いショートヘアに、黒い瞳。衣類は、服と呼べるものかはわからないが、大きな布のようなもので体全体を覆っている。手足まで隠れているため、靴を履いているかはわからない。


「ま、まさか、地球の子?」


 宮田が声を上ずらせる。


「そんなわけないだろ」


「じゃあ、どういうわけ?」


 眞秀は私の質問に窮する。当然だ。

 答えを出せるのは、本人しかいない。


「とにかく、相手は子供だ。うんうん、とりあえずこの子供を連れて、他のみんなとも合流しようよ」


 宮田が一歩、踏み出す。

 女の子とはその場から動かず、小さく首を傾げた。


「君は、言葉が通じるのかな? 本当に人間?」

 

 二歩目。


「人間の子供なら、僕たちについてきてくれないかな?」

 

 三歩目。


 少女の姿が一瞬消えた。 

 そして、瞬きをした瞬間には、少女の腕が宮田の腹を貫いていた。


「言葉がどうとか、本当に人間だとか、外の人間って失礼なのね」 


 宮田の口と腹から垂れる血が、少女にかかる。

 少女は嫌な顔を浮かべると、宮田を10mほど蹴り飛ばした。


 状況に思考が追いついていないせいで、言葉が発せなかった。

 かわりに、眞秀が慌てた様子で銃と手に取り、


「おい。おまえは何者だ!」


 少女は眞秀をじっと見つめ、首を傾げた。


「人の住処に勝手にお邪魔しておいて、何者だって? 本当に、失礼なやつらね」


 今度は少女が一歩、二歩と私たちに近づいていくる。

 途中、宮田が虫の息をあげた瞬間、少女は手にもつナイフを投擲し、宮田の喉元を貫いた。

 

 その時には、私も眞秀も確信していた。

 この少女に殺される、と。


「ああああああああああああ!」


 眞秀は引き金を引く。拳銃からは熱の塊が弾となって放出される。


 弾丸は空を切り、少女目掛けて飛んでいきーー直前で空気の壁に弾かれる。

 それでも眞秀を銃弾を撃ち続けた。

 少女はただ、手をかざして何事もない顔で立っていた。 


「うるさい!」


 少女は一気に眞秀との距離を詰め、拳銃を掴み取る。


「うるさいって言ってるのが聞こえないの?」

  

「おまえは一体……」


 そこで私は唖然とする。

 少女の後ろで、眞秀の撃った弾丸がこちらを向いて浮いていたからだ。


 弾丸は一斉に眞秀の体を蜂の巣にした。

 

 ああ、もうダメだ。

 私はただ、そう思うしかなかった。


「あなたは一体、何者なの」


「あなたではない、人間よ」


 返り血を浴びた体で、少女は言った。

 そして、どこからか少女にそっくりの顔をした男の子が現れ、共に姿を消した。

 男の子はモナの肉片と思しき赤い塊を片手に、それを食らっていた。


 後に分かったことだが、あの子達は同じ遺伝子をもって生まれた人間である可能性が高いこと。

そして、2体存在するうちの1体のモナを食らって生き延びていた。モナはじきに、子孫を生み出す。そうすると、生み出したほうのモナを殺すのだ。


 調査旅団は壊滅。唯一の生き残りである私がかろうじて、逃げ帰ることができたのだった。

 

 また、地球に行けばあの子達に会えるだろうか。

 そう思いながら、私は次の出発に向けて準備をする。


  








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